09 □ 悪戯以上 side Friend
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確かに、今、男と彼との関係を表現するなら、ライバルと呼ぶのが最も相応しい。
だが、男が、自分を最も理解しているのは誰かと問われたなら、迷わず彼だと答える。
最初は、ライバル部署に出来る人間がいる、と名を聞いただけだった。
男が自部署で評価を上げていくにつれ、彼の名を聞く回数も増えていき、いつからか男が任される仕事には、必ず彼が相手として立つようになっていった。
男の企画と彼の企画とが通った回数を数えれば、ほぼ同数だろう。社内の評価も同等だ。
周囲は、男と彼とをこの上ないライバルと見て、悪意に満ちた情報なども入れてくる。が、男はそういうのには耳も貸さない。
たいがいどころか、全部悪意のカタマリなのだと男は知っているからだ。
白皙に切れ長の目を持つ彼は、無頓着な男から見ても容姿が整った方だと思う。その上能力があるから、妬まれやすいのだろう。
それだけ彼の能力が高いということの証拠だと男は思っているし、自分の仕事を最も理解しているのも彼だと思う。
なぜ、と問われたら、彼の仕事を最も理解しているのは自分だから、と答える。
彼が不当な評価をされてるのを聞きつけて、怒ったこともある。無論、ただ怒るのでは無く、しっかりと評価訂正もさせた。
立場を考慮してか、男に滅多なことでは話しかけてこない彼が、あの時は苦笑して言ったものだ。
「例え悪意ある人間が介在してたにしろ、俺のアピールが悪いせいでもあるのだから」
皆まで言わせず、男は鼻をならして言い返した。
「今回の件に関しちゃ、本人が何か言ったところで逆効果だよ。そうでなくたって、俺が納得出来なかったんだ」
彼は、いくらか困ったような笑顔で肩をすくめただけだった。
が、あれから何度も、さりげなく男のことをフォローしてくれているのを知っている。
そういう、静かな気遣いが上手な人間なのだ。それに関しては男はとても感謝しているし、見事なフォローぶりを評価もしている。
だから、男はけして彼のことを敵などとは思っていないし、彼もそうだと信じている。
そんな変わらぬ日常が、大きく変動しつつある。
会社が立ちいかなくなる可能性が高くなってきたのだ。
正確には、国自体が危うくなって、国に属する企業への評価が一気に下落してしまった。
もうすでに、踏みとどまれなかったところも出ている。ためらう時間は、全く無い。
社運をかけて大プロジェクトを立ち上げる、とCE0が大号令をかけ、話はすぐ動き出す。
いつものコンペだ。
本命は男か彼の出すモノだろうと、誰もが注目する中、激高したのは男だ。
「世紀の勝負とか下らんこと言ってる場合じゃ無いでしょう!」
勝負が見物だ、見逃せない、などと笑っていた上司は、きょとん、と目を瞬かせる。
「今回かかってるのは社運じゃない、国運です。ウチが今倒れたら、この国の経済が破綻しかねないんです。勝負ではなく協力すべきです」
身を乗り出す男に、上司は不機嫌な視線を向ける。
「今更、協カ?取りつけられるもんか」
「はなから努力もせずに、決めつけないで下さい」
そんなことを言えば、返される言葉はヒトツだ。
「そこまで言うなら、お前がやってみろ」
どうせ出来やしないというのがあからさまな口調に、男は肩をいからせながら居室を後にする。
確かに、今の男にはいつものような周到な準備は無い。
相手方の部署に行っても、先ほどと似たり寄ったりの談判になるだろうが。
そこまで考えたところで、すでに彼の部署の扉の前だ。
ノックする前に、らしくもなく、ヒトツ大きく息を吸う。
と、同時に扉が開く。
「おや、そちらの方が早かったな」
彼は、ぽかん、とした顔つきになった男を見て、後ろ手に扉を閉めてから口の端を持ち上げる。
「早かったのではなく、早まったな」
あっさりと言ってのけると、手にしているファイルを軽く持ち上げてみせる。
「こういう時も周到な準備が必要だ。特に、自分が路頭に迷う可能性が示されない限り、この危機的状況を全く自覚出来ないバカを相手にしようと思うなら」
そこまで言われて、彼の手にしている中身がわからない男ではない。
だが、いくらか目を見開いてしまう。
「そんなところまで、資料を用意してたのか?」
「遅かれ早かれ、とは思っていたからな。そららも必要だろう」
もちろん、という言葉の前に、訊くべきことがある。この資料を手に彼が廊下へと出てくるところだった、ということは。
「なあ、もしかして」
彼は、まっすぐな視線を返す。
「かかっているのは国運。必要なのは協力」
必要充分な答えに、男はしっかりと彼の手を握る。



けして、その後の状況が平坦だったわけではない。協力的な人間と同じくらい、邪魔をする人間もいた。
だが、男と彼が中心となって企画したプロジェクトは、プレゼン出来るだけのカタチとなり今日を迎えた。
相手を納得させられるかどうか。
それは、これから行われる男のプレゼン次第だ。
おエラ方のゴタクが続く中、男は静かに会議場を見回す。
正直、もう少しおエラ方には堂々としていてもらいたいものだ。当社にお任せくだされば絶対に大丈夫とまで持っていけ、とは言わないが。
会社側で、全く萎縮した様子が無いのは、男以外では彼くらいだ。
もっとも、自分の出番が来れば、空気を一新してみせる。
名を呼ばれ、まっすぐに立った男には自信しかない。
彼と共同して企画したプロジェクトに、相手が納得しないわけがない。
だが、懸念がヒトツだけある。
それは、男の上司だ。
協力する、と決めたあの日。
彼の作成した資料を手に戻った男を裏切り者と呼ばわった上司は、以来男をそういう扱いしかしてこなかった。
シャレに出来ない妨害も、何度か仕掛けられている。
上司とて、この会社の筆頭と言われる部署を率いるだけはあり、能力は高い分、やっかいな相手なのだ。
今日も、しれっとした顔で男の上司面をしているが、その瞳は、いつ仕掛けてやろうかという悪意に満ちている。
上司の妨害を上手く受け流せるか。
むしろ、そちらの方が問題だろう。
男は、ヒトツ大きく息を吸う。
口を開こうとした、その瞬間だ。
「ああ?このファイルはどうやったら解凍とかってのが出来るんだ?」
響き渡った声に、皆の視線が一斉に集中する。
皆の視線が集まった先には、上司だ。
確かに、小型のノートパソコンはある。でも、それは誰も同じことだ。相手方とてそうなのだから。
人に見えないからといって、この場とは関係ないことをしている人間も珍しくは無いだろう。こういう時でさえも。
「少々、独り言にしては大きすぎますね」
苦笑気味に、相手の代表格が肩をすくめる。
上司は血の気の引いた顔で、首を横に振る。
そんなことは言ってない、という言葉は声にはならない。さすがに、どのような場かは心得ているし、今の声が自分のモノではないとは否定出来ないからだ。
CEOの側にいる人間が、背後に軽く合図を送る。
腰が抜けたような表情のまま、上司はあっさりと引きずり出されていってしまう。
しかし、それだけでは壊れてしまった空気は戻らない。
上手く取りつくろう言葉を探すようにCE0が目を泳がせた時、涼やかな声が響く。
「大変失礼いたしました。ですが、どんな時も己の領分の仕事を忘れない、仕事熱心な人間なのです。多目に見いただきたい。弊社に対する評価は、これから行われるプレゼンでご判断下されば幸いです」
立ち上がった彼は、相手方を効果的な視線で見回しながら言ってのけ、最後に男へと微かに頷く。
男も、彼にしかわからぬ程度に頷き返すと、まっすぐな視線を相手方へと向ける。
ともかく唯一の懸念は取り除かれたのだから、後は全力でやるだけだ。



男は、隣を歩く彼を見やる。
「もう、時効だよな」
「何がだ?」
彼が、静かに首を傾げる。
「あの時のだよ」
二人の間では、初めて組んだプロジェクト企画のことは、それで通じる。
国運がかかっていると身構えたが、複数の国を股にかけることになった今となっては、しゃちこ張り過ぎていたような気がしないでもない。
ともあれ、男と彼にとっては大きな転機となったモノには違いない。
あのプロジェクトが通った時点で、世界からは国の経済が持ち直すと見込まれて事態は大きく好転した。プロジェクト自体が動き出すのを見届けて、男と彼は揃って退社した。
必要だったとはいえ、多少とは言えない波風を立たせた責任を取った部分もあるが、それよりも、二人一緒なら、ずっと大きなことが出来ると知ってしまったからだ。
いや、ずっと前から知っていたけれど、事実として明示されてしまった。
周囲の思惑や組織の枠のせいで競争し続けなければならない状況は、もううんざりだった。
お互い、いきなり具体的な話を始めたと気付いた瞬間には、笑ったものだ。
我に返ったら、二人で新たな会社を起こす、というコトは決定事項として会話が進んでいたのだから。
スキルも人脈も資金のメドも問題ないと判断した二人だったが、想定以上に順調に滑り出した。
あのプロジェクトを実質的に企画した者たちが起業したということで、あの時の相手国だけでなく他国からも仕事の話が舞い込んで来たのだ。
二人は、実現すれば数カ国が関わることになる大きなモノを、これから提案しようとしている。
いきなり、失敗すれば立ち直りようが無い規模だが、男も彼も心配はしていない。
ただ、男としては最初の仕事の前に、自分の中の小さな疑問をすっきりさせておきたいと思ったのだ。
彼は、あの時のことで、男が腑に落ちない表情になる要因が何なのか、正確に察したらしい。あっさりと返す。
「ああ、アレか」
アレという言い方で、やはり、と男は確信する。
「やっぱり、仕掛けたのお前だったんだな」
いくらなんでも、あの場であんな間抜けなコトを上司が人に聞こえるような声で言うわけが無い。
彼がいつの間にか録音して、絶妙なタイミングと音量で再生してのけたのだ。
「プレゼンの合間に余計な差し出口をされるのは、煩わしかったから」
口の端を、微かに持ち上げる。
「歓迎されてないにしろ、出入りは自由だったしな」
「なんで、事前に言わなかったんだよ」
頬をふくらませる男に、彼は軽く声を立てて笑う。
「子供みたいな顔だな」
「ごまかすなって」
ふくれっ面を引っ込めて、真剣な顔で足を止めた男に並んで、彼も足を止める。
「ああいうの仕掛けるなとは言わない。一人で背負うような真似は、絶対にやめてくれ」
真正面からの言葉に、彼は切れ長の目を少しだけ見開く。
が、すぐに面映そうな笑顔になる。
「わかった。約束するよ」
男も、満面の笑みになる。
「おし、じゃ、いっちょ行くか!」
大股で歩き出した男の隣を、彼も颯爽と歩き出す。





2008.12.10 Sworn F 09 -Espieglerie side Friend-

■ postscript

「おまえ、一人で背負うような真似はやめろ」
どんなことをするにしろ、結果は共に受け入れるから。

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