10 □ Unexpressed side Foe
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目がくらみそうなフラッシュと向けられる幾多のマイクに、男は肩をすくめる。
「何度訊かれても、答えは変わらないですよ」
男の返答に、周囲は一気にざわめく。
「では、対話の予定は無いということですか?」
「協力は、今後もあり得ないと?」
マスコミの質問はいつもありきたりで変わらない。今回の件が起こってから、この質問を何度受けたのか、数えるのもおっくうだ。
「ですから、党主が述べている通りです」
男は再度肩をすくめる。
「私に訊かれても答えかねます」
これ以上付き合ったところで、同じ問答がひたすら繰り返されるだけだ。男は軽く手を上げてマイクの波を遮り、車へと向かう。
「ですが!」
マスコミの声が、追いかけてくる。
「党主は、あなたを信頼してますよね」
「意思決定には、あなたの意見が参考にされているでしょう?」
それは事実というより、男の言葉を引き出す為の誘い水に過ぎない。
男は振り返ることなく、車の後部座席に乗り込む。
隣に乗り込んだ秘書が、発車するのを待って、次の予定を簡潔に確認するのへと頷く。
「あの」
秘書にしては遠慮がちな声に、男は不審そうに横を見やる。
「どうした?」
「本当に、対話をなさるおつもりはないのですか?」
誰とかなど、訊かずともわかる。
男は、無言で窓の外を見やる。
別の出口から出てきたところを、男と同じようにマスコミに囲まれている彼。
怜悧な視線で何か一言だけ返すと、同じように待っていた車へと乗り込んでいくのが見える。
「同じに聞こえるが違う言語をしゃべる相手と、一体何を話せと?」
低い声に、びくり、と秘書は肩を揺らす。
「ですが」
「まだ、敵国さんとやらの方が言葉が通じる。少なくとも、話し合いの席につく気はある」
男の言う敵国とやらは、仮想などではない。文字通り、武器を手にこの国へ牙を剥いている。
だが、この国は未だにまとまらぬままだ。
脅威がすぐそこにあると言いながら、政治舞台では、二つの政党がイ二シアチブを取るのは自分たちと譲らない。
途中までは大喜びで煽っていたマスコミも、さすがに相手方の偉容の影が見え始めたあたりから、協カはあり得ないのか、という論調が出だしたが、それでも何ら変わらない。
国を守ることが出来るのは相手ではない、と主張し続けている。
相手の思惑はどうであれ、敵国と話し合いの席を持つことで同意した男の側が一歩リードと言っていいだろう。
秘書は、男の言うことをわかってはいるが、という顔つきで続ける。
「しかし、面と向かって恫喝してくるだけでは」
「恫喝に動じないか屈するかは、党首次第だ」
平坦な言葉に、秘書は軽く目を見開く。
「それでは」
しかし、それ以上は言葉にならない。
恫喝に屈するとわかっていて、などとは、さすがに口に出来ない。
「首相と敵国さんとやらとの対話を設定しない分、アチラさんの方がムダがなくて賢いかもな」
男はうっすらと冷えた笑みを浮かべる。
秘書の質問に答えた最初の二つは、表向きで何度も言っていることにすぎない。現状のまま敵国と顔を合わせたところで無駄なのは、誰よりも男が知っている。
単なる、スタイルだ。
「対話して協力して、万が一の確率で解決したら、馴れ合っていると煽られる。この国の為に働く意味がどこにある?」
秘書は、血の気の引いた顔のまま黙っている。
それを横目に、男は無言のまま笑みを大きくする。
きっと、彼も同じだ。
己の側の首相も党も、この国さえも見離している。
ただ、国の運営に一端でも関わった者の責任として、運命を共にしようとしているだけのことだ。
もっと早くに彼という人間を知っていたら違っていたろうか。
男は、軽く首を横に振る。
今更、何の意味もないこと、と。





2008.12.13 Sworn F 10 -Unexpressed side Foe-

■ postscript

通じぬならば、最初から「言葉はいらない」。
幾多の言葉も通じない。

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