11 □ Unexpressed side Friend
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男は内心、うんざりだ、と思う。
ここしばらく、延々と同じ問答が続いている。
数えるのもおっくうだが、神経質なくらいの仕事ぶりの秘書なら知っているだろうか。後で、試しに訊いてみるのも悪くない。きっと、アホらしさに笑えてくるだろう。
有事としか言いようのない状況で、この国を守るべき者たちが何をしているのだろう。彼らは、座して滅びるのを待つ気なのだろうか。
仮想でも映画でもなく、この国へと刃を剥いてきた国があるというのに。
かの国は、自国の分裂の危機を避ける為に、不穏分子でもある軍隊の総力を傾けてきた。
今、この国に突きつけられているのは開戦か降伏かの二択だ。
だというのに、この国の政治二分する党首二人は、互いこそが国を救えると言って争うばかりで具体的行動はなんら起こさないままに刻限が迫っている。
開戦も降伏もすることなく、この国を守ろうとするのならば。
この国の防衛能力を動かすことならば、男には算段がある。だが、それだけが動いたところで、無駄骨になってしまう。
外交との二面で進めなくてはならないのだが。
男は、ふ、と自党の党首であり首相たる人間と、唾を飛ばしあってバカらしい問答に終始している相手方の党首の、背後へと視線をやる。
どことなく面白く無さそうに手元の書類に視線を落としている白皙の彼は、若手だがベテランたちと同じ土俵に立つだけの器量と度量がある稀有な人材として、男と並べられる機会の多い議員だ。相手方の党首からの信頼も絶大だが、何より彼は海外主要国首脳部に公私にわたるツテを持っているらしい。
彼のような人間が。
そこまで考えたところで、彼が男の視線に気付く。
つ、と切れ長の視線が上がる。
人のことをじろじろと見ているなど、あまり行儀のいいことではない。視線を逸らすべきだったのだろうが、男は何故か、出来なかった。
男と彼の、視線が逢う。
二人ともが、弾かれたように、いくらか目を見開く。
驚いたのは、視線が合ったからではない。同じ光を宿していることに、気付いたからだ。
守りたいのは、この国。
その為なら、最後の誇り以外のくだらないプライドなど、とっとと捨てて構わない。
まさか、この場に思いを同じくする相手がいるとは。
が、すぐに二人は視線を外し、元の表情に戻る。
冷静にならなくては。
そう簡単に、同志が見つかるはずが無い。
けれど、もし、本当に。
離れた視線が、もう一度合う。
間違いない、同じ光。
しかも、先ほどより力を強めている。
防衛と、外交と。
算段がつくとわかったら、やるだけだ。



取り囲む幾重のカメラとマイク、目の眩みそうな回数のフラッシュへと、男は、場にそぐうとは言いかねる爽やかな笑みを浮かべる。
「この国を守ることの出来ない首相では意味が無いどころか、害です。だから、こういう結果になった。それだけです」
二大政党の党首二人の政治生命を絶つのに充分なスキャンダルが、ほぼ同時にリークされたのは数日前だ。
首相の懐刀と言われていた男が、こんなスキャンダルを抱えた首相など国の代表として認められない、と辞任を迫る急先鋒となったのだから、騒ぎは一層大きくなった。
時と同じくして野党党首も、彼から突き上げを食らった。正確には、冷徹に追い詰められたのだが。
党首たちをかばう発言をした大物たちも、次々と同様の憂き目にあった。ここ数日で国民の誰もが知っている大御所級議員のほとんどが辞任に追い込まれた。
大げさな表現で無く、文字通りに、だ。
大物と呼ばれた議員達に待っているのは、検挙と裁判だ。大御所と言われる年齢では表舞台に戻るだけの時間は残されまい。
そして今朝、とうとう双方の党首はほぼ同時に辞任を表明した。しかも、政権を担っている男の党首は首相でもあったわけで、ようは内閣が消えてしまったわけだ。
一連の騒ぎは、最高潮を迎えているとマスコミは思っているのだろう。
「今、この時に首相不在とは」
「刻限は、間近なんですよ?!」
「空白は今日、正確にはあと三時間もあれば終了します」
きっぱりと言い切った男へと、また質問の嵐だ。
「たった三時間でケリがつくとは思えませんが」
「どのようになさるおつもりですか」
「党首選には、出られるおつもりですか」
男は、笑顔のまま返す。
「今、我が党でこの国を救えるのは僭越ながら私しかいない。さあ、三時間でケリをつける為には道を開けていただかねば」
爽やかな笑みのまま、男は続ける。
「それとも、アナタ方も国が滅びるのを座して待つ気ですか」
さすがに、今の状況ではコレは伝家の宝刀だ。
マスコミは水を打ったように静まり、党本部への道は開く。
歩き出した男は、誰もから完全に見えなくなったところで、微かに笑みを大きくする。
騒ぎが最高潮を迎えるのは、むしろ三時間後なのだから。

男の宣言通り、三時間後には新内閣の陣容が発表された。
たった三時間でケリがつく訳が無い、と言ったマスコミは、目を剥いた。
なんせ、互いが提出する何もかもに反対するはずの二大政党が、ほぼ全会一致での首相選出したのだ。その前の党首選も、むしろどちらが早く選出するかを競っているのかと思うほどだった。
内閣発足と同時に非常事態宣言が発せられ、首相と国防大臣を兼任した男の隣には、外交全権を預けられた彼が立つ。
「この国は卑劣な侵略には屈しない」
男は、この国、いや世界に、きっぱりと宣言する。
「あらゆる手段で、万難を排する覚悟だ」
言葉の上だけではないことは、外交に飛びぬけて強い彼の存在がはっきりと示している。
男に続き、マイクを向けられた彼は切れ長の目を、真っ直ぐに前に向ける。
「首相が述べた通りです。国難を乗り切る為に、一身を賭します」
仮想で無く、ホンモノの敵が現れてさえ争い続けていた二大政党が、協力し合うことなど出来るのか。
当然、発せられるはずだった問いは、二人の視線であっさりと封じられる。



一ヶ月後。
予算委員会での議案評議は、懐かしい光景が繰り広げられている。
与党議員と野党議員が、互いに異なるデータを見せ合って国民の意思を汲んでないのはソチラだ、と水掛け論を始めたのだ。
先日の男の組閣を、非常事態の臨時内閣と勝手に決め付けたマスコミは、目を輝かせて成り行きを見守っている。
こちらの持てる限りの軍事力の誇示と、情報力、そして必死の外交活動により、相手方に一歩も踏み入らせること無く国の平安を勝ち取るまでの怒涛の三週間のことなど、すでに喉元過ぎた過去のこと。
こうして争ってくれた方が、マスコミには嬉しいネタなのだ。
が、ソレを低い声で男が止める。
「両議員に質問なのだが、根拠となっているデータはどのように集めたモノなのか?どちらも大きく数値が偏ってる理由はなんなのか?具体的に説明して欲しい」
不満そうに唇を尖らせつつ、自党の議員が口を開く。
「ですから、これは広く一般の方の協力を」
「その一般の方とやらが、具体的にどういう職種と年齢層に分布しているのかと訊いているんだ」
言葉に詰まった自党の議員から、野党の方へと男は視線を移す。が、そちらも無言のままだ。
「首相からの質問に答えられないような調査なのか」
冷淡な声は、彼のモノだ。
小さくため息を吐くと、彼は立ち上がる。
「政府の調査に寄れば、双方のデータとは食い違った結果が出ている。ちなみに調査に協力頂いた職種と年齢層の分布だが」
静かな声で、根拠と事実が淡々と述べられる。
「この結果を元に、我々は示した通りの議案を提出する」
ぐうの音も出ない状態で、与野党はその議案を受け入れる。
そして、独裁ではないかとツッコもうとしたマスコミも、勉強不足と調査不足を指摘されて赤っ恥をかくことになる。
やっと、マスコミも気付く。
男と彼は甘くない。
悪質な捏造をしたと判断すれば、何のためらいもなくマスコミの特権剥奪もしてのける。
非常時の臨時内閣が出来たのではない。
この国をドラスティックに変える、強烈に強気の内閣が出来上がっていたのだ。しかも、有事対応という最大の難局を最初に乗り越えている。
自分らにとばっちりが来ないところで、とマスコミの誰かが尋ねる。
「先日の辞任ラッシュで議席にかなりの空きが出ていますが」
「この人数で充分運営出来てるじゃないか」
にこやかに、男は返してのける。
「では、このまま定数削減なさるおつもりですか?」
「この程度でなく、もっと削減すべきだな。根拠のないくだらん議論に終始する人間に血税を払うなど、国民に申し訳が立たない」
あっさりと言ってのけ、男は首を傾げる。
「他に質問は?」
政治向きのことは、うっかりと訊けばしっぺ返しを食らう。考えた挙句、毒にも薬にもならない質問がされる。
「今日はいつもより早く公務が終わったようですが、この後のご予定は」
「友人と食事だ。とても楽しみにしていたんだよ。では」
鮮やかな笑みと共に、男は背を向ける。
今頃、彼も珍しく定時に退庁しているだろう。
内閣を立ち上げた時から今日まで、顔を合わせると国家運営の話ばかりだったけれど。
プライベートでも、彼とは楽しくやっていける。
そんな確かな予感に、男は笑みを大きくする。





2008.12.15 Sworn F 11 -Unexpressed side Friend-

■ postscript

言葉がなくとも、志は通じ合う。
手を携えることの出来る相手がいるのならば、難局にも立ち向かってみせる。

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