12 □ 心の色 side Foe
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綺羅な宮殿には綺羅な装いが似合う、と誰かが言ったとか言わぬとか。
皇帝を上席に行われる朝議は、まさに威容を誇っていると言っていい。
玉座からは、末席の者がどこにいるかさえわかるまいと思われるだけの人数が集まる中、帯刀を許されているのはたった二人だ。
他ならぬ皇帝自身と、軍の最高司令官であり今は丞相も兼ねる上将軍だ。
本来なら、皇帝の刀は近侍が側で持つものだが、零落しきったと言われた現王朝を再興してみせた皇帝は自ら剣を取って戦うことも多かったせいか、腰にあることを厭わない。
いや、腰にあることを好んでいる、という方が正確だ。
かといって、ただの武骨では無い。民らが何を欲しているか察する嗅覚が実に鋭い。
その皇帝と、常にくつわを並べて戦い続けてきた上将軍は、軍事のみならず政治にも精通している。今は、丞相と呼ばれることが多いが、その役職に恥じぬ実力の持ち主だ。
なすベきことを具体化し、実際にしてのけることにかけては、人後に落ちない。
その二人が組んだからこそ、腐り果てた王朝の再興がなったのだ。

ソレデモ、根腐レノ毒ハ、ジワリ、染ミ込ム。

手際良く議題を片付けていく丞相を見やりながら、皇帝の胸はざわめく。
「丞相様は、文官にも武官にも慕われていることで」
「何事もこなされる、あの実力はさすがですな」
「あの能力を持ってすれば」
そう、丞相の能力を持ってすれば。

背後からの刺すような視線に、丞相の苛立ちはつのる。
えてして、権力の頂点に立った者は能力がある者を忌む。
狡兎死して走狗煮らる、の例えもある。
「お邪魔に思っているご様子」
言われずとも、気付いてる。
「機会あらばと思っていらっしゃるようで」
そう、皇帝は一声さえ発すればいいのだから。

毎日のように、繰り返される会話。
ことあるごとに、聞かされる不快な情報。
笑って流せたのは、いつまでだったのか。
相手の目に、信頼以外の何かをみつけたのは、いつだったのか。
いつしか、虚言は真実となり。
小さな芽は大きく育って花開く。
血の赤なのか、落ち行く闇の黒なのか、誰も知る者は無いけれど。
引き返せない、それだけは確かなことで。
ヒトツの思いだけが、深く深く根付く。



アレ二、排除サレルクライナラバ。



眩しいくらいに澄んだ空となった、ある日。
いつも通りに朝議が終った後、皇帝は静かに声をかける。
「丞相、ちと相談したい議がある」
「承りましょう」
人払いをされた奥の間。



機会ハ一度。時ハ一瞬。



皇帝が鞘を払うのを、丞相は見たのか。
丞相が白刃を閃かせるのを、皇帝は見たのか。

鈍い音と共に、互いの腹には深々と刃が突き刺さる。

死す時は共に。
かつて、そう誓い合った。
だが、こんな皮肉な結末を向かえるとは。
見開かれた相手の驚愕の瞳の中に、まるで鏡のように同じ色の自分の瞳がある。
それに気付いた瞬間に、互いの愚かさを知る。
こんな最後がお似合いだ。
最も大事と任じたはずの友人すら信じられず、排除を目論むような自分には。
最後だけは、同じ思いを抱けたことは。
こんな愚かな自分には、過分の幸せで。
もう、そんな思いを語り合うことすら、出来ないけれど。



「距離が無いのは、最も距離があるのと同じこと」
くすくす、と誰かは笑う。
「離れることを恐れはじめた時には、すでに猜疑は生まれている」
最も邪魔な者たちは、自らの手で消えた。
恐れる者など、無い。
己が野望の為に、どんなに玉座が血塗られようと、今日ほどのことはあるまい。
「なんせ、本当に血染めにしたのだから」
くすくす、とまた笑う。



型通りの後始末をした誰かは、知らない。
玉座どころか、床をも染め行く赤の中で、二つの躯には笑みが浮かんでいたことも。

己ノ未来ニ待ツ、末路モ。





2008.11.15 Sworn F 12 -Color of the nucleus. side Foe-

■ postscript

皇帝と臣下という心の「距離があるゆえ」、些細な讒言に猜疑が生まれる。
過ちに気付くのは、手遅れになってから。

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