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癪な師匠と弟子
 匠のい方

小さなお客様は、目をいっぱいに見開いて「お願い」を口にする。
「おばあちゃんの病気、だ、大魔法使い様しか、お薬作れないって聞きました。だから、お願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
「ただではダメだって聞いたから、おこづかい、持って来ました」
ほほう、なるほど。
その年齢にして、人にモノを頼む時にあるべき姿ってヤツを身につけてる点、なかなか見上げたものだ。
でもねぇ、ウチの師匠にそれが通用するかって点では、保障しかねるんだな。
奥の机で、いかにも難しい書物を読んでますってな顔つきをしていた師匠は、じろり、と一瞥する。
「ふん、わしにしか薬が調合出来んとなったら、そりゃ寿命じゃ」
子供に言うには、随分とキツイ口調で言ってのける。
「自然の摂理に従うことじゃな」
言いたいことだけ言ってしまうと、また、本へと眼を落とす。
案の定、小さなお客様の目の端には、じわり、と涙が浮かぶ。
「でも……おばあちゃん、今年の落ち葉が見たいって……おじいちゃんも、その頃にいったから、だから、そうしたら、おじいちゃんが迎えに来てくれるからって……」
ぎゅ、と手を握り締める。
「おばあちゃん、お願い事なんてしたことないのに、それだけは、毎日神様にお願いしてたの、だから、お願いです」
ぺこり、ともう一度頭を下げる。
「どうか、薬を、作ってください」
師匠、無言のまま。
仕方ないので、俺は膝を折り、小さなお客様と目線の高さを合わせる。
「お父さんとお母さんは、君がここに来てることを、知ってるの?」
こくり、と小さなお客様は頷いてみせる。
「でも、きっとダメだろうって。大魔法使い様は、とても大変な時にしか、魔法を使わないんだって。だから、お小遣いしかないの」
ふんふん、親の言葉は正しかったってことが証明されたわけだね。
ま、そう思っといてくれないとさ、師匠も大変なことになっちゃうから。
ほら、人間って、すぐに楽な方に流れたがるだろ?
師匠がやってくれるって思った途端、なんもしないで全部やらせようってなことになるわけだ。
ちょっとした、自分で充分出来るだろってことまでさ。
あっという間に、世界の小間使いになっちまうのが目に見えてる。
というわけで、師匠は滅多なことでは人の願いを叶えてやるなんてことは無い。
でも、実は俺、この子の家を知ってるんだよね。
師匠の使いで、よく街には行くからさ。
だから、ここの家の婆さんってのが、どんな人かってのも知っている。
戦争で早いうちに旦那亡くして、それでも自分の子供しっかり育て上げて、すっごい苦労したのに、そのことを一言も恨みがましく言ったことなんてないんだ。
ただ、顔や手に刻まれた皺だけが、彼女の幾多の苦労を語ってる。
いつも、穏やかに笑ってる。
年取ったらこんなになりたいねぇって思わせるような、出来た婆さんなんだ。
その婆さんがさ、唯一願ってるなんて聞いたら、ちょっとほだされるよな。
しかも孫って子が、こうして貯めた小遣いまで持ってきてさ。
ちょいちょい、と俺は指だけで家の外に連れ出す。
小さなお客様は、後ろ髪を引かれるように振り返りつつも、大人しくついてくる。
ま、あれだけはっきりと言われちゃったらね、ちょっと諦め気味にもなるってもんだ。
「その貯金箱、ちょいと貸してくれる?」
こくり、と頷いて、大人しく渡してくれる。
軽く、振ってみる。
ふんふん、なかなかイイ小遣いもらってるじゃないか。
俺は、にやり、と笑う。
そして、小さなお客様に、あることを耳打ちしてやった。

数時間後。
小さなお客様は、再び師匠の前にいる。
「あのう、お願いします」
ぺこり、と深々と頭を下げる。
「うめこぶ茶、買って来ました」
話にもならん、といった様子で書物に視線を落としていた師匠が、ぴくり、と眉を動かす。
「うめこぶ茶、とな」
「はい、お得用のを、買えるだけだったんですけど」
小さな手を精一杯伸ばして、師匠に差し出している。
師匠は、かけていた眼鏡を机に置く。
「よっこらせっと」
と、わざとらしいかけ声をかけながら立ち上がり、のろのろと小さなお客様の前までやって来る。
「ほほう、確かに、お徳用うめこぶ茶だの」
じい、としばらく見入っていたが。
「ふん、あんたの気持ちはようわかった、少し待っとれ」
言いおくと、また、難儀そうにゆっくりと奥の部屋へと入っていく。
お客様は、いくらか期待する目付きで俺を見上げる。
俺は如才なく、師匠の消えた扉を見つめて続けて無視をする。
小さなお客様は手を握り締めたまま、じっと扉を見つめる。

薬は一度しか効かないこと、次に体調が悪くなるのがいつになるのかは師匠にもわからないこと、次に来ても薬は渡せないこと、それらをよく言い含められてから。
小さなお客様は何度もお礼を言った後、頬を紅潮させて走って帰っていった。
俺は、師匠の為に、うめこぶ茶をいれてやる。
小さなお客様が置いていった、薬代だ。
師匠は、ふうふうと何度もふいた後、ゆっくりとすする。
ほう、と大げさなため息をヒトツ。
「やっぱり、暑い夏にはうめこぶ茶じゃのう」
満足げに呟く。
まぁ、人の好みはそれぞれですから、俺に文句はありませんがね。
半分ほど飲み干したところで、じろり、と俺に、ひと睨みくれる。
「わしの好みを、教えたのう」
「お金よりは、うめこぶ茶が好きだ、とは言いましたけどねぇ」
俺は、肩をすくめてみせる。
「あの婆さまなら、あの子によく言い聞かせるでしょうよ。二度とこんなことはしないって」
ふん、と師匠は鼻を鳴らす。
「それに、本当に心から、師匠に感謝すると思いますけどね」
師匠の渡した薬を飲めば、寿命は秋まで間違いなく持つのだから。
ふん、ともう一度、師匠は鼻をならす。
そのまま無言でうめこぶ茶を飲み干し、ずい、とカップを差し出す。
俺は、お代わりを注ぐ。
そのカップを手にしながら、師匠は、ぼそり、と言う。
「勝手に薬を造らなかったのは、褒めてやる」
俺は、ただ、にやり、と笑う。
「師匠を差し置くようなマネは、しませんよ」
「こういう時だけ、師匠と呼びよって」
渋い顔をしながら、師匠はまた、ふうふうとうめこぶ茶をふきはじめる。
熱いのが苦手なのに、やはり、暑い夏には熱いうめこぶ茶であるらしい。


2003.08.02 The aggravating mastar and a young disciple 〜Art of handling the master〜

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