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癪な師匠と弟子
 法使いの

扉を開けると、小さなお客様が見上げている。
「こんにちは!入ってもいい?!」
目をきらきらときらめかせて尋ねてくるのに、俺はにっこり笑って頷いてみせる。
「どうぞ」
基本的に、師匠は、来る者を拒まないことにしてるんだ。
それじゃなくても大魔法使いって呼ばれるような御仁だからさ、変に世間から離れたりすると、余計な憶測を呼ぶってコトになる。
人間って不思議なもんで、誰かが疑心暗鬼になるとあっという間に感染するんだよね。
特にこういうことはさ。
そんなわけで、この家はお客様大歓迎。
拒むのは魔法を使うことだけってわけだ。
ほら、人間ってすぐ楽な方に流れたがるからさ、師匠がほいほいと魔法使ったりしたら、あっという間に世間様の小間使い決定ってことになっちゃうだろ?
そんなわけで、師匠はそう簡単には魔法を使わない。
誰でも歓迎なのはわかってても、魔法を使ってもらえないんじゃ大人たちは用は無い、ってわけで小さなお客様ばかり、ってことになる。
大魔法使いってどんなのか、家はどんな風になってるのか、興味津々ってわけ。
もっとも、大魔法使いに会えればツイてるってヤツで、全部、俺が相手するわけだけど。
師匠も、そのあたり、もう少し考えて欲しいね。
だって、一人で客の相手して、飯の準備して掃除してってやらせといてさ、修行が足りんとか何とか。
修行するには時間が必要だってこと、忘れてるんじゃないかとたまに思うよ。
さて、今日のお客様は、珍しくも何回も通ってくる男の子だ。
いくら魔法使いに興味津々の子供だって、数回来れば、いい加減魔法が見せてもらえないってことはわかるからね、足が遠のくって寸法。
ま、彼が飽きずに通ってくる理由は、わからないでもないんだけどね。
ちょこっとだけ、魔法使いの本棚を見ちゃったんだな。
魔法使いの本棚は、特別製なんだ。
魔法ってのは、唱える呪文自体にも封じ込められているからね。
もちろん、きちんと発動させるには唱える方にしっかりとした魔力が無きゃダメだし、呪文を正確に確実に唱えなきゃならないし、その魔法に見合っただけの経験や実力ってのも大事。
ってまぁ、ここらは師匠の受け売りなわけだけど。
ようは、力も持ってないし、ちゃんとした手順も知らない人間が、ヘタに魔法の呪文を唱えようものなら、ドエライことになる。
高位になったら、それこそ命がけってヤツ。
でも、人間って好奇心の塊だからさ、そんなこと言われたら、余計に本を開いてみたくなるだろ?
ついでに、ちょいと読めそうな文字を読んでみたりしてさ。そういう、中途半端がいっちばんマズイ。
魔力は歪むわ、影響はごっちゃごちゃになるわ。
いやもう、説明するのが難しいくらいに悲劇的。
もしも不注意な魔法使いの家でいかにもな本を見つけたとしても、さっさと視界から外すに限るね。
ま、その点、師匠は良心的だから、魔力が無い人間には本があることすら見えない魔法を本棚にかけてある。
魔法使いの本棚に入っている本は、実力相応のしか見えない。
ぶっちゃけ、人には本があることすらわからない。
まぁ、たまにはいるけどね。
初級中の初級の本が、ちらっと見えるくらいのは。
なにか見えたって眼をこすった後は、もう何もないってな具合で。
その手のは、ああ見間違えたんだな、でオシマイ。
彼の場合は、ちと勝手が違った。けっこう、見えちゃったんだよね。初級棚だったんだけどさ。
いやまぁ、この点は俺も反省はしてるんだけど。
どういうことかって、魔力がある者が近付くと見えちゃうんだ、本棚が。
そいつの持ってる魔力に反応してさ。
あの日は俺も、ぼんやりしてたっていうか。彼の目つきですぐわかったから、眼くらましの魔法をかけたけど、ちょいと遅かった。
彼は、自分の眼を疑うのではなく、本棚は隠れてるんじゃないかって思ったわけだ。
あ、記憶の操作はしないよ。
アレはけっこう高位の魔法だし、使うほどに致命的じゃなかったし。
ともかく、彼は本棚を確認すべく、機会をみてはやって来る。
俺もそう何度もドジは踏まないから、あれ以来見えてないんだけどね。にしても、この根性には恐れ入る。
いったい、今日で何回目なんだか俺にはわからなくなってきてるくらいだ。
そこまで熱心だったら、一冊くらい手に取らせてやってもいいじゃないかってなご意見も、どこからから聞こえそうだけどね。
やっぱ無闇に触れていいもんじゃないんだ。触っただけでも、いくらか影響受けちゃうからさ。
素質も無いのに魔法に触れたら、やっぱりそれは毒と同じなんだ。
ほんの少しかもしれないけれど、なにかが蝕まれちまう。
こんな小さな子供がさ、らしい好奇心発揮したってだけで人生台無しってのは、師匠も俺も望むところじゃない。
根気よく付き合って、あれは幻だったんだって思ってもらうより他ないってわけだ。
彼は、難しい顔つきで部屋中を見回している。
最初に見た本棚の、気配すらないんだから当然っちゃ当然だな。
どう頑張ったところで、二度と見えないんだけど。
ひとまず、延々と壁をにらみつけているのもなんだよなぁ、というわけで、俺はお湯を沸かし始める。
その音に振り返った彼に、俺は笑いかける。
「ま、お茶でも飲んでのんびりしてったら?」
いつも通りの対応にも、彼は難しい顔のままだ。
首を横に振ってから、まだしばらく考えた顔でいたけれど。
やがて、意を決した、という顔つきに変わって、俺を見上げる。
「ね、あそこに立ってみてくれない?」
指した場所は、最初に俺が立っていて、彼が本棚を見た場所だ。なるほど、状況を再現すればまた見えるかもしれない、と。
他のことなんだったら、悪くない考えだね。
残念ながら、あの本棚は二度と見えないんだな。
俺は、にっこりと笑って頷いてみせる。
「いいよ」
ぶらぶらと歩いて、彼の指定した場所に立つ。
もちろん、本も本棚の影すらも見えやしない。
「もうちょっとだけ、右に行ってみてくれる?」
「うん」
右へ左へ、ちょこまかと調整するのに、俺は根気良く付き合ってやる。元はと言えば、俺がドジったのが原因だからね。
正直、根性入り過ぎじゃないかと言いたくならないでもないけど、気持ちもわからなくもない。
散々、あれやこれやと試して見た後。
彼は、ぽつり、と呟くように言う。
「ありがとう、ごめんなさい」
なにをどうやろうとも見えないことがショックだったらしく、なにやら微妙にふらふらとしつつ扉に向かう。
扉を開けたところで、いくらか我に返ったらしい。
くるり、と振り返って、もう一度ぽつり、と言う。
「あの、今日は帰るね」
「うん、気を付けて帰るんだよ」
俺は、相変わらずの笑顔で手を振ってみせて、扉は、ぱたり、と閉じる。
軽く息をついたところで、見計らったように奥の扉が開く。
「ふむ、やっとケリがついたようじゃの」
師匠が現れた途端、部屋は所狭しと並ぶ本棚だらけになる。それどころか、入りきらずに積み上げてある本の山もいくつもだ。
俺は、ぐるっと部屋を見回してから答える。
「まぁ、彼が本棚が目的でここに来るってことは、二度と無いでしょうね」
それから、ちょいと非難がましい視線を向ける。
「そろそろ、片付けた方が良くないですかねぇ?まーたどこにやったやらわからなくなりますよ」
「ふむ、それさのう」
師匠は、言われて気付いたとでもいう様に、わざとらしいくらいにゆっくりと見回す。
「では、今日はここを片付けてもらうかの」
「最高位魔法呪文本とかごろごろしてますけど?分に合わない魔法本に触れるのはご法度じゃありませんでしたかね」
俺が肩をすくめて返すと、ふん、とひとつ鼻を鳴らす。
「こういう時だけ修行中と主張しても無駄じゃい。だいたい、最高位だろうが位付け出来んもんじゃろうが、禁忌じゃろうが、お前さんには関係無いじゃろうが」
「うーわー、カワイイ弟子がどうなってもイイという投げやりな発言ですね。哀しいなぁ」
大げさに目を見開くが、師匠は一向に介さない。
「くだらんこと言っとらんと、ほれ、まだあったじゃろ」
なんのことかは、俺にはすぐわかる。
「はいはい、うめこぶ茶なら、まだ残ってますよ」
「はいは一回じゃ」
師匠の眉が、ぎりり、と寄る。こういうことには、実にウルサイ。なので、俺は大人しく返事をする。
「ふぁーい」
「なんじゃ、そのふぬけた返事は」
俺は、無視をしてお茶を入れ始める。
ちょうど、あの子の為にお湯を沸かしたところだったし、いいタイミングってやつかもな。
カップを渡すと、ふうふうと大げさにふいてから、おもむろに一口すする。
「うむ、やっぱりうめこぶ茶じゃて」
満足げに頷いて、もう一口。
結局のところ、暑かろうが寒かろうがなんだろうが、好物は好物ってこと。
「さて、のう、次はいつのことやらのう」
半ば、独り言のように師匠が呟く。
俺は、聞こえないふりをして、本を片付け始める。
「珍しいからといって、あまりちょっかいを出すでないぞ」
「わかってますよ」
師匠に背を向けたまま、俺はぞんざいに返事を返す。
しばらくは、師匠の使いばかりになるに違いない。
またいつか、好奇心旺盛の小さなお客様が現れるまでは。


2004.06.20 The aggravating mastar and a young disciple 〜Wizardly bookshelf〜

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