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癪な師匠と弟子
 より出でて

師匠は椅子に深く腰掛けて腕を組んでて、俺は壁によっかかってて。
姿勢は違うけど、不機嫌だってことだけは同じだ。
滅多にないってくらいにね。
それっくらい、不愉快なことが起きてるってわけなんだけどさ。
テーブルの上には、水を張ったちょいと洒落たグラスが置いてある。
まるで、そっから立ちのぼるように景色が浮かんでて、こいつを師匠と俺はにらみ付けてるとこ。
ちなみに、映し出されてるのは、俺の唯一無二の親友で、この国の宰相をつとめてる男が歩いているところだ。
向かっている先は、ここ。
別に、彼がここに来るのを怒ってるわけじゃ、もちろん無い。
彼ほどに、師匠と俺の役割とか立場ってのを理解している人間を、俺は見たことが無い。
もちろん、俺も彼の立場ってのは十二分に承知済みだよ。
だからこそ、彼と俺とは親友をやってられるんだから。
それはともかく、彼がここに来るってことは、それが絶対に必要だと判断したってことで、少なくとも俺は彼の判断を疑うつもりは針の先ほども無い。
師匠も文句言わないところをみると、その点、認めてるらしい。
ってことは、師匠と俺が不機嫌な理由は一緒で、彼がここに向かわねばならないと判断した出来事に対してってわけだ。
「そろそろじゃな」
俺が壁から離れたのを横目に見ながら、師匠が言う。声がとてつもなく低いのは、最低最悪に不機嫌って証拠。
この状況じゃうめこぶ茶も飲めないし、当然だけどね。
残念ながら、うめこぶ茶はもうしばらく我慢してもらわないと。
俺は、軽く頷いてみせる。
「ですね、ヤツら、師匠が気付かないギリギリでやろうとしてますから」
ふん、と師匠は大きく鼻を鳴らす。
「馬鹿めが」
吐き捨てるように言ってから、映像の中の彼に目をやる。
「忘れては、おらんだろうな」
「さて、今のところ、俺にも確認不可能ですからねぇ」
俺は肩をすくめてみせる。
「忘れてないことを、祈るだけです」
心より、本気で。
実のところ、コトが動き出してからこの方、それをずっと祈り続けているんだけどさ。
雑談してた時に何気なく渡した、小さなカケラ。
それは、魔法使いの守り印だ。
大魔法使いって呼ばれる師匠の弟子やってるからさ、俺の友達だってだけで余計な手出しするヤツも、世の中にはいる。
そういう馬鹿避けになるのが、魔法使いの守り印。
大事な友人って認めたならば、渡すのが礼儀ってもんだ。
だから、俺も彼にだけは渡してある。
守り印の強さのほどは、作った魔法使いの魔力次第ってところだな。
持ってるって気取られちゃ意味無いから、気配消しの魔法もかかってるわけだけど、へぼいヤツが作ったのなんかは、あっという間に先ずは守り印が見つかって壊されちまったりするから。
ま、俺が作った守り印は、今、彼を狙ってる大馬鹿どもには、とうてい見つかりゃしない。
俺でもかなり近付かないと気配を感じないくらいなんだから。
とにもかくにも、彼がそれを持っていてくれることを祈るしかない。
ヤツら、本当に無茶苦茶やる気だ。
魔法使えない人間一人消すだけなのに、アホみたいな人数かけて準備の気配もぷんぷんな大掛かりな魔法使うってどういう了見だっての。
軽くため息をついて、すばやく遠方から引き寄せる魔法陣を描き出す。
「無茶に派手なのが、来ますよ」
言いざま、浮かんでいる景色も、俺の手元も、派手に光を放つ。
魔法が発動したって証拠だ。
俺は自分の手元に、はっきりとした重みを感じつつ、師匠へと怒鳴る。
「後、ちゃんと見といて下さいよ!俺、こっちで手一杯ですから!」
「わかっとるわ、集中せにゃ後悔するぞ」
物騒なことを言ってのけ、師匠はグラスの上に軽く手をかざす。
ぐん、と画像は大きくなる。
年寄りでも小さいところがよく見えるってわけだ。
ま、師匠はやるときゃやるから、俺は俺の手元に集中することにする。
挨拶の前に、まずは回復魔法だ。
ぷんぷん臭いさせててくれたおかげで、対応魔法がすぐにわかってありがたいことこの上ない。
本当の救いは、彼が俺の守り印をしっかりと持っていてくれたことだけど。
だからって怪我がないってわけじゃない。
なんせ、あちらさんのやれる限りの魔法全部注ぎ込んできやがったからな。さすがの俺でも、あんなちっさい守り印に全部突っ込むのは無理ってもんだ。
そりゃ、何でもかんでも守れる魔法だってあるけどさ、あれは守られる方への反動もデカいからオススメ出来ないね。
ともかく、シャレにならないヤツから順に守られるようにしといて良かったよ。
おかげで、彼の命に別状はない。
反魂は禁忌だけど、治療は任意だからさ。
師匠の気配ばーっか気にかけてて、別の気配にお留守な連中は、守り印があったことすら気付いてないだろうな。
連中の魔法、あんまり派手過ぎて煙幕になってたしさ。
こんなこと考える余裕があるのも、彼の怪我が、俺の魔法ですっかり元気になるってわかったからなんだけど。
ついでに、ボロボロになった衣装も直したところで、彼へのフォローは終了。
「ったく、無茶してくれるよなぁ」
ぼやく俺に、彼は笑顔を見せる。
「私しか生きて辿り着けないと思ったのだけど、間違っていたかな」
「いや、大当たり。ついでに言えば、オモチャ持って来てくれて良かったよ。あれなきゃ、命危ないとこだった」
オモチャってのは、もちろん守り印のこと。
彼は、笑みを大きくする。
「君の守りがかかっているんだ、命までは消えないと信じられたよ」
さらりと言うんだもんな、こんなところは敵わない。
俺は、降参のポーズをとってみせる。
今は、あんまり無駄口をきいてるヒマは無い。お互い、表情を引き締める。
「かなり状況は悪そうだな?」
「抜け出すまでに時間がかかってしまったからな、内部に手引きしている者がまぎれているのは確かだ」
ふん、と師匠が鼻を鳴らす。
「お前様を消したと思うて、派手に動いておるから丸わかりじゃ」
先ほどの大怪我はどこへやらという身のこなしで立ち上がり、彼も俺の用意したグラスの上の映像を覗き込む。
「やはり、この男が……」
珍しく、唇を噛み締める。察していたけれど、尻尾が掴めなかったのだろう。
察しただけでも凄いことだけどね。裏切り行為は全て、魔法の帳の影でやっていたんだからさ。
に、と俺は口の端に笑みを浮かべる。
「おーやおや、ホントだ。けっこう上手く隠れてると思ったのになぁ」
俺の言葉に、彼は振り返る。
そして、彼らしい笑みを浮かべる。
「どうやら、余裕らしいな?」
「当然だろう?相手は師匠対策しかしてないときてるんだから」
俺は、肩をすくめてみせる。
「だいたい、隠れてやってるつもりだった禁忌魔法の生成所を破壊されたのにさ、その意味理解せずにまーたまた魔法でどうにかしようっていう隣国の大馬鹿王のやることだよ?それこそ穴だらけってヤツさ」
もちろん、彼や彼の仕える王家、ひいてはこの国にとって、今回の出来事はそんな簡単な言葉で片付けられるようなことじゃない。
それどころか、師匠に助けを求めることが出来ないよう、一気に、十重二十重に城に魔法の帳を下されちまったもんだから、誰も使者に立てなくなった。
彼が命がけで来なかったら、この国は消えてなくなってただろう。
大魔法使いである師匠は、正式な依頼無しには動けないからね。
どんなに理不尽な状況であろうとも、筋は通す。
それが、この国に師匠が住むとなった時に、時の王と師匠が取り決めた契約なんだ。
もっとも、それは諸刃でもあるんだけど。
守護の魔法が王城に無いってんで、師匠と国は一線を画してることを潔しと認めてくれるとこもあれば、これ幸いと攻め滅ぼそうとする連中もいる。
今回のバカみたいに、何度でも懲りずに手ぇ出してくるヤツもな。
それでも、大魔法使いにおんぶにだっこって国にしない為には、契約は必要なモノなんだけどさ。師匠がどっかの国につくってことは、世の中のバランスを崩すのと同じことだから。
そんな小難しいことはともかく、宰相である彼はここに来た。
彼は、師匠の前に立つ。
「この国を、守護していただきたい」
師匠は口の端を持ち上げる。
「ほれ、契約内の依頼じゃ。行って来い」
「制限事項は?」
俺がいくらか早口に尋ねると、師匠は鼻を鳴らす。
「感情にまかせた数だけ、罰掃除じゃ」
聞いた瞬間、俺は多分、ちょっと目を見開いた。
それから、に、と笑う。
「罰掃除は勘弁だなぁ。肝に銘じときますよ」
肩をすくめて、師匠に丁寧な礼を返した彼と一緒に外へと出る。
俺は、首を傾げる。
「どうせ城には行くし送るけど、そっからはどうする?前ん時より、だーんぜんエグイことにはなるけどね」
前の時は師匠が契約書に封じ込めた魔力を解放したのが暴れまわっただけで、俺のやったことといったら、いくつか禁忌魔法を破っただけだ。一人血反吐吐いたくらいで、たいしたことはなかった。
でも、今回は違う。
始末をつけるのは、俺自身だ。
彼は、にこり、と笑う。
「君さえ良ければ、余裕っぷりを拝ませてもらいたいね」
「俺のイイとこ見たいって?腕が鳴るね」
に、と俺も笑い返す。
「じゃ、話は決まりだ、付いてくよ」
「了解、まず手始めに、城の小バエから払うよ」
もう、彼の前で大げさに魔法陣を書く必要は無い。信頼してくれてるってわかってるからね。
指を鳴らせば、もう城の中。しかも玉座の前だ。
俺は、丁寧に魔法使いの礼をする。
「大魔法使いの名代が契約によりまかりこしました」
「感謝する」
宰相たる彼と俺とが友人であっても、けして余計な口を差し挟まない賢さを持ち合わせてる王は、威厳を保ちつつも助けが来た嬉しさを隠せない笑みを浮かべてる。
よっぽど彼を信頼してるってことだな。
師匠自身じゃなくって弟子が来たってのにさ。
そこまで信じてもらったんなら、こっちは、ますますきっちりやらなきゃな。
「では、早速に」
俺は左手を差し出して宙を掴む動作をする。
引き寄せた時には、小さな洒落たグラスがヒトツ。
居合わせた人々が、ひかえめな驚きの声を上げる。
ま、こんなことは手品師だって出来るんだしさ、驚くならこの次にして欲しいね。
今度は右手を高く掲げてグラスへと指す。
宙から水が注ぎ込まれるのに、今度は息を呑んだらしい。
皆、ただの水じゃないと思ってる。
それは、大当たりだ。このグラスに注がれた時点で、この中には俺の魔力が込められたからね。
「先ずは、城へとかかる雲を払いましょう」
人の良い笑みを浮かべてみせて、俺は、さらり、と水を撒く。
派手に、なにかがはじけ飛ぶ音が響き渡る。
ホントは魔法の帳を消したところで音なんかしないんだけど、魔法の気配を感じられない人には何がなにやらわからないから、サービスってヤツだね。
はっきりわかった方が、安心出来るだろ?
この城でうろちょろしてたヤツが顔面蒼白で抜け出そうとしてるけど、こいつは俺の仕事じゃない。
始末するかどうかは、この城の人間が決めれば良いことだ。
俺は、もう一度、王へと頭を下げる。
「もう少々後始末が必要ですので、御前失礼いたします。なお、お一方見届け役にお付き合い願いたいのですが、よろしいでしょうか」
視線の先が彼に向いているのを見た王は、彼が頷くのを待ってから俺へと頷き返す。
「うむ、よろしく頼む」
「お許しいただいたことにお礼申し上げます」
礼をしてから、カップの中の水を指にして、派手に魔法陣を描き上げる。
コレも周りの為だな。
大魔法使いの弟子はしっかりとした使い手だって印象を持ってもらわないと、師匠が手ぇ抜いたって思われちまうから。
水が壁のように吹き上がったように見えた瞬間、俺と彼とは王城から、今回の元凶たる隣国の大バカ王の玉座の前へと移動する。
もちろん、彼の姿の方は移動した時点で、他人からは見えないし気配すら感じられない。
俺は、にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべて魔法使いの礼をする。
「大魔法使いの名代として、また今回は王の使者としてまかりこしました。お初にお目もじつかまつります」
大バカ王は、血の気の引いた顔つきながらもかろうじて威厳を込めたつもりの声で言ってのける。
「ほほう、ご使者として。ご用件はなんであろうか?」
声が震えてるよ、おっさん。
そんなんなら、ハナから手を出すなっての。
俺はにこやかに返してやる。
「ええ、ここから随分な腐臭がして隣国に住まう我らが難渋しております。お節介ながら、少々掃除をさせていただきたく」
言ったなり、俺は手にガラスの杖を取り出す。
煌く様が、時に剣のように見える絢爛なヤツだ。
これも演出ってヤツなんだけどね。本当なら、指鳴らして片付ける方が楽だし。
杖を軽く回すと、今回、ちょっかい出すのに参加した連中が一まとめに落ちてくる。
多いと思ったけど、予想以上だな。
目を丸くして、俺を見つめる連中へと、笑いかける。
「どうも、初めまして。大魔法使いの弟子をやっております。この度はたいそうステキな贈り物をいただいたようですが、間に合っているので、お返しに参りました」
くるり、と杖がもう一回転。
連中だって、前口上の間には何が起こってるかくらいは判断出来てる。自分にどんな魔法が返ってくるのかだってね。
彼に襲い掛かった魔力をそのまま返してやったのを、ご丁寧に息もぴったりに、また俺へと返してくる。
玉座の王は、大魔法使いならともかく、弟子ではひとたまりも無いと思ったのだろう、嬉しそうに笑み崩れてる。
残念だったね、俺はコレを待ってたんだよ。
杖を回すと、俺と連中の間に水の壁が立ちふさがる。
大きな音を立てて床に吸い込まれたかと思うと、今度は連中の足の下から派手な波。
その向こうで、己の魔法に飲み込まれる断末魔が響き渡る。
壁がなくななりゃ、死屍累々ってヤツ。人だったのかどうか、微妙になっちゃってるけどね。
恐怖で目を見開く王に、俺は相変わらずの人の良い笑みで頭を下げる。
「これで腐臭も減りましょう。お邪魔いたしました」
直接手を下した連中以外は、用は無いとばかりに背を向ける。
また、派手に魔法陣を描いて俺の出番は終了だ。
後は、残ったこの国の家臣たちが、このままでいいのかどうかは判断するだろう。
この王でいいのかってこと含めてさ。
さんざ迷惑かけてくれた王の行く末なんて、俺には関係ないね。
戻ってきた先は、彼の部屋だ。
ホントはもう一度、玉座前直行しようと思ってたんだけど、彼が目配せしたからさ。
に、と彼は笑う。
「冷静だったね」
「師匠に罰掃除を出されちゃねぇ」
俺も笑い返す。
別に、俺にとっちゃあの元凶のバカ王をどうするも簡単なことだったんだけど。
正直言えば、地獄の苦しみってヤツを味あわせてやりたかったけどね。
なんてったって、彼を殺そうとしやがった上、一時とはいえ、あれだけの怪我を負わせたんだからな。
でも、立場からしたら、それはやり過ぎだ。
大魔法使いとその弟子は、常に冷静かつ中立でなくてはならないってのが、絶対だからさ。
師匠は、俺にそれを思い出させたくて、罰掃除を持ち出したんだ。
まぁ、他にもね。
思うがままに俺が力を発揮したとしたら、全世界に向けて、派手に俺の実力を喧伝することになっちまう。
もしも、そうなったら。
いくらか彼が首を傾げたから、俺は、もう一度笑う。
「大丈夫、過不足なくやっといたからさ。しばらくは静かだよ」
「ありがとう、大魔法使い殿への礼は、明日にも届けさせるよ」
彼も、にこり、と笑い返す。
「助かるよ、師匠、最高に不機嫌だったからさ、しばらくお代わり三昧だ」
肩をすくめる俺に、彼はまた、イタズラっぽい笑みを見せる。
「で、アレは本当にそのままを返したわけか?」
「そのままだよ」
俺も、にやり、と笑い返す。
「ただし、二回目返す時には、防御しても無駄にしといてやったけどね」
彼は、声を出して笑い出すのをこらえる。
今度は俺が首を傾げる。
「また、あのちゃちいオモチャ渡しといてもいいかな?」
「君こそ、これからも遊びに来てくれるんだろうね?」
やっぱり、敵いそうにない。彼は廊下への扉を開いてから笑顔で振り返る。
「陛下への報告が済んだら、一杯やってかないか?そのくらいの時間はあるだろう?」
「ああ」
俺も笑って、頷き返す。
帰ったら師匠にうめこぶ茶を煎れてから、新しい守り印を作らなきゃな、なんて考えながら歩き出す。
うん、まぁ、今日のところも結果的には悪くない。


2004.11.09 The aggravating mastar and a young disciple 〜A disciple sometimes outshines...〜

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