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癪な師匠と弟子
 命と

このあたりじゃ見かけないじいさんだなって思った。
着てるモノだって、どう考えてもダウンタウンで生きてるヤツが着るようなもんじゃない。
異国から来た旅人が間違って迷い込んだんだろうな。
何をどう間違ったかなんて、俺の知ったこっちゃないけどさ。
言っとくけど、ダウンタウンに入った時点で、どんなヤツであろうがスキがありゃ獲物だ。
今引き返せば、まだ間に合うかもしれないけどな。
せっかく人生の長い時かけて金溜めてさ、自由な時間手に入れて旅してきたってのに、こんなとこで身ぐるみはがれておしまいってのも、何か憐れだ。
「じいさん、ココはあんたが来るような場所じゃねぇよ」
俺の声に振り返ったじいさんは、片眉を上げる。
「ほう、わしの存在を認めるかの」
「はあ?」
俺の顔は、思い切り怪訝そうになったに違いない。
だって、ちょっとキちゃってる発言なの上に、こっち見てる視線は、いやに真剣。
マズいのに声かけちまったかな、と思いながら、一応返す。
「堂々と人の視界に入っといて、存在を認めるも認めないもないだろ」
不機嫌そのものの俺の声に、じいさんは、にやり、と口の端を持ち上げる。
「語彙のないご仁じゃの。お前様は、わしのことがはっきりと見えておるのじゃな」
「……どういう意味だ?」
眉根を寄せる俺へと、じいさんは一歩近付く。
「さて、己を馬鹿でないと思うのならば、その頭で判断するのじゃな」
むっとしながらも、俺は周囲へと視線を走らせる。
本当のところ、そんなことしなくてもおかしいのは気付いてたんだけどさ。
ちょっと、信じられない気がしたから。
どう見たって、いくばくかの金を持ってるはずのじいさんに、誰も注目してない。
探りを入れるような視線も無い。
そんなこと、普通じゃあり得ない。
ますます眉根が寄ってきた俺の顔が可笑しかったのか、じいさんは口の端に浮かべた笑みを大きくする。
「賢いつもりでおるようじゃが、まだまだじゃの。金になりそうなモノがいるとわかれば見逃さんのがここの人間なんじゃろうが?」
謎かけのようなことを言われなくたって、わかってる。
金になりそうなじいさんへ注目してないってことは、見てないのではなくて、見えていない。
でも、そうするとさ、俺がおかしいってことになっちまう。
見えないはずのもんが、見えてるってことなんだから。
人に見えないはずのもんっていったら、化けモノか幽霊かってところだ。
ここにだって、そういうの見えるって言い張るヤツはいる。
ただ、食えないし金にもならないから、誰も相手にしないけどね。
俺も、しきりに幽霊が見えるって言い張るヤツに行き会ったことがある。腕まで掴まれて、そこだそこだと指差されて、振り切るのに苦労したっけか。
少なくとも、あの時の俺にはそんなのは見えなかったわけだし、今後ともそう願いたいところだ。
というわけで、はっきり言ってやる。
「俺は、化けモノも幽霊も見る趣味はねぇから、とっとと消えな」
背を向けた俺を、のんびりとした声が追いかけてくる。
「そうもいかんの。見えてしまったからには、それなりの責任が生じるものじゃよ」
「責任?」
さすがに、イライラとしてくる。
「あの世とかいうのに行くの手伝えって?それともどっか肉食わせろってか?」
「そんなで良ければ、お前様も幸せじゃったがのう」
俺は、不信そのものの顔つきでじいさんを見つめる。
じいさんは、俺を殺すとでも言いたいんだろうか。
一瞬は思ったけど、そうじゃないと確信できた。なんか別のことだ。
俺の、想像もつかないような。
それがわかったから、俺はただ、じいさんの目を見る。
なんか、妙に澄んだ湖みたいな瞳だ。
一緒に生きてた人も綺麗な瞳してたけど、それとはまた別種だ。
けど、いつまでもじいさんが黙りこくってるので、俺はまた、イライラしてきて尋ねる。
「じゃ、なんだってんだよ?」
「お前様はわしを化けモノか幽霊だと思っとるようじゃが、どちらかと言えばわしは化けモノじゃ」
どちらかもこちらかも、あったもんじゃないと思うけどな。
どっちにしろ、人にとっちゃ異形なんだから。
じいさんは、俺のいかにも怪しいって顔つきを見ないふりで続ける。
「わしは魔法使いじゃからの」
「魔法使いぃ?」
顎がはずれるか、と真剣に思ったね。
「ま、世間では大魔法使いなどと呼ばれておるが」
待て待て待て待て。
その名は、俺も聞いたことがある。
俺にいろんなことを教えてくれた唯一の人が、話してくれたてた。
歴史の影には、必ずその人がいるんだって。
とてつもない魔力をもってて、何年生きてるのかだって、誰も知らない。
ずっとずっと古い物語に出てくる大魔法使いもご当人だって噂の、とんでもないヤツ。
そんな荒唐無稽な名乗りを信じたのは、あの瞳のせいだ。
何もかもを見透かすような、なにもかもを知っているかのような、波立たない湖を思わせる瞳。
俺は、ぼそりと尋ねる。
「そんなのが、俺になんの用なんだよ」
「そんなの、じゃなくて、せめてじいさんと呼ばんか」
そういう問題じゃないだろ、じいさん、と思うが大魔法使いの機嫌損ねたらロクなことにはならなそうだから、一応カタチばかり訂正しておく。
「そんなじいさんが、なんの用なんだよ」
「そこはほれ、お前様にわしが見えてるということ、そのものじゃよ」
そのことなら、さっきから言ってるじゃないか。
「普通なら見えないはずのじいさんが見えちまったら、どうなるってんだ?」
「お前様が今見ておるのはのう、この世界にいる魔法使い皆に見えないほどの身隠しの魔法がかかっておる魔法使いじゃ」
なんだかこんがらがりそうだ。
「それって、もしもじいさんほどの魔法使いがもう一人いて、じいさんが今使ってる身隠しとかいうの使ったら、じいさんでも見えないってことか?」
「ふむ、なかなか理解が早い。まぁ、わしほどならば、気配は察することが出来ようて」
いや、それっておかしいじゃないか。
「じゃ、なんで俺に見えるんだよ」
「なんでそれがわからんかのう?ここまでわかっておれば、簡単じゃろうが」
いやまぁさ、想像はついてるんだけどさ。
その事実を、いきなり信じろって方が無理があるだろ。
俺はただ、じいさんを見つめる。
言っちまったら、なんかが終わっちまうような気がしたからさ。
が、じいさんの方は容赦ない。
「黙りこくったところで意味はないぞ。見えてしまったんじゃよ」
じいさんは、また繰り返す。
見えた、でも、見ることが出来る、でも無く、見えてしまった、と。
俺には、やっと、じいさんが本当に言いたいことがわかってきた。
とてつもない魔法を使ってるだろうじいさんを見ることが出来てしまうような人間を、市井にほっとくわけにはいかないってこと。
じいさんは、そんなヤツがここにいるってわかって来たに違いない。
でもって俺は、マヌケそのもののことに、モノの見事に引っかかった、と。
こうなっちまったら、覚悟決めるしかないだろ。
「で?」
じいさんの顔から、笑みが消える。
俺が理解したと、わかったに違いない。
「ふむ、お前様には選択肢が二つだけある」
「二つ、ね。そのヒトツは消えて無くなれ、だろ?」
ごくあっさりと頷いてみせる。
「そうじゃな。お前様ほどの魔力を吸い上げたらロクなことにはならんしの。封じ込めるにも手間がかかり過ぎる。バカ共に見つかる前に、跡形なくしとくしかないじゃろうの」
物騒なことを、実に淡々と言う。
まぁ、追い詰まってるってわかって逃げ出したところで、このじいさん相手には無駄だからだろう。
今、この時点で、とっくに俺はじいさんの手の内ってことだ。
「もうヒトツは?」
「ふむ、わしの弟子となって研鑽を積むということじゃ」
ぽかん、と口が開く。
「弟子ぃ?」
「そうじゃ、バカ共に悪用されん為には使い所と使い方、魔法使いとしてのあり方を知っとかねばならん」
なるほどね、バカとハサミと力も使いようってわけか。
俺は、くしゃ、と自分の髪をかき回す。
「こんなんで消されるってのは、あんま納得いかねぇな」
「では、わしの弟子になるんじゃな」
なんの感慨も無さそうな声で、じいさんはあっさりと言う。
「これからは、師匠と呼ぶことじゃ」
言ったなり、すたすたと歩き出す。
「ちょ、待てよ、じいさん」
「師匠と呼べと言ったじゃろうが」
どこから出してきたんだか、杖が、地面を叩く。
「うっさい、勝手に人のこと巻き込んどいて、勝手に話進めるな。ヒトツくらいは荷物持っててもいいだろうが」
「ああ、構わん」
振り返りもせず言ってから、ちょいちょいと指先を振る。
俺の手には、ずっしりとした財布が乗る。
「それで、街へ出てうめこぶ茶を買ってもらおう。徳用じゃぞ、徳用。くれぐれも、他のを選ぶでないぞ」
「うめこぶ茶ぁ?」
む、とした顔でじいさんが振り返る。
「耳が遠いわけでもないのに、いちいち繰り返すでない。とっとと買って戻ってくるんじゃ。ほれ、これが地図じゃ」
今度は、反対の手に紙きれだ。
「はいはい」
どうせ、俺には逆らいようが無い。
「返事は、はい一回で充分じゃ」
「ふぁい」
また、杖が地面を叩く。
「はい」
「うむ」
じいさんの姿は、かき消すように消えてしまう。
でも、金と地図は手の中に残ったままだ。
この手の金を握って逃げたところで、あっという間にじいさんに捕まるに決まってる。
どうあがいても、じいさんの弟子になるしか道は残ってないってこと。
「ったく、理不尽極まりねぇよ、じいさん」
呟きつつ、俺は歩き出す。
そんなこんなで、俺は師匠の弟子になったってわけ。


2004.10.13 The aggravating mastar and a young disciple 〜Destiny and volition〜

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