[ Back | Index | Next ]


癪な師匠と弟子
 の方には昇り

めんどくさいことこの上ないんだけど、俺の仕事始めは新しい年が始まってすぐからだ。
ま、たいていの魔法使いがそうだろうな。
今日ばっかりは、ハデにだろうが、ひっそりだろうが、魔法陣で移動ってわけにいかないからさ。
魔法の源たる精霊たちとの契約更新日に、魔法使うわけにもいかないだろ。
だから、こうして自分の足使って、自分が契約してる精霊たちのいる場所へと向かうってわけ。
魔法使いによっちゃ、大晦日から出発してるヤツもいるかもね。精霊って、けっこう気まぐれな場所に住んでるから。
もちろん、精霊と契約なんぞしなくても魔法は使えるけどさ、してた方が何かとスムーズだ。
自然に逆らって空気淀ませて睨まれるよりは、自然の流れと同化させといた方が世の為ってのになるわけで。
連中、敵に回すより味方にしてた方がずっといいし。
ちょいと足を緩めて、上を見上げる。
ここは、ただ森って呼ぶのは似合わない。
闇の森って人は呼んでるらしい。
ちょいと外から見たら、そんな風に見えるんだろうな。あんまり木々が高く生い茂ってるもんだから、地上は真っ暗に近い。
目が慣れてきちゃえば、そうでもないんだけど、人は奥深くには入らないからさ。
魔法使いでも、俺以外のヤツは入らないな。
なんせここはさ、踏み込んだヤツは戻って来れないって言われてるところだから。
えっらい深いし、どこ見回しても似たような景色だから、方向感覚無くなって出れなくなるだけなんだろうけどな。
やたらめったら深いおかげで、俺も日付が変わった付近から延々と歩かなきゃいけないわけなんだけど。
やっと森の中央までたどり着くと、先客が二人待ち構えている。
えらくぴっかぴかしたのが、に、と嬉しそうに口の端を持ち上げる。
「おう、今年も来たな」
俺の頭を、ぐりぐりと撫でてるこいつが、光の精霊。
でもって、あたりの闇に紛れちまいそうなほどの黒々とした衣装の下から、うっすらと微笑んでみせて、
「健勝そうでなによりだ」
と、これまたぐりぐりと頭を撫でたのが、闇の精霊。
「あのなぁ、もうガキじゃないっての」
撫でられてくしゃくしゃになった髪を直しつつ、一応、抗議させていただく。
「確かに、また背が伸びたなぁ」
長身の俺よりもぐーっと背の高い光の精霊が、うんうんと頷く。
同じく長身の闇の精霊も、深くひとつ頷く。
「うむ、成長したな」
「最初に会った時はなぁ」
光の精霊が、懐かしそうに眼を細める。闇の精霊が、また、ひとつ頷く。
「うむ、こんなに小さかったものだが」
正確に、当時の俺の背を手で示してみせる。
俺は微妙に頭痛を感じつつ、二人を制する。
「毎年恒例で振り返らなくていいから」
「そんな、ばっさりと言い切らなくていいじゃないか」
「うむ、冷たいぞ」
口を尖らせたのが光の精霊で、寂しそうに眉をひそめたのが闇の精霊。
「だいたいお前と来たら、最初の契約の時以外は、毎年の契約更新の時に顔を見せるだけで、普段はちっとも呼んでもくれないじゃないか」
「せっかく、初めて契約を交わした者だというのに」
どっちも、本気で言ってるんだから始末が悪い。
「契約通り、遠慮なく力借りてるだろ?気配だけで充分にカタがつくんだよ」
世界のどこであろうと、光と闇は必ず存在する。それは、世界のどこにでも彼らの気配があるってことだ。
俺が魔法を使おうと思ったら、別にわざわざ呼び出さなくても充分に力を借りることが出来る。
他の精霊の力を本気で借りようと思ったら、やっぱり、その場に呼んでこなけりゃならないからね。
そこらが、あらゆる精霊たちを束ねる二大精霊ならではってわけ。
気配だけでも高位魔法が楽々いけるんだから、目前にご本尊が現れたら、ささやかな呪文もとんでもない威力になっちまう。
どうも、そのあたりの力加減がわかってないらしい。
「なら、お茶に呼ぶとか。他の魔法使いは、マメにそういうこともやってるじゃないか」
光の精霊が言うと、闇の精霊も頷く。
「うむ、親睦を深めるのだな」
そこら中に気配があるってことは、そこら中に耳目があるってこと。
だから、他の精霊たちが何してるかなんてことは、全部お見通しってわけ。
まったく、そういうことだけは、よく見てるんだからな。
「百歩譲ってお茶会やったとして、何話すんだよ?俺がなにしてたかなんて、ぜーんぶわかってるじゃないか」
もっとも、あまりにどこにでも気配があるもんだから、本当に存在してるって知ってるヤツは滅多にいない。
魔法使いだって、最高位は、火、水、風、地の四精霊だと思ってるのがほとんどだ。精霊たちですら、その存在を知る者はほとんどいないらしい。
俺だって、契約の場に行って、この目ではっきりと見るまでは半信半疑だったくらいだ。
そのくらい、特殊な精霊ってことなわけだけどさ。
世界と同時に現れたなーんてごたいそうな肩書きの精霊が、こんな愉快だとは師匠ですら知るまい。
「でも、口から聞くのとは違うよなぁ」
「うむ」
光と闇の精霊は、勝手に頷き合っている。
「それに、私達からは有用な話をいっぱいしてやれるぞ」
にっこりと嬉しそうに光の精霊が言う。
「有用?」
疑わしそうに訊き返した俺に、光の精霊は自信満々で言う。
「そうだ、お前の言うところの師匠と契約してる精霊の真名とか」
「うむ、それはとても有用だ」
闇の精霊も頷く。
俺は、本気で額を押さえながら言い返す。
「あのなぁ、それ、必要外に知ってたらマズイっての」
「必要外か?」
いくらか首を傾げてみせる光の精霊の顔は、純粋に疑問っていう顔つきじゃない。闇の精霊も、つ、と視線を俺の来た方へと向ける。
「この森を出たところで、今年も待ち構えているのだろう?」
そこら中に気配を持つ彼らに隠しても無意味だから、俺は素直に頷く。
「だろうね。諦めるって風情じゃなかったから」
「いい加減、ケリをつけないとならないだろうな」
光の精霊は、それなりの真顔で言う。
「去年は風のをそそのかすだけで済んでいたけれど」
闇の精霊が、後を引き取る。
「今年は水と土も巻き込んだ」
俺は、無言のまま不機嫌に片眉を上げる。
炎とか水とかってのは、師匠と契約してる精霊たちのことだ。俗に言う、四大精霊ってヤツだな。
たいていのヤツは、彼らが最高位だって思ってる。多分、ご当人たちもね。
それはともかくとして、そんなかでも炎の精霊は俺にとっちゃ厄介な相手だ。
師匠に弟子入りして以来、年明け恒例以外にもえらく絡んでばかりだし、年々エスカレートもしてたけど、そこまでしやがるか。
俺の表情を見てるのか見てないのか、闇の精霊が淡々と続ける。
「四大精霊中でも最高位を自負するあれらの手出しを一度に止めた上、周囲への影響を出さないことは簡単だ」
「が、そこまでしてしまえば、教えずとも教えたと同じになる」
彼らの視線が、俺をまっすぐに見詰める。
俺は、軽く肩をすくめる。
「カタつけるしかないわな」
にっこり、と大きく笑みを浮かべたのは光の精霊だ。
「ではまず、契約更新を済ませないとな」
言って、また真顔へと戻る。
また、っていうよりは、今度こそって言った方がいいな。本気の顔になりゃ、どっちも荘厳って表現が、ぴたりと来る。
やっぱ太古からの存在なのだなと、否が応にも知らされる。
どうあがいたところで、結局のところ俺の魔力に釣り合う精霊ってのは彼らしかなくて、契約無しに魔法を使うってのは性に合わない。俺が契約無しでヘタな高位魔法使うと、シャレにならないとも言うけどね。
余計なことは置いといて、瞼を閉ざす。
はるか古代の言葉で綴られた呪文を唱えると、光と闇の輪が広がる。
降り注ぐ力に耐えられなければ、彼らと契約する資格なんてないってことだ。なんだかうららかな風の中みたいだと思っちまう時点で、彼らに言わせりゃ大物なんだとか。
あんまハデなことはしたくなかったけど、腹くくるしか無いだろうな。
契約更新が終わって、俺は視線を上げる。
「やるからには、そんなに穏便にってわけにはいかなくなるよ」
光の精霊が、にっと口の端を持ち上げたのと、闇の精霊が、うっすらと微笑んだのは同時だ。二人の声が揃う。
「我らはお前と契約を結びし者、思うがままにすればいい」
俺も笑い返す。
「呼んだら、来てくれよ」
酷く嬉しそうな笑顔が浮かぶ。でれっとしたって表現がぴったりのだ。
「おう、すぐに行くぞ」
「うむ」
緊迫感に欠けることこの上無いが、ま、いいか。
「頼りにしてるよ」
俺は指をちょいと鳴らす。
帰りは契約更新済みだからさ、バカみたいな距離をわざわざ歩くこともないってわけ。
で、森の外についたなり、予告通りの光景にぶちあたる。
俺は、軽く肩をすくめてみせる。
「これはこれは、お揃いとは珍しい」
にっこりと笑みを浮かべてやると、案の定、炎の精霊がそれじゃなくてもつり上がってる目を、さらにつり上げる。
「へーえ、随分と余裕かましてくれるじゃないか?あんまり調子に乗り過ぎるんじゃないぜ、去年と違って俺達は」
「また力比べしようっていうのは、お断りだね」
遮られたことに、風の精霊もむっとしてきたらしい。俺を挑発するように言ってのける。
「ふん、臆したかな」
光の精霊の配下属性だからな、どちらかっていえば気が短い性ってわけだ。炎のは、超とかなんとか、あらゆるのをつけてやりたくなるくらいに短気だけどさ。
基本的に気の長い水と土のは、無言で俺を観察するように眺めているけど、その視線好意的とは言い難い。
やるしか、ないだろうな。
俺は、にっこりと笑ってみせる。
「どうしてもというのなら、今年は俺からいかせてもらうよ」
言ったなり、左手を水平に伸ばして握って開く。
現れたのが紙片なのに、四大精霊の誰もが意表をつかれたらしい。何事か、というようにそれに見入る。
俺は彼らの前に紙を差し出して、裏から右手でペンを手にしているかのように動かしてみせる。
浮かび上がっていくのは、光輝く文字と漆黒の文字。
精霊語で書かれた単語を読んでくうち、皆、凍りついたように表情が消える。
契約者じゃない俺が、真名、しかもフルネーム書いてみせたんだから、当然の反応だな。
海より深い沈黙ってやつが訪れる。
「どういうことだよ!」
怒りを炸裂させたのは、やっぱり炎の精霊だ。
「何でてめぇがソレ知ってる?!」
自分らが最高位だって思ってるんだから、当然って言や当然の反応だ。
俺は、微笑んだまま言ってのける。
「師匠に聞いたわけじゃないよ」
わざわざ言わなくたって、そんなことは彼らだってわかってる。
契約者が他の魔法使いに、自分が契約している精霊の真名を告げるってことは、そいつに契約を譲るってことだからさ。ま、時として真名を引き出して奪い取るってのもありうるけどね。
どちらにしろ、精霊には契約が終わったかどうかは離れてたってはっきりと感じる。
それに、師匠がそうやすやすと信頼関係を築いた精霊を裏切るような真似はしないってことも、彼らは十二分にわかってる。
ダメ押しってヤツだな。
引き出される結論が信じられなさ過ぎって気持ちは、わからなくもないけど。
もう一度、炎の精霊が怒鳴る。
「だから、どういうことだって言ってるんだ!」
「こういうことだよ」
最も簡単な、精霊召還の印を切る。
左手の側にあたりが全て眩くなるような光、右手の側になにもかもを呑み込みそうな深い闇。
はっきりと姿を現してはいないことは、振り返っていない俺にもわかる。
でも、それで十分。
いや、十二分と言っていい。
もう、言葉さえ出てこないらしい。
俺は、静かに言う。
「今回は、声には出さずにおくよ。次に俺に余計なちょっかい出してくる時には」
俺の顔から、表情が消えるのが自分でわかる。
「それなりの覚悟を決めるんだな」
自分よりも高位の精霊と契約した魔法使いに真名を音として呼ばれる時。
それは、己の存在がこの世界から消える瞬間だ。
返事は返らなかったけど、理解をしたことはわかったから、俺は背後へと合図を送る。
聞き分けよく、光と闇の強烈な気配は消える。
それでも、まだしばらく、海より深い沈黙が続いてから。
やっと、土の精霊が口を開く。
「お前が年が明ける度、この太古の森に通っているのは、我らに駆逐されそうな小物を隠す為でもなく、淀ませた気を浄化する為でもなく……」
「普通に契約更新」
さらり、と言えたろうか。だんだん、わからなくなってくる。
張り詰めた四つの視線が、酷く痛いと思う。
「例え、どのような者と契約していようとも」
いつもよりもぐっと低い声で風の精霊が言うのを、水の精霊が引き取る。
「我らが契約主を傷つけるような真似をすれば、我らは許さない」
「まま、お返しするよ」
ったく、んな泣きそうな、怒りたそうな、張り裂けそうな視線で見てんじゃねぇよ。
「もう、わかっただろ?行けよ」
俺の低い声に、これ以上いれば、余計なちょっかいと判断される可能性も無きにしも非ずと悟ったのだろう。次々と、気配は消えていく。
誰も、いなくなってから。
俺は、どさりと、腰を下ろす。
ちくしょう、と小さく口の中でつぶやく。
最悪の年明けだ。
あいつら、俺の気持ちなんぞ、ほんの欠片ですら察しようともしない。
馬鹿だ、俺にこんなことさせるなんて。
ホント、大馬鹿だ。
「ほっとけよ」
背後からの気配に、俺は、ぼそりと悪態をつく。
「放っておけんな」
いつもより、ずっと静かな光の精霊の声。
「うむ、あの時と同じ顔をしているではないか」
闇の精霊の声に、顔を上げる。
「我らと契約を最初に結びに来た時と、同じ顔をしている」
くしゃり、と光の精霊に頭を撫でられる。
「我らは、最後まで共にある」
言って、闇の精霊も頭を撫でる。
「だから、もうガキじゃないっての」
俺の抗議は、ちっとも力がこもってないと、自分でもよくわかる。
自分で自分に腹が立って、また悪態が口をつく。
「ちくしょう」
くしゃくしゃ、わしゃわしゃ、と両側から二人が頭を撫でる。
「お前の心持ちは、我らが知っている」
んなこと、わかってるよ。わかってるけど。
「まぁ、いくら拗ねてても我らは構わぬが。こうしておることが出来るしな」
「そうだな、そろそろ」
闇の精霊が奇妙なところで言葉を切った上、なにも言わず二つの気配が消えたので、俺は顔を上げる。
イチバンよく知っている気配が、みるみるうちに現れてくる。
「そんなところで、何をしとるんじゃ」
姿を現したなり、師匠はいくらか怪訝そうな顔つきになる。
「あ、いや、別に」
慌てて立ち上がった俺の顔を、師匠は覗き込む。
「……ふむ、具合が悪いわけではなさそうだの。では、さぼっておったというわけか」
「違うって!」
俺は首を思い切り横に振る。冗談じゃないぞ、この上、さらに年明け早々罰掃除なんて喰らうもんか。
「ちょっと休憩してただけだっての。身の程知らずがちょっかい出してきやがってさ」
別に、嘘はついてないぞ。その身の程知らずが誰なのか言う気も無いけど。
師匠は、疑わしそうに目を細めて俺を見やる。
「ふん、その程度で疲れるわけがないじゃろうが。大方、運動が足りとらんのじゃろ」
「しーしょーう?」
俺の声がつり上がったのにも、師匠はお構いなしで、とっとと歩き始める。
「なんでもいいから、早ううめこぶ茶を煎れんか。喉が渇いてたまらんわい」
なんでもいいって、あのな。
喉まで出かかった言葉を俺は呑み込む。
「はーいはい、初仕事、勤めさせていただきますよ」
言いながら、俺は師匠の前へと歩き出す。
「はいは、一回じゃ」
いつも通りに無視して、俺は空を指す。
「ほら、師匠、日の出ですよ」
「ほう」
師匠が足を止めたので、俺も止める。
手をかざして、目を細めて、師匠は昇ってくる陽を見つめている。
俺も、また、陽へと視線をやる。
「いい日の出じゃの」
「はい」
つい、素直に頷いてから、はた、とする。
いつの間にか、四大精霊に会う前から入りまくってた力が、肩から抜けている。
ひとまずともかく、いつも通りにいくとしよう。
俺は、思い切り伸びをする。


2005.01.07 The aggravating mastar and a young disciple 〜Wizardly New Year's greeting〜

[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □