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癪な師匠と弟子
 めこぶ茶を巡る椿

いやもう、最悪のタイミングだっての。
うめこぶ茶いれようとした、まさにその瞬間に、肝心のブツが消えたんだから。
「おわっ」
思わず上げちまった声に、師匠が不機嫌そうに片眉を上げる。
「妙な声を上げとらんと、さっさと茶をいれんか」
「そりゃ無理ですね」
俺は肩をすくめる。
「消えました」
師匠の顔見なくたって、不機嫌な顔になってるのはわかる。
「あれほど、うめこぶ茶はきらすなと」
「きれたんじゃなくて、消えたって言ってるんです」
遮った俺の言葉の意味に、ますます師匠の顔が不機嫌になる。
「消えた、じゃと?」
「きれいさっぱり、モノの見事に」
過去からも消えたってのは、はっきりと感じられる。うめこぶ茶って存在の気配が時のどこにも無い。
答えは簡単だ。
どっかの誰かが、禁忌魔法を使って過去に干渉したってこと。
「うめこぶ茶に関係するヤツが消されたってとこでしょうね。禁忌使ってまでうめこぶ茶消すなんぞ、師匠への嫌がらせくらいにしかなりませんし」
「どちらでも同じことじゃ」
冗談めかしても無駄らしい。好物のうめこぶ茶で一服するのを邪魔されて、師匠は最高最悪に不機嫌だ。
どこの誰だか知らないけど、この代償は高くつくぞ。
今にもちょっかい出したヤツごと消しに行かんばかりの鼻息だもんな。
こりゃ、久しぶりに師匠が派手にぶちかますのが拝めるかな。なーんてのん気に考えてたんだけど。
「すぐ行って、八方丸く収めてこい」
「はァ?」
思いっきり、俺はしかめっ面になる。
「うめこぶ茶無くなって困るの、師匠でしょうが」
「わしが日長一日機嫌が悪くてもいいのならば、そうじゃな」
ちょっと待て。
どんな理論だ、それは。
いろいろと言いたいことはあるが、喉の奥にかろうじて押し込める。言ったが最後、敬意が足りないだとかなんだとか、延々と説教喰らうのが目に見えてる。
理不尽な屁理屈はまっぴらご免だ。
ったく、結局のところ、いっつも修行と銘うって面倒片付けるのは俺ってことになる。
ま、お互い様ってとこもあるけどね。
俺は、大げさに肩をすくめてみせる。
「そりゃごめんですね。八方丸くとやらを目指すしか無い、と」
言いながら、禁忌魔法発現の痕跡を辿る魔法陣を描く。
「せいぜい努力しますよ」
師匠が口を開く前に、問題の時と場所へって寸法。

ははぁ、なかなかに古めかしい場所だ。過去へ遡ってんだから当然だけどさ。
なんて感慨にふける暇は一瞬しかない。
目前で御大層な魔法発動させる直前なのへと、にっこり笑いかける。
「すみませんが、ちょいと待ってもらえませんか」
「待てないねぇ」
こんだけ時を遡った上に干渉しようってんだから、タイミングはよくよく見極めてるはずで、ごく当然の反応だな。
隣国から懲りずにちょっかい出してくるような一部の大バカ野郎どもを除けば、禁忌魔法ってのはそれなりに腹くくらなきゃ使えない。
「お手間は取らせませんので」
勝手ながら、周囲の時を止めさせてもらう。これで、相手に機会を逸したとだけは文句言われる筋合いが無くなったってわけ。
「随分と強引で傲慢だねぇ」
時が止まったのがわかったらしく、相手は己の面を隠してたモノを取り除けて、にやり、と口の端を持ち上げる。
見てくれは、俺よりちょい上ってとこかな。目元のメイクがちと派手に見えるが、東洋風ってヤツなのかもしれない。着てるマントも、東洋っぽいし。
軌跡を辿りゃ嫌でも魔法のレベルはわかるし、格好からいっても、まぁ間違いないな。
確信して、口を開く。
「東の大魔女殿の禁忌魔法となれば、よほどの事情があるとは思いますが、大きな問題がヒトツありまして」
俺の言葉に、彼女はいくらか興味深そうに瞳を瞬かせる。
「ふぅん、どんな問題?」
「うめこぶ茶が、消えてなくなります」
あっさりとした答えに、彼女は大いに吹き出す。
それこそ、体二つに折ってとか、身をよじってという表現そのものの大笑い。ま、気持ちはわかるけどねぇ。
俺は、根気よく彼女の笑いの発作が収まるのを待つ。周囲の時は止まってるしね、慌てることないから。
散々笑い転げてから、やっとこ彼女は顔を上げる。
「あー、なるほどなるほど、アンタが西の大魔法使いの弟子ってわけね。随分とあっさり、私の痕跡追いかけてきたもんだと思ったら、そういうことかぁ」
納得した顔つきで、俺をじろじろと眺め回す。
通過儀礼ってヤツだな。品定めとも言うけど。
一通り眺め回した後、いくらか眼を細める。
「でーもさ、うめこぶ茶は師匠の好物でしょうが?なんで当人来ないのよ」
「修行ですよ」
にっこりと笑って返す。試されてる時には、余裕が大事だからね。
「修行ね、修行。いいなぁ、私も弟子欲しいなぁ。なんでもかんでも、修行って言って弟子にやらせるのってアコガレるよねぇ」
その意見には大いに同意するが、口調は微妙だ。
容姿と口調は合ってるけど、実質年齢考えたら化け物だもんな。大魔女ってのを師匠が大魔法使いやってるのとどっこいどっこいくらいやってるはずだからさ。魔法使いの年齢は容姿からじゃうかがい知れないけどね。
東の大魔女は、ちょっと表情を改めて、俺の瞳をまっすぐに見据える。
「私が消そうとしてるヤツはね、延々と東の大国を脅かしてるヤツのなのよ。最後の手段以外、ありとあらゆるの使って、それこそ、その延々に付き合ってやってたけどさ。他はやりつくしちゃったの、これしかないのよ」
「確かに、度し難いって表現がイチバン合ってるかな」
俺だって、ここに来るまでに遡ってく時に映ろうモノをそれなりに見てきてるからさ。東の大魔女の言うことが、けして大げさじゃないのはわかる。
ヤツがやってることは理不尽だし、絶対に、ほっとけない。
俺でも、基本的に同じ選択肢を選ぶだろうな。
「だったら、わかるでしょ。うめこぶ茶くらい、我慢してもらわなきゃ」
「うーん、それは無理ですね」
東の大魔女の片眉が上がる。
「無理?人の話、聞いてた?」
「八方丸く収めるってのが今回の課題なもので、うめこぶ茶も例外にするれけにはいかないんですよ」
「ふうん?で?どうするつもり?」
不信そうな瞳と冷たい笑みの口元は、俺の裁量と力を信用してないってことの証だ。
作りモノだとしても、美人にそんな顔されたら傷つくなぁ。なんてね。
オネエサン、敬意を表して、こう呼んどこう。一箇所見逃してるよ。
それとも、無理と思ったか。
俺は、にっと笑みを浮かべてやる。
「どうせ手を出すならですね、もうちょい味があった方がいいですよ」
「あら?私にご指導下さるってわけ?」
皮肉とか冷笑とかってのは弟子入り前に見飽きてるからさ、それで引いちゃったりとか、無いんだよね。そこら、師匠もやり難いらしいよ、オネエサン。
「モノは試しって言いますし、さんざイロイロ試してきたなら、もうヒトツくらいやってみても悪かないでしょう。ダメなら、ここまで俺がお連れしますってことで」
「いいわ、拝見させていただきましょ」
話は決まりだ。俺は簡単な魔法陣を描いて、遡ってくる時に見た一箇所へと飛ぶ。
開けた景色に、オネエサンは軽く眼を見開く。
「あーらま、随分と幻想的な場所だねぇ」
気持ちはわかるな、相手はほんっとタチの悪い根暗なねばっこさを持ってるからさ。こんな場所に用があるとは、とうてい思えない、というか、思いたくないというか。
なんかこう、ヤツに関係あると思った途端、このキレイな草原がどす黒くなっちゃうような気がしてくるもんな。
ま、でもオネエサンにとっては、ちょいと違うかもね。
俺は、余裕たっぷりににっこりと笑ってやる。
「ココ、鍵でしょう?」
オネエサンは、口元に微妙な笑みを浮かべる。
「ちょっとした協力くらいは、していただけますよね」
「そりゃあねぇ、元々はこっちのトラブルなんだし」
あっさりと頷いてくれるあたり、師匠より人がいい。俺は、オネエサンの耳元にやって欲しいことを囁く。
聞いたオネエサンは、ははぁん、と笑う。
「さーて、それでホントに上手くいくかな」
「いきますよ、全部嘘ってわけでもないですから」
驚いたように目を見開いて、しばらく俺のことを眺めてから。
ふ、と笑う。
「へーえ、よく見てるじゃないの」
くるり、と背を向ける。
「これで上手くいかなかったら、最高に高くつくよ」
大魔女の後姿から、いくらか背の小さな少女のシルエットへと変わる。
そして、一人たたずむ人影の側へと、ふわり、と舞い降りる。
人影は、目を見開いて、手を伸ばす。でも、その手は届かない。
後姿だったから、俺には見えなかったけれど。
多分、彼女は微笑んだんだろう。
オネエサンが、最後の手段を選ぶほどに邪悪な存在になるはずの男が、優しい笑みを返したから。
始まりは、少女が大魔女なんてのに、ならなければならなかったこと。
彼は、少しずつ歪んで壊れていった。
きっと、彼は対峙してるオネエサンが誰かなんて、知らなかったろうな。
これからも、知らないままだろうけど。
だってさ。
彼の前から姿を消して、東の大魔女は俺の前へと仁王立ちになる。
「さーて、これでどうなるって?」
「そりゃ、見に行くのが早いでしょう」
笑い返して、俺はもう一度魔方陣を描く。行く場所は、ここからちょいと未来の同じ草原だ。
すっかり年老いた男が、眼を細めている。
ここまで来れたのは、奇跡って言ってもいいくらいに弱ってるのが遠目からでもわかる。
彼は、人生の最後の場所をココに決めたんだ。
じっと、遠くへと眼を凝らしているけれど、その瞳は穏やかだ。心の中の思い出と、そっと語り合ってるに違いない。
オネエサンの口から、長くて深いため息が漏れる。
だろうな。
俺が手出しをする前のままなら、彼はココで、暗黒に手を染めることを誓ったはずだから。何度でも何度でも、同じことを繰り返すと決めたはずだから。
奪われた彼女の魂を取り戻すために。
でも、彼女は死んでなんかない。それどころか、暗黒に染まって国をも脅かす彼を止めなくてはならない立場になった。
東の大魔女、なんて呼ばれてね。
オネエサンは、どんな思いで彼の前に立ち続けたんだろうな。
あの日、彼女の魂は救われたんだって思った彼は、もう暗黒に手を染めようなんて思わない。
ただ、彼女の魂がいるかもしれない場所で、静かに生を終えようとしてる。
「一度も二度も、そうは変わらないと思いますけど」
俺の言葉に、オネエサンは苦笑する。
「簡単に言ってくれるじゃない?」
「でも、待ってると思われてるのも、ちょっと厄介ですよね」
オネエサンは、片眉を上げる。
「……それもそうか」
もう一度、東の大魔女の後姿は、少女へと変わっていく。
「カリ作っちゃったねぇ」
ぽつり、とした声に、俺はただ微笑む。
「なんかあった時には、よろしくお願いします」
「殊勝なふりしちゃってさ。ま、今度西のにも挨拶に行くよ」
軽く手を振って、彼女は男の前へと跳躍する。
俺は、一足お先に元の時と場所へと戻る為の魔法陣を描く。

「おお、戻ってる戻ってる」
きっちり元の時と場所へ戻ってきたからね、俺の前には沸いたお湯とうめこぶ茶。
「おう、はよういれてくれ。喉が渇いて仕方ないわい」
「はいはい、すぐに出来ますよ」
なんせ、粉をお湯に溶くだけだから。
俺は、湯気のあがるカップを、師匠の前へと置く。
師匠は、満足そうに手にして、ふうふうと何度も吹く。おもむろに、ゆっくりとすする。
ご機嫌も直ったようで、重畳重畳。
「じゃ、俺は休憩に戻らせてもらいますよ」
「うむ」
背を向けて、外へと出るといい天気だ。
そういや、あの男がうめこぶ茶誕生の何に関わったのか、見逃しちゃったなぁ。
ちょっと、もったいないことしたかもな。


2005.02.10 The aggravating mastar and a young disciple 〜A rare case of pickled ume-kelp-tea〜

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