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癪な師匠と弟子
 き上げる

年明け恒例の、契約更新をし終わって。
俺は、太古からの精霊二人に改めて向き直る。
「じゃ、今年もよろしくお願いしますってことで」
軽く手を上げたのへと、闇の精霊が頷く。光の精霊も、俺の頭を軽くかき回したくらいだ。
「近いうち、お茶でも飲みに来るといい」
闇の精霊も、もう一度深く頷く。今日、あっさり開放してくれる代わりってわけだ。
俺の契約精霊が光と闇の二大精霊である以上、魔法を使う限りは多かれ少なかれ彼らの力を借りてるってことだし、今、これからのこと考えたら、お茶くらいは引き受けなきゃな。
ここに来いってのも、うっかり二人が出歩いたら、そこら中の力の足りない魔法使いと精霊をなぎ倒しちゃうことになるからなんだし。
「了解、イイ茶葉みつくろっとくよ」
俺が頷くと、見慣れたベタ甘い笑顔が二人の顔に浮かぶ。
「うむ、楽しみにしてるぞ」
「とっときの茶器を用意して置くぞ」
口々に言ってくれるのは悪かないんだけど、今、この顔を見たら、たいていの人は太古からの二大精霊とは思わないだろうな。
見られたら、の話だけど。
なんて無駄な時間を過ごしてる場合じゃないんで、俺は改めて手を振ると、指を鳴らす。
向かう先は、俺が張った網のヒトツ。
ま、網ってのは、イメージだけどね。
ホントのところは一種の魔法トラップなんだけど、ザコがうようよと引っかかるんで、俺は網って呼んでる。
普段も、必要な場所にはそれなりに仕掛けてるけど、年末年始は特別だ。
契約更新の間は、建前上、魔法を使えないってことになってるからさ。空白時間になるわけで、大魔法使いのいぬ間にロクでもないことしてやろうってアホが案外いたりする。
後始末で奔走するのはゴメンなんで、網でつっかけてとっとと片付けちまおうってわけ。たいていは、網の方で勝手にしてくれるので、俺は回収してから軽く後始末程度でいいんだけどさ。
今年は、そうはいかないのがヒトツ。
ありがたくない気配だってのは、光と闇の精霊にもわかってるので、大人しく開放してくれたってわけ。
なんて、ごちゃごちゃと考えてる時間は、すぐに終わりだ。
俺は、目前のなんとも凄惨な景色に舌打ちしたいのを堪えつつ、声をかける。
「そこまでだな」
もちろん、言葉だけで済ませる気はサラサラ無い。
正直なところ、指を一発鳴らして全部無かったことにしときたいくらいだけど、大魔法使いの弟子である限りはそうもいかない。
ホント、こういう時にこの肩書きは面倒極まりないんだよな。
ため息混じりに、俺は相手に向き直る。言葉と同時に相手の動きは止めてやったから、状況をじっくり確認する時間はイヤってほどあるってわけだ。
血が無い分は差し引かれるっていったって、十二分にスプラッタな光景だ。
詳細なんぞ、人様にご説明するのは大変にはばかられる。
けど、都合上、ごく端的に言えば、死屍累々。
犠牲者は全て精霊たち。
人によっちゃザコとか低級とか呼ぶけどね。だからって、契約結んでる魔法使いはいるんだし、なんてったってそんな理由でこんな目に合わされる理由には絶対にならない。
魔法使いが、自然をゆがませずに魔法を使うための方法は二つある。
精霊と契約を結ぶか、取り込むか。
もちろん、後者は最大の禁忌だ。なんせ、取って食うってことだからね。
ようは、その後者をやったバカが目前にいるってこと。しかも、かなりな数を。
解せないのは、普通なら丸ごといくはずなのに、一部が残ってるってあたりだ。おかげで、死屍累々としか表現出来ない光景が広がっちまってるってわけ。
後者をやらかしたバカを、俺は横目で見やる。
もうちょっと間合いをはかってから止めた方が良かったかもしれない。口元から取り込みかけの精霊が見えてるってのは、いただけなさ過ぎる。
ひとまずココからだ、と勝手に決めて俺は手を伸ばす。
ヤツは俺が何をしようとしてるのかはわかったのだろう、身をよじろうとしてるらしいけど、微動だにしない。
そりゃそうだよな、この程度の力を持った精霊しか食えないヤツが、俺に対抗しようってのが無理な話なんだから。
年明け早々、こんなんにつき合わされて大変に機嫌の悪い俺は、ヤツの様子なぞ全く目に入ってませんってな勢いでそのまま口元につっかかってる精霊を引っ張り出す。
もちろん、中に取り込まれかかった分が戻ってくるよう、空いてる手で指を鳴らすのは忘れない。
本当は大仰な呪文を唱えてやるくらいじゃないと精霊たちのプライドが傷つくってもんだろうけど、個別対応にしてるってだけで見逃してもらいたいところだ。
元に戻れたからって、さすがにすぐ完全に力まで戻ってくるわけじゃない。腰が抜けたみたいにへたり込んでるのを横目に、散らかってるとしか表現しがたい死屍累々のヒトツを拾い上げて指を鳴らす。
ヤツの口元から何かが引きずり出されてきて、また一人元通り。
ソレを、何回か数えるのも嫌なくらい繰り返す。
全部終わったところで、俺はへたり込んでる精霊たちへと向き直る。
足りないヤツはいないし、このまま消えそうなのもいない。これ以上のフォローは必要ないってことだ。
俺と視線が合って、ヤツらは慌てて姿勢を正す。
だいたい、何をしようとしてるのかはわかってるから、俺は先手を取らせてもらう。
「お礼したいってんなら、お前らがどんな目にあったかって誰にも言わないこと。契約主にもだ。後は、どんなワナにはまってこうなっちまったのかってを、教えてもらいたいな。ソレだけで充分」
少なくとも、俺がかなり上位なのと契約してるってのは、精霊たちにだってわかる。だから、下手にお礼してもらったところで何の足しにもならないってのも、理解してる。
大人しく頷いて、俺の耳元でどんなワナにはまったのかってのを、そっと申告して、まどろっこしくなるくらい丁重に礼を言ってってな感じで一人ずつ去っていく。
全員分の情報が集まれば、それなりに状況はつかめるって寸法だ。
俺にとっちゃ、下手な魔法よりこの手の情報の方がよっぽどのお礼なんで、順当な取引ってもんなんだけどね。彼らはそれなりに負い目らしく、何かあった際にはなんて殊勝に言ってくれる。
どっかの誰かさんとは違うね、なんて思っちゃうのは、ご愛嬌にしといてもらうとして。
精霊たちが片付いたところで、俺は、さて、と振り返る。
仕事は、最後まで気を抜かず手を抜かず、じゃないとな。
後で師匠に罰掃除くらうのはたまらないし。
相変わらず、視線すら動かせないままのヤツを見下ろす。
禁忌を犯すには、それなりの覚悟がいるし、リスクだってある。
取り込みきるには相当の体力が必要だし、もしも途中で引き出されたりしようモノなら、この通りだ。
体力は削がれてるわ、手に入れかかった魔力も失ってるわで、ヘロヘロ。
ヘロヘロっ言い方はヌルいな。瀕死っていう方が正しい。
やってのけたこと考えれば、当然の報いってヤツなんだろうけどね。これからのことも含めてさ。
俺は、ざっとヤツを見て力量を測る。
それから、軽く指を鳴らす。
今までの、瞬きヒトツすら許されないってな呪縛からは開放されたヤツは、完全に自由ではないことを覚る。
まぁ、いやしくも魔法を使おうってなら、気付いてくれなきゃ困るけどな。
「いつものアンタの力量なら、充分に破れる結界だよ」
わかってるはずだけど、確認は大事ってところ。
ある意味、トドメとも言うけど。
なんせ、今のヤツは瀕死なんだから。
結界の中じゃ、削がれた力は戻りようが無いしね。治癒魔法を使うほどの力すら残ってないのは、一目瞭然。
自分のしでかしたことを思い返しつつ、ゆるゆると朽ち果てていただく。
それが、精霊を取り込むという禁忌を犯した者に与えられる罰、とでもいうのかな。
俺個人としては、ひとおもいにトドメってのが親切だと思うけど、魔法使いの不文律なんだから仕方ない。大魔法使いの弟子の仕事と言われりゃ、勝手は出来ないからな。
また、後で始末に来なきゃならない分、面倒なんだけど。
俺は、背を向けて軽くため息を吐く。
ま、それも仕事なんだから仕方ない。
当面のところは、急いで帰って師匠にうめこぶ茶を淹れて、それから光の精霊と闇の精霊に差し入れる茶葉を何にするかでも考えるとするかな。
今年の仕事始めは順調だけど憂鬱、でも、ま、ケンカっ早い炎のなんかにちょっかい出されなかった分はついてるから、まあまあってとこかな。
少なくとも、大魔法使いの弟子ってのは全開だな。
なんて考えつつ、俺は伸びついでに、帰るための指を鳴らす。


2009.01.08 The aggravating mastar and a young disciple 〜He draws up a magical net.〜

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