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癪な師匠と弟子
 本ののような

魔法書のページをめくろうとした瞬間に何か聞こえて、俺はちょいと顔を上げる。
やっぱり、気のせいじゃない。
俺に関係するようなことが起こった場合にだけ反応する耳が、なんか音を伝えてきてる。
耳ってのは、もちろん魔法の一種のこと。それが仕掛けてあれば、どんな遠くの音だって俺に聴こえるようになってるわけだ。
盗み聞きは趣味じゃないから、必要に応じて反応するように小細工してあるけどね。
聴かなくていいならそれで済ませたいけど、そうもいかない仕事ってのもいろいろとあるからさ。
アフターケアってヤツだ。
今日の音は、アフターケアっていうよりは契約範囲内ってところかな。
城からだから。
にしても珍しいけど。今の王は実に賢明だから、数えるほどしか耳が反応したことは無いからさ。
なんか深刻なことでも起きたかな。
ま、この国の宰相であり、俺の親友でもある男が国を離れてる隙に、なんか手出ししてやろうって馬鹿が出てもおかしくはないけど。
そんなことを考えながら、俺は耳が伝えてくる音を拾う。
聴こえてくるのは、音というより声だ。
「扉を開けただけでなく、中にモノを投げ入れたのだな?」
確認しているこの声には聞き覚えがある。現在の王だ。
俺の耳が反応するほどのことが起きているのに、実に落ち着いているあたりはさすがってとこだな。
宰相と俺が友達付き合いしてても気にしないんだから、大物ってのは確かなんだけど。
「いいか、このことの始末は、私がつける。何者も、手出しすることは許さん」
おやおや、こんなに積極的にコトに乗り出すのは珍しいね。普段はきっちりと部下たちに任せて、己はどうしても、という時に効果的に表に立つタイプなのに。
もう少し、俺は耳の感度を上げてみる。
扉の向こうとやらの音が、聞こえ始める。
きしむような、何かがこすれるような、ちょっと耳障りな高めの音だ。
そういうことか、と俺は納得する。
誰がこんなことになるキッカケを作ったのかってのは置いとくことにして、ひとまず扉がどこのものか、何が起こってるのかってのはわかった。わざわざ、水鏡を作るまでもないな。
本当なら俺の出番のはずのコレを、王がどうやって始末つけるんだかってあたりは見物かな、なんて、師匠に知れたら間違いなく怒られそうなことを考えてると。
「私は取りに行かねばならぬものがあるが、その間余計な手出しは無用ぞ」
静かだが、きっぱりとした口調だ。
「手出しをすれば、一目でわかる」
この賢い王は間違いなく見抜く、と誰もがわかっているのだろう。さざめくように了承の声が広がる。
さて、王は何を取りに行く気だろう?
成り行きによっては、俺も城に行かなきゃならないことになる。どうせ、そろそろ街にも顔を出さなきゃならない頃だし、散歩がてら向かうかな。
歩くなら、あまりのんびりしてるヒマは無い。
本を閉じて師匠に出掛けると告げて、ぶらぶらと道を歩き始める。
指鳴らして一気に街へってのもありだけど、こんないい天気の日はのんびり歩くのも悪くない。
仕事が入るかもって時には、特にね。
静かな道をゆっくりと下って、あともうしばらくで人の通る道だなってあたりで、足を止める。
蹄の音が、こちらに向かってるのが聞こえてる。
早馬が来るようなことになったような音は、聴こえなかったんだけどな。
俺は、いくらか首を傾げて音の主を待つ。
現れたのを見て、ちょっと目を見開いたね。
格好こそ目立たぬモノに変えていたけれど、見間違いようが無い、王自身じゃないか。
王の方も、俺に気付いて馬を止める。
いっけね、と魔法使いの礼をとろうとしたのを、王が止める。
「形式ばったことは、皆の前だけで充分だ。それよりも、手数をかけてしまうのだが頼まれてはもらえないだろうか」
言いながら、王は身軽に馬を降り、俺と視線の高さを合わせる。こういうところ、嫌いじゃないね。
頼みごとはと尋ねる代わりに、軽く首を傾げてみせる。
でも、取りに行かねばならないモノの正体が俺のことだったってオチだったら、がっかりだ。
そんな俺の考えを察してるのかいないのか、王はきっぱりと言ってのける。
「しばらくの間、結界を張ってもらいたい場所があるのだ」
「結界、ですか」
場所の想像はつくけどね。そうくるのは意外だったんで、俺は訊き返す。
「うむ、どうしても物見高い者たちが聞き耳をたてるのでな。音を遮断したいのだが、それが出来るのが大魔法使い殿とお弟子殿しか思い付かなかったのだ」
王は言ってから、はた、とした顔つきになる。
「これは、話す順を間違えたな。城に異界のモノが住んでいるのは、ご存知かと思うが」
「はい」
そりゃもう、ものすごく良く、という単語は喉の奥にしまう。なんせ、ヤツがあそこに住まうよう算段をつけたのは俺だ。
そんなことは知る由も無い王は、俺の肯定に言葉を継ぐ。
「城の者たちは正確には知らんのが災いして、腕白坊主どもが余計な手出しをしたのだ」
「なるほど」
これですっかり納得だ。冒険のつもりで扉あけてなんか投げたのが、ヤツに見事にあたったんだな。
そりゃ、厄介なことになってるんだろうなぁ。
なんせ、ヤツは異界での喰うか喰われるかっていう生活が怖くて、こっちに逃げてきたクチだから。
更には、こっちで人を食べるなんてのも怖すぎて出来ない、ものすごい小心者の怖がりだ。
今は、この城を建てた王の許可で地下の一部に住まわせてもらってる代わりに、城にちょっかい出してくるバカモノどもからの魔力をそれなりに喰って守っている。
互助関係ってワケだな。
そんな小心者なんで、意味も無くモノを投げつけられたりしたら推して知るべし。
ヤツ自身は、しくしくと泣いてるつもりなんだろうが、人が聞きゃものすごい異音ってわけだ。
あの音が泣き声だってのはわかってたけど、理由はそういうことか。
「どのくらいの間でしょう?」
「そうだな、一刻もあれば」
一刻程度では、ヤツは泣き止まないと思うけど、なんて考えてる俺の前で、王の方はいくらか困った顔つきになる。
「ところで、これは相談なのだが、非公式というわけにはいくまいか?無論、対価はきちんと用意させていただくが」
「非公式?ってことは、俺に個人的にってことですか?」
俺は、ちょっと驚いて目を見開く。
「うむ、大魔法使い殿にご依頼すれば、公式に記録を残さねばならんだろう?」
へえ、なんか面白いことになってきたな。内密に何する気なんだろう?
「残っても俺の日記レベルにしたいということですか?不可能ではありませんが、結界も完璧ではありませんよ」
ちょいと一呼吸置いてから、俺自身を指してみせる。
「俺には聞こえてしまいますから」
にこり、と爽やかとしか言いようの無い笑顔が王の顔に浮かぶ。
「個人として、貴殿は信用に足ると思っている」
そこまできっぱりと言い切られたら、断れ無いよな。
「わかりました。お引き受けいたしましょう」
大魔法使いの弟子としてだろうが、個人としてだろうが、魔法使いが仕事ひき受けた時の最低限の答礼をしてから、付け加える。
「入る時に適当に音で合図をして下さい。そこから結界を張ります」
「ありがとう。では」
身軽に馬にまたがると、王は方向転換して城へと駆け戻っていく。
完全に後ろ姿が見えなくなってから。
俺は、うららかな空に向かって指を鳴らす。
いつ来るかわからない合図と同時に結界を張るなんて、外したら格好悪いことこの上ないからさ。
王が合図と念じたモノに反応するよう、先に仕掛けといたってわけ。
後は、王次第ってワケだ。
俺は、さっきまでより、もっとゆっくりと歩き始める。
しばらくしてから、ずっとヤツのすすり泣く声が聞こえていた耳に、さざめくような声が加わる。王の帰還に、皆が反応したんだ。
変わり無かったか、という王の問いに、誰かが相変わらずだと返してるのに、にやりとしてしまう。
「そうか、では人払いを」
あっさりと命じた王に、承服しかねるという声。そりゃそうだよな、扉の向こうからは得体の知れない音がしてるのに、国の主だけ残してくなんて、部下の立場からしたら出来るわけない。
宰相がいれば、それなりに丸く収めたんだろうけど。さて、王はどうするかな、などと思った瞬間。
「王命に逆らうか」
静かにきっぱりと、伝家の宝刀の登場だ。
この王には滅多に無いことだから、ことさらに効果は絶大。
少なくとも、扉の周辺からは人の気配が消えたらしい。王の視界に入らないところで、親衛隊は控えてるんだろうけどね。
耳から、独特のリズムでノックする音が聞こえてくる。なるほど、これが合図らしい。
結界が発動したんで、聞こえてくる音は、先ほどまでより断然はっきりする。
扉が開く時の小さなきしみなんかまで、きっちりだ。
「久しぶりだね、とても大きな友だち」
王の言葉に、俺は思わず目を見開く。
誰にかけられた言葉か考えるまでも無いというより、考えようが無い。
ヤツが友達!
そんなこと言い切れる人間なんて、想像上の生物かと思ってた。耳はマズイことが起こった時にだけ反応するようにしてあるから、友達が出来るなんて稀有なののは伝えてこないんで当然なんだけど。
それはそうと、ヤツも驚いたらしい。
泣き声が止まって、動く気配がする。
ずい分と間があいてから、王がもう一度、口を開く。
「忘れちゃったかい?」
「モシカシテ」
異世界の言葉で言いかかったヤツは、慌てて言い直す。
「とても、小さな、友だち?」
いつの間にこっちの言葉を覚えたんやら。
「うん、これでも大きくなったんだけどね」
笑みを含んだ声に、ヤツの声からも涙じみたのが消える。
「ほんとうだねぇ、とても、素敵になったね」
「ありがとう、でも、まだまだだよ。忙しいのを理由に大事な友達に会いに来ないなんて」
風を切る音は、ヤツが首が千切れんばかりに横に振ってるんだろう。
「そんなことないよ、王様は、とても大変だから」
たどたどしいながら、ちゃんと会話は成り立っている。ヤツのこういうところは、ホント、尊敬に値するね。
「本当に君は優しいね。宰相に友人を泣かせたなんて知られたら怒られるよ、国の長たる者として失格だって」
「そんなことない、とても、小さな友だちはとても素敵だよ」
どうやら、ヤツは素敵という褒め言葉しかしらないらしい。でも、王にはちゃんと言いたいことが伝わってるらしい。
「ありがとう」
ちょっと感極まったような声の後、ややしばらく間があって。
「痛い思いをさせてしまったろう?」
「あ、ダイジョウブだよ」
言ってから、少しヤツは考えるように口をつぐむ。ダイジョウブを、どう言っていいのかわからないらしい。
なにかを叩いたりしてる音がしばらくして。
「そう、ならいいんだけれど。でも、これからは絶対こういうことが無いようにするから」
ちゃんと伝わったんだな。王の察しの良さも脱帽ものだ。
「たまには、前みたいにこうして遊びに来てもいいかな」
ヤツは、上手く言葉が出てこなくなったらしい。
今、聴こえる風の音は、絶対に首を縦に振ってる音だ。多分、あのばかでっかい爪で器用に王の手を取って、食いつきそうな真っ赤な口を開いて。
そんなヤツに、王も笑いかけてる。
まるで、どこかで見た御伽噺の絵本のように。
俺は、耳の音量を最小に絞る。
それから、もう一度、空に向かって指を鳴らす。
王があの複雑なノックをしたら、結界が張られるように。
さて、几帳面な王は礼は何がいいかと尋ねてくるだろう。俺としちゃ、こちらがお礼を言いたいくらいなんだけど。
何か、カタチばっかりのを考えなきゃな。
いつの間にか浮かんだ笑みもそのままに、足取り軽く歩き始める。


2007.06.30 The aggravating mastar and a young disciple 〜Like a illustration in a picture-book〜

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