[ Back | Index | Next ]


ニ宮
 蠍宮  女宮

悪びれる様子もなく、玖瑰(クンメイ)は言う。
「目があったから、笑っただけよ、調子に乗ったのはあっち」
輝くばかりの金髪に、なんとも形容しがたい印象的な瞳。
口元は、化粧をしているわけでもないのに紅く、天性の美貌とは、こういうのを言うのだろう。
透けるような肌に、対照的な黒い服も印象的だ。
「自分の顔が、どういう効果を持ってるか、わかっててやるか」
ため息混じりに曙紅(シェーホン)が言う。
「目があったのに、無愛想な顔してたら、嫌われるわよ」
「玖瑰は、笑ってなくても好かれるから心配いらない」
「べっつに、私が誰に笑いかけようと、曙紅が困るわけじゃないでしょ」
玖瑰は、肩をすくめる。
「関係あるから言ってる」
曙紅も、後に引く様子はない。
なにかに、苛立っている様子だ。
腹立たしそうに、さらに口を開く。
「おかげで……」
が、途中で、我に返ったようだ。
言いかかったその言葉は、彼の喉の奥にしまわれてしまう。
「……ああ、そういうことね」
玖瑰には、しまわれた言葉がなんであるのか、わかったようだ。
曙紅は、決まり悪そうに視線をそらす。
「悪い、ヤツアタリだ」
玖瑰からは、返事はない。
視線を、玖瑰にもどす。
「……悪かった」
ぽつり、と言う。
「そういうことも、あるでしょ」
もういちど、小さく肩をすくめてみせる。
曙紅は、自嘲気味の笑みを浮かべた。
が、なにも言わずに、背を向ける。
「次の『仕事』が、あるから」
「じゃあね」
あっさり、と玖瑰は手を振る。
振り返らずに、肩のあたりで手を振ると、曙紅はマントを翻して歩き出す。
正装をとくことなく、次の『仕事』に向かうために。
蠍座守護司である、曙紅の『仕事』は。
『害なす者を、消去すること』
またの名を、『天の暗殺者』。
当人が望んで『仕事』を選べるわけではない。
当人が望んで『守護司』になるわけではない。
『暗殺者』であることを、曙紅は望んではいない。
でも、それが蠍座守護司の『仕事』だから、彼はそれをやってのける。
音もなく忍び寄り、次の瞬間には相手の脳髄には。
細くて長い針が、深々と刺さる。
悲鳴すら、あげる暇なく。
そして、『暗殺者』は、その手を紅に染めるのだ。
本来ならば、手を染める必要のなかったはずの男を、手にかけた。
玖瑰の笑みに捕らわれ、殺すことしか出来なくなった男を。
玖瑰は、乙女座守護司だ。
その『仕事』は『戦の勝利を、与えること』。
彼女の笑みを受けた者は、どんなに苦しい戦でも、最後には勝利を得る。
正しい者に、勝利を与えることが、彼女の『仕事』。
笑みを与えるべき男では、なかった。
それは、玖瑰も知っている。
あの男は、強かった。
人間の刃を、うけつけはしなかった。
『天の暗殺者』でもない限り、あの男は殺せなかったろう。
誰かが殺さなければ、男は殺しつづける。
なんの、罪もない者までも。
でも、足りなかったのだ。
『天の暗殺者』の手にかかることが、決まるには。
だから、微笑みかけた。
男は、彼女の望み通りの、ことをした。
さらに数々の命を手にかけ、そして、『天の暗殺者』に暗殺された。
玖瑰は、笑みを浮かべる。
やわらかく、やさしい笑みを。
見た者が、惹かれずにはいられない、笑みを。
-- 2000/06/16

[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang. All Right Reserved. □