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ニ宮
 蠍宮  馬宮

対極、と人は言う。
『天の暗殺者』と呼ばれる蠍座守護司と。
『天の守護者』と呼ばれる射手座守護司と。
前者は『害なす者を消去』する。
後者は『善なす者を守護』する。
たしかに、対極だ。
己の手を血に染めて、殺さなければいけない自分と、人々に愛される者を、守る彼とは。
羨望の目でみつめる曙紅(シェーホン)の視線を、湖緑(フーリュー)が気付いていない、とは思わない。
もともと口数の少ない彼は、何も言わなかったけれど。

ある日の夕方。
いつものように、手を血で染めて帰った曙紅は、前を行く人影に気付く。
己の身長ほどもある強弓を手にしているのは、一人しかいない。
射手座守護司、湖緑だ。
彼も仕事から戻ったのだということは、正装をしているから、わかる。
その、彼の腕から、ぽたり、となにかが落ちる。
ぎくり、とした。
色のついたその液体は、よく知っている。
思わず、声をかける。
「ケガ、してるのか?」
湖緑は足を止め、それから、ゆっくりと振り返った。
そして、相手が誰だかわかると、首を横に振る。
「違う、俺のじゃない」
その意味は、曙紅にだからわかる。
自分のではなければ、他人のモノ。
逆光になれて、見えてきた湖緑の姿に、もういちど、ぎく、とした。
血まみれの、顔。
かすかに浮かんだ笑みが、凄惨に見えるほどの。
思わず、問う。
「それ、全部、か?」
「……ああ」
それ以上、なんと言っていいかわからずに、黙り込む。
「心配、いらないから」
ぽつり、と湖緑はいうと、背を向ける。
彼が立ち去るまで、曙紅はその場から、動けなかった。
なぜ、気付かなかったのだろう?
守ろうと思ったら、より多くの血が流れることに。
消すのは、簡単だ。
たった、一人でいい。
だけど、一人を守るためには。
一人を狙う、全てを消さなくては、ならない。
血塗られる量は、まるで違う。
たった一人のために、彼は、すべてを手にかける。
誰からも、羨まれながら。
彼は、その手を血に染める。
同じ、以上に、血に染める。

もう、対極とは思わない。
-- 2000/07/19

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