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ニ宮
 馬宮  羯宮

射手座守護司である湖緑(フーリュー)が、正装のまま姿を現すのは珍しい。
まして、血まみれのままであることは、まずない。
だから、今日はかなり稀な状態、だ。
『全てを記す本』から顔を上げた宵藍(シャオラン)と視線のあった湖緑は、湖からは少々離れたところに立ったまま、ぽつり、と
「悪い」
とだけ言った。
「いや」
言いながら、宵藍は『全てを記す本』を閉じる。
軽く手を叩くと、手の中には華奢な細工の笛が現れる。
そして、それを口にあてる。
湖緑は己の身長ほどもある強弓を横たえると、腰を下ろした。
そして、瞼を閉じる。
宵藍にしかできないと言われていることが、二つ、ある。
ひとつは、『全てを記す本』を読むこと。
もうひとつは。
もっとも済んだ音で、笛を吹くこと。
気が向いた時にしか吹かないが、その音は地にまで響くとさえ言われている。
宵藍が一曲吹き終えるまで、湖緑はそのままの姿勢で佇んでいたが。
音が止むと、まっすぐに視線を上げた。
さきほどまでの疲労の色は、もうない。
強弓を掴み、立ち上がる。
そして、微かな笑みを口元に浮かべた。
「やはり、宵藍の笛はいい」
宵藍は表情を変えることなく、
「そりゃ、どうも」
それだけ言うと、もう一度手を打ち、笛を消してしまう。
「玖瑰(クンメイ)もそろそろ飽きるころだ」
「そうか」
『勝利の女神』である乙女座守護司の玖瑰が、なぜか横暴な敵方に微笑みかけてばかりいる。
だから、『善なす者を守護』する射手座守護司である湖緑は、いつも以上に己の手を朱に染めなくてはならない。
説明しなくても、宵藍は知っている。そして、湖緑が知らないことも。
宵藍が言うなら、そろそろ今回の仕事も終わりなのだ。
『全てを記す本』を開きながら、宵藍は言う。
「今度は、血生臭くない格好にして欲しいね」
「ああ、そうする」
頷くと、湖緑は背を向けて歩き出す。
また、朱にまみれる仕事へと戻るために。
-- 2001/01/13

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