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ニ宮
 秤宮  瓶宮

「珍しいお客様ってとこだな」
笑みを含んだ声に、天秤座守護司である黛藍(タイラン)の足が静かに止まる。
声をかけたのは、水瓶座守護司の辰沙(チェンシャ)だ。
彼の仕事は、苦しむばかりで逃れる術を知らぬ者を、動かすこと。『天の暗殺者』にも『天の守護者』にも『勝利の女神』にも動かせぬことはある。
辰沙の口の端は、薄く笑っている。
「宵藍(シャオラン)のところに行くつもりなんだろ?」
『全てを記す本』を読む山羊座守護司の宵藍の居場所は、この森の真中にある湖だ。否定をするのは愚かだと黛藍も知っているのだろう。が、肯定の返事も返ってこない。
辰沙は酷薄な、とでも形容できそうな笑みを浮かべたまま、質問を重ねる。
「全てを知るはずのヤツに尋ねたいことは、『天道、是か非か』ってとこかな?」
全く感情を表さないことを訓練し続けて、息遣いすら感じさせたことのない黛藍の肩が、ほんの微かに動く。
それを見逃す辰沙ではない。
「当たった」
にやり、と笑う。
黛藍は、まっすぐに辰沙に向き直る。
「知らないみたいだから、教えてやるよ」
辰沙は、まったく意に介さぬ様子でのんびりと言う。
「その質問は、俺たちの間じゃご法度なんだ」
この場合、沈黙が質問となる。
「幾度尋ねられても、答えは出ないから」
辰沙の口元から、笑みが消える。
表情も、全て。
「地に降りねばならない仕事をしてる連中は皆、幾度も感じている質問だから」
が、すぐに薄い笑みが戻る。
「あんただって、言葉にしたことないだけで考えたことはあるだろ?」
黛藍から、返事は返らない。
なにを肯定しても、否定してもならないから。
本当は、なにかに疑問を抱くことも。
己という全てを、抹消することが仕事だから。
「と、いうわけで質問の答えはない」
かすかな身じろぎと共に、引き返そうとした黛藍を、辰沙は呼び止める。
「待てよ、珍しくここまで来たんなら、直に笛でも聞かせてもらおうぜ」
黛藍は、ただ足を止める。
「宵藍は、笛の名手だぜ」
言い終えると、とっとと歩き出してしまう。
少しの間立ち止まっていた黛藍は。
再度、湖の方へと足を向ける。
-- 2001/11/18

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