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ニ宮
 魚宮  羯宮

そっと現れた気配に、山羊座守護司である宵藍(シャオラン)は顔を上げる。
視線が会うと、魚座守護司の丁香(ティンシャ)は微かに微笑んだ。
その笑みは、どことなくぎこちない。
「今年も、お願いできるかしら?」
ささやくほどに、小さい声。
「ああ」
そっけないくらいの返事をきいた丁香は、その口元の笑みを大きくする。
さきほどまでのぎこちなさは消えて、嬉しそうに腰を下ろす。
宵藍は『全てを記す本』を閉じると手を打って笛を出す。
奏でられるのは、『草原を駆ける黄金の風』。
天をも越え、地へと響いていく宵藍の笛を、丁香は瞼を閉じて静かに聞く。
やがて、曲が終わると、彼女は微笑みながら立ち上がる。
「ありがとう」
年に一度の、静かな約束。
この天で唯一、水をその住処とする種族である丁香は、年に一度だけ、己の守護星座に太陽が入る時だけ尾ひれではなく、足を得て地へと立つ。
太陽宮へと入る為に。
太陽に己の守護星座に入った守護司は、謀殺されると言っていいほどの仕事をこなさなければならない。
それでも丁香は、合間をみつけて宵藍を訪ねる。
魚座守護司の仕事は、『人の望みを叶えること』。
もちろん、全ての望みが叶うわけではない。人の望みは天の水の中で結晶となり、美しく光り輝く輝石になったモノだけが叶えられる。
いつもは、人々の願いが静かに結晶となるのを助け、美しく輝いたらのならば、その願いを叶える為に水から離れることは出来ないから。
太陽が守護星座に留まる期間は一ヶ月ほどもあるが、宮を抜け出せるのはいいところ一回だ。
だから年に一度、丁香は、宵藍の笛を聞きに訪れる。
『草原を駆ける黄金の風』を聞く為に。
再び手を打って笛を消した宵藍が、無表情のまま尋ねる。
「大丈夫か」
「大丈夫よ」
にこり、と丁香は笑みを大きくする。
「今年も、聞くことが出来たもの」
それから、少し首を傾げる。
「あなたこそ、大丈夫?迷惑を、かけてしまっているのじゃなくて?」
「いや」
簡潔な返事を返すと、『全てを記す本』を開く。
用事はすんだ、というかのように。
「本当に、ありがとう」
丁香は、もう一度礼を言うと、その肩までの短い髪をひるがえして背を向ける。
宵藍は、顔を上げて後姿を見送る。
髪の長さが想いを表すといわれる水の種族の族長でありながら、あの日、ばっさりと切り落としてしまった髪。
想いを貫く為に、想いを切り捨てたことにしなくてはならなかったことを、知っている。
己の笛が、届いてているとよい。
地上を駆けているであろう、黄金のたてがみにも。
珍しく、そんな感傷的なことを思い。
宵藍は苦笑を浮かべつつ、『全てを記す本』に視線を落とす。
-- 2002/05/18

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