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ニ宮
 子宮(仮)  羯宮

その足音は嫌でも聞き覚えのあるモノだったが、山羊座守護司、宵藍(シャオラン)は顔を上げようともしない。
「今年も、知らぬ存ぜぬでいるつもりね」
いきなり険を含んだ声を出したのは、花白(ホンパイ)。
禁を犯して地へと降り立った獅子座守護司、叶緑(イエリュー)の妹で、年に一度、獅子座に太陽が入る時に獅子座守護司の仕事以外を肩代わりする為に太陽宮に立つ。
そこで得た力で、この泉にも来ることができる。
宵藍にとっては、面倒な年中行事のヒトツといっていい。
妹思いの兄だった叶緑を、本当に慕っていたことを誰もが知っている。
いつでも、と言っていいほど、側にいた。
だが、叶緑はなにも言わずに姿を消した。
天で最も力ある者さえも見付けることの出来ない兄を、彼女が探し出せるわけもなく。
それでも、彼女は探しつづけている。
ただ一人の兄を。
『全てを記す本』の読み手である宵藍は、花白にとっては唯一の確実な情報源だ。
だからこそ、邪険にされるのを知っていても毎年、食い下がるように現れる。
もしかしたら、根比べをしているつもりでいるのかもしれない。
「ねぇ、兄さんはどこにいるの?」
必死の口調で言われても、宵藍は顔を上げようともしない。
身を乗り出して、花白は言う。
「連れ戻そうっていうんじゃないわ、ただ、せめてお別れが言いたいの」
大好きな兄。
いつも、気にかけてくれていた兄。
なのに、あの時。
禁を犯すことは、永遠の別れを意味するのに。
素振りさえ、見せてはくれなかった。
宵藍は聞こえているのかいないのか、表情さえも変わらない。
「どうして、ねぇ、どうしてサヨナラも言っちゃいけないの?」
いい加減うるさくなってきたのだろう、ぼそり、と宵藍が言う。
「誰も、いけないと言ってはいない」
「じゃあ、どうして教えてくれないの?『全てを記す本』には載っているはずでしょう?」
酷薄、と表現するのが最も適した笑みを、宵藍は花白に向ける。
「言っているだろう?自分で読めと、ほら」
と、目前に広げた本を花白のほうへと向ける。
花白の顔には、険悪な表情が浮かぶ。
「私には白い紙にしか見えないって知ってるくせに」
「知らないね」
馬鹿にしているとしか、思えぬ口調。
悔しさと怒りのあまり、口を開くことさえできなくなっている花白に、宵藍はさらに言う。
「いつまで油売ってる気だ?獅子座守護司の仕事に穴をあけるつもりなのか?」
腹立たしい表情のまま、花白は腰を上げる。
「私、絶対に諦めないんだから!兄さんに絶対に会うんだから!」
捨て台詞のように吐き捨てて、走り去る。
宵藍は無表情のまま、『全てを記す本』を己へと引き寄せる。

充分な時が経って、耳をそばだてる他の気配が消えてから。
ぽつり、と宵藍は呟く。
「だから、叶緑はなにも言わなかったんだよ」
-- 2002/05/19

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