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ニ宮
 金風祭の (或いは子宮を巡る沈黙)

返り血のせいで凄惨な姿のまま、射手座守護司の湖緑(フーリュー)はある場所へと向かう。
が、途中まで来たところで、こちらへと向かう気配に、足を止める。
姿を現したのは、水瓶座守護司の辰沙(チェンシャ)だ。一足先に、こちらへと帰ってきて、同じ目的地を訪れたようだ。
口の端に、皮肉な笑みが浮かんでいる。
「あちらさんの方が、早かったよ」
「…………」
「ま、予測通りってとこだけどな」
湖緑の眉が、軽くよせられる。辰沙は肩をすくめる。
「宵藍(シャオラン)だって、最初からわかってたさ」
「ああ、だが……」
「やはり、ここにいたわね」
不意に加わった声に、二人が振り返ると乙女座守護司、玖瑰(クンメイ)が立っていた。
いつもの妖艶な笑みは浮かんでいない。まっすぐに、二人を見る。
「宵藍も、召喚されたのね?」
「も、ということは?」
「丁香(ティンシャ)も召喚されたようよ」
水に寄る二人が姿を消すということは、足を得て地上へと上がったということに他ならない。
自らの守護期以外では、天で最も力ある者が召喚でもしない限り、ありえない。
誰からとも無く、顔を見合わせる。
宵藍に、勝算がないとは思えない。でなければ、獅子座守護司、叶緑(イエリュー)の守護期の逃亡などという事件のブレインになるわけがない。
だが、その一方で。
ほぼ、一年前に起こった惨劇を思い出さずにいられない。
己の道具である金の針で、自ら喉笛を切り裂いた蠍座守護司、暮雲(ユームン)。誰も口にせぬだけで、天で最も力ある者が関係すると、確信している。
現に、あの直後に。
双子座守護司であった枯緑(クーリュー)と芽緑(ヤーリュー)はその職務中に命を落としている。
晴天の空に落ちた、雷にうたれて。
守護司は皆、知っている。
ここ最近、人々の怨嗟の声ばかりを運ぶ双子座守護司を、天で最も力ある者が疎ましく思っていたことを。
「やっぱりここだったな」
更に、新しい声が加わる。近付いてきた足音は、複数だ。
現れたのは、蟹座守護司の橘橙(チューチョン)、牡牛座守護司の紅狐(ホンフー)、牡羊座守護司の乳白(ルーハイ)。三人とも正装だ。
「宵藍は、召喚されたのか」
紅狐が、目を細める。
「ええ、丁香もね」
玖瑰が返す。辰沙は、首を傾げる。
「どうした、橘橙まで?海のお守りはいいのか?」
「昨日から今日にかけて、ずいぶんと細かいモノを探し回ってもらったからね、疲れて寝てるよ」
微笑んで言ってから、真顔になる。
「曙紅(シェーホン)が、動いた」
「本当か?」
「受け継いだのね?」
辰沙と玖瑰が、口々に尋ねる。曙紅は、暮雲の弟だ。兄の死以来、兄を超える力を持つと言われながら、ずっと蠍座守護司を継ぐことを拒否しつづけてきた。
その曙紅が、動いたということは、だ。
「ああ、仕上げに降りてきたよ」
と、紅狐が返す。湖緑の口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「では、覚悟を決めたということだ」
「丁度いいじゃないか、これで名目ができた」
辰沙の笑みも大きくなる。
「では、行きますか」
「ああ」
「もちろん」
頷き合うと、歩き出す。

さすがに、丁香の姿を見て驚いたらしい。
天で最も力ある者が、言葉を捜しているのがわかる。召喚されているのは、三人。
魚座守護司、丁香、山羊座守護司、宵藍、天秤座守護司、黛藍(タイラン)。
丁香の隣に立つ宵藍も、そうしたとは知っていたが実際に見ると、ぞくり、とするものがある。
丁香が族長を務める水の一族は、ただ一人を想う。そして、その想いは美しい髪となって彼女たちを輝かせる。
その一族の中にあって、身の丈を過ぎるほどの長さの、最も美しい髪を持つと言われつづけて来た丁香の髪は、いまは肩にも届かない。
ばっさりと、切り落とされているのだ。
やっと、天で最も力ある者が口を開く。
「獅子座守護司が、姿を消した」
宵藍も丁香も、ただ黙したまま続きを待っている。
「明らかなる違反行為であり、ただちに捕縛、厳罰に処す必要がある」
視線を向けられた丁香は、つ、と視線を落とす。
「お役には、立てません」
そう大きくはないが、確固たる意思を秘めている声だ。宵藍は、そう感じた。
「ご覧の通り、私は想いを立ち切った身の上ですので」
ただ一人にしか想いをかけぬ水の一族で、あれだけの美しい想いを育んで来た丁香が、そうそう叶緑への想いを断ち切る思えない。
むしろ、彼女は想う人を守る為に、髪を切り落としたのだ。
想いを育むモノを断ち切れば、どこにいても何が起こっても感じ取る能力も失われる。
本当に、行方も消息も感じ取れなくすることで、丁香は叶緑を守っている。
命よりも想いが大事なはずの水の一族が、髪を切り落とすのだからその覚悟は想像を絶するモノがある。
今の丁香は、叶緑が無事に地上に紛れたのかすら、知らなかっただろう。こうして召喚されて、初めて成功を知ったのだ。
おそらく、天で最も力ある者が視線を外したなら。
丁香の口元には、笑みが浮かぶのだろう。
想いのために、彼女は髪を切ったのだ。だから『草原を渡る黄金の風』が叶緑の為のモノになる必要があった。
唯一、動向を知ることができる者が、無事を知らせる為に。
「山羊座守護司よ」
宵藍は、ただ、視線を向ける。
「そなたの手にしている『全てを記す本』には記されているはずだ、読み上げよ」
「『全てを記す本』は、それを読む能力がある者だけにに開放されるもの……禁を犯せ、と仰せになるわけですか?」
「法を犯した者を捕縛する為には、やむをえまい」
「断罪に必要となれば、禁を犯すことも見逃される、ということになりますね」
宵藍の口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「先ずは、罪なのかを問いたい」
天で最も力ある者は、重々しく頷くと黛藍へと視線をやる。
「獅子座守護司出奔の件につき、善悪を量られよ」
が、黛藍はただ首を横に振る。
思わぬ否定に、口を開きかかった天で最も力ある者は、ぎくり、と動きを止める。
「ああ、あなただったのですか」
声は、天で最も力ある者の背後からだ。
喉には、金色の針が押し当てられている。少しでも力を入れれば、深々と突き刺さるだろう。
が、曙紅はそうせずに、宵藍たちの隣へと並ぶ。
「ものすごい腐臭をたどってきただけですので、ご容赦いただければ幸いです」
金の針を収めて、頭を下げる。
宵藍が口を開く。
「曙紅、断罪に必要とあれば禁を犯してもよいそうだよ」
「それは、ぜひ、尋ねたいことがありますね」
返事を返したのは、曙紅ではない。
辰沙だ。あとを引き継いだのは、湖緑。
「暮雲の死は、他殺の疑いもあると聞き及ぶ……事実を、知りたい」
「雲ヒトツない穏やかな天気だったのに、枯緑と芽緑の上に落ちた雷についても知りたいわ」
妖艶な笑みを浮かべたのは、玖瑰。
「意図的なモノだとすれば、真っ先に断罪されるべきことですね」
紅狐もうそぶく。乳白の顔色が変わる。
「暮雲も枯緑も芽緑も殺されたっていうの?!」
「という可能性がある、という話だ」
橘橙が、落ち着いた声音で返す。
「決定的な証拠は、どこにもない」
辰沙が、口の端に笑みを浮かべる。
「『全てを記す本』を読める者以外には、ね」
「呼びもしないのに、なぜここにいる」
天で最も力ある者の口をついて出たのは、唯一、彼らを攻められる糸口だ。
「曙紅が蠍座守護司を継承したことを、承認に来たのですよ」
「久しぶりすぎて、しきたりをお忘れかもしれませんがね」
紅狐がうそぶいて、辰沙が、にやりと付け加える。
宵藍が、静かに口を開く。
「叶緑の出奔が罪になるかどうかが決まるのは、千の時を越えた後。それだけの間、出奔をしてまでやり遂げたいと望んだことを続けられるのか、それが問われた後のはず」
「お前たち、欠けておることがわかっていて、言っておるのだろうな」
天で最も力ある者の口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。
彼らが、真にしようとしていることが何なのか、正確に悟ったのだ。
あの、雷以来、双子座守護司を継ぐべき枯緑と芽緑の子供は眠りつづけている。
子供たちを守る為に、枯緑と芽緑が最後に張った結界の中で。
「紅蓮(ホンリョン)と青蓮(チンリョン)も、起きるでしょう」
にこり、と微笑んだのは丁香だ。
柔らかなゆえに、ぞくり、とする。
「……叶緑の代理は、花白(ホンパイ)に努めてもらう」
「わかりました」
正装の十守護司たちの視線は静かだが、強い。
千の時の静かな対峙が始まる。
-- 2002/07/18

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