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ニ宮
 子宮(仮)  秤宮

獅子宮に入る一ヶ月。
それだけが、なにも言うこと無く地上へと降りていった兄の行方を捜すことの出来る期間だ。
普段でも、守護司たちに会うことは出来るが、行方がわかったところで通常では地上に降りることが出来ないから。
仮守護司という、ただ忙しいだけの役目を花白(ホンパイ)が引き受けたのは、ただ、それだけの理由。
ただ、もう一目。
叶緑(イエリュー)に会いたいから。
だが、『全てを記す本』を手にしている山羊座守護司、宵藍(シャオラン)は絶対に口を開かぬし、かわるがわる訪れてみている地上へと降りている守護司たちも、ただ首を横に振るばかり。
兄と想いを通じていた魚座守護司、丁香(ティンシャ)にいたっては、そのみごとな髪をばっさりと切り落としてしまった。さすがに、彼女には問うことが出来ない。
叶緑が行方不明になった後に目覚めた双子座守護司、紅蓮(ホンリョン)と青蓮(チンリョン)にまで会いに行った。返事は当然、「顔、知らないよ」だったが。
今日、向かう先は。
いままでとは、異なる。
尋ねても、返事が返らぬのならば。
強硬な手段を用いるしかない。
向かう先に立つのは、天秤座守護司、黛藍(タイラン)。
表情の伺えぬマントを纏い、声を発することも無い。ただ、手にする天秤でコトの善悪を量るだけの存在。
だからこそ、黛藍の秤は絶対だ。
秤が罪の方へと傾けば、なにがあろうと罰せられずにはいない。
罪と決定すれば、どうあっても、叶緑は天へと呼び戻される。そうすれば、会うことが出来る。
「量って欲しいことがあるの」
挑戦的な口調で、花白は言う。黛藍は、身じろぎひとつしない。
「私に何も言わず、地上へ降りた兄さんの行動が罪かどうか」
黛藍は、ただ、首を横に振る。
それは、量ることは出来ぬ、の意。
「どうして?!兄さんは私を置いてってしまったのよ?!私には、兄さんしかいないのに!なにも、なにも言ってくれなかった!」
叫ぶように言葉がほとばしり出る。
「どうしてそれが、罪ではないの?!」
悲痛な叫びを聞いても、黛藍が動じた様子は無い。ただ、黙然と立ち尽くしている。
「どうして……!」
その、瞬間だ。
空気が、変わる。
なにがどう変わったのか、表現するのは難しい。でも、激昂している花白にもそれは明らかに感じ取ることが出来た。
「死を望むのか」
ふ、と聞こえた声に、ぎく、とする。
周囲には、自分と黛藍しかいない。
「いまの……?」
今の声は黛藍なのか、と尋ねようとして、口をつぐむ。
また、先ほどの空気が戻るのを感じたから。一度去ったからこそわかる、纏わりつくような重い空気。
じっと見据える眼、ことさらに澄まされる耳。
こんなことが出来るのは、一人しかいない。
いままでずっと、どの守護司に会ってもそっけない返事しか返らなかった。もちろんそれは自分に対してのものでもあったのだろうが。
それは、自分の背後につねにいる天で最も力ある者への返事でもあるのだ、と、気付く。
黛藍が、一度首を横にふれば、それが覆されることはない。
だから、天で最も力ある者は、一瞬油断したのだ。花白が情報を得ることはない、と。
それだけは、わかる。
なぜ、自分にこんなについて回る必要がある?
知りたいのなら、自分で尋ねればよい。
兄のことは大好きだ。
だが、死を望んだことはない。
ましてや、自分のせいでなど。
なのに、なぜ自分はこんなにあせって兄の行方を捜しつづけるのだろう?
なにかが、おかしい。
知らないことがある。
いまは、仮とはいえ獅子座守護司なのだ。通常、守護司しか知ることが出来ぬこともある程度はわかるはずだ。
花白は、真っ直ぐに視線を上げる。
「お邪魔したわ」
それだけ告げると、背を向けて走り出す。
重苦しい空気が去るのを感じながら、黛藍は静かに秤に指を走らせた。
-- 2002/07/18

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