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ニ宮物語

 女宮 + 羯宮


「だって、お祝いしたいんだもの」





山羊座守護司、宵藍(シャオラン)は、『全てを記す本』をめくる手を、ふと止める。
近付いてくるのは、聞きなれた足音だ。
だが、足取りは。
いつもとは、まるで異なる。
こんな足音を、聞いたことがないわけではない。
遠い過去と、それから、最近は、ごく、稀に。
そういう足音で、姿を現すであろうことは、わかっていた。
山羊座守護司の仕事は、『全てを知ること』だから。
だが、こんなにはしゃいだ足音は、聞いたことはない。
視線だけは『全てを記す本』に向けていると、足音の主である乙女座守護司、玖瑰(クンメイ)の声が飛び込んでくる。
「宵藍、笛、聞かせてよ」
弾んだ声。
いつも通りの無表情となった宵藍は、少々眉を寄せたまま、顔を上げようともしない。
「なんで、俺のところに来るんだ」
玖瑰は、宵藍の辛辣な物言いがこたえた様子もなく、にこり、と微笑む。
いつもの『勝利を与える』時に見せる妖艶なモノではなくて、邪気のない明るい笑みを。
「だって、お祝いしたいんだもの」
そして、膝を折って、可能な限り宵藍と視線の高さを合わせる。
普段の黒でもなく、正装の白でもなく、鮮やかな赤の裾が、ひらり、と揺れる。
祝いの色だ。
「『桜呼ぶ曲』を、聞きたいの」
「花咲かじじいにする気か」
『全てを知る本』のページをめくりながら、宵藍が言い捨てる。
天を越え、地まで響く宵藍の笛は、時に自然に作用することもある。
「ちゃんと春よ、あそこは」
あそこ、というのは、つい先ほど、玖瑰が仕事を終えてきた場所のことだ。
「新しい城には、桜がいっぱい植えてあるの、戦で他の花は焼き尽くされてしまったから、勝利の祝福には相応しいでしょ」
戦の勝利など、玖瑰は飽きるほど見ている。彼女の微笑みかけた人間は、必ず勝利を手にするのだから。
玖瑰が、勝利を得たからとはしゃぐのは、たった一人だ。
かつて、玖瑰の笑みを心から愛した男。
そして、玖瑰も好もしく想った男。
勝利を与えすぎたが故に、奢り、その手に天下を掴むことなく、消えて行った男。
その日から、玖瑰は黒しか身につけなくなった。
男の喪に服して。
仕事の時でさえ、黒い服を身にまとったまま地に降りる。正装をするのですら、稀なことだ。
そして、男が生まれ変わる度、玖瑰は試練の如くに彼を苦しませる。
滅多なことでは、勝利を与えない。
奢らぬよう、民の声に耳を澄ますよう、仕向けながら。
そして、誰からも望まれた、その時。
やっと、勝利を与えるのだ。
天下を収める、という勝利を。
その日だけ、玖瑰は赤を身にまとう。
そっと、一人で祝うのだ。
が、今回は、地に笛の音を届けたいと言う。
宵藍の眉が、ますます寄ってきたのに気付いたのだろう。
玖瑰は、満面の笑みのまま、言う。
「笑ってくれたんだもの」
真の勝利を得る運命のもと生まれた男には、玖瑰が相手方に笑みかけるのも見えるらしい。
過去の記憶など、あろうはずもない男には、人にあらざる彼女の姿は気まぐれな女神としてしか映らない。
もう、男が女神を想うことはない。
男が投げかけるのは、ただ、不信の表情だ。
だが、彼女の笑みがどこに投げかけられているかを知れば、無駄な死を避けられる、とも悟っている。
だから、戦場で彼女の姿を探す。
今日、彼は、いつものように女神を探して。
そして、目を見開いた。
漆黒に身を包んでいるはずの女神は、真白の姿で立っていたのだ。
彼と視線が合うと。
まっすぐに横暴な王を指す。
それから、彼女は、笑みを浮かべた。
いままで、見たことのない眩しいくらいの笑みを。
それを見た、彼は。
驚きから、笑みへと、表情を変える。
全てを、悟ったかのように。
なぜ、美しい女神が気まぐれだったのかを、知ったかのように。
かつて、女神を見て笑んだのと同じ、笑みを彼は浮かべた。
男が笑んだことは、宵藍も知っている。
玖瑰が赤い服をまとう以上に、それが稀であることも。
宵藍は『全てを記す本』を閉じる。
そして、笛を手にする。

やがて、地には、薄紅の花が咲き誇り。
花を見上げた、新しき王が言う。
「まるで、女神の笑みのようだな」



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玖瑰の笑顔が普段の笑み(カワイイ〜!)、ということで意見が一致したのと、衣装が滅多に着ないであろう赤であったので。
ネコ目宵藍もステキなのですー♪


-- 2002/09/14



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