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ニ宮物語

 蠍宮 + 馬宮


「血で染まることの、意味を知っているか?」





乙女座守護司、玖瑰(クンメイ)が去った後。
山羊座守護司、宵藍(シャオラン)は、笛を消したが、『全てを記す本』は開かない。
視線を、玖瑰が去った方と反対へと、向けた。
いつも以上に剣呑な目付きで、ぼそり、と言う。
「立ち聞きとは、趣味が悪いな」
その言葉に、促されるかのようにして、二人、姿を現す。
「すまない」
すぐに、真摯な目付きで頭を下げたのは射手座守護司、湖緑(フーリュー)だ。
隣りの蠍座守護司、曙紅(シェーホン)が、少々困惑の表情のまま、口を開く。
「なんで俺の勝手で連れて来たのに、謝るんだよ」
「立ち聞きしてしまったことには、変わりない」
「…………」
曙紅の顔つきに、無意識に不機嫌さが加わる。
湖緑は、いつだって潔い。
真っ直ぐに見定めて、けして、目を反らすことはない。
己の、『仕事』からも。
『天の守護者』と『天の暗殺者』。
『善なす者を守護』する者と、『害なす者を消去』する者。
共に手を血で染める仕事でありながら、対極と言われつづける所以だ。
ずっと、羨ましいと思っていた。
人から愛される者を、守護する彼を。
だけど、一人を守るには、狙う全てを消し去らなければならない。
一人を消せばいい曙紅以上に、その手を血で染める。
湖緑は辛い素振りさえ、見せない。
だけど、辛くないわけがない、と思う。
自らの手で、誰かの命を絶つのだから。
二人の仕事を、増やしている者が、一人いる。
それが、玖瑰だ。
『戦の勝利を与える』のが仕事である彼女は、実に気まぐれに微笑む。
正しい者に勝利を与えねばならぬはずなのに、横暴な王に勝利を与えることは、珍しくない。
曙紅が手にかけるほどではなかった者を、玖瑰の笑みに惑わされたばかりに消さざるを得なくなったことは数度あるし、湖緑が守る為に射た矢の数の増え具合は計り知れない。
最初こそ、文句を言うのはヤツアタリだと思い留まったようだが。
幾度も続くそれに、曙紅はしびれを切らしたらしい。
一人では心もとないので、湖緑を巻き込んで玖瑰に直談判をしようとして、後を追って来たのだ。
宵藍と玖瑰の会話を、立ち聞きするつもりではなかった。
だが、聞こえて来た会話に、足が止まった。
「どうして」
ぽつり、と曙紅が口を開く。
「どうして、祝うんだよ?自分が、苦しめてたんじゃないか」
いらだちをあらわにした声で、言う。
「そのおかげで、俺も湖緑も……」
その手を、血で染めたのだ。
口にはしないが、言いたいことは、宵藍にも湖緑にも容易に想像はつく。
「彼が、真の勝利を、得たからだろう」
答えを返したのは、湖緑だ。
「どういう意味だよ」
言葉足らずなほど、口数が少ない湖緑に尋ねても答えは返らないと思ったのだろう。
曙紅は、宵藍へと視線を向ける。
「言葉通りだろ」
宵藍は、『全てを記す本』を開きながら付け加える。
「その場の戦に勝つだけでは、真の勝利とは言わない」
「じゃあ、玖瑰はあの男が『真の勝利』とやらを得る為に、気まぐれ起こしてるっていうわけ?それで、湖緑はかまわないのかよ?!」
「どういう状況であろうが、守るべき者を守るだけだ」
射抜くように、まっすぐな視線。
曙紅は、唇を噛み締めると、ぐ、と拳を握る。
「ああ、そうかよ」
吐き捨てるように言うと、背を向けて走り出す。
宵藍は『全てを記す本』から顔を上げて、肩をすくめる。
「明日にでも、謝りに来る」
珍しく、予測の単語を口にしたのに、湖緑が微笑む。
曙紅は、玖瑰の気まぐれに自分の都合で怒っていたことに気付いて、気恥ずかしくなったのだ。
最後の捨て台詞は、ヤツアタリ、なわけで。
根は素直な彼のこと、すぐに反省するに違いない。
「ああ、そうだな」
静かに言う湖緑に、宵藍は、もう一度肩をすくめてみせる。
「知っていたのか」
玖瑰が、気まぐれに横暴な王に微笑みかける『理由』を、だ。
「あの男のことは、いつも守護しているから」
「なるほどな」
あの悲劇が起こったときも、男は湖緑の守護下にあったのだ。それが、途中で役目は終わった。
男は、『天の暗殺者』に消された。
まだ、曙紅の兄である暮雲(ユームン)が蠍座守護司であった時の出来事だ。
それから、繰り返される玖瑰の気まぐれに付き合わされているうちに、悟ったのだろう。
玖瑰は、二度と同じ過ちを繰り返したくないのだ、と。
また、『全てを記す本』へと視線を戻そうとした宵藍の目前に、湖緑は腰を下ろす。
「笛を聞きたいのだが」
視線を上げた宵藍は、ただ、『全てを記す本』を閉じる。
玖瑰が『真の勝利』を男に与えたということは。
湖緑も、少なくとも全身、朱にまみれるような守り方はしなくてよくなった、ということだ。
笛を出しながら、宵藍は尋ねる。
「リクエストを、聞こうか」
「『やわらかな夜の帳の曲』を」
湖緑らしい祝福に、宵藍の口元には笑みが浮かぶ。

笛の音は、勝利を祝う歓喜の宴が終わった地へも、届く。
戦が終わり、やっと、静かな夜を迎えた人々へと。



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『返り血が映える衣装』ということで、白が主体の曙紅と湖緑です。カッコイイですよねぇ(うっとり)。
私的設定だと、正装では血が目立たぬように考慮した色合わせにしたので、白っていいなーと。
湖緑が弓篭手(武士が弓を射る際につけてる、アレです)をしてるところが、更にツボでございます。
曙紅の方が、やんちゃっぽいイメージなところも。


-- 2002/09/14



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