旅人が歩いている。
その左手に下げているモノを見て、青年は目を細める。
噛み付くような口調で、問う。
「そのカゴの中には、なにが入る?」
「コレのことかな?」
旅人は、振り返ってから静かに尋ねる。
「そうだ」
急くように短い返事を、青年は返す。
形は鳥かごにそっくりだが、その柵の間隔はひどく広い。
小鳥だけではなく、たいがいの動物は逃げ出すことができるだろう。
静かな視線で見つめながら、旅人は答える。
「君の望むモノを、なんでも」
微かな笑みが、口元に浮かぶ。
「俺の……?」
青年は、虚を突かれたらしい。目を、軽く見開く。
旅人は、高くも低くもない、それでいて音楽のような響きの声で言う。
「例えば、届かぬ相手の想い、やり直したい時の流れ、君にそういうモノがあるのかい?」
怪訝そうに、彼は眉を寄せる。
「想いも時も、カタチ無いものだ。それがカタチになる、というのか?」
青年の口調は抑えられているが、どこかしら噛み付くような荒々しさがある。
「カタチにせよ、と望むならば」
燃えるような瞳を旅人に向けたまま、青年彼は唇を噛み締める。
しばしの、間の後。
青年は、搾り出すように、言う。
「あの家を滅ぼす力が欲しい……領主の家を消し去る力が」
旅人は、静かな視線のまま、青年を見つめる。
「今でこそ良き領主と言われるが、あれは母が死をもって諫めたからだ」
ぐ、とこぶしを握り締める。
代々、搾取出来るだけ搾取し、なんであろうと手に入れたいものは手に入れてきた領主家。
それが、たとえ、人の母であろうとも。
そして、家族と引き離され、想いもせぬ者に仕えさせられたにも関わらず、青年の母は領主を愛情を持っていたわり、死をもって諫めた。
命と引き換えのそれは、効を奏した。
領主は、人が変わったかのように、良き領主となった。
いま、怨嗟の声をこの国で聞くことは、まず、あるまい。
「だが、残虐の血が消えることなど、ありえない」
射抜くような視線に、迷いはない。
「あの家に流れる血を、消し去るための力が欲しい」
旅人は、微かに首を傾げる。
「無からはなにも得られないが」
「無からは望まぬ。領主家を滅したいと願い祈るこの思いを、領主家を滅ぼすことの出来る、得物へと」
どこか凍てついたような笑みが旅人の顔に浮かぶ。
「では、カゴに君の思いを」
言ったなり、ごう、と風が吹く。
青年は、思わず顔をそむける。
風がおさまり、視線を旅人へと戻す。
変わらず、静かに立っている旅人がいる。
「捕らえたよ」
言葉と共に差し出されたカゴの中を見て、青年は眉を寄せる。
「それは、なんだ?」
あるのは、燃えさかる火の玉。
天に昇る陽を小さくして閉じ込めたかのような。
まばゆいばかりの光を放ち、炎を散らしている。
「君の得物だよ」
「これが?」
「そう」
旅人は、つ、と右手を上げ、カゴの中へと手を差し入れる。
ひときわ高く立ち上った炎を、硬いモノであるかのようにしっかりと掴む。
カゴから出てきた手が握っているのは、剣の柄。
みるまに、白銀に煌く剣が抜き払われる。
「では、約束どおり、君にあげよう」
受け取った青年は、それが双剣であることに気付き、微笑む。
「なるほど、確かに領主家を滅ぼすための剣だ」
鞘のないそれを、器用に腰に下げてから、頭を下げる。
「感謝する」
言い終えると背を向け、そして歩き出す。
青年の姿が、すっかり見えなくなってから。
ふわり、と肩に空に溶けそうなくらい青い鳥が舞い降りる。
その羽といい、翼といい、美しいという表現が相応しいが、その足にある爪は細くはあるが鋭い。
鋭利な刃物のように。
旅人は、にこり、と微笑む。
「お疲れサマ」
右手をかざし、なにかを掴みとって、また開く。
おぼろげながらも柔らかな光を帯びた、手の平の上のそれを鳥はついばむ。
「領主を信頼する心か、少ないな」
「仕方ない、それしか彼の持ち合わせがなかったのだから」
旅人は、苦笑を浮かべる。
「なのに、剣を与えたのか」
鳥は、少し爪に力を入れる。
「思いから出来た剣は、万能ではない」
「確かに、領主家を滅ぼす以外に使うか、領主家を滅ぼしてしまうかすれば、すぐに消えいくものだ」
心なしか、鳥は目を細める。
「が、彼が言ったのは先代の領主で、いまの領主は最初から良き統治者と評判のようだよ」
「消えた信頼を取り戻すことが出来なければ、統治者としての資格はない」
鳥は、大きく翼を広げる。
「民の命を担う者は、それだけ責任も重い、か」
空に舞い上がった鳥を見上げ、旅人は肩をすくめてみせる。
「当然のことだ」
「為政者とは、厳しいものだな」
風を読むかのように、微かに鳥は首を傾げる。
「次は、どんな依頼人がくるやら」
鳥は羽ばたき、また、旅人は歩き出す。
2003.06.08 A stranger with a cage 〜Carmine bi-sword〜