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Splendid Game

 屋敷の殺人・2  Murder of Ivy House 2

診療所に到着したワトソンを向かえたのは、病院にはそぐわないいい香りと明るい声だ。
「あ、先輩!死体来てますよ、死体!」
思いきりの声で報告してくれたのは、診療所の共同経営者で大学での後輩のアーチー・スタンフォードだ。
事件に駆り出される度に留守にしてしまうワトソンの代わりに、よくやってくれている。が、実は検死体は苦手なのだ。大声で明るく言うのは、自分を元気付けているというわけ。
その手には、なにやらしっかりとバスケットが抱え込まれている。
怪訝そうな表情がワトソンの顔に浮かんだのだろう。机上のもう一つを差してみせる。
「あ、こっちはハドソンさんからです。昼食くらいは食べてもらえるようにって届けに来てくださったんですよ、ちゃんと食べてくださいね」
さすが、ダテに不規則極まりない下宿人二人の世話はしていない。どういうことになるのかわかっているアリスは、ワトソンの先回りをしたのだ。
すぐにも検死に入りたいのは山々だが、そんなことをしたら、完全にアリス贔屓のスタンフォードにどんな報告をされたかわかったのもではない。
「わかった、いただくよ」
ひとまず、大人しく昼食をいただくとする。
「ま、腹ごしらえしといて損はないしね」
バスケットのフタを開けながら、ぽつり、ともらした独り言に、スタンフォードは敏感に反応する。
「今回のって、なんかやっかいなんですか?」
「少々変わったのには違いないよ」
「えええ〜?!」
それでなくてはあまり得意でない検死だ。スタンフォードの肩ががっくりと落ちる。
ワトソンは苦笑しながら、アリスお手製のサンドイッチを手にした。



同じ日の夕方、ホワイトホール(ロンドン官庁街)にあるディオゲネスクラブの来客室にホームズは通されていた。
「やあ、シャーロック、久しぶりだね」
にこり、とソファに腰掛けて待っていた人物が微笑む。
彼の名は、マイクロフト・ホームズ。
シャーロックの兄である彼は、政府の中枢部に関わる仕事をしている切れ者だ。背が高くて細身で、落ちついた雰囲気は弟と似ていなくも無いが、モノクルの下の灰がかった瞳といい、黒髪といい、容姿で似ているところはあまりない。
「今日は、どんな用件だろうか?」
「兄さんは、カムディーハウス街にある蔦屋敷をご存知ですね?」
手で椅子に腰掛けるようすすめながら、マイクロフトの笑みは、歓迎の笑みから知的な思考に入った方のそれへ変わる。
「知っているよ?」
「エドワード・オスワルドが殺されました」
「ほう?」
椅子に腰掛けたホームズは、指をつき合せる。
「公文書だけからは、読めないことがあるようで」
「公文書からも、随分と読めただろう?」
言葉足らずのようだが、これで二人には充分わかっている。
「ええ、二点を除いては」
「なるほどね」
「兄さんは『彼』をご存知だったはずですよね?『彼』は『あの事』に関して、なにか言っていませんでしたか?」
「ああ、言っていたよ」
相変わらず、ゆるやかな笑みを浮かべてマイクロフトは言う。
「『裏切られた』、とね」
「やはり」
ホームズは、それで納得が行ったようだ。
「あとは、死因か」
「おや、死因がわかっていない?」
珍しく、マイクロフトの顔に不思議そうな表情が微かに浮かぶ。
「多分薬物ですが……」
薬物に詳しいはずのホームズが言葉を濁すのだから、かなり厄介であることは確からしい。
「ドクターなら、やってのけるだろう?」
「ええ、もちろん」
にこり、とホームズは微笑む。



文献を広げていたスタンフォードが困惑した声を上げる。
「先輩〜、平滑筋収縮、蕁麻疹、全身性痙攣なんて一度に起こす毒物なんてないですよ、やっぱり」
「咽頭浮腫、臓器鬱血、肺気腫様変化もだ」
「だから、それ以前ですってば」
別に、手抜きをして言っているわけではない。ここ三日間で、いったい何冊の文献をあたったのかわからないくらいなのだから。最新の医学雑誌まであたっても、検死体と一致する症状の毒物は見つからない。
文献を広げている、と言っても二人の格好は術医のままだし、ワトソンの目前には検死体がある。
スタンフォードは、術衣の帽子の上から頭をかく。
「毒物自体は見つかってんのに、それは致死量以下なんだもんなぁ……」
もちろん、個体差はあるから致死量と言われる量は絶対ではない。だが、あまりにも少なくてお話にならない。
「あと、毒物が集積するとすれば……」
呟きながら、ワトソンは軽くメスを握り直す。
その手元を見たスタンフォードは、少し眉を寄せた。
「先輩、少し休んだ方がいいですよ」
返事がない。検死体の方に気を取られているようだ。
「先輩!」
「ん?」
顔を上げた額に、薄く汗が光っている。
「無理し過ぎですってば、そりゃ新聞に『悪魔の殺人か、三日経っても死因わからず』なんて書かれたら、とことんやりたくもなりますけど」
「死因がわからなければ、犯人も抑えられない」
ワトソンの視線は、また検死体へと戻っていく。
が、スタンフォードは構わず続ける。
「僕は先輩が休ませてくれるから、いいですよ?でも先輩、寝てないですよね?」
「そんなことない」
そんなことありまくりだ、とスタンフォードは知っている。寝てないどころかベーカー街にも帰ってないし、食事もロクにとっていない。が、それを言ってきく相手ではないということも、よく知っている。
「へええ?じゃ、その汗はなんです?これだけ涼しい部屋で汗?不思議ですねぇ」
一気にそこまで言ってから、伝家の宝刀を取り出す。
「ハドソンさんに来てもらいましょうか?」
本当のところ、なぜ汗などかいているのか知っている。無理し過ぎで熱が出始めてるのだ。滅多なことでは使わない伝家の宝刀を抜くのは、そのせいだ。
もちろん、伝家の宝刀なのだから効果はてきめんだ。
「わかったよ」
ワトソンは、手にしていたメスを置く。
「少し休もう」
言いながら、手袋も脱ぐ。ちゃんと、休む気になってくれたようだ。
マスクと帽子をとったワトソンは、案の定、顔色が悪い。
が、当人にその自覚があるのかどうかは、かなり怪しい。
「少し休んで、落ちついてから、じっくり取りかかろう」
言ってるそばから、顔からすーっと血の気が引いていっている。いままで、かなり気張っていたに違いない。
「スタンフォードも休んでいいからね……」
語尾がよれてきている。
慌ててスタンフォードは肩を貸してやる。
言わんこっちゃないんだから。
そう思いつつも、真面目な彼のことが大好きなのだけれど。



どこからか帰ってきたホームズは、ソファに横になっているワトソンを目にする。その額に乗っているのは、どうみても濡れたタオルだ。
推理力など働かせなくても、どういうことなのか一目瞭然。
「熱があるなら、ちゃんとベッドで休んで欲しいね」
ぞんざいな言い方だが、これでも心配しているのだ。
「元々、ほとんど熱出てないから大丈夫だよ」
と言いながら、まだ少々熱っぽい顔をワトソンは向ける。
「気になって、結局よくは眠れなくてさ」
苦笑を浮かべてみせてから、ホームズの格好をまじまじと見つめる。いつもの仕立てのよいスーツではなく、黒のタートルに黒のズボン。どうやら徹底して黒にそろえられているらしい靴は、ゴム底のようだ。
「ホームズ、不法侵入してきたね?」
多少、咎めるような色がなくもないが、ホームズの方はそれを気にする風ではない。
「検出不能な毒物を、アフリカか東洋から入れたかと思ってね。でもあったのはフランスからの小包が二つばかりだけだったよ」
急にワトソンは、勢いよく身を起す。
「いや、君を責めてるわけじゃ」
ホームズが、少々困った声になる。不法侵入してまで毒物を探したのが、ワトソンの気に障ったのかと思ったのだ。
が、その言葉はワトソンの耳には入っていないらしい。
「ホームズ……」
少し、漂い気味だった視線が、まっすぐにホームズの方を見る。
「わかった、死因がわかったよ!」
「わかった?」
戸惑って聞き返す。致死量以上の毒物は見つかっていないし、見つからない毒物の証拠さえ、どこにもない。
ワトソンが興奮気味の早口で告げる。
「そう、間違いないよ、アナフィラキシー・ショックだ」
「アナフィラキシー・ショック?」
「致死量以下の毒物で、殺害できる」
「まさか、そんなことが?」
いくらか、目を見開いて尋ね返す。さすがに、驚きが隠せない。そんなことが、本当に出来るのだろうか?
「出来るんだよ!リシェの最新論文だ!フランスだよ!」
「フランス!」
ワトソンが急に思いついたのは、そのせいだったのだ。
「遺体に出ていた症状そのものだし、毒物も検出されてる……法廷での証拠には充分だよ」
「犯人と動機も、はっきりわかっている」
ホームズの顔にも、余裕の笑みが戻る。
ワトソンも、立ち上がる。もう、危なげはない。
「それじゃ、いよいよ?」
「そう、フィナーレの開幕だ」



再び訪れた蔦屋敷で、向かえたのは依頼人たるロバート・オスワルドだ。
その顔は、ホームズ達を見て少々ほっとしたようにみえる。
「ホームズさん、よく来てくださいました」
「なにか、ありましたか?」
ホームズが尋ねると、オスワルドは頷く。
「ええ、何者かが侵入したようなんです……盗まれたモノはないようなのですが……」
数日前に父親が殺害されたばかりなのだ。気味が悪いに決まっている。
が、その侵入者の正体を、ホームズ達は知っている。ほかならぬホームズ自身だ。
ワトソンが、かろうじて同情の笑みを浮かべる。
「盗まれたモノがなかったのは、不幸中の幸いでしたね」
すかさず、ホームズが言葉を継ぐ。
「それよりも、あなたの父君を殺めた犯人がわかりましたよ」
「本当ですか?!」
オスワルドの顔に、驚きが浮かぶ。今朝の朝刊にも死因がわからないと大きく取り上げられたばかりなのに。
「何者なんです?!いったいどうして父は……?!」
応接間に案内することも忘れて、身を乗り出す。よくよく見れば、憔悴した顔つきだ。父がなくなってからこちら、まんじりと過ごしたことがないのだ。
ホームズの顔に、薄い笑みが浮かぶ。
「ご紹介しましょう」
その言葉と同時に、ワトソンがすっと銃を取り出す。
オスワルドがそれに気付くよりも早く、銃撃音が高く響く。
薄く開いた扉の向こうから、人影が現れる。
美しい金髪を結い上げ、そして黒いドレスに身を包み、その胸元には銃を握り締め、唇を噛み締めている女性……ソフィア・オスワルドだ。
ワトソンが、薄く煙の立ち昇る銃を軽くふると、元のように収める。
相変わらず、笑みを浮かべたままのホームズが口を開く。
「サラ・フィディーメント嬢です」
「フィディーメント?」
オスワルドの顔に、驚愕が浮かぶ。その名を、彼は知っているのだ。
が、戸惑いを含んだ声で言う。
「まさか……?だって、君はソフィア・フォゲッティと名乗ったじゃないか?」
くす、という笑いが、彼女の口から漏れる。
「さすがはホームズさんですわね、名探偵と言われるだけはありますわ」
それから、呆然とした顔つきのまま立ち尽くしているオスワルドへと向き直る。
「ソフィア・フォゲッティなどという人間は存在しませんのよ」
強い意思を秘めた青い瞳が、まっすぐに見つめる。
「存在するのは、我がフィディーメント家を滅ぼした者に復讐する者だけですわ」
「滅ぼした?まさか?」
オスワルドの口からは、戸惑いの言葉しか出てこない。
フィディーメントの名は知っている。
だが、それは怨念の篭る名ではないはずだ。なぜなら。
「父とフィディーメント卿は、親友だったはずだ」
「親友?そうね、父はそう信じていたわ」
感情が高ぶったのだろう、微かにサラの口元がわななく。
「それが、父を騙す為の布石とも知らずにね!エドワードは、父からこの蔦屋敷を騙し取ったのよ!それだけではないわ、名誉も地位もすべて!」
一気にそこまで言いきってから、唇を噛み締める。そして、ホームズの方をみやり、抑えた声で言った。
「ホームズさんも、ご存知なのですわね?」
「僕がはっきりと申し上げられるのは、どうやって二人を殺害したか、だけですよ」
「二人?」
銃をおさめて少々乱れたスーツの襟を直しながら、ワトソンが聞き返す。
「そう、チャールズ少年を殺したのは浮浪者などではない、サラ嬢です……忘れな草がまいてあったことからも、それは明らかです」
オスワルドは、言葉も無くホームズを見つめる。
「忘れな草は、殺された二人に意味なく手向けられたモノではありません。きちんと意味があります……十五年前の出来事を、そして復讐者の存在を忘れるな、というね。そういうわけで、第一の犠牲者はチャールズ少年、そしいて第二が本命のエドワード氏……」
ワトソンは、ちら、と視線をサラに向ける。サラも大人しくホームズの言葉の続きを待っているようだ。
「サラ嬢は、エドワード氏を楽には死なせたくなかった……かと言って、ヘタに毒物を使用すれば謀殺が明らかになってしまう。そこで、実に上手い方法が見つかりました」
ホームズの視線が、促すようにワトソンの方を向く。ワトソンは頷いて言葉を引き取る。
「アナフィラキシー・ショックです」
「ア、アナフィラ?」
聞き慣れぬ名に、オスワルドは戸惑ったようだ。
「アナフィラキシー・ショック、アレルギー反応の一種です。通常ならば、少量の毒物の摂取は免疫になるはずですが、ごく稀に返って無防備な状態になり、二度目に後首量の毒物を摂取しただけでも死亡するというものです」
オスワルドへそう説明した後、サラへと向き直る。
「まだ学会でもさほど注目されていないですし、細部もわかっていない。例えば、どんな毒物でこの反応が起こるのか。だから、あなたはこの学説を発見したリシェが使用したモノと同じ毒物を、フランスから取り寄せたのですね?」
サラの顔には、笑みが浮かぶ。
「その通りですわ、ドクター。父が失意のうちに亡くなった後、母の親戚を頼り、フランスに渡りましたの。こちらでの生活とは違い、私たちは自分の力で稼がなくてはならなかった……看護資格を取り、医院に勤めるようになってムッシュー・リシェにもお会いしましたわ」
その細い指で、そっと手にしている銃をなでる。
「ムッシュー・リシェは、こちらで学説を検証したいという医者がいると言ったら実に親切に協力してくださいましたし、エドワードも栄養剤と教えたら二度の注射をあっさりと受け入れましたわ」
淡淡と事実だけを告げる声。オスワルドは、言葉もなく、ただソフィアであったはずの女性を見つめる。
つ、とサラの視線が漂う。
「フランスでの生活はよかったわ……少なくともロンドンでの忌まわしい出来事は忘れられましたもの。でも、戻ってこなくてはならなかった……父は『先祖代々の屋敷を奪ったオスワルドを滅ぼせ』と、そう言って死んでいったんですもの。失意の父の遺言、忘れられるはずがありませんもの。そして、ここまでは上手くいきましたわ」
まっすぐな視線が、再び、オスワルドを射貫く。
「ロバート、後はあなた一人よ」
信じられぬ、というように首を横に振ったオスワルドは、なにを口にしていいのかわからないままに名を呼ぶ。
妻であるはずの、彼女の名を。
「ソフィー……」
「ソフィアは、存在しない女なのよ」
感情のこもらぬ、否定。手にしている拳銃を、強く握り直す。
「……十五年前、僕はスクールに行っていたから、あの頃、父とフィディーメント卿の間になにがあったのかは知らない。僕が知っているのは」
オスワルドの言葉の間にも、サラはただ、まっすぐな視線を投げかけているだけ。それに気付いたオスワルドは、言葉を切る。
「ソフィー、君が誰であろうとも、僕にとってはソフィーだ。だから、一つだけ教えてくれないか?君が僕と結婚したのは、復讐の為だけだったのか?ただ、復讐の道具としてだけ、僕と結婚したのかい?」
「そうよ、その為だけに結婚したの」
青い瞳を、反らすことなく答える。
言葉を失ったオスワルドの目に入ったのは。
彼女の頬を伝う、一筋の透明なモノ。
「サラの方は、そうなのに……なのに、ソフィアは」
青い瞳から、あとからあとから溢れてくるのは、暖かい雫。
彼女の手の微かな動きを見たワトソンが、はっとしたように動こうとする。が、それをホームズが止める。
咎める視線を向けたワトソンに向かい、ただ、ホームズは首を横に振る。
それに気付く様子もなく、彼女の言葉は続く。
「ソフィアは、あなたを愛してしまったのよ……」
その手が上がり、そして、銃は彼女自身のこめかみへと当てられる。
「ソフィー!」
オスワルドが手を差し伸べたのと、引き金が引かれるのと。
それは、同時だった。



明けて、翌日。
今日も、よく晴れている。
ソファにのんびりと腰掛けたホームズは、取り寄せたあらゆる朝刊をチェックしているところだ。
「ふぅん、大きく取り上げられてるようだね」
「なにが?」
愛用の机に向かって、なにやら書きモノをしていたワトソンがその手を止めて振り返る。
「今回の事件さ、いいかい?『かくして一時は迷宮入りかと思われた事件も、サラ・フィディーメントの自害で幕となったのである。今回の解決の決め手は、ドクター・ジョン・H.ワトソンによる検死結果によるところが大きいといえる』」
新聞をぱたり、と閉じて、にやり、と笑う。
「ご感想は、博士殿?」
ワトソンは、軽く肩をすくめて見せる。
「毎度のことながら、新聞記事には内容の偏りが見られるね。市民は真実を知る権利があると思うな」
あまり機嫌の良さそうでないコメントを寄せたあと、また机へと向かってしまう。
ホームズは、その様子をみて肩をすくめる。ワトソンがあまり機嫌良くない理由を、知っている。
どの新聞でも、復讐の悪魔のように書かれていることが気に入らないのだ。
どうやら、誰がなんと言おうと、今回の件は文章にするつもりなのだろう。
そんなことを思いつつ、パイプに手を伸ばしかかったところで扉が開く。
顔を出したのは、マフィンだ。
「ホームズさんに、電報です」
「ありがとう」
差出人の名を見て、思わずつぶやいてしまう。
「兄さんからだ」
よほどのことが無ければ、連絡をよこすことなどないマイクロフトだ。ワトソンも、振り返りはしていないものの、手が止まっている。
目を通したホームズは、それを口にしてみせる。
「ロバート・オスワルド氏は、本日付けでインド配属だそうだよ。賢明な処置といえるだろうな」
「立ち直れると、いいのだけど……」
ホームズは電報を机上にほおりつつ、立ちあがる。
「大丈夫だよ、オスワルドのことを思っているのは、別に亡くなったソフィア夫人だけじゃないさ。きっと今頃、レストレードが見送りに行ってる」
言いながら、窓を開ける。
「そうだね」
穏やかな声がして、隣りにワトソンが立つ。
「待っててくれる人がいるなら、大丈夫だ」
「ああ」
窓の下には、いつもと変わらない明るい喧騒。
誰かが、泣いて怒って、そして、笑ってる。

-- 2002/04/07



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