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Splendid Game

 者の贈り物  The Gift of the Magi

わがままは、いつものコトだ。
言ってる当人も思ってるし、言われてる相手もそう思っている。
だからといって、なにを言っても許されるわけではない。
そんな当たり前のことを、今日は忘れていた。
がらにもなく、少々、反省してみたりしている。
出勤直前のワトソンは、滅多にない不機嫌そのものだった。
「別に、僕個人のことをどう言おうと構わないよ」
抑えた口調が、返って彼の不機嫌を際立たせていた。
「でもね、周りまで言うのは、どうかと思うな」
どうかと思うと言っているが、それが彼の怒った原因であり、ちょっとやそっとじゃ機嫌を直さないということなのだ。
ワトソンは、友人たちが悪く言われるのは許せない性質なのだ。
それには、もちろんホームズ自身も含まれている。そのことは、よく知っている。
知っているのに、自分のイライラを優先したのだから、反省してしかるべきだ。
しかも、今日の自分の言った内容から考えるに、生真面目なワトソンのことだから真剣に医業をとるか探偵助手をとるか考え出すかもしれない。
そうなったら、医者に絞ることも目に見えている。
探偵助手で記録者なんて、職業としてなんの保障もなければ安定もないのだから。
ホームズは、暖炉前の椅子に沈み込みながらクレイのパイプに火をいれる。
だいたい、季節が悪い。
もうすぐクリスマスだとかいうのが。
寛容の季節だかなんだか知らないが、悪人まで鳴りを潜めるとは。
と、そこまで考えて首を軽く横に振る。
そういうのが、わがまま、というのだ。
犯罪がないことは歓迎すべきことで、ヤツあたりのネタにすべきことではない。
謝らなくてはならないのは、よくわかっている。
それが素直に出来るのなら苦労はないということも。
ますます、深く椅子に沈み込む。
一年で誰もが最も幸せであろう季節に、最も自己嫌悪とは情けない。
世間は幸せと寛容と。
半閉じだった瞼を、はっきりと開ける。
そうだ、奇蹟の季節ではないか。
ホームズは、勢いよく立ちあがる。

そして、クリスマスイブ。
急患と言われて、嫌な顔ひとつせずに往診に出かけたワトソンが、雪をはたきながら部屋に入って来る。
表情から察するに、どうやら患者は快方に向かっているようだ。
「ん」
ぬっと差し出された包みを、ワトソンは驚いた表情で見つめる。
「え?」
クリスマスで、キレイな包装紙にリボンときたらひとつしかないが。
同居し始めてからこんなことしたことないのだから、ワトソンがなになのか理解できないのは当然だ。
「だから……その……」
説明が必要と気づいて、口を開いたものの、やはり照れくさい。
声は、最少音量に下がる。
「クリスマスプレゼントだ」
「僕に?」
驚きと喜びが入り混じった顔のままワトソンは辞書並の厚みの包みを開けて、今度は不思議そうな顔つきになる。
「……フルースカップ?」
「記録用紙だよ」
手元の山のような紙から視線を上げたワトソンの目前には、ぷいとそっぽを向いたホームズがいる。
「その……こないだは悪かったよ、言い過ぎたと思ってる」
ひとつ、瞬きをした後。
ワトソンの顔には、笑顔が浮かぶ。
「ホームズ」
「ん?」
相変わらず、そっぽを向いたままのホームズの視界に入るように、包みを出してみせる。
「僕からも、クリスマスプレゼント」
包みの中からは、良質の皮製手袋。
「こないだの事件で、ダメになっちゃっただろ?」
あれは手の平の方だったし、すぐに隠したはずだったのに。
自然と笑顔が浮かぶ。
なんとなく、ふわりとした温かみを感じてる自分に、少し戸惑いながら。
「ありがとう」
それから、いつも通りにアリス・ハドソンがお茶を持ってやってくる。
「今日は、チャイにしてみましたのよ」
「チャイ?」
「ええ、煮出す紅茶なんですの、インドやトルコで飲まれているんですって」
言いながら、カップに入った紅茶をテーブルに並べる。
「ミルクも温めるから、暖まると思って」
この寒空に往診に行ったワトソンのことを気遣ったのだろう。
「ありがとう、アリス」
ワトソンが礼を言いながら、カップを手にする。
「スパイスも入れてくれたんだね、懐かしい香りだ」
従軍中に、よく飲んだのかもしれない。
「ところでアリス、レシピを書きとめる紙、いらないかな?」
「紙?」
不思議そうな顔つきになったアリスに、ワトソンは笑みをみせる。
「うん、今日買ってきたんだけどさ、僕はホームズからたくさんもらったから」
首を傾げつつ、カップに口をつけようとしてたホームズは、吹き出しそうになるのをかろうじて堪える。
ワトソン自身が紙を買ってきたということは、しばらくは探偵助手と記録者を続けてくれるつもりということで。
クリスマスは、やはり奇蹟の季節なのかもしれない、とそっと思った。

-- 2001/12/16



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