□ 雨告鳥 □ chant-4 □
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東に背を押されるように戻ってきたものの、一つだけ、自分の中でキッカケのようなモノを掴んだ以外は、行く前となんら変わり無い。
それどころか、あんなカタチで出ることになった要因の男への疑問で頭がいっぱいで、始末が悪いとしか言いようがない。
下手に口を開けば、また同じコトを繰り返す予感がひしひしとするので、駿紀は大きく深呼吸する。
更に、もう一度深呼吸してから、特別捜査班室とでも呼べばいいのだろうか、二人きりの最高に居心地の悪い部屋への扉を開く。
相変わらず、透弥はモニタの向こう側だ。
おそらくは駿紀が出て行ってから今まで、全く動いていないに違いない。
きっぱりはっきりと邪魔をするなと言われた手前、戻ってきたなりは声をかけにくくて駿紀も自分の席と決めた椅子へと腰を下ろす。が、やはり、自分の脳内では疑問が解けそうに無い。
一課の捜査結果がカタチばかりとはいえ二課へと伝えられたように、二課の方からも今までの捜査経緯や今回の件での捜査結果は一課へと伝えられていた。当然、その内容は、駿紀もチェックしている。
見た限りでは、今更、わざわざ現場検証をやり直すような必然性がありそうには思えなかった。それも、現場検証の神まで召喚するような真似までして。
また毒舌が返ってくるだろうと予測しつつも、声をかけてみる。
「なぁ」
また、返事は無い。無言での拒絶だとはわかるが、ここで引いては話が進まない。
「神宮司、訊きたいことがある」
「なんだ」
相変わらず何かに目を落としているらしく、声は下の方から返ってくる。
「現場に行ってみたら、科研が出張ってたんだけど」
「だろうな」
あっさりとした返事は、確かに透弥が頼んだのだと認めた発言でもある。
「なぜ、科研に現場検証頼む気になった?」
「現場百遍というのは、むしろ一課の座右の銘と思っていたが?」
正直なところ、今回の件では百遍どころか千遍と言いたいくらいに現場は見ているのだが。今は、それを取り沙汰しているわけではない。
「それじゃ、理由になってない」
「その首から上は、何の為についてる?」
見事なまでに間髪入れぬタイミングでの、すさまじくカチンとくる発言に、駿紀はかろうじて自分を抑える。
「二課の捜査結果を見た限りでは、現場に犯人の影は無いという結論だった」
その点は、一課の捜査結果も今のところ同じだ。モニタ向こうからは、相変わらず感情の無い声が返る。
「捜査結果を読んではいるわけか」
透弥が何を言いたいのかはわかっている。同じデータを得ながら、なぜ自分の思考が読めないのかと言っているのだ。
バカにされているのは重々承知で、すさまじく悔しい。が、本当にわからないものは仕方ない。
祖母に耳がタコになるほどに聞かされてきた言葉を実践するしかあるまい。
すなわち、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
大きく息をする。
「読んだけど、現場へ戻る理由はわからなかった」
いつもよりは大きな声になったようだが、どうにか平静は保てたと思う。
ややしばし、間があった後。
小さなため息の後、声が返ってくる。
「昨日までの一課と二課の捜査結果を総合してわかるのは、ガイシャの自宅には仕事関連の人間は誰一人として近付いていないという事実だ」
駿紀は頷き返す。
「仕事関係だけじゃない、ここ数年は他人を全く寄せ付けていない」
木崎班で、どれほどまでに綿密な聞き込みを重ねても、誰か親しく訪ねてきたという事実は一向に浮かんでこなかった。
駿紀の言葉に、モニタの向こうで微かに頷く気配がする。
「だが、殺人が行われたのはあの家だ。今回の件をわかりにくくしているのは、ガイシャ自身が、日々家の中から己の痕跡を消し続けていたことにある」
その点は、一課でも最も頭が痛いところだ。
「ホシも自分の痕跡を消し去っているが、どこからどこまでがガイシャがやったことで、どこからがホシかがわからない」
何度も反芻した事実を口にして、駿紀は目を見開く。
犯人が消した痕跡を、必死で探し当てようとするよりは。
「そうか、探すとすれば、毎日痕跡を消そうとしても消せない場所か」
「そんな場所には痕跡が残っている可能性自体が低いが、イチかバチか、やってみる価値はある」
ほとんど残っていない可能性を見つけられる者がいるとすれば、かつて現場検証の神と呼ばれた男くらいしかいないのではないか。
そして、期待通りに東は、いくらか茶がかった赤い羽根を雨戸の戸袋から見つけ出して見せたのだ。
ただし、その羽が価値ある物であれば、の話だが。
「そういうことか」
納得したらしい駿紀の声に、透弥は以上終了とばかりに口をつぐんでしまったようだ。
駿紀も、自分の考えへと沈んでいく。
現場の生活臭の無さは、異常としか言いようがなかった。まるで、自分自身の存在に怯えているかのように。
「中村のヤツ、一体何に怯えてやがったんだ?」
思わず呟いてから、視線に気付いて顔を上げる。
モニタの向こうから、透弥が顔を出していた。
「んだよ、どうかしたのか?」
先ほどまで、どんなに口をきいても頑固に自分のやりたいことに固執していたくせに、たった一言の独り言で顔を出してくるとは。
が、透弥は軽く眉を寄せて、まっすぐに駿紀を睨み据えるように見つめたまま問う。
「それ、どっからきた話だ?」
「それって、ああ、中村がなにかに怯えてたってヤツのことか?」
透弥は、微かに頷いて肯定する。
「聞いた話じゃないさ。さっき現場に戻って見直してて思ったんだよ」
無言のまま、いくらか首が傾げられる。根拠を尋ねているらしいと気付いて、駿紀は続ける。
「数日だけ泊まってたってんならともかく、あそこに何年も住んでたはずなのに、全くと言っていいほどに生活臭が無い。ってことは、ヤツ自身が毎日のように必死で消し去ってたってことだろ?普通に考えれば、やってたことの性質上、いつ帰れなくなっても後を追われることの無いようにするだけの用心深さって考えてきたけど、にしたら異常だ」
ここまで言って、自分が勢い込んで話していることに気付いて、ヒトツ息をする。
だいたい、とにもかくにも話の合わない、一言言えば毒舌で切り返す男にここまで話す必要などどこにも無い。
が、あいにく、途中まで話して誤魔化すほどの器用さは持ち合わせていない。
「俺自身が、そう感じたってだけだ」
肩をすくめてから、駿紀は椅子へと身を沈める。透弥は何か考えるように、視線を落としてしまう。が、モニタの向こうに消える様子が無い。
駿紀は、透弥の不可思議な反応に首を傾げる。
「それが、どうか?」
その言葉に反応するように上がってきた透弥の視線は、先ほどまでとは全く違う。不機嫌そうに眉を寄せることなく、真っ直ぐに駿紀を見つめる。
「二課で追ってた方の件では、中村は実に見事としか言いようの無いほどに何役も演じ分けていた」
二課で追っていた方が詐欺の件であることは、わざわざ口にされずとも駿紀にもわかる。頷き返すと、透弥は話を続ける。
「通常の詐欺犯ならば、どんなヤツでも回数を繰り返しているうちに何らかの法則が生まれてくる。時に名だったり相手にする被害者だったり、対象はまちまちだ。が、中村にはその法則性が全く無い。中村という人間が、どこにも見えない。まるで、己という存在を完全に消し去ってしまったかのように、だ。ここまで徹底出来るのは、用心深さのせいでは無く、己という存在への嫌悪と恐怖だと考えた方が合う」
駿紀は、ぽかん、と口が開いていることに気付いて、慌てて閉じる。
よりによって透弥と、被害者の中村がどんな人間かについて同じ結論に達しているとは。
「で?」
続きを促してみたのは、なんとなく以上終了ではなさそうな気がしたからだ。透弥は、一瞬躊躇うように唇を噛んだが、小さく息を吐いてから続ける。
「この手の人間は、己の存在を消し続けるほどに嫌悪しながら、同時に己を理解し容認してくれる存在を渇望する傾向が強い。中村にも、親友か恋人か、そういう存在があってもおかしくはない」
そこまで断定出来るかよ、と言い返しかかったが、寸前で飲み込む。透弥が躊躇ったのは、駿紀がそう返すと思ったからだと気付いたのだ。
代わりに、水を向けてみる。
「なんか、けっこう熱心に取り組んでないか?」
「早く解決すれば、それだけ不愉快な状況は短くなる」
明快かつ少々忘れかかっていた不愉快さをしっかりと思い出させる回答だが、それ以上に今の発言には明確な意思がある。そちらの方に、眼を見開く。
「ここで、解決する気か?」
「一課も二課もこう着しているならば、ここで解決するより他無いだろう」
あっさりと言ってのける透弥を、駿紀は凝視する。
「二人だぞ?」
一課も二課も、それぞれに最高の検挙率を誇る捜査班が多人数で動いているのに、こう着している。それを、たった二人で片付けようというのは、あまりに突拍子も無いことに思える。だからこそ、木崎は耐えろと言ったのだ。
無論、駿紀も手をこまねいているつもりは無い。出来ることはするつもりではいたが、解決まで持っていけるとは考えてなかった。
が、透弥は全く意に介す様子は無い。
「少なくとも、課の下にいたのでは試せないことが出来る」
「そういや、なんで科研なんて引っ張り出せたんだ?」
理由は納得したが、よくよく思い直してみれば、本当に必要なのだとしても課長たちが許可するとは考えにくい。
「この合同捜査班は警視総監直下の扱いで、捜査に関する制限は今のところかかっていない」
言ってから、怪訝そうに透弥が訊き返す。
「聞いていないのか?」
「ああ、初耳だ」
素直に頷く駿紀に、透弥は一瞬皮肉な笑みを浮かべるが、すぐに無表情へと戻る。
「物は試しと最新の端末と通信環境を申請してみたら、この通りだ。今後はわからんが、一両日くらいは好き勝手が出来ると見ていいだろう」
「ワープロじゃないのか、それ」
驚いて声がいくらか大きくなってしまう。
通信可能な端末機など、速度は泣けてくるくらいにとろとろとしている旧型のが課に一つあればいいところだ。個人レベルでは旧型すら手が出ず、新型などは公共機関でも滅多なことでは拝めない。
期間限定のはずの部署にそんなイイもの導入してどうするんだ、と駿紀は思う。
「ワープロなんぞもらっても意味がないだろう」
不愉快そうに、透弥の眉が寄る。
「いや、でも、この件が終わったらどうするんだ、それ?」
「もちろん、二課の席に持ち帰るさ。使える道具は一つでも欲しい」
無論、くれるといえば駿紀だって欲しいが。
「それって、職権濫用とか言わないか」
微妙に言葉の使用法を間違っている気もしないでも無いが、意味するところは伝わったらしい。無表情のまま、返事が返る。
「そのくらいの役得が無くて、やってられるか」
「う」
奇妙な顔つきで駿紀が口をつぐんでしまったのを見て、今度は透弥が不可思議そうな顔つきになる。
「どうかしたのか?」
「いや、今、お前に盛大に同意しそうになった」
透弥の眼が、一瞬見開かれる。次の瞬間、なにやら微妙な表情になりつつモニタの向こうへと消えてしまう。
「少なくとも、一点においては共通するようだな」
微妙に声が震えているように聞こえるのは、気のせいだろうか。
答える自分も、同じコトを必死で堪えているのだが。
「ああ、そうだな」
モニタの向こうから、もう一度透弥が顔を出す。
視線が、まっすぐに合う。
「この状況は、とっとと終わらせたい」
「出来うる限り早く、だ」
頷き返して、駿紀は我に返る。
奇妙なところで気は合ったが、そもそもの前提が前提だ。
なんせ、二人しかいない。
誰がいちいち毒舌で返してくる男と好き好んで組みたいだろうか。
「しかし、本音のところ、俺はお前と組むなんてまっぴらごめんなんだけど」
「奇遇だな、俺もだよ」
透弥にあっさりと返される。
どうやら、相手もご同様であるらしい。
だからこそ、この状況をとっとと終わらせたい。が、能動的に終わらせようと思ったら、組まざるを得ない。
よくよく思えば、実はこれで三点ばかり気が合ってしまっていたりする。
ガイシャの性格解析、相手と組むなんざ真っ平ゴメンな点、そして、とっととこの状況を終わらせたい点。
とてつもなくいい方に考えれば、気が合う、かもしれない。
いや、やっぱり無理だ。
ため息を吐きそうになったところに、電話の呼び出し音が鳴る。
「あ、ここ電話あったのか」
思わず呟いてから、駿紀は受話器を取る。
「はい、えーと」
取って、困惑する。
部署の名が無い。ほとんど何もしてないのに、特別捜査班などという大仰な名称を口にするのもおこがましい気がする。
「うっと、その」
大マヌケになっていると、明るい声が聞こえてくる。
『ああ、隆南さんですねぇ?』
「はい」
肯定しつつ、首を思い切り傾げてしまう。相手は駿紀を知っているらしいが、こちらは聞き覚えの無い声だ。
『科研の林原です。初めまして、どうも』
「どうも」
つられるようにして挨拶を返してから、電話したい相手は透弥ではないのかと思い当たる。科研に現場検証の依頼をした当の本人だ。
「神宮司に」
代わりましょうか、と言いたかったのだが、ごくあっさりと遮られる。
『や、別にいいですよ。隆南さんに報告しても同じことですからねぇ』
のん気な口調に、なんとなくペースを持ってかれる。
「あ、はい」
『東さんから聞いたと思いますけど、先ほど見つけた鳥の羽ね、ほら、赤いヤツ』
雨戸の戸袋から見つけた切れ端の羽のことだ。駿紀の表情が引き締まる。
「はい」
『あれね、アカショウビンの羽でしたよ』
「アカ、ショウビン?」
聞き慣れない名に、首を傾げる。
『ええ、アカショウビン。詳しいことは神宮司の端末に送っときましたので、見てみて下さい。それからね、埃の方、どのくらいであれだけ積もるかって方は、ちょっと時間が欲しいですねぇ』
「わかりました、ありがとうございます」
礼を言って、受話器を置いて。
はた、とする。
なぜ、林原は透弥の元に最新端末があると知っているのだろう?さらりとそこに情報を送ってくるあたり、あちらにも実は最新端末があったりとかするのだろうか。
そんなことより、アカショウビンである。
「神宮司?」
透弥の方は、駿紀の会話の調子からだいたいのところは察したらしく、モニタを覗き込んでいるようだ。
「開けた」
簡潔な返事が返ってくる。
椅子の後ろへと回ってみると、緑の中に凛と止まる赤い鳥の姿が飛び込んでくる。
「これが、アカショウビン?」
「ああ、カワセミ科で森に住む野鳥だな」
送られてきたデータには、更に詳細な生態などが書かれているようだが、今は必要無い。
大事なのは、一点だ。
二人は、どちらからともなく顔を見合わせる。
「少なくともアルシナドの街中で拝める類ではないし、ガイシャにバードウォッチングの趣味があったとはとうてい思えない」
透弥の静かな言葉に、駿紀は大きく頷く。
間違いない、これは新しい手掛かりだ。その先に何があるか、当たってみるべきもの。
「野鳥に詳しいのなら、心当たりがある」
まっすぐに、透弥の瞳を見る。
科研に現場検証をまかせたのは、透弥だ。それに、少なくともガイシャについての所感は同じで、どうあがこうと、この件が終わるまでは顔をつき合わす相手だ。
少し、大きめに息を吸う。
「行こう」

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