□ 雨告鳥 □ chant-7 □
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いつもの二倍以上の時間をかけて警視庁へと戻り、部屋へと入ると、とっとと車で戻った透弥の気配がモニタ向こうにある。
自分が戻ったことに気付いて無いわけはないので、また無視を決め込んでいると見ていいだろう。
この性格、どうにかならんのかと心で毒づきつつ、ひとまずは名を呼ぶ。
「神宮司」
一瞬の間の後、切れ長の眼が上がる。
「馬鹿に早いな」
この男の口からだと、嫌味にしか聞こえないのはなぜだろう。口調に邪魔をされたというのがありありと出ているからだろうか。それとも、巻かれたんだろうと言ってるようにしか聞こえないからだろうか。
「渡辺勝だ」
つい、つっけんどんに返す。
が、透弥にはそれで充分理解出来たようだ。軽く片眉を上げる。
「一課絡みの方で、中村に関わっていた男か」
名だけで思い出せるとは、いい記憶力だ。
「ああ、ヤツの寝ぐらなら押さえてるから。それに、見た目に寄らず、慎重な男だ。手出しされなきゃ無茶はしない。それよりも」
自分のと決めた机に腰掛け、いくらか大きめに息を吸う。
「ガイシャに関係していた男が、なぜ現場で無く、大家に興味を示すのか」
その現場でさえ、中村が一切仕事に関わるものは持ち込まなかった場だ。
透弥は、なにか言いかかったように、微かに唇を動かしかかる。が、すぐに口をつぐんで、今度ははっきりと言い出す。
「その大家だが、なかなかいいグレーだな」
クロ、すなわちホシとは言い切れないが、中村との繋がりが見えてきた、ということだろう。
ひら、と二課の捜査資料の一部を投げて寄越すのを、左手で受け止める。
「佐々木美代子?」
写真付なので、二課の捜査状況を知る為に目を通した記憶が甦ってくる。
女性にしてはいさぎいい短さの髪と、猫を思わせる釣り目がよく合っている。確か、誰だったかが好みだなぁとか呟いていたはずだ。
それはそうとして、長髪で物静かな顔つきで、これといった特徴の無い清水京子との関係がわからない。
駿紀の不信そうな顔つきで察したのだろう、もう一部、飛んでくる。
「戸籍?」
ちら、と見えた書式に思わず呟いた瞬間、透弥の口元に薄い笑みが浮かんだように見えたが、気のせいだったかもしれない。
紙を手にして見直した時には、少なくとも不機嫌に分類した方が早そうな無表情だ。
さっさと視線を戻して、透弥がよこしたソレを見やる。紙と思っていたが、正確には書類とのアイノコだ。三枚ほどが綴られている。
二枚目に来たところで、展開が完全に読める。
「げ、ベタな展開」
思わず呟く。
「隆南に言われると、ベタ度が二倍に上がるな」
弾かれるように駿紀は顔を上げる。
ほんの瞬間、笑顔だった気がしたのだが、はっきりと見えたのは感情の伺えない無表情だ。おかげで、真剣に言ってるのだか冗談なのだかわからない。
一瞬見えたのが笑顔だということにして、冗談だと思うことにする。でないと、むかっ腹が立ちそうだ。
目前の事実に戻ることにして、もう一度書類へと視線を落とす。
二人共が口にしたように、大変にベタだ。そして、透弥が言うとおり、いい感じでグレーだ。
「清水京子と佐々木美代子は異母姉妹、か。でもよ、姉妹で連絡を取り合ってって、妹が付き合おうとしている人間が自分が大家として知っている相手だと知ったとして、だ。殺してまで付き合いを止めさせる必要があると、なんで清水京子が……」
また、口を閉ざしてしまった駿紀を、透弥はまっすぐに見つめている。
清水京子へと眼が行ったのは、彼女が保護していたアカショウビンの羽が、中村の部屋の雨戸の戸袋から出てきたからだ。
京子の部屋から羽が落ち、中村の部屋のそんな場所にモノが巻き込まれるなんて確率はそうはあるまい。少なくとも、アカショウビンは窓辺に鳥篭を上げる類の鳥では無い。
可能性の高い方に賭けるのだとしたら。
「清水京子が保護したアカショウビンは、中村の部屋にいたって考えるのが妥当だな」
根拠も含め、透弥も同じ結論を導いているはずだ。
ガイシャである中村哲也の部屋に生活感が消されていた理由は自身という存在を消したがっていたからではないか、という推論を二人共がしていると知った時に、透弥は更に言ったではないか。
このタイプは、己という存在を抹消したいと願うのと同時に、己という存在を認めてくれる存在を渇望する、と。
駿紀は言葉を継ぐ。
「ってことは、中村と清水京子はかなり深い仲だったってことになる。はっきりとでは無かったにしろ、自分の正体について明かしてなきゃ、離れて暮らす妹が詐欺の標的になっていることを知った理由の説明がつかない」
言ってみてから、首を傾げる。
「いや、なんか違うな?」
確かに、佐々木美代子は二課の捜査線上に上がっていた。
ガイシャであり、詐欺犯としてマークされていた中村哲也の、次のターゲットとして。
ようするに、まだ被害は出ていないはずなのだ。
佐々木美代子が被害者であり、恨みを抱いているのだとすれば、姉である清水京子と共謀した可能性は充分に考えられる。
が、その線はあり得ない。
「妹がターゲットになっていると知った清水京子の単独犯、という線も考えられなくはないけど」
歯切れが悪くなってくる。
どちらも、今の段階で殺人まで一足飛びというのは強引過ぎて無理がある。
その点、駿紀よりも透弥の方が良くわかっているはずなのに、馬鹿にする言葉のヒトツ返ってこないどころか、表情もいたって真面目なもののままだ。
もしや、記憶違いをししたろうか、と、最初に投げられた方の書類を見直す。
やはり、記憶はあたっている。
中村があたりはじめていることしか、記述は無い。
「異母姉妹なら、連絡を取っている可能性は否定出来ないけどな」
言いながら、もう一度、駿紀は佐々木美代子の顔へと視線をやる。もう一点、先ほどから気になっていることがある。
なぜ、透弥は清水京子を見て佐々木美代子を連想したのか、だ。
外見はあまりにかけ離れてるように思えるのだが。
見直してみても、やはり、清水京子との共通点はみつからない。
だが、清水京子を直に見た後で「調べることが出来た」と透弥は言った。彼女を見て、佐々木美代子を連想したとしか思えない。
いくらか首をひねりつつ、次のページへと繰る。
「!」
思わず息を呑む。
中村哲也の動きを捉えるための、尾行用の資料なのだろう。聞き込みついでにいくつか違う角度からの佐々木美代子の写真が並んでいる。
その中の一枚だ。
どう見ても、すくえるような長さではないのに、指が耳元の髪をすくい、耳へとかけている仕草。手を上げる角度といい、指の折り方といい、清水京子そのものではないか。
脇には「言葉を選びながら話す時の癖」とある。
「血は争えないってヤツか」
駿紀の呟きに、透弥の声が返る。
「ほとんどは見事なほどに表裏一体と言った方がいいが」
視線を上げると、透弥の口の端が皮肉な形に持ち上がっている。
我知らず、駿紀の眉が軽く寄る。
「でも、佐々木美代子は『まだ』被害者では無かった」
「通常なら、とっくに中村の仕事は終わって、縁が切れているはずの期間が過ぎていたのに、だ」
間髪入れず、透弥が返す。が、その後を続けようとしない。
むっと駿紀は眉を寄せる。
「二課のことは神宮司の方が詳しいに決まってるだろうが。勿体つけてんじゃ」
そこまで言って、ぱくり、と口を閉じる。不機嫌に眉を寄せていく透弥の顔を見ているうちに、思いあたったのだ。
透弥の言っていた、中村が渇望していた己を受け入れてくれる相手は清水京子だけとは限らない。
一課の捜査からも、二課からの資料からも、中村が自分で決めたルールを破ることは稀だということも知っている。
決めた期間内にケリがつかないのならば、それまでの労苦が泡になるという未練を欠片も残さずに手を引いてしまうのだ。
透弥が指摘する通り、佐々木美代子はイレギュラーな存在だ。
「中村にとって、佐々木美代子も特別な存在だったってのか?」
「そこまで行っていたのかは断言出来ないが、少なくとも最初に近付いた目的とはすり替わっていたと考えていい」
透弥は確信している。
駿紀は、頬をかく。
ア力ショウビンの羽の件もそうだが、清水京子自身の証言からも、中村と京子がそういう仲であったろうことはうかがえる。
やる気の無かった大家業のはずなのに、自分の代で入居者として中村を受け入れ、そのまま大家を続けている点からも、側にいて欲しい人間が出来たから、というのはじつにつじつまが合う。
それほど想っている相手だったのに、別の人間に心を移そうとしているとことがわかったとしたら。
「するってえと、このヤマ、犯罪請負業のトラブルでもなく、詐欺絡みでもなく」
一課所属の駿紀にとって、実にありふれていているのだが。
なんとなく口をつぐんだ駿紀の代わりに、透弥があっさりと言ってのける。
「痴情のもつれ」
駿紀は、思わず髪をくしゃ、とかきまぜる。
「自分たちの、今までの捜査状況に引きずられ過ぎだったってわけか」
「中村の自宅の生活感の無さにも、だ」
何の感情も伺えない顔での透弥の言葉に、駿紀は大きく息をつく。
自分の視点がいかに固定されていたかを思い知らされて、自分自身が腹が立ったのだ。が、ひとまず反省は後回しにした方がいい。
今は、どうやって清水京子を揺さぶるか、だ。
犯人だとしたら、たいした相手だ。なんせ、素知らぬ顔で付きまとってくる人間がいるなどと、警察に相談が出来るほどなのだから。
無論、通り一遍の捜査だけだったので、こちらに疑惑の目は向いていないと安心しているのもあるだろうし、痕跡の無さに自信もあるのだろうが。
それでも、かなり動揺しにくい性格と見ていいだろう。
「清水京子相手に、アカショウビンの羽程度じゃ、根拠薄弱過ぎだな」
駿紀は首をひねる。
アカショウビンを保護したことは認めるだろうが、外から入ったのだろうと言われてしまえばそれまでだ。かといって、現場には痕跡となりそうなものは他には無い。
周囲からの証言で、囲い込むしかなさそうだが。
「佐々木美代子の方は、中村と清水京子が付き合っていただなんて、想像だにしてないだろうし」
今度は、反対側へと首をひねる。
後、証言が取れそうな人間としては、いつからつけるようになったのかの問題はあるが、渡辺勝だ。
証言台に引っ張り出すのは難しいにしろ、訊き方によっては何らかの手掛かりは与えてくれるかもしれない。例えば、中村と佐々木美代子が会っているのと、清水京子が見ていた、とか。
間違いなく、渡辺は中村と清水京子が恋愛かどうかはともかく、深い仲であったことを知っている。
だからこそ、中村が死んだ今、仕事の分け前を払えるのは清水京子しかいないだろうと目してつけていると考えないと説明がつかない。
いや、ただ分け前が欲しいだけなら、中村はきちんと外部に手立てを講じていた。ところが、そこにはあるはずの取り分が無かった。
だから、清水京子をつけている。
これで、一点を除いて筋も通る。
一点の疑問。なぜ、清水京子をつけるのか。
「いっけね、渡辺!」
がたん、と音を立てて駿紀が立ち上がったのを、透弥が不信そうに見やる。
「手出しをしなければ無茶はしない、と言ったのは隆南だが?」
「渡辺の価値観で、だ」
きつく眉が寄ったかと思うと、透弥も立ち上がる。

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