□ 露結び耳の歌 □ dewdrop-6 □
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事件発生から、二週間後。
一課の大規模な捜査は早くも膠着状態に陥っている。
どれほど聞き込んでも、それぞれの現場近くの関係者が次々と容疑者から外れていくばかりなのだ。今は、複数容疑者による入れ替わり説が浮上しているところだ。
無論、駿紀たちの見解は異なる。同一、かつ単独の犯人によるモノだと確信している。
特別捜査課の部屋は、データと資料が山積み状態だ。
宣言通りに一週間で、天宮財閥がリスティア全土から収集してきた情報を元に割り出した連続殺人件数は、八件になった。
場所と時期が書かれたホワイトボードを、駿紀は見やる。
アチュリン 430.9
ファオル 432.4、433.7
キャシラ 434.5、435.7
アルシナド 436.4、6、8
「犯行現場は都市、基幹道路上に乗ってる、か」
何度目になるかわからない確認を呟くと、天宮財閥から届いたレポートに視線を落としたまま、透弥が付け加える。
「ただし、フェナイには到達していない」
「やっぱり、引き返してるように見えるのは関係あると思ってるのか?」
中南部のアルシナドに次ぐ大都市、アチュリンを始点に、ファオル、首都アルシナド、キャシラと北東部の海辺の町、フェナイまでは幹線道路で繋がれている。まるで、それを辿るように移動していたのに、アルシナドへと戻ってきてしまっているように見えないことも無い。
首を傾げる駿紀は、机上に広げられたままの地図へと視線を移す。
「基幹道路を辿ってるってんなら、ファオルからキャシラへ行く前にアルシナドに入った方が自然じゃね?」
「アルシナドには入りたくなかったのかもしれない。だが、それ以上にフェナイには行きたくなかった」
透弥が言うと、突飛過ぎるはずの想像が見てきたように聞こえるから不思議だ。が、駿紀はいくらか不満そうに唸ることで意義を申し立ててみる。
「ホシはヤツなりの規則性を持って動いている。異様なくらいに逸脱を恐れてると見て間違いない」
重ねて言われて、駿紀は少しだけ譲ってみることにする。
「必ず都市部に住んでるってのもか?」
「短時間で生活基盤を築くことが出来るのは、都市部だろう。もっとも、理由はそれだけではないだろうが」
他にどんな理由が、と駿紀が問う前に、相変わらずレポートから視線を上げないまま、透弥はさらりと付け加える。
「木の葉を隠すならば森の中、の例えもある」
「人に紛れたいなら、人の中、か」
見知らぬ人間がいたとしても当然なのは都市部であって、地方の村などになったら、そうはいかない。
「都市部を選んでる理由はソレとしてだ、どうしてフェナイに行きたくないんだよ」
「もっと以前に居たことが有り、嫌な思い出がある」
見てきたように言う透弥に、いくらか意地の悪い質問をしてみたつもりが、ごくあっさりと返事が返ってきて目を丸くする。
「子供の頃とか?」
そう返したのは、透弥が以前、犯人は幼い頃になんらかの印象深い出来事があったのではないか、と言ったのを思い出したからだ。
「出身地、もしくは幼い頃を過ごした土地という可能性は高いだろう。移動を苦にしないところをみると、アルシナドにも住んだことがある可能性がある」
「後は、兵役義務経験者で、ガイシャの首に残っていた痕跡から妙に手が大きいのではない限りは、ガラの大きい男、だよな」
「今わかっている事実から考えられる犯人像は、口数が少なく、視線が少しうつむきがちの大男。少し、肩も丸めている。人目を引くわけではないから、服装はそれなりだろう。顔立ちは人並み、髪型も目立つようなものではない。年齢は二十代後半から三十代後半」
言ってから、透弥は視線を上げる。
駿紀は、なんとなく具体的なイメージが浮かぶような、そうでないような妙な気分になってくる。手が届くようで、のっぺらぼうを引っつかもうとしているような。
首を軽く振ってから、透弥を見つめ返す。
「本当にそうだとしてだ、ガラがデカイって以外、十人並みなのをどうやって探し出すかが問題だろ」
「割り出した三箇所を張り続けていれば、いつかは出てくるだろうが」
珍しく、透弥が言葉を濁す。駿紀も、眉を寄せる。
「それやったら、子供を囮にするってことだ」
しかも、安全は保証されていない。そんな危険な賭けが出来るわけが無い。
ややしばしの沈黙の後。
口を開いたのは、駿紀だ。
「過去の件を洗い出したってとこまでを、捜査会議に提出するってのはどうだ?」
「殺害方法をヒントに調べたと言うわけか」
透弥の問いは、独自ルートで手刀で落としてから殺害したということを調べたと明らかにする気か、という意味だ。まさか、天宮財閥の情報網を利用しましたとは言えない。
駿紀は頷く。
「んな細かいこと、こだわってる場合じゃないだろ。あっちの動員力を使えば、キャシラだかファオルだかアチュリンだかになんかヒントがあるのを見つけられるかもしれない」
「管轄が全くと言っていいほど何も見つけられていないのに?」
「それでも、洗い直さないよりマシだ」
少し考えてから、透弥は頷く。
「わかった。だが、整理はし直した方がいい。絞った条件を言っても、信じないだろう」
「ああ、そうだな」
勘で、夕日がキッカケだと思いました、などと口にしたら馬鹿にしてるのかと言われるのがオチだ。殺害方法のみに絞って調べ上げたというカタチを作っておいた方がいい。
提出しても、意味が無いと却下されてはどうしようもない。
ホワイトボードを返して、話をどう持っていくかを決め、山積みになっている書類を整理し直していく。総司令部から特殊な地図を借り出してるということも言うわけにはいかないから、通常に地図に記入し直しだ。
二人で、黙々と作業を進めていく。
存外に手間のかかる作業が一段落して、視線を上げた駿紀は軽く伸びをする。
「うわ、もう夕方か」
「後は確認だけだ、捜査会議には充分間に合う」
透弥らしい返答に駿紀は肩をすくめてから、窓から外を見やる。
「なんか、今日の夕日は赤いなあ」
呟くと同時に、なぜか背筋が冷える。
どうして、などと説明の出来ない感覚は、無視すると絶対に後悔するアレだ。
「神宮司」
妙に真剣な声で呼ばれて、透弥が不審そうに顔を上げる。
「統計とやらから行くと、ヤツがイチバン来そうな場所はどこだ?」
「そういう勘なら、隆南の方が得意だろう」
唐突かつ無茶な問いに対しては、ある意味当然の返答だ。
「神宮司の勘でもなんでもいいよ、どこだ」
焦ってるとしか言いようの無い口調で重ねる駿紀に、透弥はまっすぐに立ち直す。
「隆南はどこだと思うんだ?俺に考えが無いとは言わない、だが、自分の考えを言わずに訊こうというのはムシが良すぎる」
冷静だが、いつもより強い声音に、少し冷静さが戻ってくる。
アルシナドでの再犯の可能性がある場所を書き込んだ地図を、覗き込む。
「俺は……」
三箇所の、印。その中で、どこかと問われるのなら。
つ、と伸ばした指のすぐ側に、透弥の指が降りる。ほぼ、それは同時だ。
透弥が絞った範囲の中心に近い場所にある印。
「神宮司も、そう思うのか」
「ああ」
頷き返されて、くるり、と背を向ける。
「隆南?」
「そこへ、行く!」
言葉が終るか終らないかのうちに、その背は開け放った扉の向こうへと消えている。
小さく舌打ちをすると、透弥も上着をはおって、走り出す。

車を使うより走った方が速い、というのを頭のどこかで判断して、勢い良く走り続ける。
一度、場所を確認しておいて良かった。
ほとんど考えずに、目的の場所へと近付いていける。
走れ、走れ、走れ。
駿紀の頭の中にあるのは、ほとんどそればかりだ。
出来るだけ速く。
自分の足の限界の速度で。
風を追い越せ、可能なら、時までも。
そう言ったのは誰だったのか。
グランドの上でよりも、今の方がそれは大事なことだ。
駿紀の足なら、信号待ちをするよりいくらか遠回りしても青の場所を選んだ方が速いことも知っている。叩き上げがありがたいのは、街の隅々まで知っていることだ。
猛烈なスピードで走っていく後姿を見て、透弥がもう一度舌打ちしたことなど、無論知らない。
「隆南!走り過ぎるな!」
背に何か聞こえたと思うが、駿紀の足は止まらない。
複雑なルートを、ほとんど感覚で走り抜けていく。
ともかく、あの場所まで辿り着け。
耳の奥に聞こえる声に、駿紀は心の中で呟き返す。
間に合え、間に合ってくれ、と。
走って、走って、一度も足を止めることなく、走り続けて。
目的の場所が近い、と気付いたところで、急ブレーキがかかったように足が止まる。
「え?」
小さく呟く。自分で、どうして足を止めたのかがわからなかったのだ。息は切れてない。まだまだ、走ることは出来る。
でも、誰かに走り過ぎるな、と言われたことを思い出す。なぜ、と心で問い返す。
一呼吸して、はた、とする。
そうだ、あのまま走って行ったら、いかにも追っているようではないか。
さりげなく近付かなくては意味が無い。
だが、ある程度存在は知らせなくてはダメだ。一歩、足を進めてみる。
大丈夫だ、舗装された道路の上で、革靴はそれなりの足音をたててくれる。
走ったせいではなく、心臓が大きな音を立てている。
早足になり過ぎてはいけない。
勘が、そう告げている。
ここに人がいる、近付いている、そのことに気付け。
でも、追う者だとは気付いてくれるな。
相反することを思いながら、駿紀は一歩一歩進んでいく。
歩調を変えないように、必死で己の足を戒めながら。
妙に、自分の足音が響き渡ってるような気がしてくる。大丈夫か、これで合っているのか。
いつも勘で動く時に感じる、一抹の焦りのせいで、背中がぐっしょりと濡れているのを感じる。
間に合え、間に合ってくれ。
頼むから。
心の中の呟きが、願う言葉に塗り替えられていく。
あと、少し。
あの角を、曲がった所が。
速くなるな、速くなるな、と自分の足に言い聞かせる。
ここで追う者と感付かれては意味が無い。
必死で耳を済ませる。
俺の行動は、間違ってなかったか?
どこか遠くで、車が走っていく音がする。
なんだってこんな時に車なんか。
小さく心で毒づいてから、角を曲がる。
視線の先、まっすぐのところの玄関先に、小さな影がある。
くたり、と壁に寄りかかる影が。
「ッ!」
大きく目を見開いて、駿紀は走り出す。

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