□ 万籟より速く □ FASSCE-2 □
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プリラード首都フィサユにほど近い、フォスフィに降り立った駿紀たちを出迎えた紗耶香は、その表情を見て苦笑を浮かべる。
「飛行機が不快だった、というわけでは無さそうね」
駿紀たちの後ろから降りてきた少女へと、笑みの消えた表情を向ける。
「楓、あなたの話を聞くのは後よ。そちらの車に乗ってフィサユに向かって」
きっぱりとした口調に、紗耶香そっくりの少女は泣きそうに顔を歪める。
が、紗耶香はそれに構わず、もう一方を示す。
「お二方はこちらに。海音寺が運転しますから」
言う間に、飛行機のスタッフが駿紀たちの荷物を車へと積み終えたようだ。慣れた様子で、車の後部座席の扉が開かれる。
「紗耶香様」
もう一度、少女が口を開くが、紗耶香は聞こえた素振りさえ見せない。駿紀たちが乗り込むのを見届け、自分も助手席へと滑り込む。
そして、ちら、と見やることなく言ってのける。
「出していいわ」
「承りました」
少しだけ笑みを含んだ声で運転席の海音寺が応え、車は滑るように走り出す。
「あの子は、名を名乗るくらいの礼儀はわきまえていたかしら?」
「残念ながら」
駿紀の機嫌が良いとは言いかねる返事に、紗耶香は小さなため息をつく。
「それはどうお詫びしていいか、言葉が無いわね」
珍しく、本当に言葉が見つからないらしく、ややしばし、口をつぐむ。
「榊氏の血縁のようでしたが?」
透弥の言葉に、うっすらと笑みを浮かべたのがバックミラー越しに見える。
「さすがね。あの子は榊の妹で、楓と言うのよ。私の知る限り、誰よりも箱入りに育てられているから、少し多めに見てやってもらえると助かるけれど」
紗耶香は、後ろへと振り返る。
「私が幼い頃、誘拐されかかったことがあるの。それ以来、影武者になれるようと父親に躾けられているのよ。必要ないと言ってるのだけどね」
そこまで言うと、また前へと向き直る。
「アレは一生の不覚ね」
紗耶香のせいでは無いのに、そんな言葉が思わず出てくるということは、誘拐未遂のせいで起こった彼女にとっての不都合は、楓の一件だけでは無いのだろう。
「ほとんど外にも出たことがないから、この機会に旅行でもと思ったのだけれど、なかなか難しいわね」
また、苦笑が浮かぶ。
「今となっては口ばかりにしかならないけれど、お二人にも本気で仕事をお願いする気は無かったのよ。長谷川さんが総司令部の総意として、どうしても護衛は必要だと譲ってもらえなかったから、それなら楽しく旅が出来そうな人がいいと思っただけだったの」
そういうことだったのか、と駿紀は納得する。紗耶香は、誰かを選ばなくてはならなかったのだ。
が、言葉の意味するところは、それだけでは無い。
紗耶香の困惑気味の言葉を聞き流すような顔つきだった透弥も、鋭い目付きになっている。
「何か、襲撃予告が?」
「はっきりしたことは何も。私も、夕方聞いたばかりだし。でも、Pからの情報となると確実性は高いでしょう」
バックミラー越しの紗耶香の表情も、すでに財閥総帥のモノだ。
「Pっていうと」
「プリラード警察特殊部門」
警察の名を冠してはいるが、軍隊の諜報部門に属していてもおかしくない部署だ。
透弥の確定に、駿紀は軽く唇を尖らせる。
「前日まで情報が入らないなんてことは無いだろ」
「その情報を盾に、Pの人間を乗車させろということだろう。そうすれば、プリラードのおかげでシャヤント急行が無事開通したと恩を売れる。違いますか?」
透弥の確認に、紗耶香はあっさりと頷く。
「その通りよ。でも、それは承諾出来ないわ」
あくまで、シャヤント急行運行はリスティア主導でなくてはならない。『Aqua』の盟主であり続ける為に。
だが、事はそう簡単では無い、と駿紀は思う。
「俺たち二人で、手に負えるか?」
「負えなくてもどうにかしろ、ということだ」
透弥が、不機嫌そうに眉を寄せる。
「ご名答。今更、応援は呼べないわ」
紗耶香のきっぱりとした返答に、駿紀は大きく肩をすくめる。
「Pが前日まで情報を伏せていたということは、リスティアから人を呼べなくする為でしょう?」
「あちらは、一人もいない、と思っているわ」
駿紀と透弥は、どちらからともなく顔を見合わせる。
確かに、こんな話は楓には聞かせられないだろう。なるほど、別口での移動になったわけだ。
ともかく、ここまで来てしまったからには、逃げ出しようが無い。
「やるしかない、か」
駿紀の言葉に、透弥も軽く肩をすくめる。
「先ずはどこまで情報を得られるか、だ」
「んな簡単に寄越すかな?応援をけるんだろ」
難しいだろう、と唇を尖らせる駿紀に、透弥は静かな視線を向ける。
「ある程度ならば、やりようはある」
言い切るからには、考えがあるに違いない。駿紀は、軽く頷く。
「Pが乗車する必要は無い、ということまでは、私が伝えます」
紗耶香の言葉に、今度は透弥が頷く。そこから先は、特別捜査課の裁量ということだ。



プリラード警察特殊部門との話を終え、居心地のいいホテルの一室に落ち着いてから。
駿紀は、無表情にPから得た資料を読む透弥を見やる。
やっぱり詐欺師だろ、と言えば、毒舌が返ってくるのは目に見えているので止めておく。
紗耶香のストレートな断りっぷりもいっそ爽やかなくらいだったが、彼女が退出した後のやり取りを引き受けた透弥に比べたら可愛いモノだ。
透弥は、リスティア軍総司令官直属であるということと、特別捜査課という名を、実に効果的に使ってみせた。
何一つ嘘は吐いていないのだが、プリラード警察の人間は、リスティア警視庁にもPに相当する部門が存在すると思ったに違いない。
駿紀の視線に気付いた透弥が、眉を寄せる。
「何だ」
「いや、資料はそれヒトツだから。どうだって?」
問われて、透弥は軽く肩をすくめる。
「出し渋ったのは、Pを乗車させる盾にする為だけでは無かったらしい」
と、手にしている薄い書類を駿紀へと差し出す。
受け取り、めくってみて、駿紀も目を見開く。
「何だこりゃ」
「シャヤント急行走行を妨害する計画が存在する。犯人は乗客乗員の中に潜入していると考えられるが、特定出来ず」
資料内の必要部分を、あっさりと言ってのける。
ようするに、そういうことだ。
それ以上の情報は、何も無い。
プリラード警察特殊部門は、己のプライドの為に情報を秘したのだ。天宮財閥側に情報を提供する直前まで、いや話している最中でさえ、奔走していたに違いない。
「でも、これで俺たちにどうしろと」
駿紀の困惑しきった一言に、透弥はもう一度肩をすくめる。
「あらゆる事態に備えろ、ということだ」
何となく、頭痛がしてきそうな気分になりながら、駿紀はもう一度資料へと視線をやる。
「乗車前に全員面通しってのは無理だよな」
「疑ってかかっている、と相手に知れるような真似はしない方がいい。事前に完全に押さえ込めるならともかく、そうでないなら無茶をやられる可能性が出てくる」
透弥の言うことは、もっともだ。
「少なくとも、正確な乗客乗員名簿は必要だな」
「道具類もだ」
「道具?」
思わず首を傾げる駿紀に、透弥は、さらりと返す。
「汽車の走行妨害で最も手っ取り早いのは何らかの細工を施すことだ」
「まぁな、でもそれ、最初に部品抜かれたら、ひとたまりも無いぞ」
「それこそPが全力で阻止するだろう。妨害情報を得ておいて見過ごしたとなれば、お粗末過ぎる」
駿紀はべろり、と舌を出す。
「プライドの問題でもなんでもいいから、少しでも助けになるなら歓迎だよな」
その顔を、あまりに透弥がまじまじと見るので、さすがに照れくさくなって決まり悪い表情になる。が、まだ透弥の視線は外れない。
「んなに変な顔したか?」
「そうじゃない。その手があったか、と思っただけだ」
「ソノ手?」
指示語では意味がわからず、駿紀は首を傾げる。
「何もかも、こちらで引き受ける必要は無い、ということだ」
透弥が口の端をうっすらと持ち上げたのを見て、駿紀にもなんとなくわかってくる。
「でも、Pの応援をけったんだぜ?」
「だが、少なくとも発車までのことは引き受けたも同然だ」
言われてみれば、それもそうだ。情報を引き出し終えた後、本人には一切そのつもりの無い透弥の脅しが効いたらしく、プリラード警察特殊部門が恐る恐る、それは大丈夫か、と尋ねたのだ。
むしろ、恩を売ったような妙なカタチになっている、と言えるかもしれない。
「ってことは、お嬢さんのお手並み拝見ってところだな」
に、と笑って言ってから、軽く背伸びをする。
「今日はこんなところだな。せっかくのエール、飲み損ねたなぁ」
プリラード特有のビールの名は、出発前に詰め込んだにわか知識で覚えたコトのヒトツだ。夕飯は食べたが、プリラード警察との話が控えていたので、さすがに酒は頼めなかった。
駿紀が半ば本気で頬をふくらませているのを見て、透弥は、ややしてから口を開く。
「バーなら、まだ開いていると思うが」
「本当か?」
駿紀の口調から、何を考えているのかを察した透弥は、無言で棚の上の時計を指す。
「あれ?まだ日付変わってないのか?もう明け方かと思ってた」
「その見事なまでの時間感覚には敬意を表すよ。アルシナドなら午前4時を回ったところだ」
「あ、そっか」
納得して、駿紀は軽く腕を回す。
「時差あるんだよな。何か慣れないけど」
「半日ずれているわけではないことを感謝すべきかもしれない。それに、明日からはすぐに縮んでいく」
透弥の言う通り、自分は夜のつもりなのに朝日が昇ってくるというのでは、さぞかし困惑するだろう。
「半日なんて、想像したくないなあ。縮んでくってのも何か変だけど。それよりもさ」
駿紀は、にやりとしながら立ち上がる。
「せっかくプリラードまで来たんだから、一杯だけやって来よう」
「一杯ということは、エールだけか?スコッチの本場でもあるが」
立ち上がりながら透弥が返すのに、駿紀は今度は唇を尖らせる。
「やめろよ、明日からのことを考えて控えようと思ってるんだから」
「そうか、飲まないのか」
「飲むよ」
いつもの調子でやり取りしながら、部屋を後にする。



翌朝、透弥から要求と提案を聞いた紗耶香は、にこり、と笑う。
「それはいい考えね。早速手配しましょう」
後ろに控えている、海音寺を振り返る。
「乗客名簿は、正確なものを用意出来るかしら?」
「出発直前に変更が入る可能性がありますが、ごくわずかでしょう」
にこやかに返してから、海音寺は少し困った顔になる。
「ですが、スタッフも合わせた資料をご用意するとなると、揃えられるのは午後になってしまいます。申し訳ありません」
頭を下げられて、駿紀が慌てて手を横に振る。
「いえ、お忙しいところ、更にお仕事を増やして申し訳ありません」
紗耶香がシャヤント急行でホステス役を務めなくてはならない以上、誰かが天宮財閥の留守を守らなくてはならない。とはいえ、開通式の直後に駿紀たちの乗ってきた飛行機でリスティアに取って返すというのだから、想像を絶する忙しさだ。
「移動中にデータ取得可能な端末が必要ね。早期開発事項に入れておいて。面倒が多すぎるわ」
紗耶香もため息混じりに海音寺に返してから、二人へと向き直る。
「というわけですから、午前は自由に過ごして下さるかしら?午後には必ず、おっしゃる資料を揃えておきますから」
「わかりました。よろしくお願いします」
頭を下げる駿紀たちへと、紗耶香は、さらりと付け加える。
「荷物はこちらでシャヤント急行へ運ぶ手はずになってますから」
「ええ、責任を持って」
にこり、と海音寺も言う。
「それは、どうも」
そこらへんはいたれりつくせりだな、と感心しつつ駿紀は頷き、天宮財閥のプリラード本部を後にする。
振り返れば、アルシナドに建つ旧文明産物の高層ビルとは全く趣を異にする繊細な造りで、これだけでも見物だ。
「さて、これからどうするよ?」
ホテルはチェックアウト済みだし、資料が揃うのは午後だ。
首を傾げる駿紀の隣で、透弥はなにやら取り出して広げ出す。覗いてみると、地図だ。
「何してるんだ?」
「ここからなら、国立博物館を石造りの橋越しに眺められる場所が近いはずだ」
いきなり観光の話になるのに、駿紀は目を丸くする。
「は?」
「乗客乗員名簿を午後まで出し渋るということは、そういうことだろう」
視線を上げないままで透弥に返されて、駿紀はさらに目を見開く。
「ああ!そういうことだったのか」
天宮財閥総帥秘書ともあろう者が、名簿を用意していないわけが無い。特に、今回は各国からゲストを迎えることになっているはずだ。それに、海音寺自身が言う通り、今更、ほぼ変更はあるはずも無い。
紗耶香たちは、わずかながらもプリラード首都フィサユを見物する時間を作り出してくれたのだ。
「ご好意に甘えて、ありがたく見物させてもらうとして、神宮司、妙に準備良くないか?」
外国旅行をうきうきと準備するタイプには、とてもではないが見えない。というより、そういう性格ではないと言い切れる自信がある。
「勅使さんのオススメだ」
相変わらず地図へと視線を落としたまま、透弥が言う。
「わざわざ、地図にチェックを入れて持ってきてくれた。お勧めのコースのメモもある。役に立てるのは悪くないだろう」
視線を落としたままなのは、どんな表情をして良いのかわからないからだ、と駿紀は気付く。どうも、そういう時の感情表現が苦手であるらしい。
にんまりと駿紀は笑う。
「なるほど、そりゃ役立てないとな。で、ソレはどっちに行けばいいんだ?」
「先ずは右手、そこから三つ目の角を左手、そのまままっすぐに抜ける」
地図を元通りにしまったのを確認して、どちらからともなく歩き出す。
「その国立博物館ってのは、どんなんなんだ?」
「地球時代の建造物を移築したモノのヒトツだ。時計塔がシンボルになっている」
下手な観光案内より、ずっとわかりやすそうだ。
「へーえ、何か、スゴそうだな」
うきうきと足を速める駿紀に、透弥は軽く肩をすくめて続く。
地図の通りに歩いて行きながら、駿紀は周囲を見回す。
「面白いな、ざわざわする時の音が何か違う。外国来たって実感するなあ」
返事の代わりに透弥の口の端が少し持ち上がったのを見て、駿紀は唇を軽く尖らせる。
「何だよ、変なこと言ったか?」
「いや、景色でも人でもなく、音で意識するというのが隆南らしいと思っただけだ」
「え?そうか?」
自覚が無いらしく、駿紀は首を傾げる。が、すぐに目を大きく見開いて腕を伸ばす。
「神宮司、あれか?」
「そのようだな」
つい足早になる駿紀に、透弥はもう一度肩をすくめる。
そうはかからず、視界が大きく開ける。
と同時に、駿紀は大きく見開いた目を瞬かせる。
「うわ」
石造りの橋と時計塔を中心とした国立博物館。アルシナドにも地球時代の建造物は移築されているが、全く性質の異なる繊細さだ。
「スゴいな、こんなん見られるだけでも、プリラードまで来たかいがあるってもんですよね、榊さん」
振り返った先には、これでもかというほどに目を大きく見開いている少女が、棒のようにつっ立っている。
「ご用件があるにしろ、後ろをついて回るというのは少々趣味が悪いですね」
透弥の脊髄反射フェミニストの笑みで言われると、毒が五割増になる気がするな、と駿紀は考えてしまう。
榊楓は、かあ、と頬を染めつつも口を開こうとする。
が、それは、突然聞こえてきた音に遮られる。

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