□ 万籟より速く □ FASSCE-8 □
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駿紀の表情を見て、アルマン公爵はいくらか困ったような顔つきになる。
「いや、申し訳ない。見張るような真似をする気は無かったのですが、やはり国で聞いたことが気になってしまいましてね。お気を悪くしないでいただけるとありがたい」
「こちらこそ、早朝から起こしてしまったようで申し訳ありません」
透弥が、さらり、と言って頭を下げる。が、その視線は素直に謝っているモノでは無い。
「ですが、公爵にご迷惑をおかけするようなことはけしてございませんので、ご安心下さい」
「それは頼もしいですね」
頷き返すと、駅舎へと入っていく。
その後姿を見送って、駿紀たちは、どちらからともなく顔を見合わせる。その表情は先ほどまでの景色を楽しんでいたモノでは無い。
「アルマン公爵の車室は隣だけど」
「音が聞こえたことがあったか?」
透弥の問いは、反問だ。
こちらに聞こえていないモノが、あちらに聞こえるわけが無い。
何かが仕掛けられているかどうかの確認は、乗車してすぐに済ませているし、その後もだ。乗車スタッフの中に、何か仕掛けている人間がいるとわかっているのだから、しないわけにいかない。
「ってことは、俺らの動きに注意してるってことになる」
「ただ注意しているくらいで、朝の動きに気付くとは思い難い」
「もちろん、ああいう立場だからこその注意力ってのはあるだろうけど」
色々な思想の人間は存在するものだ。公爵という生まれだけで、狙われることもある。
「ソレと、これは別だ」
駿紀の言いたい意味を、正確に捉えて透弥は否定する。
結局のところ、最初に出た疑問が膨らんだだけだ。
アルマン公爵アシュリー・ステューダーは、ホンモノなのかどうか。
「観光に出てきたって顔では、無いようだけど?」
少し悪戯めいた声に、駿紀が振り返る。
紗耶香が、小さく首を傾げてみせる。
「何か、また起こったのかしら?」
「いや、今のところは」
軽く首を横に振ってから、今度は駿紀が首を傾げる。そちらは、という意味だ。
「まだ何も。二つ目も渡しておいたから、ヒントは増えたわ」
紗耶香は、小さく肩をすくめる。
「今のところ確かなのは、相手が大バカってことくらいね」
彼女の言う大バカ、の意味は駿紀たちにもわかる。爆弾の犠牲になった人間の国にケンカを売るだけではない。この急行の走行に関わる全ての国にケンカを売るも同然なのだ。
「国家的な何かではないし、あまり国際的な組織でも無いでしょう」
透弥が平坦な口調で返すと、紗耶香も頷く。
「お二方が見つけて下さった通りとすると、リスティアかアファルイオ、あってもルシュテットくらいで活動している組織ね。規模もそう大きくは無いでしょう」
だが、そういう細かい反政府系のようなのを見つける方が厄介な仕事だ。紗耶香がどういう情報網にあたっているにしろ、それなりの時間を見なくてはなるまい。
「プリラードが、国家規模で何かを狙っているのではない限り」
アペルダムの駅舎を見上げながら、透弥が付け加える。
紗耶香が、どういうことか、と目線で問う。その鋭さは、先ほどまでの比では無い。
「アルマン公爵は、俺らの動きを把握してましたよ。今朝、車室を出たのまで」
「随分と感覚が研ぎ澄まされてた方なのね」
駿紀の返答に、素直な感想とはとても言えない口調で言ってのけると、口の端を持ち上げる。
「わかったわ。そちらもあたり直しましょう」
もう一度、彼女は元来た方へと歩き出す。
駿紀は、その後姿を見送らずに透弥を見やる。
「アペルダムで降りるのは、ルジュクセとリスガルだよな」
「ボチェコシシア外務大臣の他は、ナビエー外交官ロジェ・メルクスとジェロナ外交官トマシュ・ヤルゼルスキが乗車する」
「で、コルデルの外交官が一人で使ってたとこが埋まる、と」
「ルフィアが一人になる」
駅舎へと、どちらからともなく歩き出す。
「でも、空く車室は無い、か」
「アペルダムを出れば、ワッセルトまでは十三時間半、停車しない」
「十三時間っていうと、現地時間だと夜中だな」
駿紀が首を傾げると、透弥が頷く。
「1時3分着予定だ。乗客の乗降は無い」
「ふーん、さて、相手さん、どう来るかな」
駿紀たちに、景色が美しいと薦めた隊長が、笑顔で近付いてくる。
「いかがでしたか、アペルダムは。いくらかはご覧になりましたか」
「ええ、駅前を少しですけど、あれほどに張り巡らされた運河を初めて見ましたよ」
「アペルダムは水の街です」
笑みを大きくして頷いてから、真顔に戻る。
「リスティア警察のお二人にはご報告すべきでしょう。今のところ、積荷、人共に異常ありません」
「そうですか」
返すと、彼は頷き返してくる。
「もちろん、出発までだけでなく、我が国を通過するまで責任を持ってあたらせていただきます」
「ありがとうございます」
あまり彼の側にいても仕方が無いので、歩き出しつつ、先頭の機関車から末尾の貨物車まで視線を走らせる。最後尾の車輪あたりにしゃがみこんで、しきりと覗き込んでいる制服姿の人物がいる。
「あれ、もう一人の運転士補助じゃないか?」
歩み寄ってみると、やはりそうだ。
「何か、故障でも?」
駿紀の声に振り返ったリスティア系とはっきりわかる髪と瞳の青年は、瀬戸、という名縫い取られているところを見ると、運転士補助に間違いない。
見上げてすぐにこちらがどういう立場か理解したようで、首を軽く横に振る。
「いえ、今のところは。でも、とんでもない調整するヤツがいるみたいなんで、気を付けておかないと駄目なんですよ」
「とんでもない調整?」
「ええ、トリヤで気付いたんで、ルシェルの連中だと思うんですがね」
言いながら、瀬戸はまた車輪の方へと視線を戻していく。
「貨物車の連結部分のボルト、緩んだのを締めずにオイルを落としちゃったんですよ。ったく、おかげで傷が入っちゃって」
いかにも腹立たしげに言うのに、駿紀たちは思わず顔を見合わせる。
「それに関しては、既に連絡を?」
冷静な声で問いを重ねたのは、透弥だ。瀬戸は確認を続けながら、もう一度首を横に振る。
「いえ、アルシナドに到着してからまとめてってことになってます。各国の整備士の実力を見たいんで」
そういうことならば、連結部のボルトが緩んでいた本当の理由と対処したのは誰か、は後で告げた方が良さそうだ。この腹立ち具合だと、今すぐにでもスタッフ内の犯人を捜しに行きかねない。
「そうなんですか。もし、また何か整備トラブルがあったら、教えていただけますか?」
「ええ、それがお役に立つのなら」
振り返って、しっかりと頷く。
自分が大事と思っている車体について、気にしてくれるというのなら歓迎であるらしい。
「よろしくお願いします」
協力を取り付けて、客車の方へと戻りつつ、どちらからとも無く軽く顔を見合す。
やはり、運転士たちは容疑者から外していいだろう。
「俺たちがどういう立場か行き届いてるあたりからして」
「マネージャーも外していい」
透弥が、あっさりと返す。
「だな、マネージャーとしてやるべきことはした上でっていう大掛かりが出来るタイプじゃない」
そこまで話したところで、そろそろ乗車時間も近付いて来たようだ。
とてつもない勢いで、瀬戸が機関車へと走っていく。食堂車への荷物の積み込みも完了したようだし、客車の二両目では新たな客へと小松が笑みを向けている。
駿紀たちも、自分たちの車両へと乗り込む。



発車した車内には異常は見つからなかった。
アルマン公爵は、昼も夜も駿紀たちには近寄らず、アファルイオやルシュテットの陛下たちと楽しそうに過ごしていた。
その様子は、彼が間違いなく、その手の社交を卒なくこなせるというのを体現したモノだ。傍からは、上流階級の育ちと判断出来る人物にしか見えない。
なのに、目前にすると、どことない違和感がある。
車室に戻って寝る準備をしつつも、どうにもアルマン公爵のことが頭を離れない。
「どっかでなぁ、でもなぁ」
思わず駿紀が呟いたのに、透弥は面倒そうに言う。
「記憶を作っては意味が無い」
「わかってるけどさ。喉につっかかってるような感じで、気持ち悪いんだよ」
奇妙な間が空いたのに振り返ると、すでにベッドになったソファに腰を下ろしていた透弥は、なぜか視線を逸らせる。
「……今、食べ過ぎか飲み過ぎとかって思っただろ」
「運動不足ではないのか、とは思ったが」
「否定はしないけどな。ちょっと違う。なんだろうなぁ、すっきりしない」
どんなに駿紀が首を捻ってみても答えは出ないまま、時間は過ぎていく。
表立った出来事は無いままに十三時間半の旅程を終えて、ナビエー首都ワッセルトに到着したのは翌日深夜。
慌しかったのは、補給にあたったスタッフだけだ。二両の客車は静まり返ったまま、ほどなく発車したのさえ、気付かなかった者がほとんどに違いない。
すっかり明るくなった車室で朝食を取りながら、駿紀が首を傾げる。
「次の停車は長いんだよな?」
「ボチェコシシア首都ゴットパで約三時間、地球時代の建築物見学と昼食が予定されている」
「へーえ、でも、ボチェコシシアって民族紛争が激しいんだろ?大丈夫なのか?」
実際、二つ目の爆弾はヴォツェビナとボチェコシシアの民族紛争を装おうとしたモノだった。
「安定の為に最大限の努力を払っている、と強調したいからこその演出だろう」
「ふうん、そういうもんなのか」
そういったあたりは、リスティアという大国に生まれたおかげか、実感がない。身をもってわかるのは、もっと身近なことだ。
「にしても、ちょっと妙な感じだな。起きたら時間が早くなってるってのは」
ナビエーに入ったあたりから、リスティアとの時差は三時間。旅程も四日目、移動距離も半分くらいになろうというあたりだ。
「フィサユに到着した時に、五時間増えていたろうが」
「まぁな、どっかでつじつま合あってくっていうのはわかるけど」
我ながら気楽なことを言っている、と苦笑してから、真顔に戻る。
「ゴットバで、どうする?もう、俺らが警察官だってのは知られてるんだから、一緒に行動しなくても不審がられないだろ」
「各国の警備側も知っているのは確かだが、かといって今、スタッフを刺激するのは上策とは言えない」
駿紀にしては遠回しに言ったことを、正確に理解して返してくる。
乗車スタッフの中にシャヤント急行走行を妨害している人間がいるのは確実だ。彼ら自身の荷物なり仮眠箇所なりを捜査すれば、何か出てくる可能性は十分にある。
が、それで本当にトラブルが終結するか、というところが難しい。
「実行犯一人抑えたところで意味無いんだよな。どうにか、他を焙り出せないもんかなあ」
「少なくともスタッフならば停車中にしか外部とアクセス出来ない」
シャヤント急行に乗車しているゲストたちが、駅から近いとはいえ街の一部を見学し、食事をするだけの時間があるのだ。他の目的を持った人間がいれば、それなりの過ごし方が出来る。
「長時間停車は、繋ぎをつける数少ないチャンスだけど。都合よく動いてくれるかな」
「もしくは、何らかの情報が入るか」
「お嬢さんの方か。二つヒントも送ったことだしなあ」
そう簡単にわかるモノではないと知っていても、何か得られないかと思ってしまうのは人情だ。
「アルマン公爵の方は、お嬢さんに任せておいていいだろう」
「立場上、逃げる間は無いもんな。近付いてくるのがいれば、見逃さないだろうし」
アルマン公爵が不可思議な存在だと、駿紀たちが認識していることは、紗耶香も知っていることだ。それとなく気を配る程度のことは、彼女にはどうってことないだろう。
「ゴットバで降りるのは……」
「アルカリア、ホラント、ルフィア、コルデル」
あっさりと透弥は国名を並べる。そこらの記憶は任せることにして、駿紀は頷き返す。
「乗ってくるのは?」
「リマルト外交担当エリク・ミューゼン、クルニア外交官セルジュ・エネスク、ラニア外交官アンドリス・ハルトマン」
「減ってるな。ルフィアのって一人になってなかったか」
「進行方向後ろからみて、二番目の車室が空くことになる」
駿紀は、軽く唇を尖らせる。
「また、空き室か」
犯人からしてみれば、すでに二度邪魔が入ったことになる。今までどおりに何か仕掛けてくるのか、それとも手を変えてくるのか。
のどかな田園風景の車窓へとやった視線は、刑事のモノだ。



ゴットパ駅はプラットホームでの歓迎からして、ものすごい気合いの入りようだ。
「どんな国賓迎えたんだよって感じだな」
「通常考え難いほど、だろう」
「冷静なツッコミをどうも」
駿紀は周囲にそれとわからぬほど、唇を尖らせる。
四大国の元首か近い立場の人間が揃いぶみなのだから、大仰になるのは当然だ。が、それだけでは無い、気迫のようなモノを感じるのは気のせいではあるまい。
「ま、国情安定のアピールは俺達には、あんま関係無いけどな」
駿紀は小さく言って、視線を移す。
いつの間に私服に変えたのか、二人のスタッフが、どこか真剣な顔つきで抜け出す隙を狙っているのを気配で感じたのだ。が、その顔を見て、思わず瞬きをしてしまう。
「メートルデトルとシェフ、だよな」
「佐伯明と大山実に間違い無い」
透弥があっさりと肯定するが、駿紀は信じられず、もう一度瞬きをする。
「どう見ても、土地の食材を仕入れに行くって顔じゃないんだけど」
「少なくとも、堂々と大手を振って出かけるという雰囲気では無いことは確かだ」
二人は視線を合わせる。
今回はこちらが誰かに繋ぐということは無い。だが、佐伯と大山が途中で分かれると厄介だ。
「イチかバチかってか」
「人数に制限があるのだから、やむを得ん」
透弥がそう返してきたということは決まりだ。
二人を追うベく、何気なく大仰な集団から離れる。

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