□ 万籟より速く □ FASSCE-11 □
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無意識に髪をかきまわしながら、駿紀が小さくため息をつく。
「なんか、ああいうのの後だと、全部がおとぎ話みたいな感じがしてくるよ」
なんせ、ルシュテット首都リデンの駅を警備しているのは、皇太子親衛隊であり、停車中の総指揮を取っているのはカール皇子ときている。
少なくともアファルイオからは国王が出向いているだけでなく、自国からは皇太子、皇子のみならず国王も姿を見せているのだから、親衛隊がいるということ自体はおかしくはない。
おかしくはないのだが、なんというか制服が綺羅、言い換えてしまえば派手なのだ。それが、リデンで鑑賞したオペラの雰囲気と、どこか通じる。
リスティア軍や警察の実際的な制服を見慣れた立場としては、絵本かなにかのような気がしてならない。
駿紀たちですら、そんな夢見心地にさせられたのだから、ルシュテットの歓迎は成功といっていいだろう。オペラの後の食事も贅を凝らしたものだった。
「確かに、オペラの続きと言われても違和感は無い」
透弥も同意はする。
「だが、そういう気分のままというわけにはいかない」
「まぁな。乗り降りけっこうあるしな」
「ボチェコシシア、クルニア、ツェルン、ラニアが降りた。乗ってくるのは、リーリア外務大臣ゴットフリート・ロイエンタール、ウュハルト外交官エドガー・クレール、エラル外交官ビタリー・フレブだ」
すらすらと名前を上げていくのに、駿紀は眉を寄せる。
「乗ってくるの少ないな、空き室出るのか?」
「いや、クリナとエラルは一人ずつで使うから、空き室は無い」
「ってことは、客室に余計なことをされることは無さそうか」
と言いながら、まったく安心した顔つきにはならない。
「もう、丸二日手出ししてきてないけど」
トリヤ、スティノ、ゴットパと三日連続で爆弾を仕掛けてきているのに、今は妙に大人しい。
「空き室が出ないからか、新たな出方を考えているかってとこだけど、ゴットバのこと考えたら、ただの空き室待ちってのはあり得ないよな」
今までの小細工を止め、爆発性の物質を持ち込んできたあたり、相手も単なるバカでは無い。
「回数を重ねるごとに、悪質になっているという点も忘れるべきでは無いだろう」
そもそも、最初は貨物室を切り離す程度だったはずが、爆弾になり、それも三回目には破壊力が段違いになっていた。
「次に空き室が出るのって、わかってるか?」
「明日の0時59分予定、リマルト公国首都フォーツだ。クリナが降りる」
頷き返してから、駿紀は首を傾げる。
「ヒトツ気になってるんだけどさ」
視線は、いつも通りに車体の点検をしている運転士補助たちの動きを追っている。この調子なら、発車前の車体のどこかに細工をされることは無いだろう。皇太子親衛隊も、かなりな人数で目を光らせている。
「なんで、貨物室にはなんの手も出されないんだ?人目が無いって点じゃ、むしろ後方の貨物室だろ」
機関室の直後に連結されている貨物室の方は、レストランやバーで使用するモノも数多く運び入れられているから、人の出入りが激しい。こちらになにか仕掛ければ、すぐに見つかってしまうだろうし、そもそも、隙が無いだろう。
だが、後方の貨物室は、基本的に貨物係が出入りするくらいだ。
「一つの仮説としては、スタッフの仮眠室があるから、存外出入りがある」
一つの、と言ったくせにそのまま口をつぐんでしまった透弥を、駿紀は見やる。
「そこで止めるなよ」
面倒そうに眉が寄るが、透弥は大人しく口を開く。
「貨物室に行く機会がほぼ無いか、貨物室への出入りが多い為に疑われるのを恐れているか」
前者は早川を、後者は畑中を実行犯と仮定した場合のモノだ。どちらでも成り立つから、絞る要素にはならない。
「何気なく張るってのも難しいんだよな」
トイレに行くふりをして車室を出たところで、二両目を覗き込んでいたら不審に決まっている。犯人がどちらにしろ、その間の行動は止めるだろう。
五時間近い停車を終えて、シャヤント急行がリデンを発つのももうすぐだ。
が、紗耶香が何か情報を持ってくる様子は無い。ツテは、まだ、何も掴んではいないようだ。
「くそっ」
つい、悪態が出てしまう。
「受身ばかりなのは性に合わないか?」
「神宮司は違うのか?」
冷静な透弥の口調までが腹立たしいのだから、かなり重症だと駿紀は思う。透弥は全く表情を変えずに返す。
「それは偶然だな、俺もだ」
ある意味物騒な返答に、駿紀は軽く目を見開く。
「アファルイオまでは我慢する。だが、それ以上はコチラのやり方に切り替えさせてもらう」
きっぱりと言い切ると、振り返る。
つられるように駿紀も振り返ると、にこやかに紗耶香が立っていた。
「あら、私の意志は無視で?」
「そこまで尊重したら十二分です」
全く譲るつもりの無い声で、透弥は返す。反して顔には笑みが浮かんでいるから、あたりの空気は嫌な冷え込みだ。
正直、駿紀はこんな場には同席したくない。
ただし、目前に事件があると知らない場合は、だ。
つい、と紗耶香の視線が駿紀へと移る。
「隆南さんも?」
「そうですね。どちらかっていうと、神宮司以上に我慢しきれそうにないですから」
苦笑気味に肩をすくめるのを見て、紗耶香はヒトツ息を吐く。
「そうね。こちらが情報を得ると言っておきながらこの体たらくですものね。わかったわ、レパナを出発してもまだ情報が入らなかったら、好きにして」
落としかかった視線を、まっすぐに上げる。
「もちろん、人命に関わると判断したら、その前もよ。ここまであれだけ色々とやられて、全く感付かせずに来てくれて感謝してるわ」
言うことだけ言ったと判断したのだろう、彼女は身を翻す。
紗耶香の後ろ姿が離れてから、駿紀は横目で透弥を見やる。
「近付いてるの、わかってたのか。人が悪い」
「単なる愚痴をこぼしたところで、意味が無い」
透弥らしい、と妙な感心をしたところで、小松が乗車をうながす声を上げる。
と同時に、大股にカール皇子が近付いてくる。
「現状、異常ありません」
ぴしり、と敬礼されて、駿紀は目を丸くしてしまう。が、すぐにリデンの警備責任者が誰かに思いあたって敬礼を返す。
停車中の各国警備隊の様子を、どこからか見ていたに違いない。
「心臓に悪いよ」
きちんと部下に警備を引き継いでから乗車するのを車窓から眺めつつ、駿紀がぼやくと、透弥がしれっと返す。
「どうせなら正装しておけば良かったな」
「余計に浮くっての」
なんせ、リスティア警察の制服はシンプルなのだ。つり合うのは軍と警察が明確に分離されているプリラード警察くらいだろう。
もっとも、透弥が本気で言ってるわけではないのは、駿紀もわかっている。
「フォーツは起きてないとな」
速度を上げて、ルシュテット首都の喧騒から薄闇へと景色を変えていく車窓へと、視線をやる。



窓を開けると、冷たいくらいの夜風が吹き込んでくる。
一瞬首をすくめてから、駿紀は外へと首を出してみる。
リマルト公国首都であるフォーツは眠りに沈んでいるのだろう、とても静かだ。乗客に配慮してか、ホームの明かりもあまり強くは無い。
補給もさほどは無いらしく、物音も少ない。
だが、警備の人間はそれなりの人数が出ているようだ。そこかしこに気配がある。その中に混じって、運転士補助の姿も見える。
夜中だろうが、きちんと車両の確認はしているようだ。この様子なら、やはり車外に何らかの細工をされることは無さそうだ。
もう一度、警備の方へと視線をやる。中に、ひときわ凛と立つ姿があることに気付いて、目を凝らす。
「あら、本当に無茶するわね」
ぽつりと呟いた声は、隣の窓からだ。夜中だというのに、身づくろいした格好で紗耶香が身を乗り出す。視線が合うと、苦笑が浮かぶ。
「彼女がダニエラ・イプシアン、リマルトの軍事担当よ」
言う間に、相手も紗耶香が覗いたことに気付いて、近付いてくる。
「紗耶香、久しぶりだ。しかし、こんな夜中に起きているのは感心しない」
笑顔での挨拶の後、すぐに眉を寄せるのに、紗耶香は肩をすくめる。
「ヘル・ミューゼンに特に頼まれたのよ。今の貴女は貴女一人のモノじゃないのだから、無茶は控えて欲しいって言ってくれってね」
きれいな眉を、ダニエラに負けず劣らずしかめてみせる。
「少しでもお腹の子に何か影響があったら、絶交だから」
「手厳しいな、だが、今日は見逃して欲しい。貴女の大事な汽車が停車するというのに、他人任せには出来ない」
これで男なら、たいした口説き文句だと思いつつ、駿紀はちら、と反対の窓に目をやる。
カーテンがしっかりと引かれているが、間違いなく部屋の明かりはついている。アルマン公爵は、停車中の様子を伺っているに違いない。
こんな夜中だというのに。
車内へと、視線を戻す。
「神宮司」
視線の動きで、駿紀の言いたいことを察した透弥は、車室の扉を開く。
そちらには何の気配も無いと、軽く首を振ってそれを伝える。が、閉じずにそのまま、透弥の視線は廊下へと戻る。
どうした、と問おうとした声を駿紀はすんでで飲み込む。切れ長の目が、いつも以上に細くなっている。
す、と透弥が気配を消す。そして、すべるように車両の廊下へと出る。
それを見送ってから、駿紀は窓へと再び視線を戻す。耳には、天宮財閥の社員が来ているはずだから、ここに呼んでもらえないかと伝える紗耶香の声と、それに応じるダニエラの声が聞こえていた。
こんな夜中だというのに、紗耶香の言うとおり社員はいたらしい。夜に溶け込んでしまいそうな黒いスーツが視界に映る。
その前には、駿紀の目からもはっきりと不機嫌だとわかる紗耶香の顔だ。
「ずい分とあつかましいんじゃないかしらね?」
何かに目を落としていた彼女は、視線を上げて低く言う。
「このまま、私に恥をかかせる気?」
冷え込んでいるというのも生ぬるい声に、びくり、と黒い影が揺れる。少しの間の後、深く頭を下げ、影は足早に去る。
必要以上に顔を出すような、無粋な真似はしない。
あれが社員のわけが無い。社員のふりをして現れた、紗耶香のいうツテだ。
その影が完全に去ってから、小松の出発を告げる声がかかる。
ダニエラが、もう一度車窓に近寄り、紗耶香に挨拶をするのが聞こえる。
不審な影は無いことを確認してから、駿紀は動き出す窓を閉め、振り返る。
戻ってきた透弥も、不機嫌そのものだ。
「早川の姿が見えなかった理由は、アファルイオ国王から荷を運ぶよう頼まれていたからだった」
だからといって、彼が容疑者から外れるというわけでもない。ようは特定出来なかったということだ。
「こっちも、目に見えて怪しい人影は無かったよ」
言葉の微妙なニュアンスを察した透弥が、いくらか首を傾げてみせる。
「お嬢さんのツテとやらが来てたが、情報は入らなかったみたいだ」
「停車直前に、早川はアルマン公爵から水を運ぶよう頼まれている」
「ってことは、やっぱ間違いなく起きてたな」
目覚めたのは偶然ではない、そう思うのは駿紀だけではない。確認してきた透弥もだ。
「誰かと連絡を取る様子は無いのに、こちらの状況は伺ってるってのがわからないよ」
「客車係や貨物係が繋がっているなら、動きを悟らせることもないが」
「まぁなぁ」
どうも、それもしっくりと来ない気がしてならない。
首を傾げたところで、扉がノックされる。
顔を出したのは、ホーキンズだ。新たな乗客が無かったので早く来るというのはわからないでもないが、逆に言えば発車してからの隙はほとんどないことになる。
が、顔色からして、やはり置かれたのだ。
「また、です」
挨拶代わりともなってしまった言葉が、彼の口から漏れる。
「代えのシーツを取ってきているうちに。それだけの間だったんですが」
ぽん、と軽く肩を叩く。
「ホーキンズさんのせいじゃない。行こう」
透弥も頷くと、廊下へと出る。
二両目前から三つ目の車室、まさに今空いたばかりの部屋に、箱はきちんと置かれていた。
まるで、待っていたでしょう、とでも言いたげな様子に、駿紀はヒトツ舌打ちをする。が、余計な口をきいている暇は無い。
他に異常が無いか、手早く確認する。
その間に、透弥が箱の状況を確認して持ち上げる。少なくとも、その程度動かしても問題ないモノ、ということだ。
「他は無い」
駿紀の言葉に、無言で頷くと透弥は背を向ける。急いでいるのがわかったので、駿紀もすぐに車室を後にする。
ホーキンズは、改めて抱えてきたシーツを手に、いくらかほっとした顔つきでその車室へと入っていった。
自分たちの車室へと戻り、明かりを引っ張り出しながら尋ねる。
「今度は?」
透弥が、上着を脱ぎ捨て、腕まくりをしながら靴で道具入れを出してくるのに、さすがに目を見開く。
「時限」
最短の単語だが、意味は駿紀にもすぐわかる。
「何分?」
「開ける」
口を動かしてるのさえもどかしそうに、透弥は爆弾の包装紙をはがす。出来るだけ見やすいよう灯りをかざす駿紀の耳にも、時を刻む音が聞こえてくる。
慎重に蓋を外された箱の中には、確かに懐中時計が組み込まれていた。バネの緩み具合が一定に達すれば、導通することになるらしい。
「その時計外しちまえばいいのか?」
「そう簡単には出来ていない」
嫌そうに眉をしかめながら、透弥は素早く回路を確認していく。
「強引に外せば、別の回路が作動するようになっている」
「制限時間は?」
もう一度、組み込まれた時計へと視線をやった透弥は、それがどのメーカーのどのタイプのモノかの判断をつける。
「一時間半」
「了解」
それ以上は、お互い余計な口をきくことなく、黙々と分解作業が続く。
配線を切り離し、部品を取り外していく手を、構造を確認する時以外、透弥はほとんど休めようとしない。
出来る限り手元が見やすいよう灯かりを動かしつつ、たいした集中力だ、と駿紀は思う。
一時間十五分が経つ頃、箱の中には数本の配線と時限装置となっている時計くらいになる。
あと十五分あればどうにかなる、と駿紀は内心、息を吐く。
が、透弥の手はそこで止まってしまう。
「どうした?」
「これ以上の分解は無理だ」
平坦な声に、駿紀は目を見開く。
「どういうことだ」
「ここに赤と黒の線が一本ずつあるだろう。どちらか正解を切断しない限り、爆破する」
確かに、五割の確率の賭けでは分が悪過ぎるし、タチの悪い冗談に付き合う義理も無い。
とっとと、窓の外へと放るベきだ。
無言で窓の外へと視線をやった駿紀は、
「げ」
と小さく呟いてから、大きく窓を開け放って目をこらす。
ややして、振り返った顔には引きつった笑みだ。
「五割の確率に賭けるしか選択肢無い。住宅街が近過ぎる」

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