□ 万籟より速く □ FASSCE-12 □
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選択に与えられた時間は十五分、いやもうすでに三分は過ぎている。後、十分あるか、ないか。
相手は、分解していくと最後に見つかるように、赤と黒の選択肢を仕込んだのだ。
命がけのゲームをしろ、と。
ゲームを放棄するのは簡単だが、それをすれば、この近隣の住民が犠牲になる。かといって、このまま座して爆発を待つわけにはいかない。
「何かヒント無いのか?」
「全くだ」
再度、回路を確認をした透弥が首を横に振る。後、八分。
「完全に、勘しかない」
「勘?」
それなら、駿紀は得意なはずだ。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
考えろ。
赤か、黒か。
後、五分。
どちらかが生へと繋ぐモノ。
どちらかが死へと導くモノ。
一体、どちらが。
赤か、黒か。
答えは。
「あ!」
不意に、確信する。
「わかった、片方じゃない、両方だ。両方同時に切るんだよ」
あと三分、まだ間に合う。
「あり得ない答えではないし、理論上可能だが」
透弥の表情は厳しいままだ。
「左右の握力は異なる。完全な同時は無理だ」
「なら、一緒に俺がやる。少なくとも確率ゼロでは無いだろ」
透弥はいくらか目を見開くが、頷く。
これ以上考えている時間は無い。
狭い隙間に、二人はペンチを構えて強引に手をつっこむ。
「一分きったぞ、いいか?」
「ああ」
「いくぞ、3、2、1、」
高音域の、金属切断音が短く響く。
ペンチを引き抜いて、秒針を見つめる。細い針が、設定された時間へと向かって動いていく。
時を刻む、カチ、カチ、という音が、いやに高く耳に響く。
12、と数字がうたれた箇所へと、カチリ、と動き。
カチ、と音を立てて、次の場所へ。
ペンチを掴んだまま、駿紀の膝から力が抜ける。透弥も、横の壁にもたれる。
同時に、深いため息を吐く。
「……当たった」
駿紀が、呆然と口を開いて、ゆっくりと深呼吸する。もう、大丈夫だ、と実感する。目前にあるのは、ただの時計に過ぎない。
口の端が、持ち上がる。
「間に合ったな、良かった」
壁にもたれかかったまま、透弥が視線を向けてくる。浅く頷いてから、こちらも口の端を持ち上げる。
「さすがだな」
「神宮司があそこまで分解してくれたからだろ」
正直、我ながら良く当たったものだ、と駿紀は思いながら、軽く髪をかきまわす。
「えーと、これはこのままでいいのか?」
「いや、完全に分解する必要がある」
いつもの表情に戻った透弥が、体を起こして、ドライバーへと持ち替える。
駿紀も膝を立てて、灯りを持ち直す。



バラバラになった爆弾の部品を見つめながら、紗耶香は静かに問う。
「証拠品として、持ち帰った方がいいんじゃないかしら?」
「ツテに渡さなくても?」
駿紀が問い返すと、紗耶香は皮肉に口の端を持ち上げる。
「あれだけ渡して情報が得られないというのなら、これ以上は意味が無いわ。現状からいって、リスティア系が関わっているのは確実なんだから、起訴可能な証拠を揃えておくのは必要でしょう」
言ってから、視線を上げる。
「箱の内部から、指紋採取も出来るのではなくて?」
そこまで理解してくれているのならば話は早いし、紗耶香の言う通りだ。
「では、これはこちらの管轄ということで」
「ええ。指紋採取不可能になっていて科研の人には悪いけれど、今までのものも返すようには伝えておくわ。バカみたいにとんでもないことにはしてないはずだから」
「お願いします」
軽く頭を下げてから、駿紀は少しだけ首を傾げる。
「犯人を捕らえる前提ですか」
「これだけ手出しをされて、大人しく我慢するほど優しくは出来ていないのは、私だけじゃないでしょう?」
「少なくとも、一人は到着前に抑えてしまいたいですが」
静かな透弥の声に、紗耶香もはっきりと頷く。
「約束した通りにして。レパナを出発したら、完全にお二方の管轄と思って下さって構わないわ」
「了解です」
駿紀の笑顔に、紗耶香はいくらか困ったような顔になる。
「どうしたんです?」
「客に気取られないでとお願いするということは、爆弾を仕掛けられた時点でお二人の命を懸けろと言ってるのと同意なのよね」
自嘲するような笑みが浮かぶのに、透弥がもう一度、静かに口を開く。
「それでも、財閥の為だけでなく、リスティアの為に必要なんでしょう」
駿紀も頷く。
「口八丁やってりゃいい誰かさんと違って、民間企業の技術力その他を目にモノ見せ続けなくてはならないっていうのは、なかなかにキッツい気がしますしね」
紗耶香の、それでなくとも大きな目が更に大きく見開かれ、ヒトツ、瞬きする。
何か言おうとした唇は、珍しく相応しい単語が見つからなかったらしく、息を飲み込んで閉ざされてしまう。
に、と笑ったのは駿紀、ふ、と口の端を持ち上げたのは透弥だ。
「貸し借りの清算は後で構いませんので」
「ひとまずは、お互い本分を尽くすってことで」
一度瞼を閉ざし、上げた紗耶香の視線は、いつも通りの強さだ。
「管轄内での行動はいくらでも自由にして頂戴。外交官の方に黙っていただくのは、こちらの仕事よ」
きっぱりと言ってのけ、鮮やかに笑みを浮かべる。
「さあ、クンツァイに到着よ」
言葉と同時に、列車の速度が落ちていく。

ホームで軽く体をほぐしながら、駿紀は首を傾げる。
「なんだ、真っ昼間でも黒いのか」
視線だけで問うてきた透弥へと、駿紀は肘を動かす。
「あっちの、お嬢さんのツテだよ」
やはり無言で視線をやった透弥は、少しだけ目を細める。
駿紀の目に付いたのも納得の、昼近くの日の下では目立つ黒だ。スーツだけでなく、ワイシャツからなにまで黒であるらしい。
あえて探らないつもりではいるが、視界に入ればどんな相手かと考えるのは人情というよりはサガと言った方がいい。
「心当たりでも?」
「あの姿だけでは言い切れんな」
確実でなければ、透弥は口にはしないとわかっているので、駿紀は軽く頷き返すだけにする。
「クンツァイでは乗客の入れ替えは無いんだよな」
今日も真面目に車両点検に励む運転士補助たちを視線で追いながら、確認する。
「ああ、レパナでリマルト以外の外交官が総入れ替えだ」
「ってことは、降りるのがリーリアと……?」
思い出してみようとするが、全ては並べられない。
駿紀が詰まったのに、透弥があっさりと並べてみせる。
「ウュハルト、エラル。乗ってくるのはクルタシュ、ウィルカ、ヤシュガル、カルカンド、エンラン」
珍しく名前が並ばなかったので、駿紀は視線を透弥へと戻す。
「正確な発音がわからないが」
「ああ、あっちの方って特殊だよな」
次に乗車すると並べられたのは、全てリスティア西部の『Aqua』でも最高峰の山々に囲まれた国々だ。地理的な影響か、大国の影響を受けず、独特の文化を築いており、言語もそうだ。
「標準語表記をそのまま読むなら、クルタシュがヴィマ・カフィセス、ウィルカがクト・ボルミシュ、ヤシュガルがクトゥルク・ビルゲ、カルカンドがヤブク・イルテバル、エンランがトゥトミシュ・アルプ」
相変わらず、よく舌を噛まずに並べられる、と感心してしまう。
「レパナに到着するのが17時46分で、出発が22時37分。リーリアが降りた車室が空く」
透弥の言葉に、駿紀は眉を寄せる。
「また、何か仕掛けてくるかってのが問題だな」
「仕掛けさせない、の間違いだ」
表情を変えず、透弥が返す。
「レパナ以降は、こちらの管轄だ。途中停車駅も無い」
「空き室を張るのもこちらの勝手ってわけだ。そりゃこれ以上のオイタは勘弁してもらわないとな」
持ち上がりかかった口の端は、なぜか中途半端で止まる。
「クンツァイって、アファルイオの中じゃそんなに大きな都市では無さそうだけど」
「地球時代の大規模遺跡を移築保存している都合上、あまり目立った建物は建築出来ないそうだ」
「そうなのか。駅もあまり大きくないのは、そのせいなのかな」
と言いつつ、先ほどまでとは打って変わった微妙な視線が全般を泳ぐ。
なんせ、駅にはホームがヒトツだけの上、周囲にはあけっぴろげな草原らしきモノが広がっている中で、警備だけが妙にモノモノしい。
「完璧な警備ってのはありがたいけど、ここまで行くと浮くなぁ」
「国王がいるという時点で、アファルイオではこれが当然なのだろう」
「ああ、そうか」
北方民族との緊張が続く状態だ、と紗耶香も言っていた。警戒しすぎくらいに見える程度で、やっと事足りるということなのかもしれない。
「ひとまずは、沿線も安心していいのかな」
「警備自体も徹底しているだろうが、北方民族もルシュテットとリスティアにケンカを売るつもりは無いだろう」
「ま、な」
そろそろ発車時間だ、と小松が告げる。
「なんにせよ、レパナからが勝負だ」
透弥も軽く頷くと、汽車へと乗り込む。



アファルイオ首都レパナでの歓待は、ルシュテット首都リデンに負けず劣らず豪勢なモノだった。
到着したプラットホームからして、どうやって動いてるのかと目を見開きたくなるような曲芸での歓迎だったし、民衆に人気という劇は独特の衣装の美しさもさることながら、大げさな動きは言葉がわからない人間にも充分に通じるモノだった。
それより何より、誰もが一様に感嘆したのは料理の見事さだ。
見た目の派手さ、美しさは言うに及ばず、その種類と量には誰もが目を丸くした。味の良さも、また言葉ではいいつくせないほどだった。
にも関わらず、乗車前にざっと車両を見渡している駿紀の顔は不機嫌だ。
「口に合わなかったのか?」
透弥が、解せないという顔つきで尋ねる。
「違う、美味かったんだ」
美味しかったのに不機嫌、という謎の答えを理解してしまい、透弥は面倒そうに視線を逸らす。
「バカが手出ししないって保障があったら、これでもかっていうくらいに食えたのに」
駿紀は、心底悔しそうに呟く。
この旅程でさんざ面倒をかけてくれたという点において、実行犯には充分に腹が立っているが、またヒトツ加わったな、と人事のように考えながら視線を巡らせた透弥は、いくらか目を細める。
「食い物の恨みは、ひとまず後回しにしろ」
悪かったな、と言おうとした駿紀の口は、ぴたり、と閉じる。
「また、真っ黒けか」
呟いたなり、その真っ黒けがいきなり方向転換をして、こちらをまっすぐに見る。ついでにサングラスも黒だな、などとしようもないことを思ったところで、隣にいる紗耶香が軽く手招きをする。
近付くと、真っ黒けは深々と頭を下げる。
「この度は情報が遅れまして、大変ご迷惑をおかけいたしました。今更お役に立つかどうかわかりませんが」
つい、と差し出された封筒まで漆黒だ。
「それは、どうも、ありがとうございます」
「これは伝言なのですが、今回の件、貸しと思っていただけば、とのことです」
「貸し?」
透弥に封筒を手渡しつつ、駿紀は首を傾げる。
「Le ciel noirを情報源として、最低一度は使える、ということだ」
封筒を器用に開けつつ、透弥が口を挟む。
やたらめったら黒いとは思っていたけど、本当に噂通りだったのか、という言葉を駿紀は飲み込む。
Le ciel noir、確かセースの方の言葉で「黒い天」の意味だ。
『Aqua』全土の裏組織と繋がる最大級の組織であり、排除するくらいならば共存した方がいいとさえ言われている。その理由は、小国ならあっさりと転覆させてしまうだけの力を持っているからであり、裏社会に関わらない人間には一切手出しをしないという徹底した態度を貫いているからでもある。
ありがたいことに、リスティア国内ではそう目立った活動は無いので、駿紀は縁が無かったのだ。おおよそ察しはつけていたものの、言い切ったのが今ということは透弥も似たようなモノのようだ。
それはともかく、どうして情報が遅すぎると紗耶香が怒ったのか、漆黒の姿の彼が申し訳ないと頭を下げるのか、理解出来た。
ついでに、情報源は何であろうと多いに越したことは無いのだ。相手がそれなりのルールを守るとわかっているならば、更に。
「それはどうも」
駿紀に笑顔を向けられ、ほんの少しだけ漆黒の男は安堵したらしい。
「いつでもご用命下さい。それでは」
紗耶香へも深々と頭を下げると、男は去っていく。
「で?」
後ろ姿が見えなくなってから、駿紀は透弥を見やる。
「アチュリン大のサークルが発端となった組織で、各国で物騒なモノを調達出来たのは元留学生も加わっているせいだ」
駿紀だけでなく、紗耶香も眉を寄せる。何らかの思想にかぶれた学生の延長、と思ったのだろう。
「車内の実行犯は一人、他、指示をする人間がまぎれているかは不明」
アルマン公爵が関わっているかどうかは未確認、というわけだ。
だが、ここまで判明すれば、アルシナドに帰った後の捜査は、かなりスムーズに違いない。
ひとまず、当面は、だ。
「どっちだ?」
透弥が無言のままなのに、駿紀は首を傾げる。
「どうした?」
「単独なのはわかっているが、名前を変えているので誰かまでは追いきれていない」
「ええー」
大層不満を、そのまま音にしたらこうなる、という声に紗耶香が苦笑する。
が、駿紀は声のままの顔つきではない。
「代わりになるくらいの情報はあるんだろ?」
「ああ」
軽く頷いて、目を落としていた便箋を駿紀へと差し出す。
視線を落とした駿紀は、に、と口の端をほころばせる。
「へーえ、本当にそうなんだ」
「常道のヒトツではあるな」
二人の視線は紗耶香へと、まっすぐに向かう。
「では、約束通り」
「ええ」
にこり、と紗耶香は笑みを返す。

レパナを発車してまもなく、まだ、ホーキンズが山岳の国からの客人達に、シャヤント急行の説明をしているはずの時間に、空き客室の鍵が開けられる音が響く。
薄暗い室内に、するり、と人影が滑り込み、後ろ手に扉を閉める。
備え付けのソファへと、そろそろと近付いた、瞬間。
急に、室内が明るくなる。
「?!」
突然の光に目を細める男へと、駿紀は目だけが笑っていない笑顔を向ける。
「待ってたよ、羽柴誠」
瞬間、畑中学の顔から血の気が一気に引く。

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