□ 見霽かす □ illumination-2 □
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透弥の忠告通り、加納たちは現場付近一帯にロープを巡らせて人が立ち入れないよう手配していた。
千田の所属している交番と機動隊からの応援も到着しており、刑事たちが大挙してるのとは、別種の緊張感が漂っている。隣近所の住人たちも、何事が始まったのかという雰囲気だ。
駿紀たちの姿を見つけた加納は、すぐに駆け寄ってくる。
ぴしり、と敬礼をして告げる。
「お疲れ様です」
「そっちこそ。誰も?」
入れてないか、が駿紀の問いの続きとすぐ理解して、加納は頷き返す。
「はい。駆けつけてからは、誰一人として」
「上出来だ」
透弥に言われて、いくらか面映そうになるが、すぐに顔を引き締める。
「警備体制は、これで問題ありませんか?」
仰々しすぎるきらいはあるが、なんせ初めてのことだ、機動隊の方もどの程度かけていいのかわからなかったのだろう。だが、不足して問題が起こるより、ずっといい。
「うん、ありがとう。このままでいつまで行ける?」
「勝手ながら、特別捜査課からの依頼とさせてもらってます。最低、検証が終わるまでは問題ありません」
駿紀たちのすぐ後に到着した林原は、作業服と揃いの色のキャップを被りながら、に、と笑う。
「へーえ、やるねぇ」
もうすでに、楽しみで仕方ないというよりは獲物を目にした獣のような目つきだ。
「少なくとも現場の家の前の道路は封鎖したってのは、ホント、上出来だよねぇ」
まさか、それを褒められるとは思わなかったのだろう、加納は一瞬の間の後、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「なかなかモノモノしいな」
加わった声に振り返ると、永井が機動隊に示した手帳をしまいながら、こちらへとやって来る。
「ご協力いただき、ありがとうございます」
頭を下げる駿紀たちへと、微かな笑みと共に頷き返す。
「下手な課と組むより、ずっとイイさ。不謹慎な言い方を許してもらえるなら、神宮司の手品をまた見られるのは嬉しいよ」
笑みは、駿紀へも向けられる。
「木崎班の韋駄天くんと組むのも、楽しみだしね」
改めて、その通り名を言われ、駿紀は苦笑気味に再度頭を下げる。
「ご期待に添えればいいですが」
「ウチの班を紹介するよ、私は永井、こちらから大坪、早坂、朝倉、ここまでは神宮司は良く知ってるな。それから、北原と西原だ」
協力依頼で中央署に行った時に、顔見知りにはなっている相手だ。しかも半分は透弥と仕事をしたコトがあるし、指紋が確たる証拠になることを知っている。
永井班とならば、気持ちよく組めそうだ。
いくらかほっとした気持ちになった駿紀へと、永井はあっさりと告げる。
「科研が初動から加わる捜査は我々も初めてだ、捜査指揮は頼むよ」
あっけないくらいに権限委譲されたのは、捜査の責任は特別捜査課にあるとはっきりさせたのもあるだろうが、それだけ透弥を信頼しているということでもある。
「基本的に、全般の指示は隆南が出します」
ちょっと待て、と駿紀が止める間もなく、無表情のまま透弥は続ける。
「科研の検証と平行するカタチで進めましょう。ただ、現場へ入る際には、いくつかご協力いただくことになります」
どういう風に、と永井が尋ねる前に、林原がにょっきりと顔を出す。
「ひとまずは、コレ、お願いします」
差し出したのは、手袋となにやらビニールっぽいモノだ。
「家の中なんで、足の方もお願いします。靴は脱いでいただいて。手袋外さなきゃどうしようもない時には、一声、触る場所教えてください」
「了解」
駿紀たちは慣れてきたが、永井たちは不思議そうな表情で受け取りつつ、頷いてみせる。
「わかった」
皆に行き渡ったはずなのに、林原の手にもう一組あることに気付いた駿紀の視線に、笑みが大きくなる。
「加納さんの分だよ」
報告の為に控えていた加納へと、笑顔のままふり返る。
「もちろん手伝ってくれるよね。これだけの人数いれば、警備は十分でしょう」
「あ、は、はい」
いくらか戸惑いつつも、どこか嬉しそうに手袋を受け取る加納へと、駿紀は尋ねる。
「発見者は?」
「あそこで、千田と一緒にいます」
青白い顔つきの男が、制服の警官に付き添われて座り込んでいる。
「松江清直さん、被害者の植竹一太郎氏とは友人だそうです。今日は、植竹氏に相談があると言われて尋ねてきたそうで、到着は14時過ぎだそうです。呼び鈴に返事が無いのを不審に思って扉を叩いてみてるうち、鍵がかかっていないことに気付き、開けて入って見たところで、植竹さんが倒れているのを発見。血に驚いて、思わず飛び出したところで、我々が到着しました。14時12分です」
「続きは中で聞く」
透弥が白い手袋をしながら遮ると、駿紀も頷く。
「この時間以前の状況確認は必要ですね。先ずは半分、そちらに割きましょう」
「早朝西北、近所あたってくれ」
永井の言葉に、四人が少しだけ残念そうにしつつも機敏に頷くのに、効率のいい呼び方だなぁなどとしょうもないことを片隅で考えつつ駿紀は透弥へと視線を移す。
「警備、こんないるか?」
「四人ほど割いても問題ない」
あっさりと返る答えは、駿紀の感触と一緒だ。永井も駿紀の考えが読めたのだろう、早坂たちへと振り返る。
彼らも意図するところは理解したらしく、言葉の前に再度頷く。
四組体制での聞き込みの手配が済んでしまえば、後は現場だ。
「じゃ、始めよう」
駿紀の言葉に、林原が大きく頷く。
「そうだねぇ、やらなきゃいけないことがイッパイだしねぇ。さすがに玄関の引き手とか、門は期待出来ないんでしょう?」
後半の確認に、加納は不安そうな顔つきになる。
「すみません。あと、電話もです」
「ああ、謝らなくて大丈夫。現場踏み荒らしてないだけで上等だから。あ、靴脱いだらカバーは忘れないようにねぇ」
「はいっ」
なにやら姿勢を正している加納を横目に、透弥が扉を開く。軽く鼻を動かしたのは駿紀だ。
「血、かなり出てる?」
靴を脱ぎながらの問いかけに、加納は首を傾げる。
「その、それなりに」
「発見時の続きを聞こうか」
透弥も、素早く足カバーをして廊下へと上がる。
「あ、はい。松江さんは、植竹氏から相談があるからということで呼ばれたそうです。電話での連絡で、ええと」
急いで靴を脱ぎ、足カバーをしてから加納は手帳を取り出す。
「一昨日の22時頃だったそうです」
「ガイシャは、何かに困ってたってこと?」
駿紀はざっと廊下を見回しながら訊く。
「いえ、相談なんてことをするタイプでは無いそうです。なので、松江さんも頼まれた通り、来ることにしたんだそうです」
「同居している人間は?」
「いません。ですが、弟と妹が近所にそれぞれ一人暮らしをしてるそうです。どちらも出かけてるようで、帰宅次第コチラに向かってもらうよう手配はしてあります」
「ガイシャは?」
透弥の問いに、加納が指を伸ばす。
「あちらです」
「足に血はつけなかった、もしくは廊下に出る時にはついたモノは脱ぎ捨ててたねぇ。ココは歩いちゃっていいよ」
東となにやら確認していた林原が、いくらか残念そうに告げる。永井たちも、いくらか恐る恐る上がりこんでくる。
歩いていい、とはいっても、たった数歩の距離で客間らしい場所へはたどり着いてしまう。
中途半端に開け放たれた扉から覗けば、床に倒れている人影だ。
駿紀が、思わず舌打ちする。
「脈を見るまでも無い、か」
透弥も軽く眉を寄せたし、永井も唇を尖らせる。
「生きている人間の体勢としては、無理があるな」
軽く手を合わせてから、改めて視線をやった透弥の表情は、あまり機嫌が良さそうではない。
「ほぼうつ伏せだし、頭部も血液が付着している。松江氏は確実に、植竹氏だと確認したのか?」
「いえ、服装と体格からくらいしか判断してないそうです。が、ここまで連れて来ていいものか迷ったので」
「あの顔色じゃ、連れて来たなりぶっ倒れ兼ねないだろうし」
透弥が何か返す前に、駿紀が口を挟む。
「おや、そんな酷いのかな」
新たに加わった声に振り返ると、扇谷が玄関先に立っていた。
「発見者さんは、少々ショックが大きすぎたようだから、鎮静剤を処方しておいたよ。このまま入ったのでは、いけないようだね」
「ああ、お手数ですが、コレだけお願いします」
林原が戻って、足カバーと手袋を差し出すと、扇谷は笑みを返す。
「足カバーだけもらおう、手袋はこちらの方が私の作業には向いているから」
足カバーをして、取り出してみせたのは手術用の手袋だ。
「検死していただくには、その方が良さそうですねぇ。にしても、扇谷さん自らとは、驚きですねぇ」
どちらかというと永井たちの気持ちを代弁した後半に、扇谷はあっさりと返す。
「科研の現場検証というモノに興味が無いと言えば嘘になるからね。これからは、例えば遺体のキズから何か細かいモノが見つかったりしたら、君らが解析してくれるようになるわけだろう?」
言う間に、扇谷も手袋まではめ終え、林原の後から現場へと顔を出す。
林原は、目を細める。
「やあ、扇谷さんからそう言ってもらえると心強いですよ」
「お疲れ様です」
声を揃えて頭を下げる駿紀たち刑事に、軽く頭を下げ返して、扇谷は倒れている遺体に軽く手を合わせる。
腰を下ろした時には、すでに痛ましそうな表情は消えている。浮かんでいるのは、ただ、目前の人間に死を与えた要因を探る科学者の表情だ。
ややの間の後。
「解剖しないと言い切れないが、ほぼ間違いなく一撃だな。これが致命傷だ」
顔を上げた扇谷は、確信した口調で言い切る。
「かなり強烈な一打だ。頭蓋骨が陥没している」
冷徹とも表現しうる、ただ事実を告げるだけの言葉だ。が、刑事たちは全く顔色を変えることなく頷く。
「他に外傷は無いですか」
「少なくとも、見える範囲に他の傷は無い」
遺体の倒れている範囲に印をつけ終えた林原が、視線を上げる。
「申し訳ないけど、少しだけ下がってもらえます?」
「ああ」
あらゆる方向からの撮影の後。
「扇谷さん、後から欲しい角度とかありますか?」
「いや、私は充分だ」
視線を受けて、眉を寄せたのは透弥だ。
「必要十分かの判断くらいは、自分でつけられるようにしろ」
そのあたりの判断は、永井らは駿紀たちに任せることにしたようだ。
に、と林原は笑う。
「厳しいねぇ。了解、では動かしてもいいですよ」
扇谷が、軽く片眉を上げる。
頷いて、駿紀がうつ伏せになっているのを、こちらへとゆっくり動かしていく。足元は永井が手伝ってくれるが、皆視線は真剣だ。
遺体は倒れた姿のまま、あまり動きが無い。死後硬直が残っている状態だ。
「動かした形跡は無い」
扇谷の言葉に、皆が同意の頷きを返す。
一度仰向けにしたりしていれば、床の染みの形状も変わるし、服の皺の入り具合も違う。
ということは、後は死亡時刻の推定だ。
すでに、死斑ははっきりと下になっていた側に出ている。しかも、指で押すと少し消えていくようだ。
「まだ、24時間は経っていない」
透弥の声に、駿紀も頷く。
「松江さんの証言と合う」
はっきりした死亡時刻を決定するのは扇谷の仕事だ。
虚ろに開いた目を覗いたりと、あらゆる場所を確認するのを横目に、駿紀はざっと周囲を見回す。
「ハデに争った形跡は無いな」
「見た目は、だ」
透弥が返すのに、駿紀は不機嫌でなく頷く。
「ま、な。暴れた跡を片付けたとなると、かなり冷静だってことになるけど」
現場の状況からして、それはそぐわない。わかっていて、透弥が言ってのける。
「制限時間の問題も、考慮はしてやるべきだ」
「価値観は人それぞれってのは、俺も反対はしないな」
軽く歩いて、テーブルの端やらソファの硬さなどを軽く確かめる。
「丸角か」
小さく呟いたのに、透弥は軽く肩をすくめる。
「ソレが死因なら遺体は移動したことになる」
その点は、先ほど確認したばかりだ。駿紀は、小さく舌を出す。
「やっぱ、似たこと思ってるじゃないか」
「先入観は判断を誤らせる。あくまで、初見で与えられる印象だけの話だ」
「少なくとも、ただ病気で倒れたってんじゃないのは確かだけどな」
それなら、居合わせた人間が病院に通報すればいいだけの話だ。わざわざ、あんなことをする必要は無い。
「扇谷さん、どうです?」
大きく身じろいだのが視界に入ったのだろう、透弥が振り返る。
「死亡推定時刻は、昨晩十時から今朝二時頃だな。部屋に妙な暖房が入っていたなどの特殊条件が無い限り、だが」
無言で透弥の視線を受けて、瞬きをした加納は、ついで姿勢を正す。
「松江さんから、扉を開けた際に暑かったとか寒かった、という話は聞いてません」
「エアコンの電源は抜いてあるな、ご丁寧にほこりが被らないようにしてあるよ」
駿紀がエアコンを確認しながら言うと、透弥があっさりと頷く。
「なら、死亡推定時刻はほぼ確定だ」
「ほぼ、ですか」
加納がいくらか不思議そうな顔つきになるのに、扇谷が視線を上げる。
「検死解剖で、ここではわからない事実が出てくる可能性はあるからね」
「なるほど」
深く頷いてから、いくらか身を乗り出す。
「あの、後頭部の打撲傷以外には傷はないんでしょうか?」
「そうだね、今のところは見つかっていないよ。体に当身を食らわされた、というんでも無さそうだしね」
扇谷が丁寧に返すと、加納は更に不可思議そうな表情になる。
「では、あの血痕は……?」
加納が指した先では、赤黒い血液が遺体の背中から足元、その先の床へと、かなり派手に落ちているのに、部屋の奥の出入り口付近で不自然に途切れている。

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