□ 見霽かす □ illumination-4 □
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保管室とは、使用目的での通称のようだ。
部屋自体は保管用に用意されたモノではなく、和室に棚を持ち込んだりした物置部屋だ。床にもいくつも箱が積み上げられていて、いかにも雑然としている。
困惑気に、半二郎と洋子は見回す。
「ここに置いてある時は、どれがどれだか……」
洋子も数回見回してから、半二郎の言葉に頷く。
「すみません、私もわかりません」
「そうですか。申し訳ありませんが、もうヒトツだけ」
駿紀はさりげなく言いそえる。
「こういった際の警察の挨拶みたいなモノと思ってご協力下さい。昨晩21時から夜半にかけてはどちらに?」
戸惑った顔になるが、挨拶と同じと言われた意味を理解したのか、文句は言わずに半二郎が口を開く。
「仕事の接待で、飲んでましたよ。帰ったのは12時過ぎだったんじゃないかな。けっこう酔ってたんで、正確にはわかりませんけど」
「一緒におられた方のお名前と連絡先を伺えますか」
「構いませんよ」
ごくあっさりと告げるのを透弥がメモするのを横目に、洋子を見やる。
「昨日は、兄のところに行かないことになったので、少し残業して、買い物をして、家に帰りました」
「帰宅されたのは、何時ごろでしょう?」
「七時半くらいじゃないかと思います。夕飯を作りながら、八時からの音楽番組を聴いたので」
もう一度頷いてから、付け加える。
「念の為、レシートは捨てずに置いて下さい」
「わかりました」
洋子は、素直に頷く。
「ご協力ありがとうございます」
礼を言われて、いくらか戸惑い気味に視線を合わせてから、半二郎が駿紀たちへと向き直る。
「兄貴をあんな目に合わせたヤツは、モノ盗りなんですか」
コレクションから無くなったモノがないか確認されたのを、そう取ったらしい。
「今のところ、その可能性もある、としか申し上げられません」
「誰にしたって、ひどいわ、こんな……」
急に、なぜ、こんなことをしているかが身に染みたかのように、洋子が両手を合わせて握り締める。
その手を、大きな手で包み込むようにしながら、半二郎も頷く。
「確かに、兄貴は高利貸しでした。でも、どうか」
その先の言葉は、言われずとも肝に銘じていることだ。
「出来うる限りのことは」
深く頷き返してから、透弥を見やる。
口を開こうとしないのは、今日はこれでいいの合図だ。現住所、勤務先、連絡先などの必要な情報を提供してもらい、玄関まで送り出す。
「さて、そろそろ少し落ち着けたかな」
発見者の松江のことだ。扇谷が鎮静剤を処方するほどにショックを受けていたようだが、ある程度は加納へと証言をしている。
休んでいる間に、千田からも証言を求められているはずだ。
しつこいと思われるだろうが、もう一度は尋ねなくてはなるまい。相変わらず、少し離れたところに千田と共に座り込んだままの松江へと、歩み寄る。

発見までの経緯は、加納が確認した通りをトレースしただけだった。
一昨日の夜に電話で相談があると言われ、今日、会うことになった。約束の時間に来たが、反応が無かった。たまたま鍵が開いていることに気付き、不信に思った。入ってみて、植竹一太郎が倒れていることに気付いた。
時間などの証言にもブレは無い。
植竹一太郎がガラクタじみたモノを収集するのが好きだったのは松江も知っていたので、保管室含め確認してもらったが、彼も無い物はわからない、ということだった。
ダイニングに落ち着いたところで、もう少し詳細に話を掘り下げてみる。
「植竹さんとは、いつ頃から?」
「スクールの頃からです。私の他に、数人、今でも付き合いがあります」
松江は答えてから、少しだけ視線を落とす。
「相談したいことがある、と言われたわけですね」
「はい、植竹が相談したいだなんて」
すぐに、視線は戻ってくる。まっすぐに、駿紀を見つめる。
「何か、よほどのことがあったんです」
「普段は、あまり人に相談するような方ではなかったんですか?」
「相談されることはあっても、することはほとんど無かったです。頼られる方ですね」
それに頷き返してから、駿紀は質問を重ねる。
「相談がどんな内容か、ほのめかすようなことは無かったですか」
駿紀を見つめたまま、松江の顔に苦渋が浮かぶ。
「電話をもらった時に訊いたんですが、会った時に話す、の一点張りで。こんなことなら、無理矢理にでも聞き出しておくんでした」
テーブルの上に置かれた右手が、握られたまま震える。
「植竹さんの仕事については、ご存知ですか?」
「金を貸してるってことなら。詳しいことは、聞いてませんが」
「ご友人の中で、貸りている方がいる、とかも?」
「それはありません」
松江は、少々激しすぎるくらいに首を横に振る。
「植竹は、個人的に親しい相手には、絶対に金を貸しません。人間関係を壊したくないからという理由で、信条と言ってもいいです」
「そうですか」
少なくとも、植竹一太郎は、滅多にしない相談をもちかけるような何かを抱えていた。
それが事件の引き金になった可能性に関しては、充分に検討価値がある。
問題は、本人が誰にも片鱗すら漏らしてないあたりだが。
それはともかく、今、松江に聞けることもここまでだ。透弥も付け加えないので、同じ判断らしい。
警察の挨拶みたいなもの、といういつも通りの前置きをして、昨晩の行動を尋ねる。
「昨晩ですか?今日、有給を取ったのでその分の仕事を片付けていました。帰宅は、ええと11時半ごろだったんじゃないかと思います。夕飯は会社で済ませたんで、風呂入って寝ましたよ」
何でそんなことを訊くのだろうという感じで答えた松江に、駿紀は連絡先などの必要事項を尋ね、協力への礼を言ってから、送り出す。
第一発見者という立場になった以上、松江からは何度も事情を聞くことになるが、今日は繰り返させても変わらないだろう。再聴取は明日以降だ。
ロープ内に入らないよう警備を続けている警官数人をねぎらってから、再度現場へと戻る。
聴取の間に遺体の後は線だけになったのを見ながら、入ろうとした瞬間。
「待って!」
「えっ?!」
林原の鋭い声に、なにか証拠でも踏んづけてしまったかと駿紀は後ろへ飛び退く。
別に大げさに飛んだつもりはなかったのだが、林原はその機敏な動きに驚いたらしい。駿紀を見たまま、数回瞬きしてから、我に返ったようだ。
「ああと、ゴメンゴメン。棚から凶器が無くなってるってことは、陶器使って割れた可能性もあるかなと思ってねぇ。掃除が行き届いて無さそうなところを探ってたんだよ」
それは、充分ありうることだ。砕け散った欠片を見つけるのなら、今しかないだろう。永井と、一緒に残った大坪も膝をついて同じことをしているらしい。
「ああ、なるほど」
頷いてから、首を傾げる。
「あれ、神宮司と加納さんは?」
「神宮司は別の部屋見てくるって言ってたよ。加納ちゃんは保管室。残ってるコレクションのカタログ作ってもらおうと思ってねぇ」
カタログは悪くない考えだ。残っている収蔵品一通りを簡単に見られるようにしておけば、誰かが、無くなっていないこと、もしくは無くなったモノに思い当たるかもしれない。
「なるほど。了解」
透弥の居場所は、駿紀も行こうと思っていたところだろう。今は現場には入らない方がいいようだし、丁度いい。
「ええと、どっちだ?」
「こちらだ」
大声を出したつもりはないが、透弥が駿紀の独り言に返してくる。
開いた扉から覗いてみれば、案の定、そこは書斎、もしくはその目的で使用されていた部屋だ。
すでに帳簿の類は机に積み上げられ、うちヒトツが透弥の手に、まだ小さな山はすでに初回の確認が終えられたモノだろう。
「少なくとも、金銭的な破綻は全く無い」
「植竹氏が、だろ」
軽く唇を尖らせつつ、駿紀が返す。時に金貸しは自身が借金を抱えていることもあるが、ざっと見そういう雰囲気は無いということだろう。
しかし、借りた相手までがそうとは限らない。
透弥は、帳簿をめくりながら無表情に言う。
「借り手に関してもだ。正確には、生かさず殺さず、という言葉が相応しいだろうが」
「ギリギリまで絞ってたってことか?」
まだ手をつけてなさそうな帳簿へと手を伸ばしながら、駿紀が首を傾げる。
「相手の状況を綿密に調査の上で、だ。更なる借金はさせない、相手が自由に出来る金は一切与えない。可能な限りの計算しつくして、本当に必要最低限分のみを残している」
そんな綿密なことが、と思いながら手にした帳簿を開いてみて、透弥の言葉を理解する。
借り手の仕事のみではなく、周囲の状況、家計簿に至ってはどんな些細な明細も逃していないのではないかとしか思えない。
借りた際のことも詳細に記録されていて、金を借りた人間は全て、通常の金融機関からの融資は難しい状況だ。植竹はその無謀とも思える多額が己の元に返ってくる可能性があるかどうか、精査するところから始めている。
ただ、貸すと決めた相手は、追い詰められた状況から一気に救われる。それくらい、思い切り良く多額の金を融資している。
が、その先は人生そのものを握られたも同然だ。許されている上限の金利を上乗せされた多額の借金を、着実に返金していかねばならない。しかも、破綻無いよう綿密に計算された返済計画は実に長期にわたる。
誰も彼も、数年で返済完了とは、いかない。
「こりゃすげぇな」
思わず、感心してしまう。
「しっかし、コレだけの管理を膨大にするのは無理だろ」
「貸した人数は絞られている。が、これだけの金利を毎月確実に手にしていたのなら、個人経営としては十二分の収入だ」
「道楽にかける資金も充分ってわけだ」
なぜか、重量級の置物ばかりを集めるのが好きだったようだが。
「帳簿は個々に振り当てられている」
先に目を通し始めた透弥が、手帳へと名を書き出している。連絡先などもきっちりと記されているあたり、植竹一太郎のしつこいくらいな几帳面さに感謝すべきだろう。
「ええと、古関正純、稲本熊男、沢木義治、大藪武夫」
「それだけだ」
「え?」
さすがにそこまで絞っているとは思っていなかった駿紀は、目を見開く。が、すぐに肩をすくめる。
「こんだけみっちり管理しようと思ったら、これが限界か。しっかし破綻はしないって言っても、こんな全くプライベート無しの状態で耐えきれるもんかな」
「耐えきれなかった人間がいる可能性は否定出来ない」
「片端からあたるしか無さそう?」
四人の割には帳簿類の数が多い、と持ち上げながら駿紀は再度首を傾げてみせる。
「貸した時期は一年前後の開きはあるが、ほぼ集中している。帳簿の内容限りでは、直近で追いつまっていたのはいない」
「書きかえられたとか、イチバン近いのちぎってったとか」
「ここにあるモノに限っては無い。足りなくなったモノがある、というのも現状考え難い」
と、差し出されたノートは、各々の他に用意されたまとめのようなモノらしい。こちらには、全般的なことがやはり几帳面にまとめられている。
コレを書き換えたりするのは、半端では無い努力がいりそうだ。精査は必要だろうが、その面倒をやったとは少々考え難い。
「ってことは、やっぱ片っ端からだな」
言ってから、帳簿が入っていたらしい引き出しの中を覗く。
「上げ底や隠し扉の類は無い」
先回りされて、駿紀は小さく舌を出す。
透弥にその手のヌケがあるわけなかったか、と思うが、口にはしない。
「帳簿の他は?」
「自分の家計簿はあるが、日記の類はここには無い」
「次は寝室かな」
扉や窓がこじ開けられておらず、争った形跡も見当たらない以上、顔見知りの線であたるのがスジだ。
何らかのトラブルの形跡を見つけ出すしかない。

一通り家の中を見てまわり、帳簿をはじめ必要なモノを押収したところで、現場へと戻る。
「割れた欠片は無いねぇ。ひとまず、いくらかこっちを解析してみるけど、金属系って思ってイイんじゃないかな」
林原が軽く振ったモノは、赤黒い液体が少量入った袋だ。漏れないようにだろう、何重かにしてある。
「解析するんだと」
と、微妙に不信そうに言ったのは永井だが、あっさりと納得したのは透弥だ。
「相原准教授か」
「そ、さっき確認したら、舌なめずりしてたからさ」
にっ、と林原こそ舌なめずりしそうな顔で笑う。
「リスティア国立大学の准教授です。主に工場の品質管理向けに液体内の微細な異物を分別解析する研究をしてらっしゃいます」
「確かに、破片があれば見つけてくれそうだけどさ?」
透弥が簡潔に説明するのに、駿紀が返す。
この疑問は、永井たちの抱いているモノでもある。林原も永井らがいるのを意識した口調で返す。
「血液は存外に扱い難い液体ですからねぇ。むしろ喜んでると思いますよ」
難しいから喜ぶ、という感覚は、駿紀には少々わかりかねるが。
「ようは、専門家が解析してくれると確約済みってこと?」
「そういうこと」
少なくとも、その確約が取れていれば問題ない。永井も透弥が知っている相手とわかったからか、それなりに納得したようだ。
「こちらには、争った形跡はやはり無いな。片付けたという感じも無い」
そちらは、と永井の視線が問う。
「ガイシャは高利貸しです。帳簿や金庫が荒らされた形跡はありませんでした。日記の類も見つかっていません。貸していた相手は四人。帳簿を見る限り、金銭的な破綻はありませんが、あたってみるべきでしょう」
駿紀は、ごく当然のこととして続ける。
「今日はここまでですね。松江さんにも明日、再度あたりましょう」
に、と永井は口の端を持ち上げる。
「了解。捜査会議はどうする?」
「科研の解析結果もありますから、こちらで」
透弥が、あっさりと言ってのける。
「会議室は押さえます。朝イチで構いませんね?」
「ああ、問題ない」
「林原はどうだ」
遺体があった付近を眺め回していた林原は、そのままの姿勢で返す。
「おおせのままに。それよりさ、証言の方、この部屋での音はあまり期待出来無さそうだよ」
振り返って軽く唇を尖らせる林原に、刑事たちが眉を寄せる。

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