□ 見霽かす □ illumination-6 □
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宣言通りに特別捜査課に協力的なのはありがたいが、津田が集めてこられるのは女性ばかりだろう。凶器の探索となると、どこをどう歩くことになるのか想像外の部分がある。
そんなところに行くのは躊躇しないのだろうか、と駿紀は考えかかったが、違うと気付く。むしろ、彼女たちは積極的に参加するかもしれない。
「東さんと凶器の探索をして欲しいけど、集まるかな?探す場所はどこになるかわからないし、見つかるかもわからない」
背後で聞いている東への回答と理解している、にこやかな笑顔で津田が返す。
「無い、と判明することも大事なことでしょう?ただ、そんなことをすると想定してもらえてないことだけは理解して欲しいですけれど」
ちら、と東を見やると、無表情に津田を見やっている。
「何人なら集められる?」
「即応で十人です。入れ替わりがありますが、常時揃え続けられる人数でもあります。増減があってもよろしければ、最大では三十人動員出来ます」
はっきりとした回答に、東は軽く頷き返す。
「初動で二十人、その後は状況次第だ。準備時間が必要なのは承知したが、一時間以上は待てない」
往年の東を思わせる腹からの声に、津田は鮮やかな笑みを浮かべる。
「はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げるのに、東は微苦笑を浮かべる。
「礼は、その後の影響次第だろう。先づは、その好意に感謝する」
後は実力次第だ、と言外に告げられるが、津田はしっかりと頷き返す。
「集合場所と注意事項をお願いします」
「では、後はお任せします」
何はともあれ、凶器探索の為の人数は集まりそうなのだから、いつまでつっ立っている必要は無い。会議室の施錠を済ませ、動き出す。



応接室へと現れた大藪武夫は、警察の訪問に、実に不信そうな表情だ。
小さいながらも会社を経営している人間らしく物腰は丁寧だが、目に疑問の色が浮かんでいる。慣れた仕草で席をすすめてから、腰を下ろして首を傾げる。
「どういったご用件でしょう?」
お忙しいところお時間を取らせまして、などの必要な挨拶は済んでいるので、駿紀は単刀直入に切り出す。
「植竹一太郎氏が亡くなりました」
「はあ」
大藪は、駿紀の言葉を飲み込むのにいくらか時間が必要だったようだ。というより、にわかに事実とは信じ難かった、という方が正確かもしれない。
たった一言で口を閉ざしてしまった駿紀の顔を不可思議そうに見つめていたのが、ややの間の後、みるみる目を見開いていく。
「植竹さんが亡くなった?本当ですか?」
「はい」
はっきりと頷き返すと、ますます目が見開かれる。もう少しで眼球が飛び出してしまうのではないか、というほどまでいくと、今度は血の気が音を立てそうな勢いで引いていく。
「それは、いつです?」
問う語尾が、完全に震えている。
これが演技とすれば、よほどの名優だと思いつつ駿紀は返す。
「一昨日です」
途端に、ものすごい勢いで身を乗り出す。
「弟さんの連絡先をご存知ですよね?!教えて下さいッ!」
あまりな勢いに、いくらか身を引きつつ両手を軽く上げる。
「大藪さん、落ち着いて下さい。先ずは話を伺えませんか?」
「落ち着いてなんかいられませんよ、もう二日も経ってしまった!一週間しかないんですよ?!」
透弥が、いつもよりいくらか低い声で尋ね返す。
「何が、ですか?」
頭から冷や水をかぶせるような声に、いくらか我に返ったようだ。大藪は、真っ青な顔ながらも、乗り出した身体を少しだけ後ろに引く。
「植竹さんが万が一亡くなった時には、返す先を弟さんが引き受けていただけるよう交渉しなくてはならないんです。そうでないと」
ごくり、と大藪の喉が大きく鳴る。
「引き受けて下さらなかったら、私はおしまいです」
植竹一太郎が死んだ際の契約変更の件は、今朝確認したばかりだから知っているが、なかなかに大げさだ。
「おしまい、ですか?」
駿紀が含ませた、まさか、というニュアンスは通じなかったようだ。大藪は大きく頷く。
「植竹さんだから、ここまで会社を手放すようなハメにならずに済んだんです。お願いです、後生ですから」
拝まんばかりの姿勢に、再度、軽く両手を上げてみせる。
「弟さんの連絡先を勝手にお教えすることは出来ません。了解が得られれば別でしょうが、それにしても全く説明出来ないのでは無理です。今日のところは、先ずはお話をうかがわせていただけませんか?」
駿紀の言い分はもっともだと理解はしたらしい。まだ、口の中で、一日過ぎてしまうとかと言ってはいたが、大藪は頷いてみせる。
「わかりました。何からお話させていただけばいいんでしょう?私が植竹さんに借金をしていることは、ご存知でいらっしゃったわけですよね、理由から必要ですか」
「そうですね、順序だててご説明いただけると助かります。こちらからも随時質問させていただきますが、よろしいですか?」
駿紀の笑みに、少し落ち着きが戻ってきたらしい。再度頷いた顔には、少しだけ血色が戻ってきている。
「ええと、どこらへんからいきましょう?」
「先ずは、どんなお仕事でいらっしゃるのか伺えますか?」
「はい、見ての通りの小さな町工場です。祖父の代からでして、金型加工を中心に請け負ってます。景気に左右されることはありますが、特殊な精密加工技術を持ってますこともありまして、会社の方はこの規模にしては安定してやらせていただいております」
駿紀は、軽く目を見開いてみせる。
「となると、植竹さんからお金を借りた理由は?」
大藪は、どちらかといえば小太りの体を恐縮そうに縮める。ポケットからハンカチを取り出すと、しきりに額を拭きながら続ける。
「お恥ずかしながら、父です。投機に入れ込みまして、祖父が万が一の時のためにと貯めてきたモノだけではあきたらず、借りてまでもつぎこんでたんです。才能が全くといっていいほど無かったのに、損失分を取り戻そうとしてしまったんです」
そこまで話して、大藪はやや間を置く。
「私が父の投機を知ったのは、突然倒れた時です。病院へかかるのに、一時だけども祖父の貯蓄を切り崩すしか無いと思いまして、父に相談して、判明しました。家族全員、寝耳に水でしたが、父も知られたことがショックだったのか、入院のかいなく帰らぬ人となりまして」
言いながら、大きく身震いをする。
「借金まで背負ってることがわかったのは、葬式の後でした。あんな、恐ろしい」
顔から、再び血の気が引いていく。
「植竹さんが助けてくださらなかったら、私たちは一家心中していました」
どうやら、その近辺は思い出したくないらしいが、植竹一太郎という人間を知る為には一足飛び過ぎては困る。
駿紀は頷き返しながら、さりげなく問い返す。
「植竹さんとは、どのように知り合いましたか?」
「古関さんから紹介されました。同じような規模の企業同士の連絡会を作っておりまして、私が動揺してしまったおかげで仲間内皆に借金の話が知れまして。借金取りが来るようになってから、一ヶ月丁度でした」
その時のことを思い出しているのか、視線が遠くなる。
「事情と金額はあっさりとしてましたが、ウチの経営状況については細に入り密に入りという感じで訊かれました。本人に浪費癖があるのは問題外だが、借金の額は関係ない、むしろその後の返却能力の方が大事だ、と言われたのが忘れられません」
「貸してもらえるかどうかの調査はどの程度機関がかかるんですか?」
「私は、三日間でした。聞き取りで一日、帳簿確認で一日、生活習慣等の調査に一日です。ただし、それで本決まりというわけでは無く、一ヶ月間の猶予期間があります。その間に植竹さんの基準から外れれば、そこで元通りです」
元通り、とは、無茶な取立てが得意な高利貸したちのことだ。大藪は、自分で言った言葉に軽く身を震わせる。
「幸い、私は引き受けてもらえましたので、ここまで工場を手放すことなくやってくることが出来ました。ですが、これで弟さんに引き受けてもらえなかったら、おしまいです」
頭を抱え込みそうな勢いなのを、押しとどめて駿紀は訊ねる。
「まだ、そう決まったわけではありません。少なくとも、弟さんにお伝えはしますから」
「ありがとうございます」
いい年のおっさんが目を潤ませているというのは、気味が悪いというよりは哀れな雰囲気だ。それだけ必死なのだけは、ひしひしと伝わってはくるが、これだけは訊かなくてはならない。
「大藪さん、植竹さんにはずいぶんと感謝されているようですが、返金でのトラブルなどはありませんでしたか?」
「いえ、そんなものは一切」
すぐに、大藪は首を横に振る。
「こちらの事情にきめ細かく対応していただいてましたから。きちんと事情が説明出来さえすれば、規定より少ない返金額でも認めてもらうことも出来ましたし」
おやおや、と駿紀は内心で首を傾げる。
大藪という男は、思うより役者なのだろうか、と思ったのだ。透弥が、先ほどと同じいつもより低めの声で口を挟む。
「あなたの無駄遣いもでしょうか」
「へ?」
きょとん、とした顔つきで瞬きをした後、頬が赤くなる。
「やあ、ご存知なんですか、お恥ずかしい。血は争えないものなのか、時折、どうしようもなく買いたくなる衝動にかられるんです」
悪びれる様子も、警察に衝動買い癖を知られていることに焦る様子も無く、あっさりと告白する。
「買ったら、それで満足なんです。でも、それなりに高いモノじゃないと駄目でして。最初の時は、我に返ってこの世の終わりかと思いましたけれど」
返品しなくてはと思いつつ、理由はどうしようなどと迷っているうちに植竹に知られてしまった、と軽く汗をぬぐいながら続ける。
「ですが、打ち切られるのではなく、店に返品するのではなく質屋に持っていくといい、とアドバイスして下さったんです。そうしたら、また同じ店に顔を出すことも出来る、と。新品同様だったこともあり、質屋ではそれなりの値段で引き取ってもらえることもわかりました。もちろん、毎月のようにやるわけにはいきませんでしたけれど」
そこで、大藪は口をつぐむ。
言葉を捜すというよりは、何かが喉元にこみ上げてきたらしい。
「でも、私はそれでずいぶんと気分転換させてもらいました。また、頑張ろうって気になれたんです。そういう、細やかなところまで気遣って下さる人だったのに、トラブルなんて」
ぐ、とこぶしを握り締める。
「警察の方にこんなことを言うのもなんだとは思いますがね、私がもし誰かを殺したいと思うなら、植竹さんを殺した犯人ですよ」
確かに、経緯を聞いていれば納得の出来る話ではある。やってもらっては困るが。
軽く肩をすくめてから、再び透弥が口を開く。
「最近の会社の状況はいかがですか?」
「おかげさまで、最近は特殊加工のことを知ってくださる方が増えまして、予約でいっぱいいっぱいな状況です。もしかして、帳簿などが必要ですか?」
顔色と言葉つきから嘘ではないとは思ったが、裏は必要だ。
「お手数ですが、お願い出来ますか」
「はい、少々お待ちください」
扉を開けて、誰かへ出納と受注の帳簿を持ってくるよう告げる。
席へと戻ってきた大藪は、沈み込むように腰を下ろす。口をつぐんだせいで、また直近の不安が頭をしめてきたらしい。顔から、血の気が引いていく。
深いため息は、言葉より雄弁な彼の気持ちだろう。
ほどなく、ノックとともに現れたのは、大藪よりかなり若い女性だ。事務担当なのだろうか、と思ったところで、大藪から妻の恵子だと紹介される。
「親父が亡くなる一年ほど前に結婚しましてね、苦労をかけてばかりです」
「あなたが借金をしたわけじゃないわ」
にこり、と微笑んで、沈み込んでいる夫の肩へと恵子は両手をかける。
「私、この工場の技術とそれを大事にする姿勢と、この人が大好きですし、大切なんです。だから、苦労なんかじゃないって言ってるんですけど」
あっさりとのろけてみせてから、不安そうに首を傾げる。
「あの、うちの会社のことで何か?」
「いや、違うよ」
妻に心配させたくないのだろう、駿紀たちが返す前に大藪自身が首を横に振る。が、それ以上言っていいものか迷ったのだろう、困った顔になったまま、口をつぐんでしまう。
駿紀たちとしては、大藪恵子からも証言を得たいところだ。
「実は、植竹一太郎さんが亡くなりました。それで」
関係される方に一通りのお話を伺っています、という続きは、悲鳴のような声にかき消される。
「植竹さんが?!」
口元に手をあてたかと思うと、恵子の顔からもざっと音をたてるように血の気が引く。ひざから力が抜けてしまったのを、慌てて支えたのは大藪だ。
「恵子!」
「ごめんなさい。でも、あなた……」
「大丈夫だ、弟さんの連絡先をうかがえるよう、お願いしてるから」
少なくとも植竹一太郎が亡くなった後、一週間以内に弟の半二郎が引き継ぐことを了承しないと、借金は自動的に通常の高利貸しへと転化されることだけは事実と見ていい。
契約書などもそうなっていたのだから、疑いようが無い。
「先ずは、事情をお話して、会ってもらえないかという打診はします。期限のこともありますから、今晩にも」
「本当ですか、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
大藪夫妻が地にこすりつけんばかりに頭を下げるのに、駿紀は軽く手をふる。
「いや、まだ引き受けてくださると決まったわけではありませんよ。御礼を言われるようなことでは」
「話をしていただけるだけでも、ありがたいです。こういった金融は本当にお嫌いと伺ってるので、私どもからではお話さえ聞いてもらえないかもしれません」
確かに、半二郎は兄の仕事を好んではいなかったようだが、取立てする時の兄の様子が嫌なのが強いようだった。だが、家まで出たのを見た一太郎からしてみれば、そうは見えなかったのかもしれない。
一太郎の視点からの話を聞かされてる大藪たちには、半二郎は骨の髄から金融業嫌いだ、ということになってるのだろう。
コメツキバッタになりかねない二人に付け込むようで申し訳ない気もするのだが、捜査は進めなくてはならない。駿紀は軽く姿勢を正して話を戻す。
「恵子さんにも、お話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
「はい、もちろんです」
会社に不正があるとかいう用件でないことと、植竹半二郎に話をしてみると請合ったことで気を許したのか、あっさりと恵子は頷く。申し訳ないが、奥さん一人で、という条件に大藪も嫌な顔はしなかった。
大藪が応接室を出てから、失礼します、という言葉とともに恵子は大藪が座っていた後へと腰を下ろす。
「ご協力いただきまして、ありがとうございます」
「私でお役に立つかは、わかりませんけれども。どういったお話をすれば、よろしいでしょう?」
どうやら、ここへ駿紀たちが来たのは、純粋に植竹一太郎周辺の話を聞く為と思っているらしい。恵子は素直な表情で首を傾げる。

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