□ 見霽かす □ illumination-8 □
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踊り場に待ち構えるように立っている木崎の顔は、けして機嫌のいいモノでは無い。
すっかりその表情を見慣れてしまったことに、駿紀は一抹の寂しさを覚えつつ、頭を下げる。
「こんばんは」
隣で、透弥も同じように頭を下げたのが気配でわかる。
が、木崎はその挨拶には何も返さず、つっけんどんに尋ねる。
「機動隊のボウヤはどうしてる?」
「へ?」
駿紀は、ぽかん、と見返してしまう。
「いたろう、立松に追い出されたのが」
「ああ」
加納のことだ、とやっと思考が追いついてくる。
確かに、加納がしたことは越権行為に近かったかもしれないけれど、悪くとも厳重注意レベルのことだ。始末書レベルでもなかったのを、一課三班が恐ろしいからと追い出してしまったのだから乱暴に過ぎる。
それを木崎のせいと言ってしまうのは濡れ衣に近いモノがあるが、ある意味では己が理由で追い出されてしまった加納のことが気にかかったのだろう。こんな時間に庁内にいるということは、自班も抱えている事件があるだろうに。
「加納なら、科研で頑張ってますよ。仕事も出来てます、大丈夫です」
仕事に没頭して忘れようとしている部分が無いとは思わないが、落ち込んでどうしようもないという状態では無い。それに、元々科研に興味を抱いていたのだ。痛みは、そう長く続かないだろう。
木崎が、小さく息を吐く。
「そうか、ならいい」
低く言うと、そのまま背を向ける。
いつもの嫌味は無いままなのだろうか、と、いくらか目を見開いて見送る駿紀の視線を感じたのだろう、もうヒトツ下の階へと向かう階段へと身を翻す瞬間、鋭い視線が上がる。
「言い訳は聞かんぞ」
捜査途中に失敗はある、遠回りもあるだろう、だが、何であれ言い訳は許さない。次はどうするのか、確実に犯人を捕らえるには、何をすべきかを考えろ。
それらが篭った口癖は実に久しぶりだ。
駿紀は姿勢を正して、はっきりと返す。
「はいっ」
押し殺しきれない笑みを口元に、特別捜査課への階段を上がり始める。



翌日、仕事の合間に聴取に応じた松江は、植竹一太郎の遺体を発見した際の状況を問われて、当日とブレのない返答を返した。
一通りの確認の後の駿紀からの問いに、松江は目を瞬かせる。
「植竹の友人ですか?」
「ええ、人となりを知っておくことは、事件解決の早道のヒトツなんです。ご紹介いただけないでしょうか」
それだけの目的ではないが、一端の事実を含んだ駿紀の言葉は真摯に伝わったらしい。
「植竹は、あまり人付き合いのいい方では無かったです。私が知る限りは、親しいのは他に山尾と竹部くらいですね」
「山尾さんと竹部さんとは、松江さんも親しいんですか」
透弥が手帳を広げているのを確認しながら、駿紀が言葉を継ぐ。
「ええ、スクールの頃からの友人です。五人でよくしょうもないことをして」
「五人ですか?」
駿紀が口にした時には、透弥も視線を上げている。
松江は、一瞬の間の後、あ、という顔つきになり、すぐに困ったような表情に変わる。
「ああ、はい、五人でした。日浦というのがいたんですが、七年前に死んでしまって……」
「そうでしたか、本当に仲が良かったんですね」
労わりを含んだ声に、落ちかかった松江の視線が上がり、気を取り直したように笑みを浮かべて頷く。
「ええ、ああいう頃の友人は社会人になっても気兼ねが無いというのの典型みたいな感じですね。しょっちゅう顔を合わせるわけではありませんが、今でも飲んだりしてますよ」
山尾と竹部の連絡先を確認してから、駿紀は改めて植竹の人となりを尋ねる。
「では、植竹さんが、なぜ金融業を始められたのかなどもお話を?」
「それは……」
松江の視線が泳ぐ。
「いえ、聞いたことはありません」
「ですが、おおよそ察しはついていらっしゃる」
こういう時は、引くより押すに限る。
にこやかに駿紀に断定されて、松江の表情は困惑が強くなる。
「ええと、その……それはですね」
透弥が、再び視線を上げる。その冷徹と言った方が相応しい瞳に、びくり、と松江の肩が揺れる。いくらかの間の後、諦めたように大きく息を吐く。
「……日浦が、死んだせいではないかと」
いくらか、声の音量が落ちている。が、それだけでは、どういうことかと尋ねられるのは当然とも理解しているらしく、ぽつりぽつりと語りだす。
「死んだ、というか、自殺なんです。理由は借金でした」
お人好しで気の弱いところがあった日浦は、ガラの悪いのに絡まれやすい傾向にはあったが、いつの間にやらそういうののカモにされ、我に返った時には、とてつもない金額を抱え込んでいた。返すあてなどあるわけもない。
家族に迷惑がかかる前に、と彼は自殺した。
友人の誰一人に、相談することも無く。
「植竹に父親から残された資産があるのを、仲間内は知ってました。でも、植竹は口癖に友人との関係が金で汚されるのは嫌だと言っていたので、相談出来なかったんだと思います」
そこまで追い詰まっても言えなくしてしまったことを、植竹は後悔したのだろう、と松江は言う。
親しかった友人を救えなかったから、他の人を救う為に金貸しを始めた。話としては、一応は筋が通っていると言えるだろう。
「植竹さんと、そのことをお話されたことは?」
「いえ、ありません。なんとなく、タブーになってしまったというか……」
松江の視線は、いくらか落ちてしまう。
「日浦の話自体はすることがありますけど、借金のことは話したことはありません」
そのまま、視線は上がってこない。
「そうですか」
駿紀は、それだけ返して口をつぐむ。間の意味がわからぬわけの無い透弥が、口を開く様子は無い。
ということは、今、松江から聞き出せるのはここまでだ。日浦の亡くなった時期だけを再度確認して、頭を下げる。
「お忙しいところ、ありがとうございました。また、ご協力いただくことになるかと思いますので、よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ慌しくて申し訳ありませんが、次の予定があるので失礼します」
松江は忙しなくに頭を下げると、早足に去っていく。
後姿が消えてから、駿紀は唇を尖らせる。
「さて、案外食えないかな」
「そうと決め付けるのは早計だが、隠し事をしているのは確かだ」
言いながら、いつまで長居している必要は無いとばかりに透弥は立ち上がる。



昼前に本庁に戻った二人に、永井が手招きをする。
「おう、いいところに」
「コレクションの紛失物がわかった」
身を乗り出したのは大坪だ。
植竹半次郎、洋子の兄妹に、加納作成のコレクションカタログを見せたら、すぐに反応があったという。
「残念ながら写真は見つからなかったんだけど、二人ともはっきりと覚えていた。別々に見てもらったが、どちらもはっきりとソレが無いと証言した」
「で、何が無かったんですか?」
駿紀にいくらか性急な口調で尋ねられた大坪は、途端に困った顔になる。
「それがだな」
視線を受けて、一緒に聴取した早坂も困り顔になる。
「仏像のようなもの、だそうだ。ありがたいやらありがたくないやら、表現は二人とも一致してる」
「仏像、ではなく、ようなモノ、なんですか?」
不信感一杯の表情は、証言を直に聞いていない他の刑事たちも一緒だ。
「何度聞いてみても、そうとしか言えない、と。あっちも困ってるとしか思えない表情だったし、口裏を合わせている節は、少なくとも見受けられなかった」
微妙に言い訳がましく聞こえてしまうのは仕方あるまい。なんせ、やっとわかった凶器候補が、仏像のようなモノ、というあいまいな状況なのだから。
「ようは、他のコレクションと同じく、有名仏像の模写などとは異なるガラクタの類ということだろう」
無表情に口を開いたのは、透弥だ。
「ああ、なるほど」
「そういうことなら、納得出来るか」
なんせ、昨日専門家に改めて鑑定してもらったところ、金銭的な価値が高いものは無い、と言い切られたコレクションだ。仏像のようなモノの方が、しっくりと馴染む。
「しかし、漠然としすぎだ。もう少し具体的な形状は無いのか」
「それと、なぜ、その仏像らしきモノだけは、二人ともすぐに判別出来たのか」
永井の問いに、透弥が被せる。
「そうだな、あんまりガイシャのコレクションに感心があるようには見えなかった」
駿紀が言うと、大坪も頷く。
「ああ、今日も用件がコレクションの確認だとわかると、二人ともが困り顔になっていた。見てもわかるとは思えない、と言うのも同じだ。が、一通りざっと見たなり、二人ともがその反応だ」
「棚よりもあの部屋の机に飾ってあることが多かったそうだ。ガイシャが亡くなる前日も見かけた、と洋子が証言した。現場の方は遺体に気を取られて気付いていなかったようだ。それと、仏像を模したモノは、それしか見たことが無いとも言っていた」
「確かに、コレクションカタログの中には、仏像系は無いね」
手元に戻ってきたカタログを見直した永井が、深く頷く。
「大きさは棚に入るほどだから」
「正確には科研が測定してくるでしょうが、四十センチ弱というところでしょう」
透弥があっさりと言ってのける。駿紀が記憶から広げてみた手幅も、そんなモノだ。
「立像なのか、坐像なのかも、はっきりしませんか?」
更に続けた透弥の問いに、大坪が眉を寄せてみせる。
「残念ながら。立っていたような気がする、では参考にならん」
「そもそも、ようなモノだし」
と、早坂も付け加える。
「少なくとも、凶器探索のヒトツの糸口ではあります」
駿紀が言い切って、透弥を見やる。
「東さんに伝えるべきでしょう」
「その割り振りは、ちょっと後にするとして、俺ももう一度弁護士にあたってきた」
と、永井が口を挟む。
植竹家とは親の代からの付き合いだと言っていたが、昨日は債務者たちとの交渉が優先になってしまったので、そこまでは聴取出来なかったのだ。
野田は、植竹一太郎を手にかけた人間を捕まえる為なら、と実に協力的に応じてくれたようだ。
「親の代の時の付き合いは遺言や資産上のトラブル関係のみで、金融を始めたのはガイシャだ。理由に関しては何も言っていないが、準備を始めたのは430年2月。本格的に専業にしたのは11月。ここらは書類も確認した」
植竹兄妹の証言のウラが取れたということになるが、重要なのはそこだけでは無い。
「七年前に、植竹の友人が借金を苦に自殺した、と松江氏から証言を得ています」
透弥の静かな声に、会議室にいる皆の視線が集中する。
「日浦源蔵、ガイシャや松江たちとはスクールからの友人です。教師と当時の級友にあたりましたが松江の証言通り、ガイシャと松江氏、日浦氏、山尾氏、竹部氏の五人がもっとも仲が良かったそうです」
「友人たちの間ではガイシャに資産があることは知れていたそうですが、ガイシャが金のことで人間関係を汚したくないと口癖に言っていたので、相談出来なかったのではないか、と」
「本当に誰にも相談しなかったかは、山尾氏と竹部氏にあたってみないことにはってところだな」
「日浦氏の遺族にあたる必要もある」
永井が言うと、大坪が付け加える。
午後のやることは、決まった、ということだ。



薄汚れた作業服で現れた山尾純久は、松江以上に不審そうな表情で駿紀たちを見やる。
「お待たせして申し訳ありません。実験室の方にいると電話が聞こえにくいもので……で、どういったご用件でしょうか」
「お仕事の邪魔をしてしまいまして、すみません。植竹一太郎さんが殺害された件で、ご協力いただきたくお伺いしました」
駿紀に、ストレートに話を切り出されて、山尾は目を見開く。
「なんですって?!」
腰を下ろしかかったソファから、飛び上がるように立ち上がる。
「どういうことですか?」
「残念ながら、言葉通りです、としか申し上げられません。捜査する上で、植竹さんの人となりを知っておきたいのです」
「…………」
山尾は、すぐには返事が出てこないらしく半ば口を開いたまま、ふらり、とソファに腰を下ろす。
「植竹が……」
呟きは、半ば独り言だ。

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