□ 見霽かす □ illumination-9 □
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ややの間の後、山尾は視線を上げる。
「一体、誰がそんな酷いことを」
「それを突き止めるために、ご協力をお願いに上がりました。まだ、捜査は始まったばかりなんです」
駿紀に丁寧に返されて、山尾は唇を噛みしめたまま、また黙り込む。
また、いくばくかの時間が流れてから、山尾は大きく息を吐く。
「わかりました、植竹の人となり、とおっしゃいましたね」
「ええ」
駿紀が頷き返すと、山尾はつ、と真っ直ぐに視線を上げる。
「植竹とはスクールの頃からですが、私の知る限り人付き合いのいい方ではありませんでした。ごく親しいと言えるのは三人だけだと思います」
「四人ではなく?」
さりげない確認に、山尾は半ば開きかかっていた口もそのままに、目を見開く。
「日浦のことをご存知で」
「貴方のことも、松江さんからご紹介いただきました」
「ああ、松江ですか」
いくらか、ほっとしたように息を吐く。
「ええ、そうですね。何かと一緒にいたのは植竹を入れて五人でした。社会人になってからは、日浦とは少し疎遠でしたがね」
「日浦さんだけが、ですか?」
問われて、山尾は軽く肩をすくめる。
「こちらはそんなつもりは無かったんですけどね、日浦としては社会人になってまでかばわれるような扱いは耐えられなかったのかもしれません」
「かばわれるとは?」
「ああと、松江は話さなかったんですかね。言葉は悪いんですが、日浦は、頼まれると絶対に嫌と言えない性質だったんです。植竹も松江もそうですが、私も竹部もマイペースで、そこらが気が合ったんですけどね。正反対のタイプだったんですが、たまたま俺らの誰かが日浦の様子を見るに見かねてかばったのがキッカケで、縁が出来まして」
性格はおだやかで几帳面でユーモアもあったので、四人の緩衝材のような役割になり、つかず離れずだったのが五人で一緒に行動することが多くなった。が、日浦は何かとからまれてはかばってもらうことを、申し訳なく思っていたらしい。社会人になると同時に、それぞれ異なる就職先になったのもあって、少し疎遠になった、と山尾は話す。
「飲みに誘っても、忙しいから、と来なかったりとかでね。俺たちに会うと、どんな目にあってるのか話す羽目になるとわかってたんでしょう。遠慮なく言えば、あんなことになる前にどうにか出来たはずなんですが」
ヒトツ、ため息をついて続ける。
「そんなところは、頑固でしたねぇ。まぁ、俺らも人のことは言えないんでしょうけど」
一瞬の間の後、我に返ったように山尾は視線を上げる。
「ああ、植竹の人となりでしたね。さっきも言ったとおり、日浦以外の四人はスクールの頃からマイペースでしてね、趣味や興味もまるで違ってたんですが、それが面白くてなんとなく一緒にいるような関係でした。中でも植竹は早くから自分をしっかりと持っていて、他がケンカや議論になっても、絶対に加わらないんです。冷静に双方の話を聞いていて、調整するのが上手でした。冷静すぎるってヤツもいましたけどね」
そうでなければ、あんなカタチの金融業はやっていけないだろう、と山尾は再び肩をすくめる。
「では、どんな風に融資してるかご存知だったんですね」
「そりゃ、驚きましたから。金貸しはやらないって言ってたのが、180度転換ですし。三人して根堀葉堀聞き出しましたよ。で、みんなでアイツらしいってね」
山尾は、そこまで言って、少しだけ首を傾げる。その間に、駿紀は質問を挟む。
「なぜ、金融業を始めたのかは、訊いたんですか?」
「いや、それは。訊くまでもないと思ったので。だってそうでしょう、日浦のことがあってすぐですよ。他に理由があったら驚きますよ」
「そうですか」
そこで、駿紀は言葉を切る。透弥が手帳から視線を上げる気配は無いので、次の質問に移っていいと判断する。
「最近、植竹さんから相談事をもちかけたりしたことはありませんか?困ってることがあるとか、トラブルを抱えているような話を聞いたりとかは」
問われた山尾は、大きく目を見開く。
「植竹が人に相談するだなんて、そりゃ天変地異の前触れかなんかですよ、ありえない」
「そうですか、色々とお話いただいて、ありがとうございます。この先は警察の挨拶代わりと思って下さい。三日前の夜は、どうなさってましたか?」
「三日前とは言わず、今週はずっと残業続きで、帰るのは日付変更線過ぎですよ。ちょっと仕事が行き詰まり気味でしてね」
山尾は、苦笑交じりにあっさりと答える。
「それが、どうか?」
「いえ、ご協力ありがとうございます」
にこり、と駿紀が返して、今日のところは終わりだ。

山尾の勤めている会社の門を出てから、駿紀は一度振り返る。
「どうした」
「いやさ、研究職って真っ白な白衣着てびしっとしてるものかと思ってたから」
「量産と違って、全て手作業だ、化学系企業となれば合成もだろうから、むしろ汚れ仕事だろう」
あっさりと透弥が返す。
「へーえ。で、神宮司はどう思った?」
「さえずり過ぎのスズメ」
いつものように、判断するには早過ぎる、と言われると思っていた駿紀は軽く目を見開く。が、すぐに唇を軽く尖らせる。
「まぁな。話の内容がってんじゃないけど」
どちらからともなく、視線が合う。
「肝心なことは言ってない」
駿紀が言うと、透弥は不機嫌に眉を寄せる。
「何らかのネタが必要だ」
ただの質問には、欲しい答えは返らない。揺さぶる気なら、相応の準備が要る。
「先ずは金に困ってないかってところか」
言いながら、駿紀は我ながらふ抜けた声だ、と思う。透弥も同じことを思ったのだろう、少し不機嫌さが増した顔つきになる。
「……違うな、金じゃなくて」
言いかかって、そこで口をつぐむ。
「なあ、神宮司、もしかして、津田さんたちに無駄な努力させてるんじゃないか」
「無いことを証明することの重要性は知っている。それに、無いと決め付けるのは早い」
車のキーを開けながら、駿紀は言う。
「凶器は、廃棄されたのか?」
「どこに保管されているのか、だ」
さらりと返すと透弥は助手席へと滑りこむ。やっぱタチが悪い、という言葉を飲み込んで駿紀はエンジンをかける。
「早いとこ、何隠してるのか見つけ出さないとな」
透弥は、わかりきっていることをと言わんばかりに肩をすくめてみせる。



「竹部敬治、父親の継いで鉛管工をやってるそうです。事件当日は、翌日の仕事の準備で遅くまで工房に篭っていたと証言しています」
早坂からの報告を聞いた永井が、面白そうに口の端を上げる。
「そちらからだと、まるで容疑者だな」
「ガイシャの件も、日浦氏の件も協力的に話してはいますが、肝心なことを口にしていない」
きっぱりと言い切ったのは大坪へと、駿紀が問いかける。
「竹部氏は、ガイシャのことについてはなんと?」
「一人で何でもこなせるタイプだと。五人で仲が良かったが、ガイシャは一線引いているように見えることもあったとか。だが、そんな冷静さが頼りになった、とも言っていた。日浦氏に関しては、人が良すぎるくらいに良い御仁だとのこと」
「ガイシャが金融業を始めたことに関しては、日浦氏の自殺が要因と思っていたが、確認したことは無いそうです。それと、何か相談をもちかけられたこともない、と」
早坂が付け加える。駿紀の視線を受けて、透弥が小さく肩をすくめる。
「こちらも同等ですね」
と、一通りの聞き取りを述べてから、何かを隠しているという所見も付け加える。
永井班の誰もが、大なり小なり反応を示すのは当然だろう。が、それ以上のことを言おうとしない駿紀たちへと、永井が首を傾げて見せる。
「三人とも、となると何かあると考えるのが自然だと思うが?」
「もちろんですが、揺さぶるにはそれなりのネタが必要です」
きっぱりと返した駿紀へと、永井は頷き返す。
「それも確かだな。ネタの種になるかはわからんが、日浦氏の遺族に会ってきた。独身だったということで、会えたのはご両親だ、他に兄弟はいない」
と、手帳を開く。
「友人関係については、三人の話とほぼ変わらない。山尾氏が想像したとおり、社会人になってから疎遠気味だったのは、いつまでかばい続けてもらうのは悪いと思ったから、だそうだ。植竹氏に関しては、少なくともご両親に関しては、とても感謝していた」
「感謝ですか」
駿紀が思わず言うが、それは大坪たちも同様だ。興味深そうに見つめている。
「ああ、日浦氏亡き後の借金取立てをうまくかわしてくれたということを言っていた。具体的な手法は、聞いてないそうだが。ご両親の言葉をまま言えば、あれほどまでに親身になってもらえる友達がいて息子は幸せだった、だそうだ」
「それと、あれだけ親切な人なんだから、ちゃんと相談に行っていればあんなことにはならなかったのではないか、とも言ってました」
永井と共にあたってきた、北原が続ける。
「借金の方も、根拠全く無しってわけでは無かったよ。日浦源蔵には、気が弱すぎるという他にガラクタ蓄集グセがあった」
「ソレ、重量物だったりしませんか」
思わず言ってしまってから、駿紀はしまった、と思うが遅い。
口をつぐんだ永井は、だが、にっと笑う。
「大当たり」
軽く拍手をしてから、手帳の合間から何やら取り出してくる。
「コレなんか役立ちそうじゃないかな」
「あっ」
思わず声を上げたのは、まっさきに覗き込んだ西原だ。続いて目にした誰もから、なんとも言えない声があがる。
「うわ」
「なんというか」
「仏像っぽいモノって表現、もっとも相応しかったのか……」
口々に感心した声を上げる永井班の面々とは対象的に、納得の行かない顔つきになったのは駿紀だ。透弥も無表情になっているのに、永井はおどけたように肩をすくめてみせる。
「件の仏像モドキかは、植竹半次郎と洋子に確認済だが?」
「すみません、それを疑ったわけじゃ無いんです。日浦氏の重量物収集はどの程度だったんでしょう?」
「集めてた数は十個前後だったそうです。一つ一つの値段は、本物以上のぼったくりをふっかけられていて、借金がかさんだそうです」
北原がメモを確認しながら返すと、透弥が視線をやる。
「モドキ以外は?」
「日浦氏の借金を片付ける時に、ガイシャが始末したそうです。借用書も全て持っていったそうですし、日記の類もつけていなかったそうで、当時の借金の具体的な状況が伺えるモノはありませんでした」
「この他の写真は無かったのかな?」
駿紀の問いに、北原ははっきりと頷く。
「ええ、収集物が写ってるのはこれ一枚です。日浦にとっては、この仏像モドキは特別だったようですが、ご遺族も、今回この写真を出してくるまで気付いて無かったそうです」
「なるほど」
唯一、本人と写っているくらいなのだから、日浦源蔵にとって特別だったというのを疑う余地は無い。
「この写真使ったら、少しはゆさぶれますよね」
「アリバイのウラを取ってからなら」
顔を輝かせた西原へと、駿紀はいくらか済まなそうに言う。
「この写真のみでは、ただ警戒心を抱かせるだけだ」
透弥に無表情に付け加えられて、いくらか勢いこんでいた永井班の面々はいくらか白けつつも、納得はしたようだ。
「じゃ、明日はウラ取りからだな」
ひとまず明日の出番は無さそうな仏像モドキ写真を、大坪がひらりと持ち上げる。
「東さん、写真いりますか?」
「いや、凶器を探すには先入観は無い方がいい。それより、三人の自宅と勤務先、よく立ち回る場所を知りたい」
東の言葉に、もっともだと刑事たちも頷く。
「立ち回り場所は、明日抑えて来ます」
「現場周辺には、凶器を廃棄した形跡は無かった」
低い声で付け加える東に、大坪が瞬きをする。
「もう、あの一帯を捜査し終えたんですか」
「今日は昨日より投入人員が多かった。だが、それ以上に彼女らは熱心な捜査員だ」
休憩時間や非番返上で協力してくれているはずの彼女らは、実に真剣に取り組んでくれているらしい。
現場検証といえばといわれる東に保証されるのだから、本物だ。バカに出来ない戦力どころか、である。
「わかりました。明日の昼には一報入れます」
「頼みます亅
東が頷いたところで、話が一区切りついたと判断した林原が口を開く。
「昨日、神宮司から確認頼まれたのだけど、棚からもモノからも単一の指紋しか検出されなかったよ。ガイシャと一致も確認済み」
「了解」
軽く頷く透弥へと、永井が首を傾げる。
「ソレは、どういうことになる?」
「ガイシャはコレクションを人に触らせなかったという証言のウラが取れた、凶器は棚から出されたものでは無いことが確認された、はっきりしたのはこの二点です」
「ってことは、モドキは別途運ばれてきたわけだな」
と、大坪が頷く。
「それから明日なんだけど、神宮司は国立大付き合ってよ、悪いけど」
駿紀が口を開く前に付け加えた林原の顔は、全く悪びれてはいない。
「わかった」
ため息混じりながらも透弥が頷く。思い直して駿紀も口を閉ざしたので、話はそこまでになる。



特別捜査課へ戻ってから、駿紀は投げ出すように椅子に腰掛ける。なんとなく、すぐに今日は終わりとケリをつける気にならなかったのだ。
「気味の悪い声を出すな」
透弥に言われて、駿紀はヒトツ瞬きをする。
「え?」
「うなるな、と言ったんだ」
考えているうちに、無意識に低い声を出していたらしい。
「いやさ、あの仏像モドキがつっかかるんだよ」
「凶器かどうかが、か」
平坦に問い返す透弥の目は、どこか試しているようにも見える。駿紀は、軽く肩をすくめてみせる。
「勘だけでモノ言ってイイなら、アレは違う。他のモノを持ち込んで、血がついたから持ち去ったって方が俺にはしっくりくるよ。神宮司もそうだろ」
そうでなければ、北原が写真を使って揺さぶると言い出した時、ああもあっさり駿紀のフォローをしないだろう。
「彼らにとって、日浦氏の存在は特別なことは確かだ。あえて凶器に選ぶ理由が無い」
返した透弥の眉が、軽く寄る。
「が、だとすると、あの棚にあったような重量物がもうヒトツ消えたことになる」
「ガイシャのコレクションかどうかわからないけど、少なくとも消えたってのは確かだよな。ってことは、モドキと二つ運んだってことだろ。少なくとも車で移動してるな。モドキを持ってったってことは、ホシは、ソレが特別な意味を持つって知ってるってことだ」
そこまで一気に言って、息をつく。
が、透弥の視線は外れない。
「それだけか」
それだけでは無いと決め付ける口調に、駿紀は唇を尖らせる。
「俺にばっかしゃべらせるなよ。確証無しにせよ、神宮司だって考えてることはあるだろ」
透弥は、無表情のままゆっくりと口を開く。
「ガイシャもホシも、仏像モドキが日浦氏にとって大事だったと知っている」
「仏像モドキは借金の要因で、相談は一切しなかったはずなのに」
駿紀が付け加えると、透弥は軽く腕を組む。
「どの時点で、ソレを知ったのか」
「ひとまずはアリバイのウラ取って、緩いところから揺さぶるしか無いだろ。林原さんの方から何か出てくれれば別だけどって、神宮司は明日は国立大かあ」
駿紀は俺はどうするかなぁ、と独りごちる。答えは、あっさりと透弥から返される。
「興味があるなら、来ればいい」
「俺?邪魔にならないか?」
「むしろ、林原は喜ぶ」
謎めいたことを言って、透弥はコートを手にする。
今日のところは、ここまでだ。

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