□ 見霽かす □ illumination-11 □
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「林原はともかく、神宮司がいるなんて珍しいじゃないか」
スーツ姿の男のことは、駿紀も知っている。
来栖哲弘、福屋事件の立件を担当した検事だ。
ルミノール反応や指紋の証拠能力をすでに認識してくれているのがありがたかったが、どうやら透弥たちの同級生であり、林原とも親しいらしい。服や事件時にビジネスライクだったのは、まだ親しくは無かった駿紀に変に誤解され無い為だったのだろう。
「隆南さんもこんにちは。ってことは証拠解析絡みか」
さすがというベきか、すぐに正確に察した来栖はイタズラっぽく肩をすくめてみせる。
「じゃ、残念だけど、お邪魔しちゃ悪いかな」
「残念?」
林原が不思議そうに首を傾げると、来栖は笑みを大きくする。
「せっかく隆南さんにも会えたんだから、ケン力のこと聞きたいと思うのは人情だろ」
駿紀が、まだあのネタは続いてたのか、といくらか赤面した隣で、透弥は面倒そうに視線を逸らせる。
あはは、と太平楽な笑い声を立てたのはウワサの発信源たる林原だ。
「せめて俺のいない時にしてよ、後で神宮司にイジメられちゃうからねぇ」
「余計なことを言いふらすな」
「「余計じゃないよ」」
うんざりと言った透弥へと、林原と来栖が同時に返すのに、駿紀は目を丸くする。
「神宮司がケンカだなんて、そりゃ俺らには大ニュースだって。林原が一人で秘密にしてたら、それこそ皆でイジメ倒すに決まってる」
「俺、どっちでもイジメられるわけ?そりゃ、皆に袋叩きの方が怖いなぁ。ああ、言ってよかったなぁ」
やたらと深く頷く林原に、来栖もその通りだと頷く。
前に事件の参考情報を教えてくれた成島も言っていたが、透弥がケンカをするということは本当に彼らには信じがたいことらしい。
本人も、ソレに近いことを言っているのだから間違いないのは知ってはいるが、やはり理解は出来ていない。今日も、驚いている自分がいる。
が、また痛みを帯びた表情をさせるのは本意ではないから、駿紀は思ったことを押しこめて困った笑顔を作ってみせる。
「俺も大人気無かったんで、あんまり言わないで下さいよ。思い出して恥ずかしくなるんで」
「あ、いやいや隆南さんをからかうつもりじゃ」
「そうそう、気を悪くしないで」
口々にフォローになってるのやら怪しげなことを言う二人に、微妙に眉を寄せたのは透弥だ。
「いい加減にしとけ」
「お互い仕事中だしな。近いうちに飲みに行こう。良ければ隆南さんもゼヒ」
ひらひらと手を振ってみせ、来栖は大股に去っていく。
歩き出しながら、駿紀は首を傾げる。
「来栖さんも仕事ってことは、なんか証拠とかで?」
「国会図書館の文献をあたったんだ」
答えを返したのは、透弥だ。
来栖が歩いてきた方、自分らが向かう斜め前を指してみせる。
「敷地内にある」
「へえ、そうだったんだ」
今までのところ縁の無い存在なせいで、正確な場所までは知らなかった。だが、『Aqua』でも最高といわれる最終学府の学生なら利用も多いだろう。
「適所って感じだな」
素直に口にした駿紀が何を思ったのか、だいたいの想像はついたらしい。透弥は微かに口の端を持ち上げる。
が、すぐに無表情に戻る。
「出る前に、本庁に確認を入れた方がいい」
「そうだな、そろそろある程度ウラも出ただろう」
時計を引っ張り出して、駿紀も頷く。
「お、それじゃ立ち回り場所もわかるかな?東さんとこに伝えに行かないと」
林原も現場にあたる時の顔つきになる。

津田の算段で借りっぱなしの会議室へと直にかけた電話に出たのは永井だ。
「タイミングがいいな、ちょうど午前の確認分をまとめたところだ。いいか?」
「はい、お願いします」
駿紀が額くと、透弥も受話器に軽く寄る。
「松江は完全にウラが取れた。残業でずっと在社していたので間違いない。犯行可能時間帯は常に他人と一緒にいたので確定だ。詳細も取ってあるが、必要か?」
透弥が言葉途中に首を軽く横に振る。
「いえ、今はいいです。後の二人は?」
駿紀が返すと、永井は続ける。
「山尾と竹部は互いが証人だ。犯行時刻には電話で話してたというんだ。確かに、竹部の作業所の電話は該当時間には通話中だ」
「正確な時間は?」
透弥の声が割り込んだのに、永井がいくらか笑みを含んだ声で返す。
「山尾は、残業途中に抜け出して公衆電話からかけたと言っている」
公衆電話の特定は出来ていないということだ。
「立ち回り先の方は、どうですか?」
「東さんに連絡済みだよ。青年も一緒に行ったけど」
「どこに行くかは、聞いてらっしゃいますか?」
「ああ」
永井の返事を聞いた林原は、軽く頷くと慌ただしく手を振って、背を向ける。
「さて、次はどうするつもりかな?」
駿紀の用件は終わったと判断した永井が、問い返す。
「竹部のところには凶器がごろごろしてるのに、アリバイががあるって大坪が嘆いてるけど」
いくらか冗談めかして付け加えられた言葉に、駿紀は軽く目を見開く。
鉛管工なのだから、作業場にはパイプやら何やらが転がっているのは想像に難くない。サイズによっては充分に凶器になりうることも。
「仕事道具が凶器になりうるのは鉛管工だけではないですよ」
返しながら、透弥と視線を合わせる。永井の声は、透弥にも聞こえていたはずだ。
無表情に見返した透弥は、軽く指先を動かしてみせる。勅使班の声無き言葉は、間違うことなく駿紀に伝わる。
アツメル。
たった四字だが、何を言おうとしているのかはわかる。
「準備をしてから戻ります。会議室を、もう一つ確保しておいて下さい」
「何の、というのは戻ってきてからのお楽しみということかな。わかった、抑えておこう」
「よろしくお願いします」
受話器をおいて、どちらからともなく早足に歩き出しながら、駿紀が口を開く。
「神宮司は、どう思うんだ」
「隆南の勘を尊重しただけだ」
「は?」
うっかり立ち止まりかかってしまったのに気付いて、荒てて透弥に追いつく。
「どういうことだよ」
「大坪さんの冗談は、当たらずと言えど遠からずと考えた、違うか?」
まっすぐ前を見たままの問いに、駿紀は微妙に唇を尖らせる。
「違わない。でも、ソレと三人集めるのとどういう関係があるのかって訊いてる」
「最も早い」
言葉足らずのはずなのに、駿紀にはあっさりと飲み込める。正直なところを言えば、駿紀も言い出そうと思っていたことだからだ。
「先回りしすぎだっての。ま、結局はそうするんだし、早いにこしたことないけどさ」
そこまで言って、なるほど、と頷く。
「ようするに、神宮司らしいってことか」
「不満があるのか無いのか、明確にしろ」
「その命令形以外には、無いよ」
透弥は、ほんの微かに肩をすくめてみせただけだ。
今は命令形にこだわっている場合では無いのは駿紀もわかっている。
「三人一緒に、揺さぶれるか?」
「カードの出し方次第だ」
「少なくとも、次に探すべきモノはわかりやすくなる、か」
透弥は、視線だけの肯定を返す。駿紀は苦笑する。
「やっぱり、早いな」
「何がだ」
「いや、俺は永井さんの言葉聞いてそこまで一気には考えられなかった」
言われた透弥は、なぜか無表情になる。
「隆南の勘が働いた理由を考えただけで、永井さんの言葉で俺が思いついたわけじゃない」
駿紀は飲み込めず、瞬きをする。
また納得するまで引かない気だと察した透弥は、無表情なままで続ける。
「勘が働くと表情に出る。凶器に関する何かだと察するのは、永井さんの言葉が聞こえていれば簡単なことだ。そこまでのカードが揃ったなら、ある程度の揺さぶりは可能だ」
言い出すまでは木崎にも読まれたことの無い勘働きを、気付いたと言われて、思わず頬に手をやる。人に知られるようでは、問題だ。
「勅使さんでも気付かない」
あからさまなリアクションの意味を読み違えようも無かったのか、透弥は、ぽつりと口を開く。
駿紀は、ヒトツ、瞬きをする。
それから、少し首を傾げる。
木崎も勅使も読めないほどの変化は、言い換えれば読める人間はほぼいないと保障されたも同然だ。透弥はソレを読んだと告げた挙句、更にそこから考えを巡らせた、と言う。
出来すぎる人間は、疎まれる。少なくとも、透弥はそういう加減を知っているし、無駄に敵を作るような愚かな真似はしない。それは、特別捜査課として過ごしているうちにわかっている。
と、いうことは、だ。
「神宮司」
無表情な視線は、駿紀と合った瞬間いくらか見開かれ、どこか困ったような表情になってから逸らされる。
「隆南、緩みすぎだ」
「あ」
言われて、駿紀は自分がニヤけかかっていることに気付く。今は、そんなコトしている場合では無い。
照れ笑いになった後、口の端を引き締める。



松江たちは、素直に要求に応じて警視庁に来たものの、目に不安が浮かんでいる。
三人揃って呼ばれるという意図も読めないし、警察側の本拠というロケーションも要因だろう。が、それ以外もあると駿紀は踏んでいる。
そんな疑惑は露も見せず、にこやかに頭を下げる。
「お忙しいところ、ご協力いただきありがとうございます」
永井が抑えてくれた会議室には、被害者である植竹の友人である松江、山尾、竹部の三人の他には駿紀たち二人しかいない。あまり刑事が多過ぎても、警戒されるだけだからだ。
「あの、今日はどういう用件なんですか?」
竹部が、不審そうに眉を寄せる。
「先日、植竹さんについてお話いただきましたが、まだ伺えていないことがあるので、ソレをお聞きしたいと思ったんです」
三人は、誰からとも無く顔を見合わせる。
「ええと、こないだは人となりということでしたよね?」
確かめるように問いかけたのは、松江だ。山尾と竹部も、頷く。
「その時に、日浦さんのお話を伺いました。彼の死が、植竹さんが金融業を始めるきっかけになったと、皆さんお考えになってらっしゃった」
「そりゃ、そうとしか考えられないし……」
山尾の困惑したような口調に、今度は松江と竹部が口々に同意する。
「あのタイミングじゃ、誰だってそう思いますよ」
「なんせ、原因が借金だったんだし」
駿紀は、三人を見回しながら、静かに続ける。
「日浦さんが、自殺を考えるほどの借金に悩まされていたのを知ったのは、亡くなった後だったわけですね?」
「前に知ってたなら、どうにかしてましたよ!」
声を荒げたのは山尾で、竹部も強く拳を握る。
「そうです、少なくとも出来うる限りのことはしました」
「もっと早くに、一言でも言ってくれたなら……」
松江は、視線を落とす。
三者三様の反応を見つめつつ、駿紀は次の問いを発する。
「植竹さんも、事後に知ったのでしょうか?」
ひゅ、と喉の奥で音を立てたのは松江だ。山尾は妙な具合に眉を寄せ、竹部はさらに拳を握る力を強めたらしい。
「そんなこと、俺たちにはわかりませんよ」
ややの間の後、竹部が、ぼそり、と言う。皮肉っぽい仕草で肩をすくめたのは山尾だ。
「少なくとも、俺たちにそういう話はありませんでしたからね」
「……植竹が事前に知ったとしたら、何がなんでも救おうとしたと思いますよ」
いくらか低い声で、松江も言う。
「いくら金で関係を汚したくないと言っても、殺すような真似は絶対にしない男です」
竹部が、ちらり、と松江を見やったのを、駿紀は見逃さない。無表情に三人を見やっている透弥もだ。彼らにわからない程度、目が細まる。
「竹部さん、なにか?」
「え?いや、何も」
我に返ったように手から力を抜くのを見つつ、駿紀はにこやかに首を傾げる。
「そうですか?では、次の質問です。では、なぜ植竹さんは、日浦さんがガラクタの中でも仏像モドキを大事にしていたことを知っていたのでしょう?」
「それは」
喉に引っかかったような声で、それでも松江は何かを言いかかる。
が、そこで思いとどまったように口をつぐんでしまう。山尾も、いくらか眉を寄せて不審そうに見やる。
今度は、駿紀はそれを無視して話を進める。
「犯人も、植竹さんが特別大事にしていた仏像モドキは、日浦さんが大事にしていたと知っていたようですしね」
「どうして、そんなことを?」
見開いた目で、松江が問う。
駿紀は、まっすぐに見返して答える。
「植竹さんを殺害した後、持ち去っているんです。憎い相手の大事なモノを持ち去るというのは、考え難いでしょう」
聞いたなり松江の顔から、植竹一太郎の遺体を発見した時と同じくらいに血の気が引いていく。

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