□ 見霽かす □ illumination-13 □
[ Back | Index | Next ]

逮捕から起訴までは、実に順調に進んだ。
今日で永井たちとの合同捜査班も終了だ。
「お疲れ様でした」
頭を下げる駿紀たちへと、永井は笑顔を返す。
「迅速な解決で何よりだったね。こちらこそ、色々と勉強させてもらった、ありがとう」
「それは、林原さんたちに言ってあげて下さい」
駿紀が返すと、永井は大きく頷く。
「もちろんだ。今後もぜひ協力してもらいたいよ。津田くんたちにもね」
東の指揮下、根気強く、かつ迅速に凶器探索に臨んだ彼女たちのことも大いに見直したらしい。科研の評価も大幅に上がったようだし、特別捜査課としては、良い結果と言っていいだろう。
「また、何かって時には頼むよ。これは俺だけでなく、ウチの班の意思だ」
「ありがとうございます。こちらこそ、お願いいたします」
頭を上げると、永井はいくらかイタズラっぽく笑ってみせる。
「たった二人ってのはどうかと思ってたけど、実に見事だったよ。そろそろ、毎度のことながらって添えてもいいくらいだ」
何と返したものやら、と駿紀は瞬きをするが、透弥も少々言葉に窮したらしい。
そんな二人の反応に、永井の笑みが大きくなる。
「二人で次は何をやってのけるのか、期待してるよ。またな」
ニュアンスは少々違うが、前に勅使にも言われたことだ。邪魔に思われるよりは、よほどいい。
二人は、永井の後ろ姿に頭を下げる。
「さてと」
永井の姿がすっかり見えなくなってから、駿紀は伸びをする。
「今日は用がある」
珍しく先回りして、透弥は誘いを封じると、背を向ける。
「おい、俺だって部屋には戻るって」
徴妙に何かを拒絶するような背中に首を傾げつつ、駿紀は後を追う。



透弥が、見事なくらいに素早く特別捜査課を後にしたので、駿紀は一人、しきりと首をひねりながら戸締りをする。
何か、機嫌を悪くするような出来事でもあっただろうか?
今回の件自体はやるせない気分にさせられるモノではあったけれど、警察官という職にある以上、避けては通れない部類だと知らないわけが無い。
それに、そもそもヤツ当たりをするタイプでは無い。
コートをはおりつつ、首を反対側にひねる。
よくよく考えてみれば、機嫌が悪いのとは違うような気もしてきた。
ただ、急いでいただけなのかもしれない。透弥は、用がある、とはっきり言ったのだし。
でも、それだけと言い切れない何かが、確かにあった。
多分、ソレにつっかかっているのだ。
ひとまずは自分が妙に気にかけている理由だけはわかったので、ヒトツ息を吐く。
考えに気を取られ過ぎていたと気付いたのは、その時だ。
特別捜査課の扉を閉じたと同時に、聞き慣れた足音も止まる。
「こんばんは」
頭を下げるが、木崎は仏頂面で軽く頷いただけだ。
わざわざ、こんなところまで事件解決を褒めに来るワケが無い。どんな小言が出てくるやら、と駿紀は身構える。
「解決したそうだな」
「はい」
「これで、わかっただろう?」
「はい?」
何を、かが抜けている。
駿紀の表情から、ソレを察した木崎はいくらか不機嫌に眉を寄せる。
「たった二人なんぞじゃ、まともな捜査にはならんということだ」
言葉自体は、もっともだ。永井班の聞き込みや科研の検証が無ければ、この日数での起訴はあり得なかった。でも、素直に頷くことは出来ない。
木崎が言わんとしてるのは、特別捜査課ではこの件は解決しなかった、すなわち特別捜査課の存在意義は無い、ということだ。
確かに加納が特別捜査課に持ち込んだのは、少々軽率だったとは思う。
だが、スピードの大きな要因を担ったのは科研であり、初動捜査から持ち込むことが出来たのは特別捜査課だからだ。科研が積極的に関わると知っていたからこそ、扇谷の検死もただ死因を探るだけのモノでは無くなった。
この意味は、とてつもなく大きい。
正直、木崎に真っ向から対抗するようなことを言うのは気が進まない。けれど、厳然たる事実に目をつむる気も無い。
「いいえ、そうは思いません」
木崎の眉が、言葉より先に不機嫌を表明する。
「何?」
「特別捜査課であればこそ出来ることがあります」
勅使や永井らのように、期待してくれる人間だっている。それを心に、きっぱりと言う。
「少なくとも、俺はそう思います」
ますます、木崎の眉間のしわは深くなる。
駿紀は、内心、少々ため息をつきたくなってくる。
結局、事件の最中に懐かしい口癖が出たのは、特別捜査課を認めてくれた訳では無く、永井たちも動いていると知っていたからだった。二人では意味が無いと、思い知ることになると思ったからだった。
なぜ、ここまで特別捜査課を目の敵にするのだろう?
科研の貢献も無視出来るモノではないと、冷静に判断出来ない人では無いはずなのに。
確かに、ライバル扱いされている勅使のことは明らかに嫌っているようだし、その勅使は特別捜査課を気に入っている。だからといって、ここまで嫌う理由にはなってないような気がする。
まるで、特別捜査課の存在自体が許せないかのような。
少なくとも、今もこうして戻ってくるよう仕向けてくるくらいなのだから、駿紀個人は嫌われてはいない。と、いうことは、だ。
返事が無い木崎へと、駿紀はヒトツ、問いを発する。
「木崎さん、何か神宮司が気に入らないことでもしましたか?」
透弥が礼を失するような人間だと思ってるわけではない。ただ、無意識ということがあったのなら、と思ったのだ。
が、木崎は不愉快そうな表情のまま、ぼそり、と返す。
「無い」
これ以上、何かを言っても無駄と判断したのだろう、そのままきびすを返して言ってしまう。
妙に肩をいからせた木崎の後姿は、すぐに階段へ消える。



せっかく担当していた事件が片付いたというのに、イマイチ気分はすっきりしない。
駿紀は、すっかり日が落ちた空を見上げるとも無しに見やる。透弥といい木崎といい、どうしたというのだろう?
くしゃ、と髪を軽くかき回す。
やくたいもないコトが頭を占めるのは、腹が減っている時だ。当面は、夕飯をどうするか考えた方がいい。
今日はしづが不在だから、外でどうにかするのが楽なのだが。
「…………」
いまいち考えがまとまらず、ひとまず歩こうと踏み出した瞬間。
「あれ」
聞いたことのある声に、駿紀は反射的に振り返る。
視線が合うと、声の主は笑顔を浮かべて手を振りながらやってくる。
「やっぱり隆南さんでしたね、こんばんは」
来栖の隣で、もう一人も軽く会釈する。
「ご無沙汰してます、覚えてらっしゃいます?」
透弥とケンカしたのだろうと身を乗り出されて困惑したのを忘れろと言われても難しい。それに、ご無沙汰と言うほどの期間も空いてない。
「ええ、成島さん。お二人とも、こんばんは」
「神宮司は?」
いつも一緒にいるわけではないのは当たり前だが、検事である来栖は、今日、植竹一太郎殺人事件を起訴まで持ち込んだことを知っているからだろう。
「用事があるとかで」
どちらからともなく顔を見合わせた来栖と成島は、一瞬の間の後、ああ、と呟く。
「そっか」
どうやら、二人には思い当たることがあるらしい。なにやら頷き合っている。
「じゃ、鬼のいぬ間に」
「俺たち、これから食事行くところなんですけど、一緒にどうです?」
食事と言いながら、成島の手真似は酒だ。来栖も頷く。
駿紀も、どこで夕食にしようか考えていたところだから、ちょうどいいと言えばいいのだが。国立大卒の人という、今まで縁のない人と話すのは面白そうでもあるけれど。
この場合のいない鬼とは透弥のことだろうし、先日からの流れからして、うっかりするといいサカナにされてしまいそうだ。
断るのがイチバン簡単な回避方法だと知っているが、興味の方が勝る。
「ケンカの件について、ツッコまれないんでしたら」
「ありゃ、先手を打たれたな」
成島がわざとらしいくらいに残念そうな顔をするのを、来栖が軽くはたく。
「いやいや、隆南さんと話をしてみたいだけですから」
「苦手なもの、あります?」
当たり前だけど普通だなぁ、などと思いつつ駿紀は返す。
「ないですよ」
「じゃ、この近くに知ってるとこあるんで」
成島が、先に立って歩き出す。

案内された店は焼き鳥屋だ。成島たちは顔馴染みらしく、適当にみつくろってなどと慣れた調子で注文する。
で、とりあえずのビールが出てきたところで乾杯だ。
喉を潤して、お通しの鳥だんごに箸を伸ばしたところで、早速、成島が身を乗り出してくる。
「隆南さんって、すごい足が速いそうですね亅
「へ?」
自分のことを訊かれるとは思っていなかったので、駿紀は目を瞬かせる。
「木崎班の韋駄天、ですよね。検察庁でも有名ですよ」
来栖に付け加えられて、駿紀は苦笑する。
「なんだか、大げさなあだ名が付いたみたいで」
「いやいや、自転車で逃亡した犯人の先回りして立ちふさがったとか、100メートル先の犯人に追いついたとか、武勇伝に事欠かないじゃないですか」
飲みかかったビールを吹きそうになる。
確かに結論としてはそうかもしれないが、経路の問題やら何やら、前提条件があってのことだ。
誰か知らないが、面白おかしく話しすぎてるし、広まりすぎだと思う。
「ソレは、たまたまそうなっただけで」
微妙に赤面しつつ、手を横に振ってみせる駿紀に、来栖と成島は楽しそうに笑う。
「たまたまでも、結果的にはそうだったんですよね?」
「じゃ、本当のところは、どんなだったんです?」
あんまり楽しそうに訊かれるのをムゲにすることも出来ず、駿紀は出てきた焼き鳥を摘みながら、ぼちぼちと話す。
なるほど焼き鳥はいい味で、来栖たちが常連になるのもわかる。しかも、二人はなかなか話を聞き出すのが上手い。もちろん、来栖は職業上そうでなくてはなるまいが。
そんなこんなで、軽く飲み食いしたところで、駿紀の武勇伝も一段落する。
「でも、こんな噂話持ち出しても、神宮司だったら誇張されすぎてるって、にこりともせずに言ってお仕舞いだよな」
「そうそう」
口真似してみせる成島に、来栖だけでなく駿紀も頷く。
「でしょうね」
「やっぱり、隆南さんの前でもそんなですか?」
来栖に興味深そうに首を傾げられて、駿紀は不思議に思いつつも、頷き返す。
「ですね」
「ってことは、自分から話題振ったりとかも無いですか?」
成島も、問いを重ねてくる。
「はい」
駿紀よりは、よほど透弥のことには詳しそうなのに、何だろう?
思わず首を傾げてしまうが、来栖たちも少しだけ困惑したような表情で顔を見合わせている。恐る恐るといった感じで、成島が尋ねる。
「でも、内容はともかく口ゲンカしたんですよね?あいつ、怒ったんですよね?」
「あー、そうですね、怒ってましたよ」
結局ケンカのことに戻ってきてしまったな、と思いつつ、駿紀は頷く。
前にも成島にケンカのことをキラキラと尋ねられた時に、どうも透弥は友人たちの前で感情をあらわにすることが無かったらしいとわかった。本人もそう言ってたのだから、ウソではないだろう。
成島たちは、そうですか、と頷いてビールをあおる。
にしても、だ。
「神宮司って、皆さんの前でもあんまり感情出さないんですか?」
問い返されて、成島と来栖はあっさりと頷く。
「だから、ケンカは大ニュースなんです」
その点は納得出来るが、となると、大変余計なお世話な疑問が浮かぶ。
「それでよく、友達作れましたねぇ」
「そりゃ、授業で指された時しか声聞いたこと無いのに話しかけるなんて、普通じゃ出来ないですよ」
「ええ?一言も?」
目を丸くする駿紀に、来栖が解説する。
「一年の時は必要な講義出てるか、生活費稼ぐのにバイトしてるか司法試験の勉強してるかっだったらしいですよ。必然的に、友人作ってるヒマ無い、と」
「司法試験通ったってウワサはあったから、中退して検事になるのかと思ってたよな」
「うん、面接で一緒になった先輩が、そう聞いたって言ってたし。あ、司法関連は必要単位取得して試験に通れば、なれちゃうんで」
「ははあ」
国立大に進学するくらいだから、勉強は出来るのだろうが、にしても一年とはえらく早い。が、口ぶりからして、来栖たちには驚かないらしい。そのまま、話は続く。
「それが、春休み明けにいるからびっくりして」
「しかも、司法一本のはずだったのが、ありとあらゆるみたいな勢いで色んな講義に顔出してたら、何事って思うじゃないですか」
「で、ジャンケンして負けたヤツが訊きにいった、と」
なんとなく、恐る恐る声をかけているところが想像出来てしまい、駿紀は噴き出すのをこらえる。
「で、神宮司はなんて?」
「警察官になることにしたから、必要と思われるモノを取ってるって」
「心理学はまだしも、化学に医学にって、訳わかんないでしょう?なんでソレってなことになって、興味の方が勝っちゃった連中が集まった感じかな」
「ま、あの通り愛想が悪いだけで、人が悪いわけじゃないしね」
なにやら、可笑しそうに二人は笑う。
「結局のところ、進路うっかり変えちゃったのまで出たし」
「え?」
「一人は良くご存知の人間ですよ」
国立大出身で、透弥の他に良く知ってるといえば、だ。
「林原さんですか」
「そうそう、最初は研究したいテーマ見つからないし留学するかって言ってたのに、警察にも科学捜査が必要になるって神宮司が教えちゃったもんだから」
「それこそ誰もやってないことだって、飛びついちゃって」
「自分とこ引っ張ろうとしてた教授たちが涙目だったよな」
林原が科研創立を言い出したのは、本人もほのめかしていたが、やはり透弥がきっかけだったらしい。
科研は必要だと思うし、少しずつだが存在を認められつつもある。が、今までの邪魔者扱いっぷりなどを考えると、だ。
「や、それは進路変えちゃったどころじゃ」
「そうそう、珍しく神宮司が驚いてた」
「貴重だったよな。まぁ、感情動かしすぎると、アレ出ちゃうから」
「アレ?」
思わず首を傾げた駿紀に、成島は、あ、という顔つきになる。
「ええと」
「なんというか」
煮え切らない返事をしてから、二人は顔を見合わせる。ぐ、とビールをあおったのは成島だ。おかわりを告げてから、駿紀へと向き直る。
「隆南さん、神宮司から事故のことは聞いてます?」
「事故?」
駿紀が首を傾げたので、明らかにマズい、という顔つきになりつつも成島は言いかかってしまった手前というように、もそもそと続ける。
「八歳くらいの時に、家族で巻き込まれたっていう」
事故ではないが、八歳といえば思い当たることはある。やたらと周囲に知れ渡ってしまったケンカの後で聞いた事件のことだ。
「ああ、はい。そのことなら」
父親を目前で殺されたなどとは、そうそうは口に出来ないから、透弥は友人たちには事故と告げてあるのだろう。駿紀が頷いたので、ほっとしたように続ける。
「で、ほら、そのせいで、事故より前の記憶がないじゃないですか」

[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □