□ 霧の音待ち □ glim-3 □
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-11月06日 16時28分
情報提供者と直に会うのは慣れている。
が、相手がLe ciel noirの総帥で、場所は天宮家の屋敷となると微妙に何かが違う気がする。
「なんだって、総帥がわざわざ?」
待つ間、駿紀は透弥へと問う。
「存外、ここの当主と似たような人種なのかもしれない」
無表情のまま、透弥が返す。
「え?」
意味を取りかねて、駿紀が問い返す。透弥は、お茶のカップを手にする。
「好奇心旺盛、珍しいモノ好き」
「あー、そっちか」
自分たちが珍しいモノ扱いなのはどうなのかとは思うが、カリに思っていると言われて、本気で天宮財閥やLe ciel noirを利用しようと考えるあたり、あまり否定出来ない。
「抜け目も無いだろうが」
「そりゃそうだな」
警察とLe ciel noirは、ある意味では対極に存在すると言っていい。自分たちに不利になるような真似はしないだろう。もちろん、こちらもそのつもりは無いが。
勝手な口をきける時間は、それで終わりだ。
榊が、客間の扉を開く。紗耶香に続いて入って来た人物は、やはり黒づくめだ。
意外だったのは、背は駿紀たちとほとんど一緒くらいなこと、どう見てもリスティア系のことだ。
「Le ciel noirの黒木尚悟です。よろしく」
糸のように細い目をさらに細めて、黒づくめは手を差し出してくる。
反射的に握手は受けつつも、駿紀はどう返したものかと一瞬考える。が、結局他に思いつかない。
「警視庁の隆南駿紀です。よろしくお願いします」
紗耶香と透弥が、微妙な表情で視線を逸らしたのは、何をよろしくするのだかツッコみたいのを我慢したからに違いない。
が、すぐに透弥はいつもの無表情に戻り、軽く頭を下げる。
「同じく、神宮司透弥です」
椅子に腰をおろしてから、紗耶香がいつもの角度で首を傾げてみせる。
「わざわざ顔を出すなんて、どういう風の吹きまわしなのかしら?」
「紗耶香ちゃんだけ楽しいなんてズルいでしょう」
透弥の予測は大当たりらしい。いきなりコレだ。
くすり、と紗耶香は笑う。
「さあ、貴方にとっても楽しいかは、わかりかねるわ。では、話が終わったら扉を開けてちょうだい。ポットのお代わりが必要な時もね。盗み聞きなんてヤボな真似はしないから、ご安心を。お茶のお代わりを注ぐのは、申し訳ないけれどセルフサービスで」
慣れた所作で三人分の紅茶を用意した紗耶香は、あっさりと客間を後にする。
扉が閉じたなり、黒木は苦笑を浮かべる。
「先だっては、ウチのがトロくてお手数をかけさせたようで、申し訳なかった」
何のことかは、考えなくともすぐわかる。シャヤント急行走行を妨害しようとしている犯罪組織の情報がリスティア入国直前までもたらされなかった件だ。
そもそも、情報が欲しいと依頼したのはコチラだし、終点のアルシナド駅にまぎれていた連中が行動を起こす前に抑えられたのは、ギリギリとはいえ情報が入ったからというのは確かだ。
駿紀がすぐに返す。
「いえ、結果的には間に合いましたから」
「後手だったのは確かだから。まあ、いつまで過去の話をしていても時間の無駄だな」
にこり、と、また糸目を細める。
「メルティやってる組織についての情報、だったね」
「ええ、ご存じのことを差し支えない範囲で教えていただけませんか」
駿紀も表情を改める。
「知ってどうするのかな。担当さんに情報提供?」
「もちろん、メルティの組織を潰します」
しれっと透弥が返す。
情報の利用方法は、こちらが決めることで、Le ciel noirは情報を提供しさえすればいいと言ったも同然だが、黒木は楽しそうに笑う。
「そりゃそうだ。愚問だったよ」
「ヤクには嫌悪感を持ってらっしゃると存じますから、快くご協力いただけると助かります」
透弥が付け加えた言葉に、細い目の中の瞳が先ほどまでよりも強い光を宿した、と駿紀が感じたのは嘘では無いらしい。
軽く背を伸ばし、黒木は二人を交互に見やる。
「ほう、それは何を根拠に?」
「公言してはばかっていないことを、そう言われましても」
やはり、この手のやり取りは透弥に任せるに限るな、と駿紀は思う。自分だったら、正攻法しか出来ない。間違いとは言わないが、紗耶香や黒木といったタイプは、化かし合いのような会話を楽しむ傾向があると思う。
案の定、黒木は、に、と口元を引き上げる。
「そうだね。薬物班の方々とだけは、味方同士と思っているよ。ヤクに関わる連中の間じゃ、警視庁の葉山さんって言えば有名人だよ。実にすばらしい働きをするよね」
「そうですか」
「メルティの件を、除くけれど」
さらり、とだが、探りを入れるように言ってくるが、その程度で動揺する透弥では無い。
「今のところ、そのようで」
「はっきり言うとね、俺たちにも目障りなんだよ、連中」
透弥に遠回りな探りを入れたところで、単なる時間の無駄と判断したらしい。黒木は椅子に体を預けると、あっさりと言ってのける。
「かといって、もうすでに警視庁に目を付けられてるのを、大っぴらに潰すわけにもいかなくてね。なんせ、ウチがやったら文字通り死屍累々だから」
とんでもないことを、しれっと言う。
「公に取り押さえられるトコと組みたいけど、今の葉山さんとこじゃ話にならない」
どういった情報網を持っているのかはともかく、葉山班の動きを把握しているらしい。
こちらから、その点をどうこう言う気は無いので、透弥は、で、というように視線を動かしただけだ。
「特別捜査課が動くなら、全面的に協力を惜しまない」
「メルティの組織に、一員が紛れているといったところですか」
平静に透弥は返す。
「そう、だから信頼出来る相手になら、かなりな便宜を図れるよ」
黒木もあっさりと言う。
「鮮度の高いメルティの入手、少々金に目がくらんだヤツのあぶり出し、組織の壊滅といくなら、潜入しかない」
実に見事な笑みが浮かぶ。
「でしょう?」
少なくとも、メルティの組織壊滅の件に限っては、Le ciel noirを信用していい、と駿紀の勘が告げる。
「神宮司」
呼ばれて駿紀を見た透弥は、言いたいことを理解して頷く。
「わかりました。今回の件、手を組みましょう」
「よろしくお願いします」
頭を下げると、黒木はいくらか柔らかい表情になる。
「いや、頭下げるのはこちらでしょ。矢面に立たせるんだから」
「どうでしょう、吐き出せるだけの情報を頂くことになりますが」
透弥の返事に、黒木はまた声をたてて笑う。
「いや、やっぱり来て良かったよ。細かいところを詰めるには、先ずはウチの情報からだね。そうだな、明日の夕方には用意しておくから、またココでいいかな。紗耶香ちゃんが承知してくれたらだけど」
お互いのテリトリーには行き難い状況だから、妥当なところだろう。
扉を開けると、どこからともなく榊が現れて会釈する。
「紗耶香ちゃん、いる?」
気安い口調で黒木が尋ねると、榊は無表情に会釈してどこへともなく消える。
ほどなく、紗耶香が姿を現す。
「話はついたようね」
表情から、おおよそを察したのだろう、笑みを浮かべる。
「おかげさまでね。で、紗耶香ちゃん」
「大方、連絡場所に使いたいというところでしょう?いいわよ、榊、部屋を用意しておいてね」
「はい。予告は必要ございませんので、いつでもいらっしゃって下さい」
黒木は笑顔で頷く。
「じゃあ、明日の同じ時間に」
あっさりと退場する彼を見送ってから、紗耶香は駿紀たちへと振り返る。
「気に入られたわね」
無意味に敵視されるよりは、ずっとイイとは思うが、曲がりなりにも相手は裏組織だ。
そんな気分が表情に出たのだろう、紗耶香が笑みを浮かべる。
「あの人は余計なお世話はしないから、大丈夫よ」
「余計なお世話をされたらどうなるか、想像もしたくないですけど」
くすり、と紗耶香は笑う。
「何度かウチに出入りすることになりそうだから、別の通路を教えるわ」
先に立って歩き出した彼女は、黒木が消えた方とは違う扉を開ける。
「え?」
思わず、駿紀は声をあげてしまう。
普通に部屋につながっているようにしか見えない扉の先には、階段があり、開けたことに反応して電灯がついている。
「旧文明技術」
ぽつり、と透弥が言ったのに、紗耶香は肩をすくめてみせる。
「崩壊戦争直後に建てたことになってるけれど、その前からあった可能性が高いと思うわ。なかなかなカラクリ屋敷よ。案内するから、どうぞ」
見送る榊の顔が、少々困惑気味だったのを駿紀は見逃さない。やはり、紗耶香と黒木は同じ人種だ。
刑事が毎日のように屋敷に出入りしてるのを知られて余計なウワサが立たないよう、裏口を教える必要はあるとしても、当主自らというのは性格のなせるわざに違いない。
背後の心配など知らぬ気に、紗耶香は扉のパスワードなどを伝えながら、慣れた様子で地下通路の道順を教えてくれる。
「この先はまっすぐ行くだけよ」
指してみせてから、最後のパスを伝えられる。
「では、ここで」
駿紀たちが頭を下げると、紗耶香も笑みを返す。
「差し支えなくなったら、話を聞かせてね」
「了解です」
返すと、そこで紗耶香は踵を返す。
その後ろ姿を見送ってから、言われた通りにまっすぐ行き、扉を開く。
扉の先は、薄暗い場所だ。が、ちょっと先には光と人のざわめきがあるのがわかる。
「あ」
思わず、駿紀は小さくつぶやく。
ここは、天宮家の屋敷から最寄りの地下鉄駅通路だ。
「いいのか、コレ」
思わずつぶやくが、透弥は肩をすくめただけだ。コトの良し悪しを決めるのは自分たちではない、と言いたいのだろう。
これからの方針を決めるには、ひとまず警視庁まで戻るのが先決だ。
透弥を見やると、軽く頷く。
同じ考えなことはわかったので、いくらか足を速める。



-11月06日 18時14分
特別捜査課の、すっかり座り慣れた椅子に腰を下ろすなり、駿紀が口を開く。
「明日の同時刻ってことは、夕方まで情報は入らないな」
「カマをかける程度はやっても問題ない」
情報提供者をあぶり出しておくのは大事なコトだ。少なくとも抑えるメドが無ければ、先も無い。
「葉山さんに、協力するって言う気か?」
黒木からの情報を得る前に?という疑問を乗せた言葉に、透弥は軽く肩をすくめる。
「現状の拠点が、土地勘のある場所ならいくらか協力出来るかもしれない、とでも言えばいい。上手くすれば、バカが釣り上がる」
透弥が何を言いたいのかは、駿紀にもすぐにわかる。まだ判断材料が足りない、という言い方をしておけば、今のところ無難というわけだ。
「それなら、お互い疑心暗鬼ってことも無いな。情報提供が三回目ともなりゃ、相手も油断してボロ出すかもしれないし」
「悪く無い仕掛けだ」
バカが吊り上らなくても、潜入捜査に持ち込むのは可能だが、リスクはその分高くなる。仕掛けておいて損は無い。
「勝算だけか?」
「引き際を用意する必要はある。葉山氏に確認後に引き受ける、と先に言っておけば確実だろう」
Le ciel noirまで引っ張り出したのだから、気楽に「やっぱり手を引きます」と言えないが、情報次第では二人では手に負えない状況で無いとも言い切れない。
退路を確保しておくべきだ、という透弥の考え方は賛成だ。
「わかった、ソレでいこう。午前中に言うのがいいだろうな」
「時間的に、間合いは悪く無い」
今晩言い出せば、夜のうちに動かれて朝イチで結果を持ち込まれる可能性が無きにしもあらずだ。
「じゃ、後は残った書類片付ければ今日は終わりだな」
葉山が突然やって来たおかげで、協力依頼の書類が片付いていない。
初期より減ったとはいえ、まだまだ嫌がらせでしかない依頼が多いのだが、中央署と許力した件を知って、と前置きした依頼もちらほらと混じってきている。
まだ、実際動くまで行ったことは無いが、溜まったものを後回しでイイとタカをくくりにくい状況になりつつある。
透弥も、
「そのようだな」
とだけ言って、途中になっていた書類を手にする。

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