□ 霧の音待ち □ glim-4 □
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-11月07日 09時26分
拠点の位置によっては役立てるかもしれない、という駿紀たちからの返答を聞いた葉山は、目を瞬かせる。
「場所?」
「その点を探るのは俺たちよりも葉山さんたちの方が早いでしょう。それに、ただ手をこまねいたままなわけでも無いでしょうし」
透弥に無表情に返され、葉山は素直に頷く。
「ああ、もちろん……」
そこまで返して、急に深刻な顔つきになる。
「で、こちらから流すフェイクは?」
葉山班の情報提供者をあぶり出すのを先決にした、と判断したらしい。当たってはいるが、想定した方法ではあからさま過ぎる。
「拠点を明らかにしていただくだけで構いません。そもそも、コチラは薬物捜査に関しては葉山さんたちに遠く及びませんから、土地勘が無い場所では手も足も出ません」
よくもまあ、ここまで涼しい顔で言ってのけられるモノだと駿紀は思うが、透弥は眉ヒトツ動かさない。
「それは、そうだな。わかった、早急に抑えられるかと投げてみよう」
「お願いします」
「いや、お願いするのはこちらの方だ」
言ってから、なんともいえない表情になる。
「おおよそ絞り込めてはいるんだが、はっきりさせてから報告に来る。お二人の土地勘がある個所に巣食ってるのを、祈るばかりだよ」
それだけ言うと、特別捜査課を後にする。
扉が完全に閉まってから、駿紀は透弥へと向き直る。
「さて、どうなるかな」
「予測しても意味が無い」
透弥らしい返答に、駿紀は口の端を持ち上げる。
「後は、Le ciel noirがどの程度の情報を持ってるか、か」
「出来る限りの協力とやらが、どの程度か、とも言える」
コチラの方は、想像する材料すらない。
「まぁな、今のうちに書類どもを片付けとけってことか」
「その前に」
透弥にしては強めの口調に、駿紀は軽く目を見開く。
視線を受けて、まっすぐに見返しながら透弥は言ってのける。
「Le ciel noirからの情報で、組織を潰せると判断したら動くことに異存は無いな」
「ああ。潜入するが俺ってのも変わらない」
改めて確認するなど、らしくなく思える。が、透弥なりに駿紀の覚悟を問うているのだろう、とまっすぐに見つめ返す。
「なら、隆南は必要以上に提供される資料を見るな」
思わず、もっと大きく目を見開いて透弥を見つめる。
一瞬の間の後、意味を掴む。
透弥も、とっくに駿紀が潜入すると了解してくれていたのだ。潜入すれば、どんなに意思が強かろうと、ヤクの影響にさらされない訳が無い。
具体的な検挙方法も、あぶり出されるだろう情報提供者も。
潜入する人間が知っていてはいけない。
「俺は、捜査会議の一切から隆南を排除する」
何も知らされずにいることは、時に不安を生じる。感情の増幅幅が広くなれば、尚更だ。
透弥が問いかけているのは、それでも信じられるか、だ。
痛いくらいに揺るがない視線に、駿紀は笑みを返す。
「ヒトツだけ、教えといてくれればいい」
「何だ」
「突入時間」
組織壊滅を狙うなら、大規模な捕り物になるのは確実だ。となれば、情報提供者から突入時間は漏れるはずだ。直前に変更しようが、どうにかして連絡をつけられてしまうだろう。
二回も壊滅に失敗した理由は、ソレだ。
そして、タイムリミットを知っていれば、駿紀自身が頑張るコトが出来る。
透弥は、ふ、と微かに口元を緩める。
「わかった」
「じゃ、改めて書類を片付けないとな」
肯定の代わりに、透弥は書類を手にして椅子に沈みこむ。駿紀も、相変わらず止まない書類攻撃を片付けにかかる。



-11月07日 16時23分
昨日教えられた地下通路を辿って、あらぬ個所から顔を出した駿紀たちを、驚いた様子も無く迎えたのは榊だ。
「本日、主人は留守で失礼いたします」
連絡する度に最優先で対応してくれる紗耶香だが、天宮財閥総帥という立場だ。本来は一分一秒すら自由にならないくらいに忙しいはずで、いない方が当然だ。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしています」
特別捜査課とLe ciel noirという組み合わせを面白がっているフシのある紗耶香はともかくとして、榊に対しては間違い無くそうだ。
「お二人といらっしゃると、いつにもましてご機嫌がよろしいですから」
榊の私見らしき発言は珍しいので、思わず駿紀はまじまじと見やってしまいそうになるのを耐える。
「それなら、何よりですが」
紗耶香が面白がってるらしいのは知ってるが、彼女が機嫌がいいと榊も嬉しいらしいのはありがたいことだ。
「黒木様は、先ほどお見えになりました」
部屋の扉を開きながらの言葉に、頷き返す。黒木は、糸目を細めて笑顔になる。
「やあ、さすが時間通りだね。コチラも遅刻せずにすんで良かったよ」
テーブルの上には、すでに彼が持ち込んだらしい書類が乗せられている。すぐにも、話が出来そうだ。
それを見てとっていたのだろう、榊は小さなカートを部屋の隅に運び込んで、一礼する。
「お茶をこちらにご用意してございます」
「ありがとう、適当にいただくよ」
黒木が返すのに、一礼して榊は扉を閉める。
「さて、早速始めよう」
笑みを含んだまま、へんてつの無い茶封筒から紙類を取り出す。
「いきなりなんだけど、笑っちゃう報告だよ。ヤツらの拠点は、現在は一か所。そもそも、三か所しか無かったんだけど、二か所は潰されたから」
「じゃ、今は逃げ出したくても、まともな移動先は無いということですか?」
駿紀が目を丸くしながら問うと、黒木は肩をすくめる。
「個人的な潜伏先は持ってるかもしれないけど、組織的に動くのは無理だ」
葉山班の捜査は、メルティの組織にそれなりにダメージを与えていたわけで、新たな移動場所を確保する前に潰してしまうチャンスだ。追い込まれると馬脚を現す連中は、存外に多い。
「残った一か所は、ドコですか」
透弥の冷静な問いに、黒木は地図を広げてみせる。
「ココだ」
と、繁華街の一点を迷わず指す。
「復興時代の古い雑居ビルで、一見したところは零細系が寄り集まってるようにしか見えない」
「雑多に見せかけて、ですか」
駿紀の言葉に、黒木は皮肉に口元を歪める。
「ありがちな手だ」
「無関係な入居者は?」
「いない。なんせ、他に行くところが無いからね。組織中枢的な数人以外は、重度はともかくメルティをご愛用で離れられないんだよ」
黒木は返して、平坦に問いを発した透弥を見やる。協力すると言ったからには、という言葉にウソは無いだろう、とでも言いたげな視線にも透弥の表情は動かない。
「消防法を無視した配置をしてるのでしょうね」
地図を見ながら、透弥が相変わらず平坦に確認する。
店舗関係の荷物などが、裏手の細い廊下に、所狭しと置かれて人などとても通れるような状況では無いだろう、ということだ。
何を、かは言わずとも黒木にも通じたようだ。
「裏口から逃げるのはご当人たちにも難しいだろうね。ただし、幹部連中は除くけど」
黒木は、言いながら図面を広げる。
「元は何のビルだったか知らないけど、地下駐車場があったことになってるんだよね。閉鎖したって、ご丁寧に鉄板打ちつけてるんだと」
「もちろん、駐車場の出口も」
「そう、ところが、なぜか油差すのは欠かしてないらしいよ」
いざという時の逃げ道を確保済みなわけだ。前もって情報が入れば、肝心な連中は簡単に逃げおおせてしまう。
不意打ちを食らわせたとしても、警官たちが、積み上げられた荷物という雑居ビル独特の障害物に阻まれている間に、相手に地下に辿りついてしまうだけの、かなり長い猶予を与えてしまうからだ。
正確に出口を張らなければ、なおさらだ。
「詳細な間取りがコレ。荷物が多そうなところもチェックはしてるけど、済まないが、全部は抑えられていない」
「いえ、助かります」
駿紀が頭を軽く下げると、黒木は糸目を細めて笑う。
「役立ちそうなら、嬉しいね」
「突入日は、お知らせしますよ」
透弥が告げると、黒木は笑みを大きくする。
「そうしてくれるなら、ご案内出来るよ」
駿紀は目を瞬かせるが、透弥にはわかったらしい。
「けん制もしていただけますね?」
「協力すると言ったからには、当然。一度約束したことは、コチラから違えることは無いよ」
静かに、きっぱりと言い切った黒木へと、透弥はあっさりと返す。
「貴方がたから見て、契約状況が変わらない限りでしょう?もちろん、お互い様ですが」
「神宮司」
思わず駿紀が止めようとするが、黒木は、あはは、と声をたてて笑う。
「率直は大事だ。特に私たちの間ではね」
やはり、この手のやり取りは透弥にまかせとくに限る、と駿紀は内心で嫌な汗をぬぐってみる。
「こっちは、判明してる範囲でのビル内にいる連中の顔と名前」
かなりな厚みのソレを見て、透弥が初めてうっすらと笑みを浮かべる。
「全員抑えろ、と」
「一度ヤク覚えた連中は、野放しにしとくとすぐに次に群がる。コバエごと片付けないと話にならない」
正論だが、取りこぼすなとは。確かに、そのくらいの要求が無くては、これほどの協力は得られないのだろうが。
いつも見ている嫌がらせの書類に似ている、と思いながら、駿紀はぱらぱらとめくる。
葉山たちならば、どうにかやってのけるだろう。そのあたりも含めた実力が認められているのだから。
これほどの頭数は、さすがに自分たちの手には余る。
それはそうと、と駿紀は透弥を見やる。
透弥も、視線を返す。
どちらからともなく、微かに頷く。
これだけの資料が揃ったのならば、作戦さえ間違えなければメルティの組織を潰すことが出来るだろう。
後はこの資料を頭に入れた上で、と思ったところで、書類は駿紀の手から、透弥の手へと移る。
するり、と実に自然な動作で。
「え?」
人の見ている書類を取り上げるなど、ついぞ無かったことなので、戸惑って顔を上げる。
透弥は、平然とした顔つきで次々と書類をまとめていく。
そのリアクションで、はた、とする。
組織撲滅の為に動くと決めたからには、駿紀が必要以上に知ってはいけない。透弥は、早速実践を始めたのだ。
「有意義な情報提供に感謝します。ケリがつくまでのご協力をよろしくお願いいたします」
立ち上がった透弥は、過不足無い角度に頭を下げてから、黒木の返事を待たず続ける。
「ところで黒木さん、少々お時間が取れるようでしたら、隆南と一息入れられることをお勧めします」
「お、隆南さんが付き合ってくれるなら、そうしようかな」
仕事絡みでなく、Le ciel noirの人間と残されてどうしろと、とという駿紀の戸惑いは、完全に無視されて話が決まってしまう。
「では、突入日はご連絡します」
「待ってるよ」
透弥が扉をしっかりと閉めたのを見届けて、黒木は駿紀へと向き直る。
「ひとまず、お茶でも飲もうか」
「そうですね」
今日も榊が用意してくれたカートがある。ティーコージーが被されていたおかげで、まだ十分に飲み頃だ。
裏組織を統率する人間を前にしてるのに、美味しいお茶を口にするとなんとなくくつろいでしまうあたり、我ながらどうなんだろう、と駿紀は内心でツッコんでしまうが、このまま無言も変だ。
あたりさわりの無さそうな話題を振ってみることにする。
「黒い服って、規定なんですか」
「うん、そうだよ。決めとくと面倒が無いから。最初はダークスーツってだけ決めようと思ったらしいんだけど、組み合わせによっては喪服そのものになってしまうから、ワイシャツもネクタイも黒にしたんだってさ」
「管理が大変そうですね」
黒はホコリやチリが目立つ色なので、存外に気を使わねばならない。ソレが隅から隅まででは、かなり気を張るだろう。
「そうなんだよ」
黒木は、糸目を細めて笑みを大きくする。
「ワイシャツの色あせとかね。ま、でも身だしなみに気を使うのは悪いコトじゃないから」
「見習わないといけないな」
思わず、苦笑してしまう。清潔さは気をつけているが、スーツがよれ気味なのは否定出来ない。
「初代が面倒臭がりだっただけだから。なんせ、黒い服だから黒い天、Le ciel noirなんだしね」
飲みかかったお茶を吹きそうになるのを、かろうじて堪える。
「Le ciel noirだから、黒い服ではなくて?」
「うん、あんまりヒドイってんで、当時あんまり広まってなかったセース語にしたんだそうだよ」
いまやAquaを裏から動かす力さえ持つと言われるLe ciel noirの名が、そんなアホくさい理由で決まったとは。
「それはなんというか、なかなか剛毅な初代ですねぇ」
「子供っぽいという方が正確かな、セース語にしたのもカッコ良く聞こえるとかだったそうだから」
「普通はそういう話って脚色してカッコ良くして伝えません?」
お茶を手に、黒木は笑う。
「だって、これ以上面白くしようがないじゃない」
カッコ良いより、面白い方が大事らしい。Aqua最大の裏組織、と言い聞かせないといけなくなりそうだ。
そんなことを考えている駿紀の顔を、黒木はまじまじと見つめる。
「ねぇねぇ、隆南さん」
「はい」
「Le ciel noirに入る気無い?」
のん気な話題が続くと思ってたのに、いきなり何を言い出したのかと駿紀は瞬く。
「は?」
「神宮司さんも誘いたかったんだけど、タイミング逃しちゃった。後から言っといてよ。二人で来ない?いてくれると助かるんだよね」
ははは、と乾いた笑いが漏れる。
「冗談キツイですよ」
「本気だよ。Le ciel noirは、隆南さんと神宮司さんが欲しい」
つ、と姿勢を正す。
「コチラから誘っているのだから、もちろん優遇させてもらう」
駿紀をまっすぐに見つめる視線は、確かに冗談を言っているモノでは無い。それどころか、うっかり否と言ったら殺すと返されそうだ。
「官憲で法律に縛られていたのでは、出来ないことの方が多い。何らかの目標や目的があるのなら、尚更、ウチへ来た方がいい」
何だって、そんなに気に入られたのかはわからないが、冗談で済ませるわけにはいかないらしい。
駿紀も、姿勢を正す。
「俺は、この職に就くことを目指してきましたし、今後も辞める気はありません」
にこり、と笑みを返す。
「それに、この職でなければ出来ないこともたくさんあります」
少しの間の後、黒木は苦笑を浮かべる。
「そうか、残念だな。神宮司さんを口説くしかないか」
「ご自分でお願いします」
伝えてと言われて、はい、とは受け入れられない。そもそも、透弥はその程度で動く人間では無い。いや、そうではなく。
「神宮司さんは誘ったら来てくれるかな?隆南さんは、どう思う?」
ちょうど、駿紀が考えていたことを問われる。
「お断りすると思います」
検事ではなく警官になるべきだと知った、そう言った透弥の視線はまっすぐだった。
明確な意思を持って、警察官という職についたのは議論の余地が無い、確かなことだ。
「隆南さんが言うなら、余計なコトは言うべきじゃないな」
黒木は、すっかりいつも通りののんびりした雰囲気へと戻って肩をすくめる。
「次のチャンスを伺うとしよう」
チャンスは無いとは思うが、そこまでは否定しない。黒木の人となりや組織のコトを知るのは、駿紀たちにとっても悪く無いことなのは確かだから、お茶を手に笑みを浮かべる。
「Le ciel noirを統率しているのがリスティア系の方とは知りませんでした」
「組織名横文字だし、リスティアではあんまり派手なことしたことないからね」
楽しそうに黒木は返す。
「実は、代々リスティア系だよ。皆、黒木なんだけど、通りがいいからで血縁ってわけじゃない」
初代が、セース語の響きがカッコいいなどと発想するくらいだから、リスティア起源の組織と思っていいのだろう。
でも、雰囲気的に統率する人間が必ずリスティア系で無くてはならないとこだわるのは、そのせいでは無いだろう。彼らは、もっと現実的思考を好むように思える。
「リスティアの要人に会うのに、都合がいいからですか?」
糸目が、ひどく細められる。
「ご名答」
口元には、にんまり、と表現するのがふさわしい笑みだ。
「やっぱり、ウチに欲しいな」
「いや、無いです」
「そんなにはっきり否定されたら、泣きたくなるなあ」
正岡のようなコトを言う黒づくめに、駿紀は苦笑を返すしかない。

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