□ 駆けて聞くは遠雷 □ blank-3 □
[ Back | Index | Next ]

「動機の面で杉本が容疑者だ、というのを頭から否定する理由はありません。ですが、到着時間が事件発生後だという目撃者が存在する以上、その前に杉本だと気付かれず、出入り可能だったと証明する必要があります」
淡淡と言葉を継いだ透弥は、静かな視線を小池班の面々へと注ぐ。
「この点は、どのようにお考えですか?」
神宮司はどう思うんだ、という助け舟にも似た言葉は、駿紀もまだ言うべき時ではないと知っている。
今言っても、答えは決まっているからだ。
情報が足りない、と。
ただ、小池班が何を考えたのかも、もうわかっている。
そういった懸念点を含め、駿紀が走って間に合えばどうにかなる、と思ったのだろう。
透弥の長めの指がホワイトボード用のペンを揺らす。知らない人が見たら、考えに沈みつつの手イタズラと思うだろう。
が、確かな意味をもった動きだと、駿紀にはわかる。
「どう、考える?」
事件の概要は聞いた。今、専属で手掛けているモノも無い。
物理的に、協力は可能だ。
考慮すべきは、自分たちが協力する意味があるのか無いのか。これ以上踏み込めば、否応無しに本格的な協力が確定だ。
人が、明確な意思をもって殺されているという事実がある以上。
「犯人は、絶対にいる」
駿紀の返事は、それにつきる。
切れ長の視線が、駿紀へと向けられる。小さく頷いてから、駿紀は小池へと向き直る。
「小池さん、俺たちも洗い直してみていいですか?」
「もちろんだ。よろしく頼む」
期待されるようなコトが出来るかどうかは、わからない。
だが、このまま犯人を野放しにしておく気も、さらさら無い。
行き詰っている小池班としては、たった二人とはいえ、協力依頼を受けてもらえたことがありがたかったらしい。
この一ヶ月半の捜査結果について、実に詳細かつ熱心にに説明されたところで、駿紀たちは東署を後にする。
まずは、小池班の面々のいない状態で整理したかったのだ。
「神宮司、次だけど」
「明日の朝、だ」
その言葉が、もうすでに日が落ちているから言っているのではないのは、駿紀にもわかっている。実のところ、駿紀も同じことを考えていた。
「俺は、中央公園突っ切ってみるよ」
「わかった」
その単語だけで、明日はどこでどうするかなどと言わずともわかる。



翌日。
中央公園へと入りつつ、駿紀はコートのポケットに入れておいた時計を取り出して目をやる。
6時45分、時間としてはちょうどいい。
早朝の中央公園は、思った通りスーツ姿の方が目立つ。
いるのは、ジョギングをしている人、犬を連れているのを含めて、散歩している人、それから。
移動手段で用いるならコレではないか、と駿紀が踏んでいたことをしている人は、いる。
が、やはり。
スーツじゃないか、と心で小さく呟く。
ざっと見渡すが、この時間帯にスーツ姿はほとんどいない。
いない訳ではないが、早朝出勤を散歩から始めるといった風情の、のんびりとした感じの人間ばかりだ。
人によっては朝食らしいものを口にしつつ、ベンチで新聞を読んだりなどしている。こんな寒い季節でもいるものなんだな、などと考えながら、ひとまずは通り過ぎる。
過ぎた先に見えてきたのは、地下鉄の出口表示だ。
三河屋通り東駅、B3出口。幹線道路を挟んだ向こうには、B4出口、その先には昨日行ったばかりの坂上ビルだ。
正面の入口から、一人、二人、と間が空きつつビル内のオフィスに勤める社員が入っていくのが見える。
駿紀は、もう一度、道路のこちら側へと視線を戻す。出勤前に一息をいれているかのような風情で、黒に近いグレーのコートを着た透弥が立っている。
ビルの方へと向いていた視線が、ちら、とコチラを見やる。軽く手を上げた駿紀へと小さく頷き返すと、すぐにビルへと視線を戻す。
駿紀は透弥の隣に立って、同じ方を見やる。なるほど、この位置は坂上ビル付近に出入りする人間相手に、さほど目につくことなく、様子を伺える位置だ。
「おはよ、やっぱスーツで全力疾走は目立ち過ぎるな」
「おはよう、では自転車は?」
ごくあっさりと透弥に返された問いに、駿紀は思わず笑いそうになったのを抑える。
「そっちも、スーツは無いな。運動するって格好した人はいたけど。後からコートはおって誤魔化すとしても、移動の時の荷物が不自然だ」
と、視線を周囲に走らせる。
「前日から隠しとくって手が無いとは言わないけど」
「公園内はまず無理だ」
中央公園は、意外と管理がしっかりとしている。よほど上手い隠し場所を確保しない限り、拾得物かゴミかの扱いで朝には消えているコトになる。
「確保出来たとしても、どこで着替えるんだよってコトになるよな」
ここらへんは、身を隠すにはイマイチの地点だ。近くに手洗い所が無い。
もう少し公園の中に入れば人からは見えにくい場所もあるが、そこから全力疾走では目立ち過ぎることになる。それは先ほど駿紀が自分の目で確認してきた事実だ。
「動機が強くても、アリバイが確たるモノとなると」
「その線にこだわるのなら、直に手をかけた訳ではないという線もあたるべきだ」
相変わらず坂上ビルの方を見たまま、透弥が返す。
「先ずは、小池さんたちがあたるだろうけど」
昨日、駿紀が実際に走って見せて途中駅を下車して中央公園を突っ切るのは無理、と証明したおかげで、そちらへと舵を切りなおす気になっているらしい。
ようするに、依頼殺人の可能性を検証しようとしている訳だ。
「神宮司は、どう思う?」
「再度、ガイシャ周辺をあたることも確定しているのだから、捜査方針としては妥当な線だ」
「その点は俺も賛成だけどさ」
駿紀の言葉に返す前に、透弥はコートのポケットから時計を取り出す。一見シンプルだが、よく見ると細かいところに行き届いた装飾があるソレは父親の形見だ。
一緒に覗き込むと、もうすぐ8時になろうという時間だ。
「ちょっとはスーツ増えてきたかな」
駿紀が口にした通り、ぼちぼちとだが、近辺を歩く人間は増えてきている。早めに出勤する人らが、ちょっとしたピークを迎えるのかもしれない。
犯行時刻も大幅に過ぎているし、これ以上は今日のところは収穫が無さそうだ。
ポケットに時計を戻してから、どちらからともなく警視庁の方へと歩き始める。
透弥は無言のまま、公園内へと視線をなげている。
少しずつ、サラリーマンとおぼしき格好の人も増えてきているが、やはり、散歩やジョギングに向いた砕けた格好をしている人の方が断然に多い。
「スーツより、スポーツ用の格好とかした人の方が多いってのは、さっきとあんまり変わってない」
「出勤がピークになれば、一時的にはスーツの方が増えるかもしれないが、まだ一時間は必要だろう」
駿紀が言うと、透弥も返す。
「だよな、やっぱりスーツで走ってココ通り過ぎてるのに目立たないってのは、前提として無理なんだよなぁ」
視線だけ寄こした透弥が、何を言いたいのかはわかる。
「なんで杉本ばかりにこだわるのかが、わからないんだよな。なんかこう引っかかるというか」
「証言記録のみで言い切るのは難しいが、少しでもマイナス要素が認められたのが杉本だけだからだろう。少々強引だという感覚は否めないが」
視線を前へと戻しながらの返事に、透弥も似たようなコトを考えていたのかと、駿紀は軽く眼を見開く。
透弥は歩く速度を変えないまま、続ける。
「容疑者を杉本に絞るなら、先ずは被疑者が最寄り駅を証言時間通りに出発して、犯行時刻までに現場に到着出来たか、を証明出来なくては」
「最寄りは、西区二十三丁目だったな」
「直通で乗り入れているのは、三河屋通りへ入ってくるこの路線だけだ」
あっさりと帰った返事に、駿紀は一度瞬いてから、頷く。
「ホントなら、そのまま乗ってくるのが一番早いはずってわけか」
「通勤の手間という点では」
「よし、そのあたりからツメてみるか」
リスティア警視庁、通称桜ノ門も目前だ。

特別捜査課へと戻り、駿紀は鉄道路線図と、中央公園から郊外への縮尺が大きい地図を広げる。
ホワイトボードの方には、小池たちから聞き取った事件の概要を透弥が書き込んでいく。
関係者の名前と相関以外としては、被害者の最終目撃時刻と、発見された時刻のみ、だ。
「目撃されてから、発見まで11分あるから、会議室降りてすぐに凶行にあったとすれば、充分にホシは取りつくろう時間あるよな」
「手際の良さからも、社内に精通している人間が関わっている線は間違いない」
「小池さんたちの捜査によれば、今のところ犯行に及びそうな人間は、杉本しかいない、と」
「西区二十三丁目駅を6時17分に乗車し、7時前に坂上ビルに入るコトは、可能か」
透弥の問いに、駿紀は地図を見やる。
「んー、直通電車での移動より短縮出来なきゃいけないんだよな。それこそ、距離稼ごうと思うと車かなんか使わないと苦しくないか」
「自動車では、使用可能なルートが制限される」
「駐車場確保の問題もあるんだよなぁ、レンタルじゃ足つくし」
言いながら、沿線上の駅から三河屋通り近辺までのルートを探していく。
「三河屋通り東駅での目撃者は出てないんだよな」
「ああ、別に終着をこだわる必要は無い。が、近辺まで車で乗り付けるのは難しいだろう」
透弥の指が下りたのは、坂上ビルだ。
「そっか、中央公園とオフィスで取り囲まれてて駐車場無いもんな。途中で降りて、また電車へ走るってのはどうもなぁ」
駿紀は首の後ろに手をやりつつ、いくらか傾げる。そんな視線の先に、やたらと細かい文字のモノがぬっと出てくる。
「乗り換えるなら、電車が最も手っ取り早いと思うが」
「それで時刻表」
と、目前の物体が何か理解したまではいいが。
「って、直通より早いなんて」
あるのか、の前に言うべきことがあることに気付いて、透弥の手から時刻表を受け取る。
「ともかく、あたるしかないよな」
地下鉄まで網羅した分厚い一冊を手に、ページをめくり始める。
「ええと、最寄りを乗車したのが、と」
「他路線にぶつかるのは、ほぼ中心部に到着してからだ」
「うーん、大名小路線になると、どこの駅でも他の路線に乗り換えられるって言ってもイイ感じだよな」
路線図に目をやってから、駿紀はうう、と小さく唸る。
「最終的に速くなるなら、引き返す、もありだし」
「そういうコトになる。が、ココとココとココは一度離れると、かなり遠回りをしないと戻ってこなくなる」
透弥があっさりと、数本の線を指してみせるのを、急いで視線で追いながら駿紀は瞬きする。
「詳しいな、神宮司」
今、ちょっと確認しただけでは確信出来ない、と理解したからだ。
「地下鉄を利用する犯人は一人では無いというだけだ」
「迷路制すりゃ、アリバイも出来るかもって?」
「検証次第だ。それから、事件当日は信号確認で止まった路線があった。影響を受けた路線を含めてまとめてある」
几帳面な文字でまとめたモノを路線図の隣に並べると、これ以上のムダ口はごめんと言いたげに透弥は手元の時刻表へと視線を落としてしまう。
そこからのやり取りは、駅名と乗り換え路線、そこから坂上ビルへと行くためのルート取りだ。
「で、乗り換え駅」
「6時58分着」
「ダメだな、次、も一つ先から乗り換え」
「乗り換え所要時間は、遅延の影響含めて7分」
「え、その先って、大回りしかない。ダメだ」
時刻表とパソコンの間を、忙しく透弥の視線は行き来している。二人で調べたルートを入力しているのだ。
ルートの最後に、「×」を書き加えてから時刻表へと視線が移る。
「次の乗り換えは」
「三路線ある、路線図の上からでいいか?」
「ああ」
「コッチ回りだと、反対抜けだな。するってぇと」
「五駅先で乗り換えだ。が、次の途中で時間切れだ」
「その次の乗り換えも、三駅先で次だけど、その途中でダメだな」
やはり、直通から外れるというコト自体が時間のロスとなってしまい、どのルートを辿っても時間切れになる。いいところ、予定時刻だ。
「三路線目」
「最寄りに戻るルートが無い」
「バツか」
そんな調子が、延々と続く。
指で時間を追っていた駿紀が、思わずうなる。
「んー、ココもダメだ」
「となると、考えられるルートは全て無理だ」
「全敗かぁ」
延々と時刻表とニラメッコしたままで、さすがに目が痛い、と視線を上げた駿紀は、思わず瞬きをする。
「ああ、もう日が落ちてたのか」
その言葉に、透弥も軽く目頭を押さえてから、視線を上げる。
ブラインドを下ろすのを忘れたままの窓の向こうは、すっかり夜景だ。省庁関係の明かりが少なくなっているから、時計を見なくてもかなり回っていることはわかる。
まとめるように、透弥が言う。
「電車のみでの異動は、無理だ」
「だな。となると、やっぱり、第三者が関わってる路線なのかなぁ。っていうか、そもそも杉本への印象も、小池さんたちの聴取だけなんだよな」
椅子に座ったまま伸びをしつつ、半ば独り言で駿紀が言うと、透弥が視線を向ける。
「ん?」
「なら、張るのを代わればいい。杉本を張っている、と言っていただろう」
「ああ、杉本の路線で行くなら、今のところボロ出すの待つしか無いから。確かに、追ってみればどんな人間か、一端はわかるな」
駿紀の手が、受話器を取る。

[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □