[ Back | Index | Next ]


癪な師匠と弟子
 向けの

もし君の目の前にいる魔法使いが指を鳴らすだけで移動してみせたら、十中八九、移動した先には行ったことがある。
もしくは、よほど具体的なイメージを浮かべることの出来る依頼人が側にいるか、とてつもなく方向感覚があるか、だな。
ま、どちらも珍しいけどね。
ようは、魔法使いにだって土地感は必要だってこと。
普通の人が通らない道を通ってるだけで、どこかに移動するってことには変わり無いわけだからさ。
もし君の知っている魔法使いが指を鳴らすだけで世界中どこでも行けるってなら、その魔法使いは文字通り世界中に行ったことがあるんだよ。
で、俺は指をちょいと鳴らしてとあるお屋敷の庭に移動してきたところ。
そう、来たことがある場所ってこと。ホントのところ、魔法なんて使わなくても入れる方法知ってるんだけどさ、この頃は大魔法使いって呼ばれてる師匠の弟子だって知れちゃってるから、万が一なんてことがあると、申し訳がたたないってわけだ。
ようするに、ここにいるのは立派な不法侵入ってワケ。
見事に咲き乱れる花々の中で、ひっそりっていう形容がぴったりの一本を手折る。
それから、背後のテラスへと向き直る。
視線が合うと、すっかり小さくなった婆さまが、ちょこん、と頭を下げる。
「とうとう、椅子から一人で立てなくなりました」
上品な口調で、婆さまは淡々と続ける。
「お手数をおかけしますが、私の分も手折っていってはいただけないでしょうか」
返事の返わりに、俺は婆さまの言葉通りの行動をとってやる。
婆さまは、にっこりと微笑む。
「ありがとうございます。私がいなくなった後も、庭園はこのままにするよう、毎年この日は誰も入らぬよう告げてありますから、どうか……」
俺は、軽く頷く。
まだお嬢様だった頃から知ってる人が、こうして老いていくの見るのは不思議だよな、なんてぼんやり思いながらね。
いつまで感傷的になっててもしょうがないってことで、俺は軽く指を鳴らす。
俺の立っているのは、小高い岡の上。
さっきまでいた屋敷のある街が、遠く一望出来る場所。
風が通って、さっきまでのところよりもずっと気持ちがいいけどね。
知ってなきゃわからないほどの小さな墓標に、持ってきた花を二輪、そっと置く。
あの頃と違って、俺はたくさんのことを出来るようになったけど。
ここに来たら、なにも変わらない。
花を置いて、ただ見つめるしか出来ない。
俺がこの墓の下に眠る彼女に出会ったのは、もう遠い昔のこと。
いまいましい救済院から出て、ダウンタウンとか裏通りとか言われる場所でどうにか生きてけるようになった頃。
世の中、金持ってる連中はとことん有利に出来てて、底辺ってな場所に生きる人間は生かさず殺さずみたいな具合なわけ。でも、ま、そんなことに文句言ってるヒマあったら、ともかくその日生きてく為の何がしかを稼がなくちゃならなかった。
どんなに頑張っても一人が息してくので精一杯。それは大人も同じコト。
だから、困ってる誰かを助けるなんてのは愚の骨頂ってのは当たり前に子供だって知ってる。
結果的に、返って残酷なことになるからさ。
でも、あの日の俺は、きっとどうかしてたんだな。
彼女が変わってたってのもあるけど。
それは、どうみても上流とかっていわれる連中、言い変えりゃ支配層って部類に属するトコから落ちぶれてきたって感じだったことじゃあなくて、ひどい絡まれ方してんのに、どうあっても離そうとしないソレが本だってことだった。
もっとも、下町で食べ物以外に血道を上げるなんてのは、ただの馬鹿だけどな。だって、食えないんだから。
こいつ、ちょっと頭にきちゃってんのかなって、最初は思った。
んなのに付き合ってるヒマなんかないから、とっとと通り過ぎようとしたらさ。やっちゃったんだよね。
眼が合ったわけ。
ところがこれが、ホントに綺麗な瞳だったんだ。
必死で抱え込んでる本が、命捨ててでも守りきりたいもんだって、ものすごい伝わってきてさ。
気付いたら、絡んでる連中をのしてた。
躰はちっちゃかったけど、すばしこいのには自信があったし、救済院でも鍛えてたし、当然っちゃ当然の結果だな。
彼女も、あの界隈で助けられて、すぐに素直に礼を言うのが妥当かどうか考えるだけの経験は積んでたらしい。
何者が現れたのかって顔つきで、俺を値踏みしてた。
俺は、そのままほっとくつもりだったんだ。
でも、振り返って彼女ともう一度視線があったら、やっぱりものすごく綺麗な瞳でさ。
本なんか抱え込んでるのなんて、馬鹿なのに。
「貴方、文字覚える気ない?」
「あんた、何個言葉話せるんだ?」
彼女と俺が口を開いたのは、同時だった。
あの界隈で他国語自国語問わず、読み書き出来るってのはまず無い。だから、知ってりゃ、ちょいといい仕事が入る。
二人分の食い扶持くらいは、簡単に稼げるようになる。
彼女と俺の、奇妙な共同生活が始まった。
俺は、彼女の言うところの出来のいい生徒だったから、二人分の食い扶持を稼げるようになるのに、そうはかからなかった。
だから、共同生活は実に順調だった。
いくつか前の生活から持ち込んでた彼女の持ち物見て、やっぱり上流階級の出身だってのは確信したけど、なんでこんなとこに来たのかなんて野暮は尋ねなかった。
それどころか、下町では必要ないって言われてる名前さえも。
名前ってのは中流以上の特権だから、俺にも無かったしね。
あの頃は、遠くなったけれど。
でも、俺ははっきりと思い出すことが出来る。
彼女の笑顔や、声や、手を。
いつからか、姉さんってのがいたら、こんなんなのかなって思ってた。
ある時、彼女は俺に名前をくれた。
二人だけの特別、と言って。
そして、俺が呼ぶ為の彼女の名前を一緒に決めた。
家に帰るのが楽しいとか、働くにも意味があることが嬉しいとか、たくさんのことを彼女は教えてくれた。
でも、お互いに知ってた。
そんな時間は、長く続くはずないってこと。
上流階級ってのは、本当に大事に育ってるもんだから。だから、俺の稼ぎくらいじゃ、やっぱり無理が重なってってた。
彼女は病床で、下町に来る前から病気だったんだ、と言っていたけど、でも酷くなったのは、やっぱりあの町の生活のせいだ。
あともう少ししか時間が無いって二人がわかった時に、ただの一度もなにも願ったことが無かった彼女が、言ったんだ。
街が一望出来る場所に埋めて欲しい、それから、とある屋敷に咲く花を一輪、供えて欲しい、と。
その花が、彼女の大切な花だから、と。
俺は、彼女の望みどおりにこの丘に墓を作って、それから屋敷に忍び込んだ。
そこが、かつて彼女のいた場所なのだと、なんとなくわかった。
そして、一人のお嬢さんに出会ったんだ。
見られてるのをわかってて、俺が黙って言われた花を一本手折ると、彼女にはなんとなく察しがついたみたいだった。
眼に一杯の涙をたたえて、言ったんだ。
「お願いです。私の分も、花を供えて来てはいただけないでしょうか?」
あの日からずっと、毎年のように俺はあの屋敷に忍び入っては、俺の分とお嬢さんの分と二本の花を手折り、この丘へと来る。
師匠の弟子になる前も、なった後も、それだけは変わらない。
ああ、ヒトツだけ変わったかな。
師匠の弟子になってからは、毎年この日は晴れなんだ。
俺は、自分の勝手の為に天気を変えるなんて真似はしてないけどね。
けっこうな年月が流れてるけど、不思議なくらい毎年良く晴れる。
気持ちよくってけっこうなことだ、と俺は伸びをする。
師匠の弟子になって良かったって思うのは、こんな時だね。
時間が人よりゆっくり流れる分、たくさん彼女に花を持って来れるからさ。
さて、街によってお徳用うめこぶ茶でも買い足して帰ろっかな。


2004.07.26 The aggravating mastar and a young disciple 〜Offering of flowers〜

[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □