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癪な師匠と弟子
 ばば

彼はこの街の出身なんだけど、ちょっと変わった部類に入るかもしれない。
ま、たいしたことじゃないんだけどさ。
たんに、一度も師匠の家に遊びに来たこと無いってだけだから。
でも、街の子供にとって、ここに来るのは通過儀礼みたいなとこがあって、行かないヤツは意気地なしと苛められるくらいだから、来なかったってのはやっぱり変わってるんだろうな。
もっとも、彼を苛めようとして成功したって話は聞かなかったし見なかったけどね。
腕力はごくごく普通だったけど、幼い頃から彼はずば抜けた知性を持ち合わせてたから。
相手に嫌な思いをさせるわけじゃない。
かといって、自分が不愉快な目に会うわけでもない。
さらり、とかわしてみせてた。
それは、成長してからも変わらずで、いつの間にやら彼は若くして宰相と呼ばれるようになったってな具合。
人が便宜的に呼ぶ呼び方でいくなら、天才ってヤツだ。
実際、彼は宰相に向いてると思うな。
今のこの国は、大きかないけど、実に暮らしやすいと思う。
師匠の大好きなお徳用うめこぶ茶も、随時入荷されるしね。
って、話が逸れてきたな。
ともかくだ、その彼が、初めて師匠の家に顔を出したわけだ。
俺としては、ちょっと驚くべき出来事。
それ以上に、やっぱりってのが大きいけどさ。
お客様にお徳用うめこぶ茶ってわけにいかないから、俺は彼の前に香りのいいお茶を出す。
彼は、軽く頭を下げてみせ、お師匠に向き直る。
「珍しいお客を迎えたものじゃな」
師匠は、面白くも可笑しくもなさそうな口調で、挨拶ともなんともつかないことを言う。
彼は、微苦笑を浮かべる。
「隣の某馬鹿王が、分も常識もわきまえず、魔法使いを集めては馬鹿をしているという、あまりありがたくはない状況が続いているのはご存知かと思いますが」
「そうさな、これだけ延々と懲りずにやり続けてれば、わしの耳にも入ってくるわ」
聞き惚れるくらいにいい声で馬鹿を連呼するのが小気味良かったのか、師匠の口調がいくらかやわらぐ。
彼は美味しそうにお茶を口にしてから、ずばりと核心に入る。
「中の大馬鹿者が、禁忌に手を出しました」
師匠は、軽く眉を上げる。
俺は、部屋の片隅に立ちながら、笑みを消す。
禁忌魔法。それは、人としての営みを歪ませる、絶対に使ってはならないとされるモノだ。
だけど、案外、これがまた簡単に使えちまうんだよな。厄介なことに。
無論、それなりに高位の魔法使いじゃないと駄目だけど。
「禁忌とな。なにを根拠におっしゃっておられるのかの」
世間話でもするような口調で、師匠は尋ねる。彼も、今年の取れ高でも報告してるかのような平静な口調で続ける。
「先日、国境の村に侵入した一小隊がありまして、相手をした兵士たちが口々に急所を刺しても首を落としても死なぬと言います。最後は火で対応したようで、まぁどうにかこうにか食い止めたわけですが」
手にしていた小さな袋から、小さな瓶を取り出して机に置く。
「村人の中に、少々のまじないを心得ている者がおりましたようで、骨を拾って兵士に預けてきました。賢明な処置といえます」
「確かにのう」
頷いて、師匠は俺へと視線を向ける。
俺は、思いきり眉を寄せる。
「なんです?」
「寝ぼけたことを言えと誰が言うた」
師匠の言葉に、俺はますます不機嫌な顔つきになる。
「嫌ですよ。そんな臭うもの開けたら、鼻がひん曲がります」
「ふん、面倒くさがりめ」
余計なことを呟いてから、師匠は彼へと向き直る。
彼は、ただ静かな視線を師匠へと向けている。
「あれを行かせるのがええじゃろう」
「しーしょーう?」
俺の声が低くなったのを、うるさそうに手で払いながら師匠が言う。
「修行に決まっとろうが、とっととせんか」
修行。
そう、修行ね。
大変に良くわかってはいるけど、それでもさ。
やっぱ、厄介ごとは関わりたくないわけだよ。今回の場合、それよりもずっと他のことが嫌なんだけど。
彼は、師匠自身が動かないことにも俺が行くことを修行と片付けられたことにも、全く動じるどころか、にこりと笑って俺に頭を下げる。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
ああ、チクショウ。
そうだと思ったんだよ、最初、彼がここに来た時からさ。
俺にも義理でなくちゃんと礼をつくしてさ。弟子だから下って見方、全然してないのな。
そういう相手だからこそ、俺、行きたくないんだけど。
でも、こうして頭まで下げられちゃ、俺もこれ以上はゴネるわけにもいかない。
ほんのこっそりとため息をつくと、にこりと爽やかに笑ってやる。
「俺の方こそ、未熟者ですがよろしくお願いします」
魔法使いの礼通りに、頭を下げる。
引き受ける瞬間から、修行は始まってるからね。
少しでも手を抜いたら、後から師匠の説教どれだけ聞かなきゃいけないか、知れたもんじゃない。
俺は、ヒトツだけ確認をする。
「契約はもちろん有効なんでしょうね」
「当然じゃ、わしは期限を切った覚えは毛頭ないわ」
俺の口元に、別種の笑みが自然と浮かぶ。

家を出て、歩き始めたところで彼が問いかける。
「契約とは、かの大会戦の時に結ばれたとされるものでしょうか?」
「よくご存知ですね」
俺の目は、多分、見開かれてる。
だって、あんなの、この国の関わる歴史の中じゃ相当に古い。普通、俺らが何気なく会話してるのを結び付けられるヤツはいない。
彼は、嫌味無い笑みを浮かべる。
「貴方方は、この国のこと、この世界のことを大変に良くご存知でいらっしゃる。何も知らずに伺ったのでは、失礼極まりないと言われても仕方ないことです」
気負うわけで無く、本当にそう思ってるって声。
俺は、視線を前へと戻して口を開く。
「この世には三種の人間がいますが、大抵は二種に分けられます。すなわち魔法使いを利用しようと考えていて、その力をみせつけられて慄く者。その力を見た故に、利用しようと野望を抱く者。そして、大変稀に、きちんとわかって下さる人」
俺は、彼へと視線を戻す。
「貴方はわきまえている方だ。それゆえに選択権を差し上げましょう。俺の仕事を目にするもしないも、貴方の自由です」
ヒトツのことを、俺は珍しく祈っている。
今まで、こんな人間が現れたことは無い。現れたとしても、俺はさらりといつも通り出来ると思っていた。
そのはずだったのに、がらにも無く、俺はヒトツのことを祈っている。
彼は、しばし考えてから、にこり、と笑う。
「ぜひ、見せていただきたいと思います」
ぜひ、と来たか。俺は顔で笑いながら、内心がっかりとする。
祈るなんてこと自体が馬鹿げてるけどね。
俺は指を一本立てる。
「では、ヒトツ魔法をかけさせてもらいます。今から行く場所で、貴方は存在しないものとして扱われるというものです。相手から見えないし、あらゆる攻撃も魔法も通じません」
彼が頷くのを待って、俺は手で簡単な文様を描き出しながら呪文を唱える。文様は、呪文に合わせて様々な色へと変化していく。
ちょいと大げさ目の方が、守られてるって感じがするからね。
雰囲気ってヤツだな。
魔法のかかり具合って、かけられる方の精神状態ってけっこう効くもんなんだ。
ひときわ文様が煌いて、呪文が終わる。
俺は、にっこりと笑う。
「隣国の王城と、その地下室の位置はよくご存知ですね?」
「もちろんです」
彼も、にこりと笑い返す。
「では、しっかりと思い描いて下さい」
言いながら、俺は複雑な移動陣を指一本で地面を指して描いていく。
正直なところを言っちまうと、実は行ったことあるんだけどね。だって、どんなとこか興味あったし。
ただ、ちょいと厄介な場所なんで、行ったことあってもそこそこのヤツを描かなきゃなんないんだけど。
今日は連れもいるから、誤差が無いようしっかりめにね。
霧のような煙がたって、俺たちをみるみる包み込んでいく。
そして、あっという間に隣国の城の地下、馬鹿共が大魔法使いでさえも魔法の臭いを嗅ぎわけられないと信じて疑ってない場所へってわけだ。
奴ら、目と口開いてぽかーんとしてやがる。
一瞬、何が起こったのかわからなかったらしい。
俺は、隣にいる彼のことは忘れることにして、にやり、と口の端に笑みを浮かべてやる。
「どうも、コンニチハ」
中の一人は、俺のことをどうやら知っているらしい。我に返って言い返してくる。
「無断で他人の魔法場に入るとは失礼極まりないと心得よ。お前は師匠に何を学んでおるのだ」
はーいはい、確かにあんたの方が魔法使い暦は長いわな。でも、俺のが常識はずーっとわきまえてる。
てめぇみたいなのだけには、失礼とかいう単語は言われたかないね。
なんてのを押さえ込みつつ、俺は言う。
「なんだかかぐわしい禁忌魔法の臭いがしてきたもので、まさか契約を忘れたわけではあるまいから、タチの悪いイタズラでも受けてるのだろうと師匠が心配して俺を寄越したってわけですよ。魔法場に来るのが、イチバン手っ取り早いですから」
無論、師匠も俺もタチの悪いイタズラなんて思ってもいないし、ヤツらだって俺らがそんな風に好意的に取ってるなんて思いはしない。
「これはこれはご親切に。無論、契約を忘れたことなど一瞬たりともないとも。ほら、どこにも禁忌の気配などないだろう?」
ホント、こういうのは救いようがないよな。
弟子になんかわからねぇと思ってるのな。
俺はにこにこと笑ったまま、こくりと頷いてみせてやる。
「そうですねぇ」
指を軽く鳴らしてやる。
「そんな気配は、ちーっともありませんねぇ」
言いながら、指を鳴らすたびに禁忌魔法の為の道具がヒトツずつ宙に現れては破壊されていく。
本は燃え出し、道具は破裂し、薬は煙へと変じて。
顔色を変えたのは、相手の方だ。
当然だろう。隠したはずのモノを簡単に出されて、その上、全くダメージを受けずに全部壊してくんだから。
というより、魔法が破れる反動は、全部作った連中の方に行ってるっていうのが正確だね。
ほうら、一人耐えきれずに血反吐吐いた。
しっかし周りも冷たいもんだね。
一人じゃ高位禁忌使えないから共同魔法にしてあるわけだ。するってえと、魔法破れの反動は弱いヤツに集中する。
ようは今さっき血反吐吐いたヤツに、これでもかって勢いで降りかかってるのに、少しでも助けてやろうともしないんだから。
それどころか、誰もがあわよくば一人逃げ出そうって必死で隙を狙ってやがる。
残念だったな、あんたら這い出る隙なんて、これっぽっちだって無いよ。
長帳場にする気もさらさら無いしね。
俺は、最初と変わらない笑顔を浮かべたまま告げる。
「契約違反のようですね」
余裕の顔つきで口を開こうとした一人の表情が凍る。
そりゃそうだろう、他人の、ましてや大魔法使いって呼ばれる師匠の作った魔法契約書を手にしてるのを目の当たりにしてるんだから。
でも、驚くのは早いな。
「残念ながら、契約終了です」
無造作に契約書を握り潰す。
これで、俺の仕事はおしまい。
後は、いつだったか師匠が押し留めた魔力が片をつけるだけだ。
あたりは、かつてと今現在の命請いの声と、変に契約書なんぞに押し込められてたせいで暴走してる師匠の魔力による破壊で、あっという間に阿鼻叫喚。
ったく、師匠もよくもまあ、これだけの破壊魔法を押し込めといたもんだよ。
俺でも反動がすごいのを感じるくらいだもんな。
いつまでも愉快ではない光景を見守る気はないので、後始末だけ仕掛けて、とっとと退散を決め込む。

戻った先は、彼の私室だ。
師匠の家からじゃ、けっこうな距離があるからさ。アフターサービスってヤツだな。
彼はどこに戻ったのか理解すると、にこり、と微笑む。
「お手数をおかけしました」
丁寧に頭を下げてから、更に笑みを大きくする。
「大魔法使い殿には後ほどお徳用うめこぶ茶をお届けするとして、さしあたりは一杯お付き合いいただけませんか?」
弟子と呼ばれている人間がアレだけのことをやったら、大概の人間なら引くんだけど。
さすがの彼だって、そうだと俺は思ってた。
だから、俺は虚をつかれた顔してたと思う。
だって、仕事こなす前と変わらない笑顔だったから。
彼は、いくらかはにかんだ笑みになると、付け加える。
「もしも良かったらだが、友達になっていただけるとありがたい」
俺は、にやり、と笑い返す。
「そりゃ、こちらこそお願いしたいことですね」
それから、軽く首を傾げて付け加える。
「って、友達ならタメでいいかな」
「だね」
彼も、笑い返す。



それから、俺たちはヒマを見つけては好き勝手なことを喋り合う仲になった。
国王が理解ある人間だったおかげで、余計なことを言われることもなく、俺らは勝手に行き来した。
話してたのは、政治にも魔法にも関係ない、しょうもないこと。
それは、ずっとずっと続いた。
彼が、宰相と呼ばれるにふさわしい外見になり、見事な引き際で引いて隠居した老人になった後も。
俺が変わらぬ姿であっても、彼はいつも同じ笑顔で迎えた。
俺も、いつも変わらぬ顔してた。
互いに、わかってた。
人間が魔法使いと付き合うってどういうことなのか。
魔法使いが人間と付き合うってどういうことなのか。
最後の最後まで、俺らは友人だった。
彼は、やっぱり変わった人間だと俺は思う。
だって、俺と付き合えるんだからさ。
どんなに長い時が流れたとしても。
師匠の大好きなお徳用うめこぶ茶の味が、リニューアルとやらで少々変わるくらいの時が流れても。
俺は、彼ほどの友人に出会うことはない。
師匠の修行は、どっかほろ苦くてやっぱ苦手だ。
嫌いじゃあ、ないけどね。


2004.08.21 The aggravating mastar and a young disciple 〜Only bosom friend〜

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