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癪な師匠と弟子
 を知りを知れば

いかにも中流からのし上がって上流になりましたってな小太りのおっさんは、俺の顔に唾飛ばしそうな勢いでまくしたててる。
正確には、おっさんの唾が届かない位置に俺が立ってるわけだけど。
にしても、これ、いつになったら終わるのかって考えると気が遠くなりそうだな。
あれだけ、大魔法使いはよほどのことがないと魔法は使わないって世間様に叩きこんどいても、このテのわからず屋は必ず現れる。
そんなんだから、どうして娘さんが誘拐されたのかもわからないんだよ。
魔法を使わなくったって、俺にだってわかるのにね。
確かにおっさんにとっちゃたった一人の大事な娘さんで、娘さんも心からおっさんのこと大事にしてるってのもわかってるよ?
だからってさ、おっさんにとって命より大事な地位とか金が、娘さんにとっても同じように価値があるとは限らない。
おっさんが何か何でも抜け出そうとしてた中流にいた時さ、娘さんは周囲に不満なんかちっともなかったどころか、すごく幸せそうな顔してたって、知らないんだろうな。
世の中、金がなきゃどうにもなんないこと、あればどうにかなることってのが山ほどで忘れがちだけど、金があったってどうにもならないことってのも、案外多い。
おっさんが無理矢理に上流になろうが、勝手に嫁入り先を決めてこようが、娘さんが笑顔だった理由はね、大事な人を守るためだったんだよ。
幼馴染みで、ずっと一緒に過ごしてきた彼氏をね。
手を繋いでたって、周囲皆が微笑ましいとしか思わなかった頃から、ずっと未来まで一緒にいようと約束してた。
何でそんなこと知ってるかって、街に師匠の代わりに用事を済ませに行った時に偶然聞いちゃっただけなんだけど。
それはともかく、取り返しがつかなくなる前に、二人は最後の決断を下したってわけさ。
なぜ、娘さんが家出じゃなくて誘拐ってことにしたかって、理由は簡単。
家出じゃ、いくらおっさんでも心当りが絞れちゃうからな。その点、誘拐なら、命の危険もあるから下手に騒げない。
しかも婚約間近となったら、どんながさつな人間だったとしても慎重にならざるを得ないって寸法。
時間稼ぎにはもってこいだ。
っと、あんまり思考逸らしてると話をちっとも聞いてないのがバレちまうな。
にしても、おっさんの勢いと根性には頭が下がるよ。
ほとんど息継ぎ無し、たまのも瞬間のみで、未だ舌がもつれてくる気配すらないってのは一種才能だ。
せっかくなんだから、他で生かせば良かったのに。
それからね、身に付けといた方がいいことがある。
金と労力の使いどころってヤツ。
おっさんが、ここでどんなに見事な話術を見せようが、心に響くような訴えをしようが、師匠が動くってのはあり得ないんだ。
それはもう、絶対の保証付でね。
娘さんが誘拐されたとわかった時点で、おっさんがすべきだったのはヒトツ。
婚約させようとしてた相手の家に、そっと行ってだね、娘が誘拐されたってことを打ち明ける。
もちろん、極秘を約束にごく親しい人々には婚約が内定してるってことを言っちまったってこともね。
それこそ相手の家は、全身全霊傾けて娘さんを取り戻してくれたろうさ。
上流階級にとって、恥は命取りなんだよ。
その原因を取り除ける為にはなんだってやるし、代々受け継がれてきたちょいとした闇ルートってのも持ってる。
世の中には、師匠と違って、地獄の沙汰もなんとやらで積むモノ積めば動く魔法使いなんてわんさかいるしね。
もちろん、表立ってやったらマズイから、そっとだけどさ。
だから、闇ルート。
互いによほどの信頼がなきゃ動けない。
おっさんみたいに、上流新参者なんて、とてもじゃないが相手にしてもらえない。
そういう時こその処世術なんじゃないのかな。
ほんの微かにだって自分の家が関わってることにされてるとなったら、それこそ絶対の保証付で動くよ。
まぁ、上流階級にのし上がろうと思ったら、ただ金貯めてるだけじゃ無理だからさ。
金撒きながら、相当の根回ししたんだろうから、闇ルート知らないわけじゃないんだろうけど。
それ知ってて師匠のトコ来たんだってなら、根本ちっとも理解してないってのを派手に露呈したってわけだ。
上流の連中は、それこそ爪の先ほどの恥だって許せない。
おっさんが、娘さんの嫁入り先信頼せずに師匠のトコで大騒ぎなんて知られてみな?
誰も、表立っては絶対に口にしない。
それでいて、誰もがそっと言い伝えるんだよ。
おっさんは、ただ上流階級に取り入る為に嫁入り先を決めたんだ、とね。
おっさんの方はいいだろうよ。
連中もまだ、中流階級の流儀を振りかざす愚かな成り上がり者としか見てないからさ。
でも、相手は違う。
金に眼がくらんで、愚かな成り上がり者と縁組を決めた度し難き者の烙印を押されるんだ。
そして、そんな烙印に甘んじるような連中じゃない。
全身全霊を傾けて、おっさんという存在を消しにかかるだろう。
上流階級に顔を出した形跡など、跡形無くされるよ。
家名を守る為なら、なんだって出来るんだ。
表向きは、一点の傷もない。
それが、上流って証拠なんだよ。
おっさん、上流ってのは庶民の階級の中で、最上級なんだとしか思ってないだろう?
中流や、ダウンタウンでしか生きることの出来ない連中を食い物にして、自分たちだけ好き勝手に生きてるんだって思ってるだろう?
確かにそれは、一端の事実だよ。
しょせん、一端は一端でしかないけどね。
誰もが見て羨むような生活しようと思ったら、さすがと言われる家にならなきゃならないのさ。
日々の生活に追われてる者たちからすればアホらしい限りかもしれないけど、それが彼らの生き方で、ルールなのさ。
些少なりともルールから外れることは許されない。
さて、おっさん。
どうするよ?
二つもルール破っちまってさ。
一つ目は、婚約先の家に思い切り泥を塗ったってこと。
二つ目は、些事で大魔法使いを煩わせたってこと。
ここぞって時に頼りにしたい相手は、ちょっとやそっとじゃ煩わせたりしないもんなんだよ。
国政に近い場にいる彼らは、頼みどころを知っている。
知らないってだけで、恥なのさ。
初心者だからって、評価が甘くされることは無い。
いやしくも上流と名乗るならば、それは絶対なんだよ。
さて、そろそろおっさんも、師匠が動かないという事実が脳に染み入ったかな。
いくらか、舌鋒の力が無くなってきてる。
まくし立て始めてから、一体どのくらいの時間が過ぎたのかわからないけど、やっとこ些少の沈黙だ。
俺は、いかにも殊勝な心持ちっぽい顔をつくる。
「お察し申し上げますが、師匠はお役に立つことは出来ません」
いやもちろん、本当の意味でじゃないよ?
皆の小間使いになる気はないってだけでさ。
大事な人の家で息を潜めてるだろう娘さんを、おっさんの前に呼んでくるくらいは自己流の魔法使いもどき以外はあっさりやってのけるだろうさ。
まじない程度の魔法避けくらいしか、中流じゃ手に入らないもんな。
ともかくも、これだけ訴えても、最初と全く表情も声色も返事も変わらない俺に、やっとこ事実を把握したらしい。
すさまじい色に顔が変色したところ見ると、怒り心頭なんだろうな。
けど、さすがに大魔法使いの家で、それをぶちまけないほどの分別は持ち合わせてるらしい。
半ば捨て台詞のような挨拶を残して、背を向ける。
ふう、やれやれ、一仕事終了だな。
こきこきと肩を鳴らしてると、背後の扉が開く。
眉がすっかり寄った師匠が顔を出す。
こりゃ、そうとうご機嫌ナナメだぞ。
身構える俺に、ぼそり、と尋ねる。
「帰ったのか」
「帰りましたよ、やっとね」
肩をすくめると、ふん、と師匠は鼻を鳴らす。
「いやしくも上流と名乗るならば、最低の礼儀は心得んといかん」
ぶつぶつと言いながら、本棚を覗き始める。
なるほど、調べたい本があったのに、おっさんのせいでこちらの部屋に来ることが出来ず、かといってヘタに魔法を使って呼び寄せるわけにもいかず、いまかいまかと扉の前で待っていたらしい。
家の中じゃ、無闇に魔法使わないってのが、この家のルールだからさ。
そりゃ、機嫌悪くもなるわな。
「で?」
自分の調べたい本を手に取りながらだから、俺に背を向けたまま師匠が言う。
無論、家出した方の娘さんと、想い人の方がどうしてるかって意味だ。
俺は、おっさんがまくしたててる間におっさんの後ろの窓に映し出して見てたことを報告する。
「婚約するはずだった家には、手を回したようですね。持参金として持ちゆくはずだった資金をうまく使ったようですよ。あとは、結婚許可証が出ればいいだけです」
「時間がかかりすぎではないか?」
もう一度肩をすくめる。
「婚約するはずだった家に回す資金だけでいっぱいいっぱいだったみたいですよ、なんせ金がかかる連中ですからね。もっとも、金を惜しまなかったからこそ、無事にいられるわけですが。娘さんの方が、よっぽど上流ってのがなんなのか、わかってるみたいで」
師匠の、本をめくる手が止まる。
「で、役所の方は明らかにわけありな二人に許可証を出していいものかどうか迷ってるわけです」
ふん、と師匠はもう一度鼻を鳴らす。
「使いに行ってこい、必要なものはわかっとるじゃろう」
に、と俺は口の端を持ち上げる。
「もちろんです」
おっさん、もうヒトツ教えてやるよ。
師匠を機嫌悪くさせるほど、恐ろしいことは無いんだよ。
敵に回してロクなことはないに決まってるんだから。
俺は、のんびりと歩き出す。
師匠が作ろうとしてるちょいとした魔法薬をつめる瓶を買って、役所にご機嫌伺いに顔を出して。
お徳用うめこぶ茶は、今回はいいだろうな。
どうせ、数日もすれば山ほど届くだろうからさ。
わけのわかった、娘さん夫婦からね。


2004.09.16 The aggravating mastar and a young disciple 〜Work out enemy, work out yourself〜

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