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癪な師匠と弟子
 よりわりし

近頃、なんだか世間サマが騒がしい。
とはいっても、魔法使い限定だけどね。
たいていのことじゃ騒がない連中が、寄るとさわるとそのウワサって具合。
なんせ、古の大魔法使いが記した魔法書が出てきたらしいってんだから、さもありなんってヤツだ。
どのくらい昔のかって、魔法使いが古なんて言うんだから、かなり前のだな。人だったらそれこそ、太古のなんて表現するくらいかな。
それだけでも魔法使いたちには魅力だってのに、さらには大魔法使いの記した魔法書ときたもんだ。
しかも、話によると、この世界を思うがままにすることの出来る、とんでもない魔法なのだとか。
ま、それがホントだとしたらさ。
そのうち、人の方も大騒ぎになるだろうな。
だって、大魔法使いが記した世界をどうにでも出来る魔法書なんて言われたらさ、間違いなく禁忌だと知ってたって試してみたくなるだろ。
魔法使いも、感情だって好奇心だって持ち合わせてる。魔法って特殊な力を手にしてる分、自制心を働かせてるってだけでさ。
使わないにしても、どのような魔法が記されているのか知ってみたいとは思うわな。
読むだけでやられそうなヤツは手にしてみたい、それも叶いそうに無いヤツは書物を拝むだけでも。
一種のお祭り状態みたいなもんかもな。
ほら、周りが妙に盛り上がってると、なんとなく自分も盛り上がんなきゃ、みたいなのってあるだろ?
そんな中、水を注すとしか言いようの無い空気なのが、師匠と俺。
師匠が興味ない理由なんて俺の知ったこっちゃ無いけど。
俺の方はどうしてかっていうと。
そうだな、事の行く末は容易に想像つくじゃないか。
古の、大魔法使いが記した、この世界を思うがままに出来る、魔法書。
どこまでがホントかなんてわからないけど、ここまでのウワサになっちまった。
で、ウワサも七十五日とか言うけど、そうは行かない内容ときた。
実際のところ、その魔法書がたいしたことが無くても、このままウワサにさらされ続ければ、何らかの力を持ってもおかしくは無い。
言霊って言うくらいだからな。
中には、ただお祭り騒ぎに乗ってるだけでなく、状況を危惧してるヤツも山ほどいる。
そもそも、ウワサが真実だとしたら、このままほっといていいシロモノじゃない。
おかげで、師匠のとこには、ここ数日、どえらい勢いで手紙が届き続けてる。
どれもこれも、内容はともかくも、ウワサの魔法書のことばかりだ。
なんだか不機嫌な顔つきで師匠は手紙を読んでは、ぽい、とほおるように積み上げていく。
どのくらいの山が出来るのか、試してでもいるのかねぇ、まったく。
そのうち必要なくなったら、掃除するのは誰だと思ってるんだよっての。
もちろん、口にして言わないだけの分別ってのは持ち合わせてるからさ、不機嫌な師匠に意見するなんてアホな真似はしないけど。
にしても、なにをそんなに不機嫌かな。
うめこぶ茶の減りっぷりが、当社比ってヤツで二倍超えそうな勢いだ。
そんなに不快なら、とっとと手ぇ打ちゃいいのに。
関わり合いになりたくないってのも、そりゃそれで師匠の意思と言われりゃそれまでなんだけどさ。
それならそれで、もう少し気分良く過ごさせてくれないものかね。
このままじゃ、お徳用うめこぶ茶を倍量買っとかなきゃなんて思い始めた頃、トドメの手紙が届いた。
東の大魔女からだって、俺にもすぐにわかったね。
香っていうんだっけか、独特の香りが漂ったかと思えば、聞き覚えのある声に変じて一言。
「そっちに近い臭いがするから、どうにかしてよね」
ったく、大魔法使いってのは、人に押しつけるのが得意らしい。
相変わらず不快そうなため息をついた師匠が、一言。
「ほれ、丸く収めてこい」
「はーいはい」
そろそろ来る頃だとは思ってたからさ、俺はあっさりと頷く。
どうせ、ごねたところで修行の一言で片付けられるのがオチだ。不機嫌な師匠に下手なことを言って説教食らうくらいなら、素直に聞いとくのが得ってもんだよな。
「はいは一回じゃ」
いつもより剣呑な師匠の声に、俺は背で手を振る。
余計なこと聞いてるヒマは無いっての。
どういうことかって、そりゃ俺にだって人並の好奇心はちゃんとあるってことさ。
冷静に推移を見守っていたのは、絶対に結果的には俺のとこに回ってくると思ってたから。
なんでかって、そりゃウワサになる前から知ってたからだな。
えらい勢いで、強烈な魔法臭が漂ってきたんだよ。
ま、もっとも臭い流した大元は、そんなつもりは全く無いんだろうけども。
俺にも正確にはわからないけど、多分、最高位なんて奉られる上位魔法使い達が、なんとなくほんの微かに感じるってくらいだろ。
隠すものは現るってヤツだな。ひっそりと噂してたのが、あっという間に広がったってわけだ。
俺は、ちょいと鼻の頭へと手をやって、あんまり臭うんで、ひっそりやってたマスクを外す。もちろん、人様にみっともない姿は見せない主義なんで、相応のヤツだよ。
相変わらず臭ってんな。こんな鼻ひん曲がりそうな勢いで臭い垂れ流されたら、大元がどこかわかりにくいったらありゃしない。
俺はちょいと指を鳴らして、ざっと風を吹き上げる。
一度、周囲の臭いを散らしたってわけ。
で、もう一回指を鳴らせば、漂ってきてる臭いは糸へと変じるって具合だ。
三度指を鳴らせば、目的の場所へと辿りつく。
山深いっていや聞こえはいいけど、万年雪のド真ん中ってのは少々いただけない。
必要外の長居は無用だな。
「上手に隠れたはイイけど、かくれんぼの鬼に忘れられちまったお子様ってとこか?」
俺の言葉に、カチンときたらしい相手が反応する。
具体的にどうなったって、ウワサの魔法書自ら俺の鼻先に姿現したかと思えば、バラバラとページ繰りだしたってわけ。
ま、ヤツが漂わせてた臭いを正確に辿れるくらいなんだから、姿見た程度では驚かないのは当然だよな。
で、大魔法使いが記した呪文見れば、慄いて引くと思った、と。
俺は、皮肉に笑ってやる。
「勝算の無い相手にケンカ売るかよ」
言ったなり、俺は無造作に掴んで、悠々とページを繰って中身まで確かめてやる。
そこらにある本と同じ扱いに、魔法書は度肝を抜かれて反応を忘れてるらしい。
予定外のことが起これば、魔法書だって驚くわな。
それはともかくとして、くだんの中身の方。
確かにこりゃ、大変なシロモノだ。最初から最後まで、ぎっちりと、実に効果的に世界を思いのままにしたりとか、ぶち壊したり、なんて呪文が事細かに並んでやがる。
嫌んなるくらいにみっちりと書き込まれた文字は、熟読したら目が痛くなりそうだけど、一通りは確認する。
知らないヤツが混じってる場合は、対応が変わってくるからな。
でもま、それは無さそうか。
さすがに、新しい魔法を編み出すような無分別はしなかったらしい。
そこらは、腐っても師匠ってとこだな。
たいていのヤツは、魔法書を書いたのは先代か先々代くらいが書いたんだと思ったみたいだけど、これ書いたのは間違いなく師匠だ。
臭いで、最初っからわかってたことだけどね。
もちろん、古いってことは当たってる。もしかしたら、まだ大魔法使いなんて呼ばれて無い頃に書き始めてるかもしれない。
妙に力が入ってるところがあったり、書き殴られてたり、少しずつ書き足されたのが一目瞭然の文字の唯一の共通点は、機嫌の良いのが無いってこと。
ようするに、この魔法書は、師匠がやってらんない気分の時に、うっぷん晴らしに書きつけてったモノなわけだ。
最後に書いたのは、俺が師匠んとこ来るちょい前らしいな。
で、以来、ほっとかれたままになってた魔法書のヤツがしびれ切らせて存在を主張し始めた、と。ウワサになっちまったら、師匠だって無視出来ないだろ。
「お前、師匠に作られたくせに心底なっちゃないな」
俺の言葉に、呆然としたままだった魔法書は、ぴくりと反応する。
余計なことおっぱじめる前に、俺は言葉を継ぐ。
「確かにここ最近の師匠は、お前に書き加えに来なかったさ。でも、ここにあるってのが大事だったんだよ」
信じられないらしく、不機嫌そうな反応だ。
「臭い垂れ流し始めてからどれっくらい経ったか、自分がイチバンよくわかってるだろ?その間、なんで師匠はここに来なかったと思う?」
その点、とにもかくにも不満で納得いかないらしく、えらい勢いで暴れ始める。近くにいたら、ページでどっか切れそうだ。
俺は、ひょい、と上半身だけ後ろに引く。
ったく、ホント、まるでお子様だな。
というか、そのものか。
書き記されていくだけで、中に記された呪文を唱える者は誰もいないって、魔法書にとっては中途半端なままなんだよな。
記された魔法を唱えてもらう為に存在するものだからさ。誰かが手にとって、ページを繰って、必要な魔法を選んで使って。
だってのに、書き記すことさえしてもらえなくなっちまったら。
でも、それは、絶対にやってはいけないことだったんだよ。
「ここにあるってだけで、師匠は良かったのさ。これからもそうあって欲しいから、あえて来なかったんだよ。来たら、この世を滅ぼす魔法ばかりが記された存在が、ホンモノなんだって皆にバレちまうから」
駄々をこねるように舞っていたページが、ふ、と止まる。
「気付いてくれるよう祈りながら、気配が消えるのをずっと待ってたさ」
一瞬、しん、とした魔法書は、すぐに納得が行かない、とまたページを繰り出す。
言いたいことは、よくわかる。
「なんで、じゃあ、俺が来たのかってんだろ?わかんないかなぁ?師匠じゃないのに簡単に持てちゃうんだけどな、俺」
まだ、勢いつけてページをばらつかせてる魔法書を、無造作に掴み取る。
ページをつままれて、初めて、我に返ったらしい。
問いかけるように、数ページが繰られる。
俺は、軽く首を横に振る。
「俺が来たって時点で、後戻りは出来ない状況ってことだよ」
ややしばしの間の後。
魔法書は、しゅんとして閉じてしまう。
存在を知られてしまった危険な魔法書は、消えるしか無い。
その事実に、やっとのことで気付いたらしい。
師匠に来てもらいたいばかりにしたことは、目的を果たすどころか、返って自分にトドメを刺す結果になったってことにもね。
「さて、どうなるのがいいかくらいは、選ばせてやるよ」
すっかり大人しくなった魔法書へと、俺は告げる。
「灰になるも、煙になるも、花弁になるもね。ま、俺的なお勧めは、そうだなぁ」
パラパラと、魔法書をめくる。さっき内容を確認した時に、ここらに確か。
「あっちじゃ、今は絶対に降らない雪ってところかな」
なぜ、俺がわざわざ自分を開いてオススメなんぞ言うのかわからないらしい。ぽかん、と俺に開かれたページのところで止まってる。
しょうがない、もう少しヒントやるか。
「もちろん、このまま読んだら世界が凍っちまうからダメだけどな。一部引用くらいは出来るってことだよ」
ここまで言えば、さすがに理解出来たらしい。へなってたページが、しゃっきりとする。
「師匠の弟子ってことで、多目に見ろよ」
俺も、姿勢を正して立ち直す。
誇らしげに宙に浮いた魔法書から、使える呪文を拾いながら、いつもよりずっとゆっくりと丁寧に詠唱する。
いつもっていうか、滅多に詠唱なんてしないけどな。
山ほど書き記されただけの、雀の涙にもならないほど、ほんの少しの呪文を唱えてやっただけなのにさ。
そりゃもう、立派な魔法書の姿になってやんの。
師匠にとっちゃ、うっぷん晴らしがここにあるってことが、大事だったんだろうけど。
魔法書にとっちゃ、たった一度でもいいから使って欲しかったんだ。
呆れるほどにあっさりと、その姿は小さな雪の欠片へと変じて、風に乗って消えていく。
今頃、どこぞの窓辺に季節外れの雪が舞ってるこったろう。
俺は、ヒトツ、ため息を吐く。
コトの始末は最後までつけなきゃならないからな、俺はもう一仕事だ。
背を向けようとしたところで、かすかに残った気配に振り返る。
ひらり、と小さな何かが、俺の掌へと落ちてくる。
透き通った細長くて薄ぺったい氷のようなモノの真ん中に、雪の結晶の模様がヒトツ。魔法書に挟む為の特殊なしおりだ。
ははん、記された呪文を読んでもらったお礼ってワケか。
「バカだな、俺はお前を消した張本人だっての」
ホント、最後まで子供みたいなヤツだよ。
もう、どこにもない気配に、俺は苦笑を向ける。

数日後。
世間サマは、古の大魔法使いが記した魔法書の件で、まだまだ騒がしい。
なんせ、中身は恋に落ちた大魔法使いが、相手を振り向かせる為に使おうと記した、恋の魔法が詰まってたってんだからさ。
アホくさいったら、ありゃしないよな。
でも、どの大魔法使いなんだとか、相手は一体誰なんだとか。
滅多に無い出来事に、誰もが楽しそうに噂をしてる。
もちろん、存在が消えちまったってことも、一緒にね。
これで、魔法書を探そうってヤツもいなくなるだろ。だって、中身が恋魔法じゃな、使えないことこの上ない。
よって、わざわざ消えた気配掘り起こすような物好きもいない、と。
自分まで恋の魔法書を記した候補に入れられて、師匠は相変わらずの不機嫌だけどね。
ま、それっくらいは、自業自得ってことにしといてもらわないとさ。
不機嫌な分、増量消費されるうめこぶ茶は、俺がいれるんだしさ。
ほーら、またお呼びだ。
俺は、自分が学んだ魔法を整理する為に記してるノートへと、雪の結晶の模様の入ったしおりを挟んで立ち上がる。


2005.06.03 The aggravating mastar and a young disciple 〜It's handed down from ancient times〜

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