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癪な師匠と弟子
 の川に架けて

うめこぶ茶をいれながら、俺は、やるな、と心で呟く。
師匠の家にじかにどころか、ほぼ手元に手紙を送りつけられるなんて、相当だからだ。
よって、相手も推して知るべし、なんだけどね。
なんにせよ、師匠の手に届けてくれりゃ、俺が受け取ったりとか手渡したりとか、挙句、読み上げたり、なんてことをせずに済むわけだ。
ありがたいねぇ、なんて無責任に思いながら、手紙が来た方と反対側の手元に湯飲みを置く。
封筒を見たなり軽く眉を寄せた師匠は、そのままの顔つきで封を切る。
つい、と取り出したのは、カードだな。用件はあっさりとしたモノらしい。
その程度なら、うめこぶ茶一杯で師匠の機嫌は良くなるだろう。
が、ところがどっこい、そうもいかなかったらしい。
いくらか眉間の皴が大きくなったかと思うと、つい、とカードをこちらへと投げて寄越す。
一緒にふわりと漂ってきた香りは、香ってヤツだ。
間違いなく、東の大魔女と呼ばれてるオネエサンからだな。
カードを手にすれば、予測は確信にってわけだ。なんせ、署名入り。
が、その上の文章はどうなんだ。
「飲みに付き合ってね、嫌は無し」
思わず、声に出して読んでしまう。と、同時に師匠の眉間の皴が、更に厳しくなる。
師匠は酒はダメだからなぁ、ま、当然の反応だと思うんだけど。
でも、にしちゃ、おかしかないか。
「オ、じゃない、東の大魔女殿と、けっこう付き合いあるんですよね?」
西の大魔法使いって呼ばれる師匠とは双璧って間柄だし、大魔法使いなんて呼ばれるようになった時期も、そもそものキャリアも同じくらいのはずだ。
見てくれは俺よりちょい上ってとこなんで、敬意を表してオネエサンって心じゃ呼んでるんだけどね。
師匠とは力も同等くらいだし、それなりの付き合いがあるはず、というか、オネエサンがどんなんか知ってから振り返ってみれば、間違いないんだけど。
あの手紙やら、この薬やら、どの本やら、やり取りしてた相手はオネエサンだったんだな、なんてわかるからさ。
当然、師匠が酒ダメなことくらい、知っててしかるべきだろ。
それに、今までもそういう誘いが来てておかしくないだろ。
あー、なんていうか、考えれば考えるほどに、なんだか話が嫌な方向に進んでるような。
「土産はいいのを選ばんと、味にはウルサイ」
一足飛びに話を決めてかかった口調で言ったかと思うと、師匠はちょいと金貨を降らせてくる。片手で受け止めて、ちょいとため息だ。
どうやら二重の意味で、「嫌は無し」らしい。
文句言っても修行の一言で片付けられるしな。酒に付き合うのが修行ってのもどうかと思うけど。
「はーいはい」
俺は金貨を握り直して立ち上がる。

趣味のいい香が香るカードを風に舞わせれば、やわらかに差出人の元へと道が現れる。
俺は片手で荷を抱え込んで、軽く指を鳴らす。
次の瞬間には、立派な東洋風のお屋敷の前ってわけだ。
文字通り、オネエサンの目前まで行くのは簡単だけどさ、やっぱ最低限の礼儀は守らないとね。
にしても、門構えからして、えっらく立派だな、こりゃ。
立地条件にそぐわないってのは、このことだな。
なんせ、こんな山奥に住んでるのは孤高の獣くらいじゃないかってな場所なんだから。
こっちの方での、山に迷った旅人が楽園を見たみたいな、どこにでもあるような伝説の半分くらいはオネエサンのせいに違いない。
なんてことを考えてると、見惚れそうなほどに見事な羽の色した鳥が現れる。
「あ、どうも」
勝手に呼び出してくれたのに、魔法使いの正式の挨拶も無いよなってわけで、俺は軽く頭を下げる。
「お招きに預かりまして」
と、手にした荷物を示してやると、鳥は軽く頷いて、勝手に開いた門の中へと入ってく。
俺は、素直について歩きながら、入り組んだ通路のそちらこちらを見回す。
へーえ、東の建築って、やっぱ俺がいるとことは随分違うのな。規則正しく波打つ屋根の先の細工やら、扉に施された木の細工やら。
つやのあるコレは、漆っていうんだったけかな。
辺りにはオネエサンからの手紙に微かに漂ってるの香りと、ちょっと変わった音色の楽器の音が、ゆるやかに漂ってる。
ちょっとだだっ広い気もするけど、こういう雰囲気は嫌いじゃないね。
むしろ、落ち着くかな。
そのうち、視界に入ってきたのは湖だ。どうやら庭らしくって、歩いてる廊下はその湖の中の小さな場へと続いてる。
で、その中にオネエサンがいるのが見える。
これも教養のうちとかいうヤツなのかな、楽器を弾いてるのはオネエサンだったらしい。
カタチからして、こっちのなんだろうな。俺は見たことない。
どこか遠くを見てた視線が、俺がそこに辿り着くのと一緒に、こちらへと向く。
一瞬の影は、どこへやら、で。
「修行って便利だねぇ」
に、と笑った顔つきは、イタズラっぽいモノだ。
「どんな修行ですか、コレ」
俺の返しに、オネエサンは楽しそうに笑う。
「名前が欲しいなら、先輩にお付き合いする修行ってことろかなぁ。口にすると陳腐だけどねぇ。で?」
「土産です。口に合うかどうかは、別ですけど」
手にしてきた荷物を、凝った細工を施されたテーブルへと置く。中身は俺らの方でイイって言われてる酒をボトルで三本ばかりだ。
高けりゃいってもんでもないからさ、俺なりに美味いと思うヤツを選んできたんだけどね。もちろん、安くも無いけど。
「気が利いてるじゃない。どれから行く?開けてよ」
当然、言われると思ってたので、まずはスパークリングワインのコルクを押さえてるのを取り除ける。
「派手にいっちゃっていいですかね?」
「そういうの好きよ」
ごくあっさりと了承を得たので、俺は、にこり、と笑う。
「では」
いい音をさせて、コルク栓は吹っ飛んでく。
無論、湖に落ちる前に消したけどね。中の魚を驚かせたら、なっちゃいないと文句言われても仕方ない。
盛大に溢れてくるのに、オネエサンは機嫌良さそうに手を叩く。
「いいわねぇ」
軽く袖を揺らして出して来たのは、蒼というのか、碧というのか、不可思議な色のグラスだ。やっぱ、俺らの方じゃ見ないのだな。
「瑠璃の杯って呼ばれてるのよ、なかなか味があるでしょ」
注ぐと、細かい泡がキラキラと煌いて、なるほど、いい感じだ。センスあるねぇ、オネエサン。
「ま、座りなよ」
俺が相向かいに腰降ろすのを待って、オネエサンは瑠璃の杯とやらを高く上げる。
「アタシのいっちばんツイてない日にようこそ!」
そんなとこだと思ったよ。
俺は、如才なく、にこりと笑い返して杯を上げる。
「厄払い記念日に」
「かわいくないねぇ」
オネエサンが眉を寄せたくらいじゃ動じないな、残念ながら。
「生まれついての性分なんで」
にこり、ではなく、にやり、と笑ってやる。
「あってるでしょう?」
厄払いが、だ。
ちょっと前に、東の国を脅かし続けてた暗黒の存在とでも呼ぶしかなさそうなのと、オネエサンとの決着をつけられるように一言ご意見申し上げたことがある。
彼があんなになっちゃったのは、ただただ突然消えてしまったオネエサンの魂を探し求め続けた結果なんだけどね。
相手に立ってた最も邪魔な存在が、捜し求めてたオネエサンだったとはついぞ気付かなかったろうなぁ。
まぁ、彼が邪悪な存在になってたっていう事実すら消えて無くなっちまったけどね。
今じゃ、彼は、キレイな草原でオネエサンの魂が側にいつもいてくれると思って、安らかに眠ってる。
てなわけで、国の存在すら脅かす存在が消えたって点では一件落着。
だけど、彼が邪悪な存在になっちまったってことは、歴史とやらからは消えても記憶からは消えやしない。
オネエサンの胸に残る痛みも、消えることはない。
きっと、オネエサンが事情を欠片とて説明することを許されないままに、彼の元から姿を消した日が今日なんだろ。
オネエサンは杯を一気に空けてから、肩をすくめる。
「寄りにも寄って今日じゃなくてもいいじゃないの、ねぇ?」
じゃ、他の日だったら良かったのかねぇ。
空いた杯へと注ぎながら、俺はいくらか首を傾げる。
「ああ、知らないか。こっちだとね、天にいる恋人同士が一年に一回だけ会える日なの。皆けっこうヤキモキしてるんじゃないかしらねぇ、微妙な天気だし」
なるほど、そういうことなら、なんとなく気持ちもわかるかな。が、後半分はイマイチだ。
俺は自分の杯を半分くらい開けてから、空を見上げる。なんかこう、雨は降らなさそうだけど、すっきり晴れてもいない。
「天気が関係あるんですか」
「雨だと天の川に橋がかからないのよ。その恋人同士ってのは天に流れる川の両岸にいるんだけど」
なんとなく、話が見えてきた。
「で、恋人同士が会えると、浮かれついでに人の願い事でも叶えてくれるってとこですか」
俺の言葉に、オネエサンはおかしそうに笑う。
「大当たり、だから会ってくれないと困るってわけねぇ」
空けた杯に勝手に注がせてもらって、持ち上げる。
「一応ケリは着きましたし、厄払い記念日ですし」
ゆらり、とグラスの中で透明な液体が揺れて、小さな泡が数個はじけ飛ぶ。
と、同時に、どこぞの雲が切れて、さらりと光が射す。
「やっぱり、この杯、陽に透かすと断然違いますね。灯かりもまた、味がありそうですけど」
空を見上げて、ゆっくりと切れ間が広がっていくのを見つめたまま、オネエサンは、くすり、と笑う。
「特別サービスってわけか」
視線を戻して、いくらかの間、俺の瞳をじっと見てから。
「この杯、気に入った?」
「そうですね、こっちには無い味がありますし」
俺の答えに、に、と笑みが大きくなる。
「そ、じゃ、お土産にあげる。三つあるから使えるよ」
三つあるから使えるって、なんのことやら。
「おーや、そんな顔してるところ見ると、契約精霊とお茶すらしたことないね?たまにはサービスしてやりなさいよ、いい酒もつけたげるから」
「先輩の忠告ってところですか?」
思い切りつまらなさそうな顔つきになったのが、自分でもわかる。いちいちこの手に口出しされるのは好きじゃない。
いくら、オネエサンでもね。
オネエサンは、軽く肩をすくめる。
「んー、忠告ってよりお願いねぇ。厄払いの続きってのかなぁ」
言葉の途中から湖へといってた視線が、戻ってくる。一瞬の影は、やっぱり気のせいじゃないな。
もう、イタズラっぽく笑ってるけど。
「修行ってヤツね、うん」
「うーわ、師匠が二人」
思わず、げ、と言ったのがツボだったらしく、オネエサンは声を立てて笑い出す。
「あきらめなさいよ、先達は誰だって師匠なんだから」
お説ごもっともだけどな。俺は、杯を一気に空ける。
「もったいなーい、そんな飲み方でも酔わないくせに」
次のを注ぎながら、俺は苦笑気味に笑う。
「バレてました?」
「見ればわかるねぇ、同類は」
くすくす、とオネエサンは笑う。
確かにな、酒は救済院出たくらいから飲みつけてるからさ。あそこじゃ、飲めなきゃ潰されて丸剥がれだしな。
しかも、ともかく酔えりゃいいってなもんで、とんでもなく濃いヤツ。今思えば酷いもんだな。香りとか味とか、あったもんじゃないっていうか。
たまに、ヤバイの飲んで目ぇ潰してる奴とかもいたっけね。
子供だろうがなんだろうが、それなりの対価出せば誰でも手に入れられるってあたりは、便利だったけど。
ともかく、そんなで鍛えられてるせいなのかなんなのか、ちょっとやそっとじゃ酔わないんだけど。
同類ってことは。
「えーと」
残念ながら、失礼にならなそうな言葉での表現が見つからない。が、言いたいことは伝わったらしい。
「私の相手出来るのは君くらいだろうねぇ」
今度こそ、俺は正直に感情を表情に出してみる。
またもツボであったらしく、オネエサンは笑い声をたてる。
「酒は楽しくなくちゃっていうのがポリシーだから、安心してよ。手始めに君の知らない師匠の話なんてどうよ?」
それは、聞き捨てなら無い発言だぞ、オネエサン。
空になった杯を差し出しながら、オネエサンは、にやり、と笑う。
「君のことだから、経歴はさらっとわかってんだろうけどねぇ。例えばさ、酒がダメってわかった時の話とか」
「いいですねぇ、ソレ」
俺も、にやり、と笑い返しながら、杯を満たす。
「なんせ、付き合い長いからねぇ。一回じゃ到底無理よ」
「そういうことなら、お付き合いしましょう」
あっさりと笑い返す俺に、オネエサンはまた笑う。

そんな調子で、土産三本どころか、オネエサンの秘蔵品も随分と空けて。
つまみも話も申し分が無くて。
翌朝の陽が登る頃、約束通りの土産を手に、俺は立ち上がる。
土産を軽く揺らせば、いつもの景色って寸法だ。
そんなわけで、オネエサンの最もついてない日は、唯一最後まで酒に付き合えるヤツとの飲みの日になったってわけ。
毎回のように師匠がなんだか機嫌が悪いのは、帰った俺が酒臭かったせいってことにしとこう。


2005.07.14 The aggravating mastar and a young disciple 〜Bridge over the Milky Way〜

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