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癪な師匠と弟子
 光にくは

さてと、どうするかな。
俺は、軽く首をひねって考える。
最終的には、契約精霊である光の精霊と闇の精霊のいるとこに行けばいいわけで、契約更新でも無いんだから、指を鳴らしてあっという間ってのが手っ取り早いんだけどさ。
約束してるわけでも、招待状なんて用意したわけでも無いってのは、この際、見逃してもらうとして。
なんせ、光も闇も世界のどこでもあるってことは、どこで何が起こってるのか手に取るようにわかってるってこと。
今、俺がこうしてることも、光の精霊も闇の精霊も、とっくに知ってるってわけ。
ついでに、東の大魔女ことオネエサンとこで何があったかも知ってるわけだから、ま、ある意味約束したも同然ってヤツだよな。
というわけで、問題は気配があまりにどこにでもあるせいで、太古からの存在を知ってる方が少ない精霊たちのことではなくて、だ。
オネエサンに厄払いって言われた時点で、それなりに思うところは無きにしもあらずだったんだけどさ。
なんていうかさ。
俺は、自分の手にしてる荷物を見下ろす。
もしかしたら、いくらか恨めしそうな顔つきかもしれない。
なんせ、人が闇の森って呼んでる、この森の入り口に立った時から、オネエサンから譲られた瑠璃の杯がざわめいてしようがない。
ここまでお約束通りじゃなくてもいいと思うんだけど。
ヒトツ、ため息をついてから。
ケリをつけるべく、しかるべき場所へと移動することに決める。
指を鳴らせば、ほら、という寸法だな。
目が慣れないと光すら感じられないってな場所で、ぼうっと光ってるってのはぞっとしないね。
例え、予測通りだとしてもさ。
もっとも、相手の予測通りに反応してやる気は、さらさらないんだけど。
俺は、軽く肩をすくめてやる。
「俺に用があるんだったら、まずは友好的な表情を浮かべて挨拶するってのが礼儀だと思うんだけど」
「それは友好的関係を築きたい時のことだろう?」
睨みつけるような視線のまま、相手は眉を寄せる。
なるほど、その理論からすると、俺と敵対関係を築きたい、と。
そりゃまた、怖いもの知らずもいいとこだな、おい。
俺だって、こうも敵意剥き出しにされれば、気分も害されるんですがね。この際、指鳴らしてあっという間に抹消してやろうか、なんて考えが掠めて行ったからといって、責められる云われは無いよな、と言いたいのを、ぐっと堪える。
「にしたってさ、用件も申し述べず睨まれるってのは、趣味に合わないね」
不機嫌な顔つきのまま、相手は片眉を上げる。
どうやら、この点においては俺の意見に理があると判断したらしい。ふん、と胸を逸らしてから、どえらく高飛車な口調で言ってのける。
「お前が持っている瑠璃の杯だが、それは俺のものだ。今すぐ返せ」
当人は、これでかなり下手に出たつもりでいるらしい。言うこときかなかったら、容赦しない、と暗に視線で訴えている。
なんかしでかしたら罰掃除を持ち出す師匠がいない分は、あちらにアドバンテージがあるかもな。
でも、そんなの足したところで、身の程知らずってのには変わりない。
この際だから、徹底的にやらせてもらおうか。
ある意味では、ちょいと厄介な実力の持ち主だしな。
どうせ、俺が瑠璃の杯を手に現れた時点で、いろいろと勘違いしてやがるに違いないし。
に、と俺は口の端を持ち上げる。
「あんたのモノ?どうしてさ、これはさる人から俺に譲られたんだけど?」
思い切り皮肉な口調に、相手は頬を引きつらせる。
「何を言う。お前は預けられたんだ。お使い係に過ぎない」
言ってくれるねぇ。
友好的に大人しく依頼されたんなら、俺も素直にそのお使い係とやらになってもいいかと思ってたんだけど。
悪いけど、俺はケンカは買い慣れてるよ。
「そういうことにしてもいいけどさ。アンタ、俺のお下がりが欲しいのか?」
引きつった頬が、軽く痙攣する。
「どういう意味だ?」
「ここに持ってる杯で、オネエサンと酒盛りしてきたってことに決まってるだろ。で、俺が気に入ったんで譲ってくれたってことだよ」
それじゃなくても血の気の引いた顔してるってのに、ますます青くなる。そりゃそうだろうなぁ、こいつにとって、オネエサンのことに触れられるのは逆鱗に触れられてるってのと同意だもんな。
「お、オネエサンとはなんだ、その馴れ馴れしい呼び方は!」
へーえ、先ずはそっちか。
「アンタに四の五の言われる覚えは無いね。まぁ確かに俺よりずっと年上だってのは認めるし、その経験の豊かさは尊敬してもいるさ。だからこそ、オバサンじゃなくてオネエサンって呼んでるんじゃないか。敬意だよ、敬意」
「ふざけるな!大魔女殿が、そんな呼び方を許されるわけがないだろう!例え口に出さずとも、お怒りになっているに決まっている!今すぐに訂正しろ!」
わなわなと、握った手が震えている。
「ふぅん、オネエサンはむかつく相手を酒の相手に選ぶような人なんだ?」
さっきまでとは比較にならないほど、敵意に満ちた目が俺を睨み据える。
あと一息ってところかな。
「少なくとも俺なら、腹が立つ相手に、また飲もうなんてことは社交辞令でも言わないけど」
また、頬が痙攣する。が、拳は握り締められたままだ。
俺は、軽く肩をすくめる。
「だいたい、アンタはなんなんだよ?オネエサンの騎士気取るんなら、ちゃんと側にいて助けてやれよな。いっちばん肝心な時にいないで、ごちゃごちゃ言ってんじゃカッコ悪いにもほどがあるんじゃねぇの?」
血が通ってんなら、握り締めた手に爪が食い込んで赤い液体が落ちてくるんだろうな。アンタじゃ無理だけど。
俺は、そんなことを冷静に思いながら、がくがくと全身に震えを走らせている相手を、じっと見ている。
「言わしておけば、勝手なことばかりをぬかしやがって!」
言葉と共に、相手の手から眩いばかりの閃光があふれ出す。
いや、放たれたって方が正確だな。まっすぐに、俺に向かってくるんだから。
先制攻撃はアチラ、ってことは、ケンカを売ったのはアチラ。
俺の口元に浮かんだ笑みが大きくなる。
空いてる方の手を上げると、飛んできた閃光を受け止める。
そして、そのまま、反対の手に持ってた荷物を近くの樹の影に降ろす。
視線を上げると、相手は眉を寄せて俺の手元を見ている。
ふぅん、こっちがこの程度は出来ると踏んでた、か。実力としては同等と見てるってわけだな。
その証拠に、視線が合うと、なにやら余裕の笑みを浮かべながら、口を開く。
「それで、俺に対抗してるつもりか?」
俺は、ちょいと首を傾げて、続きを促してやる。せっかくいい気分みたいだから、ちょいと長く味合わせてやってもいいかなと思ってさ。
どうせすぐ、ペしゃんこな気分になるんだし。
「ここが太古の昔から在るモノたちに最も近しき場所と、お前も知っているだろう」
全く意に介さない笑みを返してやる。
「もちろん、当然だよ」
「その森に、俺は長年根ざしてきたんだ」
含みをもたせて言葉を止め、俺を見やってる。
そのお陰で光と闇の力を得てきた、と言いたいわけか。でもって、同等の力以上になっているから余計な反抗は身の為にならない、と忠告してるつもりのわけか。
考えてるうちに、つい、喉から笑いが漏れる。
相手は、敏感に聞きとがめて眉を寄せる。
「何がおかしい」
「何もかもがさ。身の程知らずが行き過ぎると、なんだか憐れをもよおすね」
俺は、相手の寄越した魔法を手にしたまま、一歩、近付く。
「アンタ、本当にここに根差して来たのか?だったら、太古から在るモノたちと契約を結んだ存在があることくらい、知ってて当然じゃないのか?」
もう一歩近付く。
「もっとも、余計な連中に契約の気配悟られるほど、彼らも俺も愚かじゃないけどな」
大きく眼を見開いて、相手は俺を見つめる。
さらに、もう一歩。
「悪いんだけど俺、アンタみたいに中途半端じゃねぇんだよ。四大精霊を御する以上の力を持ってはいても、真の最高位の彼らを御するにはあまりにちっぽけな存在なんて風にはさ」
相手は、後ずさりたかったみたいだけど、樹にはばまれてそれは出来ない。
「なぁ、アンタ、四大精霊をオネエサンから奪わないって決めた時点で、魔力を放って封印すべきだってわかってただろ?それが魔法使いの礼儀で流儀だってこと、オネエサンが教えないわけがないもんな」
相手が放ったはずの魔法は、すでに相手の色なんぞとっくに失って、俺の支配下に完全に入ってる。
それを、俺は、ヤツの目の前に突き出してやる。
「なのにアンタは、太古から在るモノを無理矢理に御そうとして、あまりにあっけなく消え去ったんだ。未練たらしく意識だけ舞い散らしてさ」
うめき声とも、悲鳴ともつかない声が相手の口から漏れる。
「アンタのくそくだらねぇプライドと想いを知ってたから、オネエサンは気力だけが頼りだと瑠璃の杯を作ったんだよな。太古から在るモノだって、無暗に誰かの存在を消したいなんて思っちゃいねぇのに、分に合わない力を求めるアンタの相手をしなきゃならなかった」
俺の手の中にある魔法が、俺の感情に反応するように光を強める。近くにソレがあるってだけで、相手はがくがくと震えが止まらない。
「テメェの不始末棚に上げて、なにが自分のモノだよ?周りがどんな思い抱えてるかなんて、考えたこともねぇような下衆には、こっちがお似合いだよ」
すう、と俺の手の中の魔法が杯を形作る。瑠璃の杯とそっくりだけど、下手に手にしたら、俺以下の力の持ち主はあっという間に消えてなくなる。
どんなもの突き出されてるのかくらいは、理解出来てるらしい。ますます震えが大きくなった相手は、弱弱しく首を横に振る。
俺は、舌打ちすると、杯を消し去る。
ったく、意気地がねぇな。馬鹿らしい。これじゃ、弱い者イジメしてるみたいじゃないか。
「相手の力も見極めずに、ケンカ売ってんじゃねぇよ」
吐き捨てると、元の場所に戻って俺は荷物を手にする。
「待ってくれ」
最初からは想像の出来ない、細い声が俺を呼び止める。振り返ると、懇願するような視線が見上げている。
「教えてくれ、大魔女殿を苦しませているあの存在は」
教える義理なんてねぇよと言い捨てたいところなんだけど。
「俺が丸く収めたよ。アイツがとんでもない暗黒の存在って記憶に留めてんのは、数えるくらいだね」
相手がなにか言う前に、俺は荷物から瑠璃の杯を取り出す。
これ以上、相手するのはうんざりだ。
厄払いをとっとと済ませてやる。
「ほらよ」
投げ上げてやると、相手はまるで引き寄せられるように手を伸ばす。
三つの杯が微かな光を受けて煌きながら、彼の手に収まった瞬間。
まるで、杯に注いだ酒から、泡が立ち上るかのように、何もかもが消える。
以上終了ってわけだ。
「ったく、師匠といいアンタといい、相手を倒すことしかなんで考えないかな」
俺みたいな手段思いついてれば、もっと話は違ったかもしれないのにな。
少なくとも、面倒な始末の一、二個は減ったはず。
今更言っても、せん無いけどな。当事者じゃないから、思いついたってことなのかもしれないしさ。
俺は、もう一度指を鳴らす。
移動した先には、光の精霊と闇の精霊だ。
顔を見て、俺は我に返る。
「あ、代わりの杯持ってくるの、忘れた」
肩をすくめたのは光の精霊だ。
「知っている」
「だから、用意をしておいた」
真の闇という表現しか出来ない袖から、なにやら取り出したのが闇の精霊。
差し出されたのを手にしてみる。
一見、漆黒だが、光があたるとキラリ、と煌く。
俺が首を傾げると、に、と光の精霊が口元に笑みを浮かべる。
「これは、注いだ方が綺麗なのだ」
「うむ、まだ、我らもその姿は見ていない」
闇の精霊も、穏やかに微笑む。
どうやら、出来立てほやほやのグラスってことらしい。きっと、成り行きを見てて造ったんだろう。
「了解」
俺は荷物を解いて、オネエサンからのお土産と、俺が用意してきたのとを取り出す。
三つのグラスに酒を注いで、それぞれに手にして。
軽く持ち上げながら、光の精霊が言う。
「ここならば、ハメを外しても師匠にはわからぬ」
「うむ、だから好きなだけ飲めるぞ」
闇の精霊も頷く。
イタズラっぽく笑ったのは、光の精霊だ。
「無茶をしたとしても、やはり師匠にはわからぬしな」
ここは光の精霊と闇の精霊と、彼らと契約した者の力以外は、ナニモノも拒否する森だから。
言われた俺は、苦笑するしか無い。あんなガラ悪いとこ、ヒトサマにはお見せ出来ないよな。
少なくとも、大魔法使いの弟子としてはマズイ。師匠に知れたら間違いなく罰掃除だ。
でも、誰だって、少しは縛られない場所があってもいいよな。
「たまには、そうかもな」
答えてから俺は、グラスを光に透かしてみる。
うん、これも悪くない。


2005.08.08 The aggravating mastar and a young disciple 〜It's blink at the nightglow〜

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