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癪な師匠と弟子
 伽噺の

毎年、この季節になると、師匠の家は手紙の山に埋もれる。
一足早い年末年始の挨拶状ってんじゃ無い。それなら大方は魔法使いからになるけど、そうじゃない。
差し出し人はごく普通の人々で、書いてあるのは大魔法使いに叶えて欲しい願い事。
西の地域に伝わってる『話』のせいなんだけど、にしてもシャレにならない。
毎年、こいつの為に臨時の集積所を作らなきゃならないくらいだ。そうしないと、俺の部屋が収集つかないことになっちまう。
言い換えりゃ、大魔法使い宛の願い事の手紙は、ヒトツ残らず俺のとこに来るって寸法になってるってこと。
修行の名の元に、俺はこの恐ろしい山を分類するってわけ。
時折、とんでもない内容のヤツが入ってたりするからさ。素人呪いみたいなことヤッてるアホもいるし。
人にとっちゃたわいも無けりゃ、悪気も無い、お祭り気分の季節なんだろうけどさ、全部始末しなくちゃなんない俺にとっては最高に不愉快なイベントだね。
だいたい、大がつこうがなんだろうが、魔法使いが祈られただけで願いを叶えるわけがないだろっての。
わかってるんだけど祈らずにはいられないって心境がわからない、なんてヤボは、さすがに言わない。
だけどさ、グチのヒトツもこぼしたくなるだろ、この量を見たらさ。
真面目な話、なんの恨みがあるんだと言いたくなってくる。
などと、文句たらたらで、今年も俺は手紙を分類する。
するったって、一通ずつ目を通すなんてことは、さすがにしない。
ちょいと指を鳴らして、とっとと分類ごとの山にするってわけ。
とりわけヤバイのを更に分類して、どうしようもないのだけ、目を通す。
実質、毎年、目を通すのは数通ってとこかな。
それだけなのに、なんで、そんな文句たらたらなのかって?
確かに、全部開封するわけでもなけりゃ、読むわけでも無いけど、無下に始末するわけにもいかないんだよ、コレが。
無害なヤツだって、それなりに願いは込められてる。
それを、ただ始末しただけじゃ、思いは残っちまう。ヒトツヒトツはささやかでも、山になれば相応に力を持つわけで、単純に考えても、ロクな結果にならないのは明白、と。
手紙の始末が修行ってのは、つまりはそういうことだ。
人々の思いを、キレイに浄化させるってこと。
ついでに、悪意ある思いもな。
いつも通りに山を仕分けて、それぞれの手紙の山の始末をつけていく。
最後に残るのは、目を通さなきゃいけない、厄介モノの山だ。
ヒトツずつ、目を通して、必要な始末をしていく。
最後に残った一通を、確認する。
どうやら、今年は今までで最も厄介な始末をしなきゃならないらしい。
ま、いつかは来ると思ってたけどな。
どうせ、これも修行って一言で片付けられるんだろうから、とっとと済ますに限るだろう。
外に出て、手にした一通を軽く振る。
けど、道は出てこない。
ははぁん、それなりにがっつりと封じ込めてあるってわけか。
しょうがない、ちょっとばかり本気を出すかな。
軽く指を鳴らすと、俺の手にはガラスのように透き通った杖が現れる。正確には、あたりの空気が凝縮したモノなんだけどね。
複雑な呪文を唱えて魔方陣を描いてやれば、さすがに道も開けるって寸法。
俺は、その道を見上げる。
どこに繋がっているのかは、漂ってくる気配でわかる。
ついでに、おぼろげには察してたけど、とてつもなく厄介な状況ってのもね。
ため息吐くくらいは、許されるよな。
近頃、俺の修行とやらは、こんなんばっかじゃないか?
一気に飛ぶのは簡単なんだけど、考えを巡らせたいのもあって、俺は開けた道を歩き始める。
そもそもの『話』の起こりから考える。
なぜ、大魔法使いが願いを叶えてくれる、なんてことになったのかってことをさ。
一言で言えば、火の無いところに煙は立たない。
本来ならそれなりの対価と引き換えでなけりゃ、それ以前に魔法使いが叶えるべきことでなけりゃ、どんなに切実な願いであろうが、聞き届けられることなんて無い。
それが、魔法使いと人との間に厳然とある掟だ。
が、そいつを破った魔法使いがいた。
こともあろうに、大魔法使いと呼ばれる立場のヤツが。
しかも、俺はそれが誰か知っている。
それは、師匠の師匠だ。
普通にしてりゃ穏やかな人だったんだが、たまに大胆なことをしてのけるようなとこがあったんだな。
例えば、師匠へのしつけもそうだ。
世間知らずで、なにかっていうと失礼なコトを口走る生意気なガキだった師匠に、師匠の師匠はなんとその場で罰が下るようにしてのけた。
おかげで、当時の街中じゃ修行中の師匠はイイ見物だった。
そんな行き過ぎ気味の大胆さの他に、ちょっと病的なくらいに神経細いとこもあった。
まぁ、師匠の師匠の師匠くらいから、なーんとなく東西の大魔法使いはライバルみたいな風潮になりだして、師匠の師匠の頃は最高潮になってたらしい。
ことある毎に、無駄に競い合ってたって話は、俺も聞いてる。
どんな風に追い詰まってったかとか、そういうことは置いといて、だ。
とうとう、やっちまったんだな。
たった一日だけ、なんでも願ったことは叶えるなんてのをさ。
その時は想いを伝えるの限定だったらしいけど、それだって全部叶えたら大変なことになる。
そこら中に矛盾は起こるし、場合によっちゃ叶えられた時点で戦争間違いなしなんてのまでな。
師匠と、師匠の師匠の実力はほぼ互角だったから、暴走されちゃ手に負えない。
でも、コトは収まった。
どうしたかって?
ケンカ両成敗って言っちゃうと乱暴なんだけど、まぁ、そんなとこだ。ようは、両方が一緒にに封じ込められた、と。
どっちがどっちを、なんてのは当人のみぞ知るってヤツだ。
そうでもなけりゃ、東西の大魔法使いがほぼ同時に代替わり、なんてあり得ない。誰も、思っても口にしなかったみたいだけどさ。
で、師匠たちの代は、その反省を踏まえたんだか、別の理由があるんだかは置いとくとして、上手くやってるってわけだ。
今日のところは、そんなことは蛇足だけど。
弟子であった師匠とオネエサンがさ、それぞれの師匠にトドメ刺せないって心境はお察し申し上げるよ。
俺だったらってな話は、また別のことだ。
たださ、互いにそこまで追い詰まるくらいに争ってたんなら、最後もきっちり相撃ちになってくれれば、すっきりしたのにさ。
なんでまた、互いに封じ込めたまんま眠り続けるなんて選択肢を選ぶかな。
おかげで、こうして俺が後始末しなきゃならない。
大がつくような魔法使いでも、終わりは怖いってことなのかな。
俺だったら、むしろ。
ま、それも今日のところは、関係ないけど。
ついた先は、いつだったか来た場所よりも、ずっと凍てついた場所だ。
空気の中に混じってる水が氷になって舞ってるって、言葉にすれば綺麗なんだけどさ。
こう、立ち尽くすには向いて無いよな。
芯の中まで冷えちまうよ。
しかも、とっととコトが済むような状況じゃないし。
文句があるっていうより、グチでもなんでも考えてないと、俺まで封じ込められて眠っちまいそうな寒さだ。
手にした杖を、思いっきり氷の大地に突き刺す。
先を掴んで、読み取れる呪文を片端から裏読みしていく。
封じ込めの呪文が、次々と解かれて、七色に煌き出す。
ついでに、俺の頬を、ごうごうと音を立てて風が吹き抜けてく。
景色としちゃ綺麗だよな、ホント!
最後まで読みつくした瞬間、ここらの氷全部溶かす気じゃないだろうなってな熱と光がほとばしる。
さすがの俺でも、ちょっと目を細めたくなるくらいのが。
大がつくのが二人分だから、このくらい派手な登場も仕方ないのかもしれないけど。
ぐっすり寝てたところを叩き起こされていかにも不機嫌ってな顔つきのが一人、なにが起こっているんだかさっぱりわからないって顔つきのが一人。
永遠に寝てる気でいたんだろうから、当然の反応だな。
俺は、軽く肩をすくめる。
「永遠に眠りたきゃ、もっと深くがっちりとしてもらわないと困るんですよね」
「酔狂で起こした上に、礼儀がなってないな」
と、不機嫌そうな顔つきの方が口を開く。こっちが東のだな。
「礼儀がなってないのはどちらでしょう?禁忌犯した挙句、相も変わらず魔力垂れ流しってのはいただけませんよ」
俺の言葉に、相手は眉間の皴を深める。
「垂れ流し?冗談じゃない」
「冗談かどうか、確かめてから言って欲しいですね。こちとら延々と後始末させられてるんですから」
『話』が残るとか、人が今でも願いを書くなんてのは、そのもっともたるたる証拠ってヤツだ。
相手は、不機嫌そうな顔つきのまま、俺のつま先からてっ辺まで、舐め回すように見る。
「アレの、弟子といったところか」
アレってのは、師匠のことらしい。ま、その手のカンは鈍ってないってことらしいな。いかにも上から見下ろしたような物言いも、当時の大魔法使いらしいといえば、らしいし。
「形式上は、そうなりますね」
俺は意に介さない笑みを返してやる。
「ほう、アレは礼儀を教えるということを知らんようだな」
「礼を尽くすべき相手にはつくすよう、よく言い含められておりますよ」
ぴくり、と頬が引きつる。予測通りの反応に、笑いそうなのを必死で堪える。
「だってそうでしょう?一気にカタを付けられたはずのところ、未練がましく眠りに落ちたりなどして、貴方方の弟子たちが苦しまなかったとでもお思いですか?」
ことさらに、大きく肩をすくめてみせてやる。
「少なくとも、俺は人間的に尊敬出来ない相手に、敬意を表する気はさらさらありませんね」
ったく、こんなお子様みたいな神経の持ち主だから、オネエサンもあんないらない苦労背負うハメになるんだよ。
ついでに、師匠もな。
寒さのせいでなく、相手の顔から血の気が引く。青を通り越して、白だ。
ぐ、と握り締めた手を見て、俺は、もう一度肩をすくめる。
「ケンカ売るなら、相手を良く見てからにした方がいいですよ」
相手が、なにか言い返そうと口を開きかかった時だ。
もう一人の声が加わる。
「おや、願いを届けに来てくれたのかな」
のんびりとした声に、ゆったりとした微笑。西のが、やっと目を覚ましたらしい。
年に一度の、俺にとってはトンチキな祭りの最大の元凶だって自覚が全く無い顔つきは、完全に壊れちまってる証拠なんだろう。
こいつはもう、どんな正論を言おうと、感情でかき口説こうと、なにも通じないって感じだ。
俺は、にっこりと笑ってやる。
「ええ、そうです。ぜひ、貴方に叶えていただきたい、貴方にしか叶えられない願いをお届けに上がりました」
「そうか」
晴れやかな笑顔で、彼は手を差し伸べる。
その手の中に、俺が最後に確認した一通が、舞い降りてくる。
いや、一通だけじゃない。
俺が後始末を押し付けられてからこの方、毎年必ず最後に確認することになった手紙が、全て、だ。
彼の周囲で、いつの間にか開き、そして願い事を囁いていく。
全てを聞き終えた彼は、無邪気に微笑む。
「うん、わかったよ。叶えよう」
西のが杖を手にしたというのに、俺が何も手出しをしようとしないのを見て、東のは、何かがおかしいと気付いたらしい。
「待て、願いはなんだ?!」
問われて、晴れやかな笑みで西のが答える。
「この悪夢を、終わらせて欲しい、と」
「他は?!」
怒鳴るように、東のが問い返す。
ますます、西のの笑みは大きくなる。
「全部、一緒さ!」
「一緒、だと?!」
愕然とした顔つきで、俺を見る。
俺は、笑みを返す。
「最も長いこと、ずっと願われてきたことです。貴方以外で、このコトを知る全ての者たちの願いですよ」
「そう、私もずっと願ってきたことだよ」
静かな声に、東のは西の方へと振り返る。
そこには、どこにも壊れた魔法使いなどいない。
「あんな歪んだ状況を、いつまでそのままにしておくわけにいかないのは、わかっていたじゃないか」
静かな瞳が、俺を見つめる。
「あまりに久しぶりなものでね、いくらか後始末をお願いすることになりそうだが」
そうか、と俺は、合点する。初めからこうするつもりで、西のはあんな無茶をやったのだ。
ただ、東のの悪あがきで尾を引くハメになっただけで。
「その為に、来たんですよ」
俺の返事に、西のは笑みを大きくする。
「ありがとう」
東のは、少しずつ後ずさりながら、首を横に振る。
「止めろ、落ち着け!自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?!」
「わかっているさ、君よりはずっと、まともだと思うよ」
西のの詠唱が響き渡り始める。
なんの魔法が発動するのか、ちらと聞いただけで充分にわかったようだ。
「止めろ!止めるんだ!」
東のの必死の声と、朗々とした西のの詠唱は好対照だ。
詠唱が始まった時点で、すでに東のは西の結界に捕まっている。
絶望的だった東のの表情が、ふ、と溶ける。
やっと、全てを覚ったのだろう。
西ののより、一段低い声が和す。
組み上げられていく魔法は、確実で強固で、この場にふさわしい美しさで。
声が止んだ瞬間、二人の真ん中に刃が現れ、あっという間にどちらをも切り裂く。
飛び散った鮮血が、俺の頬をかすめてく。
そして、後には静謐な骸が二つ。
「お見事」
俺は、かつての大魔法使いたちへと呟く。
地面に突き刺したままだった杖を引き抜き、天へと向ける。
静かに呪文を唱えれば、あっという間にあたりは吹雪へと様変わりする。
おさまった後には、俺以外は、何もない。
痕跡の、欠片ヒトツでさえ。
小さく指を振ると、小さな氷の木が伸びる。
それを見届けて、背を向ける。
墓標のヒトツくらいは、許されるだろう。
結局のところ、これからも手紙は届くだろうし、後始末は俺の仕事だろうけれど。
見事にしてのけたのに敬意を表して、甘んじて承ることにしておこう。


2005.12.13 The aggravating mastar and a young disciple 〜A bitter end of a fairy tale〜

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