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癪な師匠と弟子
 会の

物事にはタイミングってモノがあると思うんだよ。
師匠にうめこぶ茶入れてる最中に、俺宛親展が届くなんてのは狙ったのかと言いたくなるってもんだ。
ま、ちゃんと袖の中に届いたから、師匠には気付かれなかったけどさ。
うめこぶ茶を丁寧に混ぜてるふりしながら、ちょいと中身を確認する。
魔法使いで、俺個人にわざわざ手紙を出してくる相手なんて、限られてる。
急ぎだとマズイからさ。
案の定、差出人は、オネエサンこと東の大魔女だ。
本に目を落としたままの師匠が手に取れる、絶妙な位置にカップを置いてから、背を向ける。
用件の方は、と。
年賀、とある。
俺は、笑いを押し殺す。
たった一言だけど、必要十分だ。
ここらの機微は、オネエサンならではだな。
「お茶、おかわりいります?」
「いらん」
俺の問いに、師匠は本から目を離さずに返す。
「じゃ、俺は庭掃除に行きますからね」
聞いてるんだかないんだか、返事は無い。いつものことだから、俺も気にせず庭に出る。
これもまた修行とやらで、魔法であっという間っていうわけにはいかない。けっこうな広さの庭を、地道に掃除しろってわけだ。
ほうきを手に、俺は指を小さく鳴らす。
オネエサンへの返事は、もちろん一言。
了解、だ。
にしても、せめて年明けくらいまでは、風がもう少し穏やかになるとかないかな。
掃いても掃いても、追いつきゃしないっての。
それじゃなくても、年末年始ってのは、魔法使いにとってもなかなかに忙しい。
ほら、年初めには精霊との契約更新に行かなきゃならないからさ。
それまでにやっとかなくちゃなんないことってのが、それなりにあるわけだ。
長期間かけてる魔法の状態とか、今年契約した分の漏れが無いかの確認とかのお約束から、大魔法使い特有のでは、たいていのヤツが契約更新で間が空くのをいいことに、おイタするヤツが出た場合の網張りとかさ。
網張りに関しちゃ、師匠の分は俺がやってるってのは、言うまでも無い。
この網に何が引っかかるかってのには、またいろいろな話があるわけだけど、今回はそれは置いとくとして。
誰もが年明けすぐ、魔法使いによっちゃ年明け前から、契約してる精霊が済んでる場所に契約更新へと向かうわけだけど、実はこれには例外がいる。
それが、オネエサンってわけだ。
東の方では、年毎に守役みたいな役割をしてくれる精霊っぽいのがいるんだな。
あっちでは干支とか呼ばれてるとか言ってたっけ。
オネエサンは、年毎に来てくれる十二の精霊たちを、年が終わる瞬間にその年のを送って、明ける瞬間に新しいのを迎えなきゃならない。
そりゃ、のん気に契約更新なんてしてる場合じゃないよな。
オネエサンの契約精霊は、そのあたりの事情も飲み込んでるから、変則契約更新に応じてるらしい。ま、そうじゃなきゃやってらんないだろうけど。
で、さっきの手紙になるってわけ。
事情さえ知っていれば、年賀っていうのは、その風習のことを指してるのがわかるって寸法。
別に、修行の名の下に、俺に精霊の送り迎えしろって言ってるわけじゃない。
さすがに、それは、俺だって断るよ。
いちおうとはいえ師匠の弟子なわけだからさ、東の風習は引き受けてもらわないと、きりが無い。
とは言っても、オネエサンと個人的に顔見知りになる前から、干支って呼ばれてる十二の精霊のことは知ってる。
ついでに、どんな順番でやってくるかも、今年の守り精霊がドレで、来年来るのがドレかってのもさ。
見事なくらいに順番を守ってるし、寸分の狂いもないと来てるんだから、わかりやすいというのもある。
そう思うと、あの十二精霊はなかなか律儀だよな。
いろんな意味でな。
どちらかっていうと、アレらは動物だからさ。
カタチもそうだけど。
俺が、東の方を守る精霊を知っている理由。
それは、師匠にある。
おっと、それじゃ語弊があるかな。
訂正しよう。師匠と、次の年に来ることになってる精霊のせいだって。
でも、まぁ、どちらが悪いかっていうと師匠だと思うなぁ。
口が裂けても言えないけどね。
なんせほら、俺がそもそもの始まりを知ってるってのは秘密だからさ。
その結果ってのは、嫌ってほど目にしてるけどね。
今度は、あの年か。
なんて、考え込んでる場合じゃない。
了解って返したからには、それまでに、きっちりやることを済ませておかないとな。
俺は、庭掃除の手を、ちょっと早める。

そんなこんなであっという間に年の狭間間近だ。
俺は、やること全部やったのを確認して、出かける準備を整える。
闇の森って呼ばれる場所は、さすがに師匠の家の裏ってわけにいかないからさ。森の入り口からは歩くとしても、そこまでは一気に行かないと、いつまで経っても契約更新出来ない、なんてマヌケなことになるからね。
で、自分の契約精霊が来るのを待つがてら、魔法書を広げてる師匠へと声をかける。
「じゃ、行ってきます」
「む」
いつも通り、返事かどうか微妙なのを返すのに、俺は、にやり、と笑う。
「の、前に」
声と同時に、俺の指先がどう動こうとしたのか、やっと気付いたらしい。
残念、師匠。ちょっと遅かった。
はっとした顔を上げるのと、俺が指を鳴らすのとは同時。
「防寒具は一緒に送っときますよ」
お見送りの一言共に、師匠の姿はかき消える。
これで、ホントに俺の今年の仕事はお終いだ。
オネエサンの依頼をこなしたところで、今度こそ契約更新へと向かうのに指を鳴らす。

間違いなく、闇の森の入り口へと飛んだはずだったんだけど。
目前に、光の精霊と闇の精霊がいるんで、俺は目をちょっと見開く。
に、と笑みを浮かべたのは、光の精霊だ。口を開いたのは、闇の精霊の方。
「今回は、我らも変則更新としよう」
変則更新ってのは、その時を逃したくない理由がある場合に、精霊と魔法使い双方の了承の下で行われるモノで、なんて堅苦しいことなんて考えなくても、なんでなのかってのは、すぐにわかる。
俺も笑い返して、指を鳴らす。
「了解」
言葉と同時に、グラスが現れて、そこへ水が注がれる。
ふわり、と浮かぶのは東の方、オネエサンの屋敷だ。
それは一瞬で、次は、思いっきり不機嫌な顔つきの師匠が映る。
思わず、俺は吹き出す。
や、もう、ここまで予測通りだと笑うよりほか無いって。
光の精霊も耐え切れずに笑い声を漏らしているし、闇の精霊も奇妙な顔つきだ。
俺が指を揺らすと、少し遠景になる。
座り込んだ師匠に、大きな犬がじゃれついている。よっぽど嬉しいらしくて、引きちぎれそうな勢いでしっぽを振ってるのが、なんとも微笑ましい。
で、その前に神妙な顔つきで、なにやら呪文を唱えているオネエサン、と。
ようするに、この妙に師匠に懐いている大きな犬は、たった今、やってきたばかりの新しい年の守役ってわけ。
「これはまた、好かれたものだな」
笑い声で光の精霊が言うのに、俺は肩をすくめる。
「前にちょいとかわいがられたのを、よく覚えててね。おかげで、十二年に一度、オネエサンとこ行く前に師匠のとこ来ちゃうもんでさ」
東の方に行かなきゃいけないのに、師匠に会いたいばかりに西の方に来ちゃうもんだから、守役が来なくってオネエサンは一苦労どころじゃなくなってたってわけだ。
わかってるくせに、師匠は精霊に言い聞かせるわけでもなきゃ、年初めすぐに送り返すわけでもないっていう迷惑千万なマイペースさ。
ま、一日もすりゃ精霊も東の方に向かうんだけど、それでも、大事な年初めに守役がいないってのは痛い。
で、業を煮やしたオネエサンは、何度言ってもダメな師匠に見切りをつけて、勝手知ったる仲になった俺に連絡してきたってわけ。
「どう考えても、この件に関しちゃオネエサンに分があるだろ」
「その通りだが」
なんて闇の精霊が言ってる間にも、犬はべろべろと師匠の顔をなめまくっている。微笑ましいを通りこして、ものすごい好かれようだ。
その間に、オネエサンはとっとと呪文を終えて、あの犬の精霊は今年の守役と定まったらしい。
すう、とその姿が消えていく。
「しかし、これはどう見ても、かなり不機嫌だと思うが」
闇の精霊が首を傾げる。
俺は、に、と口の端を持ち上げる。
「依頼してきたのは、あっちだ」
新年を迎えたにしては、恐ろしく不機嫌な顔つきで立ち上がった師匠に、オネエサンはごくあっさりと告げる。
「言っとくけど、アンタに言ってもラチがあかないから頼んだんだからね。罰掃除はやるならアンタよ」
ぴしゃり、と言われて、師匠はますます不機嫌な顔つきだ。
「またこんな目に合うのが嫌なら、なんらかちゃーんと対策するのね」
不機嫌になっても無駄、オネエサンの言う通りだ。
俺は、水鏡のこっちから、深く頷く。
「あ、そうそう、戻ったら伝えといてね。一通り年始の仕事終わったら、飲みに来いって」
「戻ったら?」
やっとのことで口を開いた師匠に、容赦なくオネエサンは返す。
「当然でしょ、契約更新して、やることはやらなきゃ。私よりずっと楽してるクセに、これ以上手を抜く気?」
変則更新の約束を取り交わしてない師匠は、この時点では契約切れだ。オネエサンの魔法使わないと、家には帰れない。
ようするに、自分の意思で行き来出来ないから、言われるがままってこと。
楽してるってのは、もちろん、俺のことだ。
たいていのことは修行と銘打って俺にやらせてるからな。
正論に加えて痛いとこつかれて、師匠は苦虫を噛み潰した顔そのものでオネエサンを見ている。
「ご協力は感謝するわよ」
ぼす、と師匠の腕の中に、袋がヒトツ。
「本場のうめこぶ茶よ。味わってね、じゃ」
軽く手を振ったなり、師匠の姿はかき消える。挨拶の間さえ無い。
一方的な状況に、二大精霊は笑いが止まらないらしい。
「いやもう、これほどこてんぱんとはな」
「ものの見事とはこのことだな」
新年からウケて、何よりだね。
「まぁね、相手が悪いってとこさ」
俺は、肩をすくめてグラスを消す。
「さーて、あんまりのんびりもしてられなさそうだよ」
きっちり契約更新して、師匠のとこ戻って本場のうめこぶ茶煎れて、新年の仕事を片付けないとね。
太古からの精霊たちも、真顔に戻る。
俺は瞼を落として、古代の言葉で綴られた呪文を唱える。
光と闇の輪の中で、考える。
お茶飲めば、師匠の機嫌も直るだろう。
年の始まりとしては、悪くないはずさ。


2005.12.28 The aggravating mastar and a young disciple 〜The time to reunion〜

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